沼にはまった制作、そもそもプレイヤーは何を目指すのか
この回は、山本さんが前回の宿題に取り組む中で行き詰まった、という報告から始まります。
前回の最後に「次はある程度ゲームの形を作りたいな」と言ってた気がするんですけど。考えれば考えるほど沼ってしまって。もう一度相談させてください、みたいな感じで。
前回、二人は「銀河鉄道の夜」がどんな話で、遊び終えた後にどんな感覚になればいいかを話していました。そこで出たのが「星が見たくなる」というキーワードです。
山本さんはそれを外してはいけない中心に据えました。ただ、そこから次の設計に進もうとした瞬間に大きな壁にぶつかったといいます。
プレイヤーはその何を目指すんだろう、みたいな。もう一つの疑問が、そもそもプレイヤーって誰だろう、誰で何をしてるんだろう、みたいな。
つまり相談の中身は、プレイヤーは誰で、何をしていて、何を目指すのか。ゲーム的に言えば勝利条件をどう定めるか、という問いです。
既存ゲームの勝利条件から考える
まず二人は、有名なボードゲームで「プレイヤーは何者で、何が勝ちなのか」を確認していきます。
カタンは無人島を開拓していくゲームなんですけど、無人島の開拓者で、そこに家とか道とかを作っていって、ポイントを稼ぎましょうみたいな感じですね。
カタン複数のプレイヤーが無人島を開拓し、資源を集めて道や街を作り、規定の勝利点を先に得た人が勝つ定番のボードゲーム。では、より無人島を発展させた人が勝ちになります。プレイヤーは開拓者、勝利条件は勝利点です。
人生ゲームの場合、プレイヤーは普通の人間で、最終的に一番お金を持っていた人が勝ちになります。
令和版人生ゲームみたいなやつだと、フォロワーを稼ごうとか、ウェルネスポイント、ウェルポを稼ごうみたいなバージョンがあったりとか。結局やってること一緒なんですけど。
山本さんは、勝利条件とは「そのゲームの中で何を持っているのが、何をしているのが良いとされるかを表すもの」だと整理します。
すると次の問いが浮かびます。『銀河鉄道の夜』に、そもそも勝ち負けという概念はあるのか、という点です。
ウィングスパンに学ぶ「大きな目標を点数に置き換える」
ここで山口さんが、最近遊んだ別のゲームを例に出します。
この間ウイングスパンをやりまして。久々にやって思ったのが、大上段には、盤面の鳥をなるべく豊かにするみたいなことが一応あのゲームの目標じゃないですか。それを数値化する上でポイントにしてるっていう。
ウイングスパン鳥をテーマにしたボードゲーム。カードで様々な鳥を集めて生態環境を育て、その豊かさを勝利点として競う。では、作者の鳥への偏愛が詰まっている、と山口さんは感じたそうです。
そこから山口さんは、勝利条件の作り方に一つの順番があるのではと考えます。まず大きな目標があり、それを定量化するとポイントや早さになる、という流れです。
だからこそ、では『銀河鉄道の夜』の「大上段の目標」は何なのか、という問いが改めて立ち上がります。
幸せは点数にできるのか、そして協力戦という可能性
テーマは「ほんとうのさいわい」にまつわることだ、という点で二人の見方はほぼ一致します。ただ、原作自体が「それって何なんだろう」で終わっている難しさがあります。
シビアにして一点稼いでやるぜみたいな、そういうゲームではない気もするんですよね。なので、あの、考えてるのは協力戦とかもありかなみたいなも思っていて。
山本さんが挙げたのが協力戦という別ベクトルです。今のイメージは、四人でゴールを目指す形だといいます。
その場合、戦う相手はプレイヤー同士ではありません。盤面の出目など、進行そのものにいかに抗うかがゲームになります。
プレイヤーは誰か。乗客か、鉄道か、星か
もう一つの難問が「プレイヤーは誰か」です。山本さんは、この世界はいろんなものに主体が宿っていそうだと話します。
シンプルに登場する鳥とか、タイタニックで遭難した人とか、カムパネルラとかジョバンニなのか、それとも普通に乗客なのか。あとはもっと広く鉄道とか星とかなのかみたいな。結構いろんな主体は考えられる。
山口さんが「どう絞るのか」と尋ねると、山本さんは二つの基準を挙げます。作りたいゲームの目的から逆算すること、そしてプレイヤーがイメージしやすいことです。
急に「あなた鉄道です」って言われても「う?」ってなるし。プレイのしやすさみたいなっていうところを加味して一つに絞るみたいな。
