錬金術の起源は漫画の原作と作画っぽい?伝説の錬金術師マリアとハイヤーン
サイエントークのレンさんとエマさんが、「漫画の原作と作画のタッグって熱くない?」という雑談から、古代ギリシャの理論とエジプトの技術が出会って錬金術が誕生した背景、歴史上最初の錬金術師マリア、伝説のアラビアの錬金術師ハイヤーン、そして「賢者の石」への探求までを語りました。その内容をまとめます。
原作と作画のタッグ感 ── 理論×技術が熱い
漫画には、ストーリーを考える「原作」と絵を描く「作画」が別々の人というスタイルがあります。デスノート大場つぐみ(原作)と小畑健(作画)のタッグで描かれた週刊少年ジャンプ連載のサスペンス漫画。2003〜2006年連載。、推しの子赤坂アカ(原作)と横槍メンゴ(作画)による週刊ヤングジャンプ連載の漫画。芸能界を舞台にしたサスペンス作品。、ドクターストーン稲垣理一郎(原作)とBoichi(作画)による科学冒険漫画。文明崩壊後の世界を科学の力で再建するストーリー。、約束のネバーランド、さらには昔の明日のジョー高森朝雄(梶原一騎)(原作)とちばてつや(作画)による1968〜1973年連載のボクシング漫画。スポーツ漫画の金字塔。もそうだとレンさんは紹介します。
原作ってちょっと理論を考えるみたいなことじゃん。作画って技術じゃん。理論と技術の合体を、なんかそのタッグ感が熱いと感じてしまう現象あると思ってて
一人の作家がすべてを担うのとは違う、「考える人」と「作る人」が出会ったときの化学反応。この感覚が、実は錬金術の始まりとそっくりだ——というのが今回のテーマです。エマさんは、現代でも理論物理学者と計測器を作るエンジニアがタッグを組んでKEKの加速器KEK(高エネルギー加速器研究機構)は茨城県つくば市にある研究機関。素粒子物理学の実験用加速器を運用し、小林・益川理論の検証などに貢献した。が生まれたことを例に挙げ、理論と技術の合体の重要性に共感していました。
錬金術誕生の背景 ── ギリシャの理論がエジプトに伝わった
人類は大昔から「水を火にかけるとなぜ消える?」「塩を水に入れるとなぜ見えなくなる?」といった疑問を抱いてきました。物質が変化するプロセスを理解し、自由に操りたいという願望は、科学の原動力そのものです。
古代ギリシャの哲学者たちは、ワインを片手に「この世は何でできているのか」を議論していました。なかでもアリストテレス古代ギリシャの哲学者(前384〜前322年)。論理学・自然学・倫理学など幅広い分野で体系的な学問を打ち立て、西洋思想に決定的な影響を与えた。が唱えた「万物は土・火・空気・水の4つの元素からできている」という理論は非常によくできていたため、彼の死後も図書館や博物館を通じて世界中に広まっていきます。
しかし、これはあくまで理論。実験で正しいかどうかを確かめる技術は、まだギリシャにはありませんでした。エマさんが「目の前で起きてることだけ見たら合ってるように見えるもんね」と指摘したとおり、日常の感覚では反論しにくい、うまくできた説だったのです。
一方、エジプトにはすでに高い技術がありました。ミイラ古代エジプトで行われた遺体の防腐処理。ナトロン(炭酸ナトリウムを含む天然鉱物)で脱水し、樹脂や香油で保存するなど、経験的な化学技術が用いられた。の防腐処理、ピラミッド古代エジプトの巨大石造建築物。精密な測量と幾何学的な計算に基づいて建設されたが、背景にある数学理論(三平方の定理など)はギリシャほど体系化されていなかった。を建てるための測量技術など、「理論がないのに技術がものすごく進歩していた」特異な場所です。
そこにアリストテレスの四元素説が入ってきます。技術を持つエジプト人がこの理論を聞くと、こう考えるのは自然でしょう。
じゃあこの4つをいろいろこねくり回せば何でも作れること?ってなる
