名作をボードゲームに「カバー」するという試み
番組が扱うのは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』がボードゲームになるまでの物語です。進行と企画を担当する山口と、実際に制作を手がける山本龍之介の2人で進めます。
ボードゲームというと、人生ゲームのようなものや、最近若者に流行しているものをイメージする人が多いかもしれません。ですが2人がやろうとしているのは、小説などの概念をボードゲームで疑似体験できるようにすることです。
山口はこれを、楽曲をアーティストがカバーするような感覚だと説明します。あらゆるものをボードゲームで表現しようという勢いから、このプロジェクトは立ち上がりました。
楽曲をアーティストがカバーするみたいな。なんか勢いでボードゲームでできたらいいなみたいなことで、こんなようなのを立ち上げてみて。
テーマがないと始まらないということで、最初の題材に選ばれたのが『銀河鉄道の夜』です。ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道を旅する物語ですが、2人ともまだ細かく読み直してはいません。知っている作品から始めようという理由での選定でした。
山本にとってはプラネタリウムの体験だった
山口が「いつ頃読んだか」を尋ねると、山本は意外な答えを返します。読んだことは多分ないというのです。名作なのに、と山口は驚きます。
ただし物語の概要は知っていました。理由は、プラネタリウムの演目になっているからです。
読んだことは多分なくてですね。ただ物語の概要は知っていて、それはプラネタリウムの演目になってたりするんですね。
山本は宇宙や天体観測が好きで、大学では天文部でした。その流れでプラネタリウムに通い、演目として『銀河鉄道の夜』を何度か見たといいます。
天文部だからといって特別な見方をするわけではなく、おさらいのような感覚だと山本は話します。すでに知っている星座の解説でも、飽きるどころか「いいな」「かっこいいな」と思いながら見るそうです。
山口はこれを落語の楽しみ方にたとえます。話は知っているけれど、誰がやるかで面白さが変わる。山本も、テーマパークのアトラクションが話し手によって微妙に変わる感覚に近いと同意します。
山本にとって『銀河鉄道の夜』は、読む物語というより、銀河鉄道に乗っている気分になる体験でした。
銀河鉄道に乗ってる気分ですね。読むというよりは。乗る側の視点になって。
山口の記憶は猫のアニメと悲しさ
山口の最初の接点は、小学校の朝の読書の時間でした。宮沢賢治や芥川龍之介を読んだのが最初の記憶だといいます。
次の記憶は、夏休みに放送されていたBSアニメ劇場です。そこで『銀河鉄道の夜』のアニメを見たことを覚えていました。
猫ですね。
登場人物が猫で描かれたそのアニメを、山口も見た記憶があると話します。山本が「なぜ猫なのか、カムパネルラとジョバンニは人間のはずだ」と疑問を投げかける場面もありました。
2人に共通するのは、細かいストーリーをほとんど覚えていないという点でした。銀河鉄道に乗ることだけは覚えているものの、最後がどうなったかは思い出せません。
ただし作品全体に漂う「悲しさ」の印象は一致していました。アンハッピーエンドかどうかというより、常に悲しさが漂っている感覚だといいます。
常になんか、悲しいって多分、死が連想されるような感じですよね。
盛岡で感じた宮沢賢治の背景
山口は、このプロジェクトを始める前に、たまたま盛岡を訪れていました。宮沢賢治が育った場所は観光地のようになっているといいます。
宮沢賢治は岩手で育ち、裕福とは言えない環境で、37歳という若さで亡くなっています。生きているあいだは全く売れませんでした。
貧しさの中で書き続けた原稿という印象が、作品の悲しさや死のイメージにつながっているのではないか、と山口は話します。
山本は『雨ニモマケズ』を小学校で暗唱したことを挙げ、自然とともに生きる世界観を思い出します。『注文の多い料理店』も、得体の知れない自然と対峙する感覚があると語ります。
なんかそういう得体の知れない自然とか、なんかそういうものと(対峙)みたいな感覚がめっちゃあります。
一方で山口は、子ども時代に『銀河鉄道の夜』を宮沢賢治の他作品の「農業っぽい」イメージと結びつけつつ、銀河鉄道という言葉から999のようなSFっぽさを想像して読み始めた記憶があると振り返ります。
山本は、宮沢賢治には仏教的な世界観や思想が根底にあると聞いたことがあり、それがフィクション的な要素と結びつくのかもしれないと考えを述べます。
ボードゲーム化で大事にする「原初体験」