一方で山口さんは、物語の構造の面から鉄道の役割を捉え直します。
鉄道があるから、主人公とかの意思に逆らえない運命の象徴として鉄道があるわけですよね。エスカレーターでも何でもいいんですけど、自動で進んでっちゃうもの、勝手に進んでいくものとして。
ただし山口さんは、実は鉄道はそこまで重要ではないのかもしれない、とも感じているといいます。運命の比喩を鉄道にして乗客を主体にすることに、まだ腑に落ちきらない部分があるようです。
勝手に動く列車という発想
それでも二人は、遊び始めのワクワク感は大事にしたいと確認します。
「銀河鉄道に乗り込んで、この銀河を巡りながらなんかなんとかするんです」っていうのがやっぱり普通にワクワクするなみたいな。
ここで山本さんが、ギミックの案を出します。人生ゲームのように自分でコマを動かすのではなく、列車が勝手に動く形です。
さっき言ったみたいに鉄道は勝手に動くみたいな。つまりすごろくのコマが勝手に動くわけで。結構なんかそれってゲームとしては斬新な気がしてて。
対戦型ですごろくにすると四人分の列車が必要になり、世界観と合わない。そこで一つの列車がゆっくり進む形が浮かびます。
止まった駅でどんなアクションをするか、途中下車するか、また戻るか、そこで下車するか。そういう選択が体験の核になる、というイメージです。
遊ぶ人やタイミングで価値観が変わる、流動的な得点。現実の自分と接続する
誰が遊んでも同じになる固定的な得点。石やチップとして駅で集めるイメージ
山口さんは、変わるものと変わらないものが両方あるとよいのでは、と提案します。全部を変数にすると、盤面がぐちゃぐちゃになってしまうからです。
マジックサークルを破る。現実と盤面が地続きになる遊び
山本さんは、この設計が持つメタな面白さと、同時に沼の原因も指摘します。
結局ゲーム空間と現実の空間をちょっと突き破っているわけじゃないですか。
マジックサークルゲームの中だけに成り立つ特別な空間や約束事を指す概念。その中では現実とは別のルールや価値観が通用する。という考え方があります。人生ゲームでお金持ちが勝ちになるのも、その内側だけの話です。
山本さんは、その線をあえて破るところが、宮沢賢治的な越境の感じに近いのではないかと話します。現実での振る舞いが盤面の勝敗に侵食してくる遊びです。
他人のために。協力して「幸いポイント」を集める
山本さんが、どうしても入れたい要素として挙げたのが「他人に何かをしてあげる」ことです。
サソリの赤い火の話があったりとか、結局カムパネルラもそうで。宮沢賢治として日蓮宗いいなってなったのも、幸せのために何かをするっていう考え方が刺さったんじゃないかなっていう気がするので。
ただ、これはボードゲーム的には難しい要素です。プレイヤーが別々に勝負するなら、普通はいかに邪魔をするかになってしまうからです。
だからこそ協力戦、という発想に戻ってきます。コミュニティやコミュニケーションがうまく回っている方が有利であってほしい、と山口さんも同意します。
めっちゃギスギスしてなんかポイント取って、「俺が幸せだぜ、勝ちだぜ」みたいなのは違う気しますよね。
「いや、違う、俺の方が絶対幸せ」「その幸せポイント俺の」みたいな。全然違うからみたいな。
最後に山本さんは、原作を思わせるフレーズに立ち返って方向性をまとめます。
プレイヤーは銀河鉄道の世界で協力し合いながら、いろんなものを見て、集めて、感じて、幸いポイント的なものを協力して集めましょう、かな。
乗客になるのか、乗客と鉄道と星に分かれるのか。役割はまだ決めきれていませんが、二人の中で方向性ははっきり見えたようです。
まとめ
『銀河鉄道の夜』のボードゲーム化を、勝利条件という切り口から掘り下げた回でした。幸せをどう点数にするか、プレイヤーを誰にするかという難問に対し、協力戦や「勝手に動く列車」といった具体的な手がかりが見えてきています。
- 勝利条件とは「そのゲームの中で何が良いとされるか」を点数に置き換えたものだと整理された
- 得点源として、遊ぶたびに変わるプレイヤーの幸せと、普遍的な自然科学の気づきの二軸が候補に挙がった
- 列車が勝手に動くギミックや、駅での下車・アクションという体験イメージが具体化した
- ゲーム空間と現実を地続きにする越境的な設計が、宮沢賢治のテーマと重なると考えられた
- 他人のために動く要素を活かすため、みんなで幸いを集める協力戦という方向性が見えてきた