金は「金属光沢がある」「黄色い」「柔らかくて加工できる」という性質を持っています。元素的な考え方に従えば、それぞれの性質を持つ物質をうまく混ぜ合わせれば金が作れるのでは——。今なら原子レベルで別物だとわかりますが、元素説の世界観では十分に論理的な発想でした。これが紀元前200年頃に生まれたとされる、錬金術の出発点です。
当時エジプトで行われていた金属加工の技術は「キメイヤ」と呼ばれていました。そしてエジプト自体が「黒い土地」を意味する「ケム」と呼ばれていたことから、ケミストリーの語源はこのあたりにあるのではないかとも言われています。
歴史上最初の錬金術師マリア ── キッチンで実験する女性
歴史上最初の錬金術師と言われているのは、ユダヤ人のマリア「ユダヤ人のマリア」(Mary the Jewess)。紀元1〜3世紀頃にエジプト・アレクサンドリアで活動したとされる伝説的な錬金術師。湯煎器(ベインマリー)の発明者としても知られる。という女性です。彼女はエジプトのアレクサンドリア紀元前331年にアレクサンドロス大王が建設した古代エジプトの港湾都市。世界最大の図書館(アレクサンドリア図書館)があり、学問の中心地として栄えた。に住んでいたとされ、自宅の台所で家庭にある調理器具を使って実験をしていたのではないかと言われています。
よくそういう発想に至るな。普通に料理しとけばいいものを
マリアは台所の道具で化粧品や香料を作っていたとされ、さらにガラス細工で独自の実験器具も製作していたと伝わっています。特に注目すべきは蒸留装置の開発です。当時、蒸留という概念自体はあったものの、きちんとした器具は普及していませんでした。マリアは加熱した蒸気を管の先で冷やして集める仕組みを自作していたようです。
さらに驚くべきは、ミョウバンカリウムやアルミニウムの硫酸塩からなる鉱物。水に溶けやすく、古代から染色・なめし革・浄水などに使われてきた。を水と一緒に加熱・蒸留して硫酸化学式H₂SO₄。非常に強い酸で、現代でも化学工業の基本物質。古代の錬金術師が初めて精製法を見出した物質の一つ。を作ることもわかっていたという点です。レンさんも「台所で硫酸作ってたなと思って」と苦笑していました。
伝説の錬金術師ハイヤーン ── アルカリもアルコールもアラビア語
マリアの時代からさらに歴史が進むと、古代ギリシャやエジプトが衰退し、世界中の知識が集まる場所としてイスラム王国7世紀以降にアラビア半島を中心に広がったイスラム帝国。ギリシャ・エジプト・ペルシャ・インド・中国など各地の学問を翻訳・吸収し、科学技術の黄金時代を築いた。が台頭します。エジプトの「キメイヤ」という言葉にアラビア語の定冠詞「アル」がついて「アルキミア」となり、これが英語の「アルケミー(alchemy)」の語源になったとされています。
このイスラム圏で活躍した伝説的な錬金術師が、721年頃に生まれたハイヤーンジャービル・イブン・ハイヤーン(Jābir ibn Hayyān)。8世紀のアラビアの錬金術師・化学者。「化学の父」とも呼ばれ、多数の実験技法と化学物質を発見・体系化したとされる。ただし後世の著作が混在し、実像には議論がある。です。化学・薬学の分野で多くの発明をしたと言われていますが、話が盛られている部分も多く、何が本当なのか判別が難しい人物でもあります。
それでも伝えられている功績は驚くべきものです。
特に有名なのがアランビック丸いフラスコの頂部から斜め下にガラス管が伸びた蒸留装置。液体を加熱すると蒸気が管を通り、冷えた先で液体として回収される仕組み。アラビア語で「蒸留器」を意味する。という蒸留装置です。丸いフラスコのてっぺんから斜め下にガラス管が伸びた形で、中の液体を加熱すると管を通って蒸気が別の容器に集まるという仕組み。レンさんによると、スマホの絵文字で「化学」「実験」と入力すると出てくるあのフラスコがまさにアランビックだそうです。
金属は水銀と硫黄でできている?
