3回にわたるひとり語り回を経て、久しぶりにハマナカとどてらいが再会した
留守中のハマナカが体験した「紙折りの未知なる挑戦」に始まり、「“知”を飼いならすアナログスキル」、「『言葉にならない』をコトバにする」、「バグに垣間見るこの世の真理」と話が転がりゆく。
ふたりの語り切れない漠然は「レベル0とレベル0.1の違い」に触れ次回に続く!
毎週金曜日配信の「終わらない雑談」。
【目次】
- 00:00:00 紙折りの未知なる挑戦
- 00:05:18 現代で失われつつある虚構認識力
- 00:14:59 “知”を飼いならすアナログスキル
- 00:22:40 「言葉にならない」をコトバにする
- 00:30:38 バグに垣間見るこの世の真理
- 00:34:13 レベル0とレベル0.1の違い(導入)
【要約】
- 00:00:00 紙折りの未知なる挑戦
3回にわたるひとり語り回を経て、久しぶりにハマナカとどてらいが再会。冒頭では、ハマナカがこの間に取り組んでいた塗装仕事の話から始まる。エアブラシで大きなものに均一に塗料を乗せることは、デジタルのバケツツールのようにはいかない。吹ける範囲、塗料の厚み、重なり、ムラ、ゴミ、削り直し。色を塗るだけのはずが、実際には層を積み、削り、整える彫刻のような作業だったという。アナログ作業に宿る身体感覚と、手を動かさなければわからない難しさが語られていく。
- 00:05:18 現代で失われつつある虚構認識力
話は、#27の「おそれ分類論」へのアンサーへ。ハマナカは、恐れの根っこには命の危機があると語り、どてらいも犬、強風、夢の国、人の群れへの恐怖をそこに結びつけて考える。夢の国のような場所は、現実の上に仮想のレイヤーを重ねるエンターテインメントでもある。そこへ自覚的に没入するなら楽しいが、没入していることに無自覚になると、現実との接続を忘れてしまう危うさがある。現代社会には、さまざまな仮想レイヤーがあり、人はいつの間にかその中で生きている。虚構を虚構として扱う力が、いま改めて問われているのかもしれない。
- 00:14:59 “知”を飼いならすアナログスキル
続いて話は、情報と身体感覚の違いへ。パンチの打ち方を知識として知っていることと、実際に打つ、受ける、痛みを知ることはまったく違う。武道を通じてどてらいは、何を怖がるべきで、どこを守ればいいのかという「正しい怖がり方」を身体で覚えてきた。ハマナカも塗装の経験から、均一に塗るには手先だけでなく、距離、速度、重心、身体全体の制御が必要だったと語る。検索やAIで情報は手に入るが、それを自分の感覚として扱えるようにするには、失敗し、体験し、身体でフィードバックを受け取る必要がある。
- 00:22:40 「言葉にならない」をコトバにする
話は、自分の中の信仰や表現手段へ移る。ハマナカは、言葉を超えたものへの渇望を持っている。一方、どてらいは、言葉そのものへの信仰があると気づく。言葉は万能ではない。けれど、人間のコミュニケーションの中心にあり、薬にも刃にもなり、人の感情を大きく動かす。漠然とした感覚を言葉にするのは野暮ではないか、とかつては思っていたどてらい。しかし今は、言葉にならないものをあえて言葉にし、漠然図鑑に載せて共有することにアート性を感じている。完全には言い切れないものを、それでもコトバにしてみる。その行為こそ、バク然らいぶらりの核なのかもしれない。
- 00:30:38 バグに垣間見るこの世の真理
ハマナカは「矛盾」という概念が好きだと語る。絶対に何でも貫く矛と、絶対に何でも防ぐ盾。それらがぶつかった時に起きる解決不能な何か。論理では処理できない矛盾や無限のようなものに、真理の気配があるのではないか。ゲームで言えば、通常のルールでは起こり得ないバグや、世界の外へ落ちてしまうような現象。バグは失敗や不具合であると同時に、その世界の仕組みや限界を一瞬だけ見せてくれる。言葉でも、ビジュアルアートでも、写真でも、そうした「既存の枠組みを超えた何か」を表現しようとして、人は足掻いているのかもしれない。
- 00:34:13 レベル0とレベル0.1の違い(導入)
終盤では、ツール選びと失敗の話へ。AI、ペンタブ、画材、ソフトウェア。どれを使うべきかは、ハウトゥーだけでは決まらない。大事なのは、自分が何をしたいのか、何に困っているのか、なぜそのツールが必要なのかを考えること。すごい人が使っているツールを買えば自分もできると思う時期はあるが、実際に使ってみて「そういうことじゃない」と気づくことにも価値がある。レベル0とレベル0.1は全然違う。少し触って失敗しただけでも、見える問いや足りないものが変わる。この話は次回へ続く。
【漠然なる気付き】
- デジタルでは一瞬で塗れる色も、アナログでは厚み、ムラ、重なり、削り直しを伴う。現実の作業には、情報だけではわからない層がある。
- 恐れの根っこには、命の危機がある。犬、強風、人の群れ、夢の国への恐怖も、突き詰めると自分の身を守る感覚につながっている。
- 夢の国やゲームやネット空間は、現実の上に仮想のレイヤーを重ねるもの。そこに自覚的に没入できるかが大事である。
- 虚構認識力とは、現実ではないものを現実ではないと知りつつ、その中で遊ぶ力なのかもしれない。
- 情報として知ることと、身体で理解することは違う。パンチの知識と、実際に受ける痛みは別物である。
- “知”を飼いならすには、検索やAIだけでは足りない。実際にやる、失敗する、感覚としてフィードバックを受けることが欠かせない。
- どてらいの信仰には「人をがっかりさせたくない」がある。そこから「楽しませたい」という表現欲が生まれている。
- ハマナカには言葉を超えたものへの渇望があり、どてらいには言葉への信仰がある。道具は違っても、目指している場所は近い。
- 「言葉にならない」を言葉にすることは、野暮ではなくアート性を持つ行為なのかもしれない。
- 矛盾や無限は、論理だけでは扱いきれない。だからこそ、そこに真理の気配や表現の面白さが宿る。
- バグはただの失敗ではなく、その世界のルールや限界を一瞬だけ見せてくれる窓でもある。
- 失敗して「これは違う」と知ることにも価値がある。レベル0とレベル0.1の間には、大きな差がある。
- 第30回は、ふたり語りで、恐れ、身体知、言葉への信仰、矛盾、バグ、失敗の価値まで転がった再始動回だった。
【本日の漠然マイスター】
- ハマナカ
紙折り人。DJやプログラミングもする。折り紙デザインスタジオ Kamiori-Studioを運営している。
漠然スタイルは「神降ろし」。0から1を作ることに没頭している研究家気質のマイスター。
ハマナカのInstagram
- どてらい
物書き。空手やたこ焼き職人もする。主に雑誌『散歩の達人』で執筆、トンチキ企画担当。
漠然スタイルは「イタコ」。他人格を憑依させるように感覚を拾うマイスター。
どてらいのInstagram
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