話題は、テーマのあるものをどうカバーするかに移ります。山口は、映画がRPGゲームになる例を挙げ、内容をなぞるだけの作品もあると指摘します。そのうえで、ボードゲーム化で引っかかりポイントになる部分を山本に尋ねます。
山本は、テーマや作品で一番感じてほしい体験を中心に持ってくると答えます。
山口は、星が綺麗といった原初体験のようなものが意外と重要なのか、と問います。山本はこの「原初体験」という言葉に手応えを感じます。
ゆっくり時間が進むけど、何かに向かっていって終わりがわからないみたいな。ああいう感覚みたいなとこあると思うんですよ。そこをゲームのルールで表現できたらなと思ってますね。
作品を選ぶ
『銀河鉄道の夜』をテーマに設定する
一番感じてほしい体験を探す
作品の中心にある感覚を見極める
ゲームのルールで表現する
その体験を疑似体験できる仕組みに落とし込む
天体好きの山本と、架空世界に憧れた山口
話は2人自身の原体験にも及びます。山本は中学の頃から宇宙や天体観測が好きで、流星群の時期には友人4人で深夜に公園へ行き、レジャーシートを敷いて見ていたといいます。
夜十二時とかに家を出て、地元の公園に行って、レジャーシート敷いて見てみたいな。そして警察の補導がたまに来てみたいな。
大学ではテニスサークルのノリが合わず、天文部に入ったそうです。金曜の夜に車を借りて星を見に行くのが活動のほとんどで、文化祭ではプラネタリウムの解説員も務めました。
一方の山口は、天体や宇宙には興味のない子どもでした。代わりに好きだったのはSFやファンタジーです。
山口が生まれて初めて見た映画は『スター・ウォーズ エピソード1』でした。幼稚園の頃、大人気で席が取れず字幕版を見せられ、内容はわからないまま映像のすごさに圧倒されたといいます。
ほぼ『スター・ウォーズ』を僕は天体観測みたいな視点で見てるわけですよ。ストーリーわかんないから。
山口が惹かれたのは、実在する宇宙の不思議よりも、自分の知らない架空世界への憧れでした。『スター・ウォーズ』のような、現実には存在しない世界に魅力を感じていたと振り返ります。
実在する天体や宇宙が好き。天体観測やプラネタリウムの体験が原点
架空世界への憧れが強い。SFやファンタジー、『スター・ウォーズ』の映像体験が原点
ちょうどいい距離感の題材と、カバーの正統派
Wikipediaを見ながら、2人は『銀河鉄道の夜』に第一稿から第四稿まであり、第一稿と第四稿では全然違う話らしいと知ります。今読まれているのは最終形とされる第四稿です。
ただし山口は、最終形とは第四稿以降の改稿が確認されていないという意味であり、賢治が正式な作品と見なしたということではない、という記述も紹介します。第五稿がどこかに眠っている可能性もある、というわけです。
『銀河鉄道の夜』は映画、アニメ、演劇、プラネタリウム番組など多くのメディアで扱われてきました。2人は、みんな映像などで見ていて、実は本をしっかり読んでいないのではないかと話します。
ジョバンニとカムパネルラがいて、鉄道で旅をする以外の情報が多分出てこない作品か。意外とだから知らないのかもしれないですね。
キャラクターの立った『デスノート』のような作品と違い、『銀河鉄道の夜』はカムパネルラの性格を答えられる人もほぼいません。それなのにうっすらとイメージが残り、何度もリメイクされてきた点に、2人は原作の強さを感じます。
山口は、小説を全く違うアウトプットに変えつつ要素を落とさないカバーの例として、伊坂幸太郎の『マリアビートル』を映画化した『ブレット・トレイン』を挙げます。
アウトプットと側が全く違うんだけど、めちゃめちゃ正統派だなと思ってる。
2人は、覚えていないからこそ今回はちょうどいい距離感の題材だと結論づけます。あえて読み直さないまま曖昧な記憶で語り、次回は読んだうえで解像度を上げて話す構成です。
いいテーマだったなぁ。ちょうどいい距離感が。
まとめ
名作なのに実は覚えていない、という距離感から『銀河鉄道の夜』のボードゲーム化は始まります。初回は、あえて読み直さずに2人の曖昧な記憶とイメージを語り合う回でした。
- 山口も山本も『銀河鉄道の夜』を「悲しさが漂う作品」として記憶しているが、細かいストーリーはほとんど覚えていない
- 山本にとっては読む物語ではなくプラネタリウムの体験、山口にとっては猫のアニメの記憶が入り口になっている
- ボードゲーム化では、作品で一番感じてほしい体験を中心に置き、それをゲームのルールで表現することを目指す
- キャラの立たない作品なのに何度もカバーされてきた点に原作の強さがあり、覚えていない今の距離感がちょうどいい題材だと2人は結論づけた
- 次回は実際に作品を読んだうえで、どこをゲームにしていくかを話す予定
