初案は「他人のさいわいを探すゲーム」
今回は前回の話を受けて、山本さんが作ってきたゲームの素案が披露されました。
どんなゲームかというと、自分以外のプレイヤーが幸せを感じそうなカードや物を集めるゲームです。
盤面は銀河鉄道の駅が描かれたマップで、すごろくのマスのようになっています。プレイヤーはその上を動く列車に乗っている設定です。
列車はサイコロに沿って勝手に動いていきます。誰がどこへ進むかを操作するより、動いていく中でプレイヤーがどう意思決定するかが焦点になります。
自分以外のプレイヤーが幸せを感じそうなカードとか物を集めようっていうゲームになってます。
駅マスに止まると、その駅で降りることができます。降りるとカードを引くことができ、そこには『銀河鉄道の夜』に出てくるリンゴやお菓子、鳥などのモチーフが描かれています。
ゲームが終わると、プレイヤーは手札から他のプレイヤーへ一枚ずつプレゼンします。相手が幸せそうだと選んでくれたらポイントを獲得する仕組みです。
自分の幸せと、他人の幸せの点差
集めるカードは大きく二種類が想定されています。ひとつはリンゴや牛乳瓶のような物理的なもの。もうひとつは「誰かのためになること」や「友達とお祭りに参加する」といった出来事や経験です。
点数のつけ方には工夫があります。自分が幸せを感じるカードは一点ですが、他のプレイヤーが幸せを感じそうなカードを選ばれると二点になります。
つまり、自分のさいわいを集めつつも、より高い点は他人のさいわいを言い当てることで得られる設計です。
最終的には自分の目標カードとか、自分が幸せを感じるカードは一点なんですけど、他のプレイヤーが幸せを感じそうかなっていうのを選ばれたら二点みたいな感じで、他のプレイヤーの幸せを探しに行くっていうゲームになってます。
プレゼンは一人につき一枚。四人でプレイするなら自分以外の三人に対してプレゼンするので、最大で六ポイントを得られる計算になります。
列車の中でしか話せないという仕掛け
もうひとつのギミックが、会話の制限です。列車の中に乗っている時だけ、他プレイヤーとゲームにまつわる会話ができます。
駅に降りると外に出るため、中の人と話せなくなります。降りている間は情報が得られない状態になる、という案です。
何かしらこの列車に乗っているそこの会話を中心に、この人が好きそうなこととか、この人が幸せを感じそうな、幸いを感じそうなものって何かなっていうのを探しながら、駅で降りて回収していくみたいな感じのゲームです。
降りている人にも会話が聞こえてしまう点はまだ検討中で、耳を閉じるような表現も考えられています。列車内で語り合う時間の良さを、なんとかゲームに残したいという意図があります。
五十音カードは面白い、でも違う
やまぐちさんは、カードを物や出来事ではなく五十音にして、集めた文字で相手が幸せそうな言葉を作る案を出しました。捨てカードが減り、自分で組み立てる楽しさが生まれるのではという発想です。
山本さんはゲームとしての面白さは認めつつも、方向性が違うと感じています。文字を作る作業に脳を使うと、相手のことを考える体験が薄れてしまうためです。
文字を作ることに何か脳みそを使うようになってしまうと、ちょっとプレイ感が文字を作るゲームみたいな感じになるようなイメージがして。
むしろ「ここにもなかった、これはこの人に合うかな」と手札から探る行為そのものが、『銀河鉄道の夜』らしいと山本さんは考えています。
時代で変わる「さいわい」をどう扱うか
話は原作のテーマである「本当のさいわい」に及びます。カードに書く内容は、万人ではなく誰かにとってのさいわいであるべきだと山本さんは言います。
ここで山本さんは、作品が書かれた時代と現代の感覚のずれを指摘しました。
これを書かれた時代の幸いって多分生きてることなんですよね。平均年齢が多分四十歳そこらで、宮沢賢治も妹を亡くしてとか、農業に注力するぐらいの食べ物が必要。
当時は健やかに生きていること自体が幸せでした。一方で現代では、人間関係や趣味の時間、自己実現へと幸せの中心が移りつつあると話します。原作に忠実にするか、現代に即すかでカードの中身も変わってくるという悩みです。
やまぐちさんは、単にだらだら生きればいいわけではなく、「どう生きれば幸いなのか」という問いは現代にも通じると応じます。
山本さんは、あえて牛乳瓶のように普通では思いつかない、少し距離のあるカードがあっても面白いのではと考えます。「それってどういうことだろう」と考える余白を残したいという狙いです。
この人のためになることが、この人が幸いになることの中に初めて自分の幸いがある、みたいな文脈があったと思うので。
すごろくである理由と、シンプルさへの志向
山本さんは、小さな子でも遊べるシンプルなゲームを目指していると話します。参考にしたのは、ドイツのHABAという子ども向けボードゲームブランドです。
やまぐちさんは、カードを集めるだけならすごろくである必要はないのではと問いかけます。
カードを集めるだけなら、すごろくタイプである必要ってないのでは。それがすごろく的である理由は何ですか。
『銀河鉄道の夜』を体験している感じを与えたいから、というのが山本さんの答えです。駅を通過する、乗って降りるという体験こそが原作の追体験になり、かつすごろくは誰もが知っているルールだという理由もあります。
銀河鉄道の本を通じて得てほしいところは、その列車に乗って降りるみたいな、そういう体験なんで。
どこまで原作準拠にするか
二人は、原作にどこまで忠実にするかがこの回の論点だと確認します。原作をそのままなぞると映画のRPGのようになり、飛ばしすぎると別物になる、そのパラメータの調整が課題です。
やまぐちさんは、企画開始時点で二人の知識が「鉄道が出てくる」「星空」「教科書で読んだ気がする」程度だったと振り返ります。まず列車をベースに置き、そこにどこまで近づけるかという考え方です。
さいわいの判断基準の難しさも改めて語られました。「幸せとは何か」は答えにくいものの、四択で並べば「これは自分にはいらない」は選べる、とやまぐちさんは言います。
ただし消去法で選ぶ形は原作の雰囲気とは違うのではという懸念も残ります。そこで、まず思い切り原作寄りに考え、作りながらチューニングしていく方針が共有されました。
まずめちゃくちゃ原作寄りに一旦考えてみるのがいいんじゃないかなと思ってて。で作っていく中で逆にチューニングしていく。
今回はメインの骨格と体験の方向性が見えれば十分な段階です。次は物理的に作って、実際に回しながら空気感の近いものを選んでいくことになりました。
まとめ
『銀河鉄道の夜』のボードゲーム初案として、他人のさいわいを探して集めるゲームが披露されました。原作の追体験と「本当のさいわい」の表現をどう両立するか、その方向性がすり合わされた回です。
- 初案は、他のプレイヤーが幸せを感じそうなカードを集めてプレゼンするゲーム。相手のさいわいを当てると高得点になる。
- 列車の中でだけ会話できる仕掛けが、相手のさいわいを探る体験を生む。
- 作品が書かれた時代のさいわいは「生きていること」で、現代の感覚とのずれをカードにどう反映するかが課題。
- すごろく形式は、乗って降りる原作の追体験と、誰もが知るシンプルさのために採用されている。
- まず原作寄りに作り、実際に回しながら空気感の近い形へチューニングしていく方針で一致した。
