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バク然らいぶらり今回は、シェア型書店「えにしの本屋」店主・えにしさんが登場。
本棚に並ぶ背表紙の連なり。
そこには、持ち主の思考や暮らしがにじみ出ている。
なぜ、その本を所有しているのか。
なぜ、その順番で並べたのか。
電子書籍でも、図書館でもなく、自分の本棚に置いておくことにはどんな意味があるのか。
えにしさんが投げ込んだ漠然から、話は「オレライブラリ」、「自分という幹と、本の剪定」、「見せるための本棚と、見せられない本棚」、「シェア型本屋というメディア」へと広がっていく。
本棚は、ただの収納ではない。
人に見せられる自分であり、まだ見せられない自分でもある。
そして終盤では、えにしさんをめぐる謎の試験も……?
今日もお聴き流しください。
【目次】
【要約】
00:00:00 本棚は、人を語る
マイスターネーム「えにし」さんから届いた投書をきっかけに、本棚に並ぶ背表紙から持ち主の思考や暮らしを想像する話へ。
千葉県流山市のシェア型書店「えにしの本屋」店主・えにしさんを迎え、本棚はただ本が並ぶ場所ではなく、その人の頭の中や生活の跡が漏れ出す場所なのではないかと考えていく。
00:07:10 自分という幹と、本の剪定
他人の本棚を見ると、漫画、社会学、サブカル、都市、ジャンクションなど、一見ばらばらな興味の奥にその人らしさが見えてくる。
ジャンル、サイズ、作者、出版社など、本棚の並べ方にも無意識が出る。やがて話は本棚整理へ。不要な本を手放し、今の自分に必要な枝を残す作業は、片付けというより剪定に近い。
00:15:57 見せるための本棚と、見せられない本棚
シェア型本屋に並ぶ棚は、パブリックな空間に置かれた個人の表現。そこには、売るためのフィルターや人に見せるためのフィルターがかかっている。
一方で、自宅の奥にある本棚には、もっと剥き出しの自分がいる。人に勧める本と、自分の奥に残している本には別の顔がある。
00:17:33 シェア型本屋というメディア
シェア型本屋は、本屋であり、ギャラリーであり、メディアでもある。本棚に人はいなくても、選書や並びを通じて、そこにいない誰かとのコミュニケーションが生まれる。
えにしさんは、棚主たちの本棚からどんな文化が生まれるのかを見守っている。あえて統制しすぎない無法地帯のようなうごめきに、シェア型本屋の面白さがある。
00:23:09 シェア型本屋は不動産業なのか
シェア型本屋のビジネスモデルは、小売りというより空間貸しに近いのではないかという話へ。
ひとりで本屋を維持するのは難しい。だから20人、50人、100人で棚を持ち寄り、街に本のある場所を残す。店主の役割は、本を売ることだけではなく、集客、空間整備、棚主が対価を感じられる場づくりにもある。
00:30:00 地域の本を、地域の人へ
えにしさんがやりたいことのひとつは、地域で生まれた本を地域の人へ届けること。
流山、柏、松戸周辺には地域の本を作る人がいるが、大型書店にはなかなか並ばない。えにしの本屋は、作った本が手に取る人へ届く実感を生む、地域の文化循環の拠点になれるかもしれない。
00:33:20 特別な本屋に行く理由
専門性が高く、そこに行かないと出会えない本がある場所。店主の思想や選書が見える場所。カオスで偏っていて、その偏りこそが魅力になる場所。
シェア型本屋は、ひとつの空間に複数のオレライブラリが並ぶ場所でもある。Podcastと本屋が連動する形も考えられそうだ。
00:39:23 漠然マイスター認定試験、合格
終盤、今回の収録は日本漠然研究学会の厳正なる試験だったことが明かされる。
えにしさんは投書による筆記試験と、今回のトークによる技能試験を経て、見事に漠然マイスターライセンスを取得。しかも一気に1級合格。10人目の漠然マイスターが爆誕した。
【漠然なる気付き】
【本日の漠然マイスター】
【インフォメーション】