ハイヤーンは金属の構成について独自の理論も持っていました。「すべての金属は水銀元素記号Hg。常温で液体の唯一の金属元素。古代から錬金術で重視され、金の隣の原子番号(80)を持つことから、金への変換が試みられた。と硫黄元素記号S。黄色い固体で、火山地帯に多く産出する。古代から薬品や火薬の原料として使われた非金属元素。で構成されている」というもので、その二つの割合を変えることでさまざまな金属が作れると考えていたようです。
面白いのは、前回のエピソードで話題になった中国の辰砂硫化水銀(HgS)の鉱物名。鮮やかな赤色をしており、中国では「丹」と呼ばれて不老不死の薬の原料とされた。水銀と硫黄の化合物。(硫化水銀)と同じ組み合わせだということ。地理的に離れた中国とアラビアで、同じ「水銀と硫黄」に行き着いているのは、この2つの物質が非常にくっつきやすいという化学的性質を反映しているのかもしれません。
またこの時代には、アルカリの概念もハイヤーンによって生み出されたとされています。「アルカリ」のカリは「灰」を意味するアラビア語。つまりアルカリとは「the 灰」ということになります。同様にアルコールの「コール」も、蒸留一般を指す言葉やワインの本質を表す「グール」からきているなど諸説があるそうです。
| 用語 | アラビア語の構成 | 意味 |
|---|---|---|
| アルケミー | アル+キミア | the+金属加工術(エジプトのキメイヤ) |
| アルカリ | アル+カリ | the+灰 |
| アルコール | アル+コール(グール) | the+蒸留物(またはワインの本質) |
賢者の石を探せ ── 万能物質への果てしない夢
錬金術師たちが目指していたのは、単に「金を作る」ことだけではありませんでした。金を作るための万能な触媒のようなもの——何にでも性質を変える鍵になる物質があるはずだと考え、それを探し求めていたのです。
その万能物質に付けられた名前が賢者の石錬金術において、卑金属を貴金属に変え、不老不死の薬(エリクサー)も作れるとされた伝説の物質。英語では "Philosopher's Stone"。ハリー・ポッターシリーズの第1作タイトルとしても知られる。です。賢者の石さえあれば金も作れるし、不老不死の薬も作れる——。レンさんはそう説明しますが、エマさんは「金みたいに現実にあるものならわかるけど、不老不死って現実にないものだから、なんで作れると思ったんだろう」と疑問を呈します。
不可能って誰も思ってなかったというか。生きてるっていう原理がそんなわかってないわけじゃん
不老不死に行き着くぐらいだったら、もう空飛べる薬とかも作れそうじゃない?
エマさんの「空を飛べる薬」という飛躍した発想は笑いを誘いましたが、レンさんによれば「不老不死ってみんなの共通課題。だってみんな死ぬし」。普遍的な願いだからこそ、多くの人が本気で追い求めたのかもしれません。
ちなみに、現代では全く違う方法で「錬金術」が試みられています。水銀から金を作る研究は、原子番号が隣同士(水銀80、金79)であることから実際に行われており、超高電圧をかけて鉛などから金を作ることにも成功しています。ただしコストが膨大で実用化には至っていません。
まとめ
今回のエピソードをざっくり振り返ると、古代ギリシャで「この世は何でできてるんだろう」と考えていた哲学者たちの理論が、高い技術を持つエジプトに伝わり、「じゃあ理論通りなら何でも作れるのでは?」と錬金術がスタート。それがイスラム王国に渡り、世界中の知識と合流して「アルケミー」として体系化されていったという流れです。
レンさんが最後に強調したのは「考えるだけでもダメだし、物を作るだけでもダメ。考えながら作らないと学問は発展しない」ということ。エマさんも「考えるのが得意な人と手を動かすのが得意な人がタッグを組むのが大事」と応じていました。まさに漫画の原作と作画のように、異なる才能が出会ったときに新しい何かが生まれる——それは古代の錬金術も、現代の科学も変わらないようです。
次回は、この「アルケミー」が「ケミストリー」に変わるまでの物語。賢者の石を求めて奔走する変人たちのリレーが始まるそうです。
- 錬金術は「ただ金を作りたかった」のではなく、古代ギリシャの理論とエジプトの技術が出会って生まれた
- アリストテレスの四元素説が広まり、「元素を組み合わせれば何でも作れるのでは」という発想が錬金術の出発点に
- 歴史上最初の錬金術師とされる「ユダヤ人のマリア」は、自宅のキッチンで蒸留装置を自作して実験していた
- アラビアのハイヤーンはアランビック(蒸留器)を発明し、塩酸・硫酸・エタノールなどを精製した伝説の錬金術師
- アルケミー・アルカリ・アルコールなど、現代の科学用語にはアラビア語の定冠詞「アル」が残っている
- 錬金術師たちは「賢者の石」という万能物質を探し求め、それが後のケミストリー(化学)へとつながっていく

