「おっぱっぴー」が流行ったのはパ行のおかげ?
後編の最初の質問は、お笑い芸人の小島よしおさんのフレーズ「おっぱっぴー」についてです。言語オタクの友人が「パ行が多いからヒットした」と言っていたが本当か、というリスナーからの問いを、レンさんが読み上げました。
小島よしおさんが「オッパッピー」で一世を風靡したのは、フレーズにパ行が多いことに起因していると言語オタクの友達が言ってました。詳しい理由はわからないけど、聞き心地や頭への残りやすさなど理由があるなと思います。どう思いますか?
川原さんは、1つの例なので断言はしにくいと前置きしたうえで、パ行の音はかわいらしさを喚起すると答えています。川原さんは以前プリキュアの名前を分析したことがあり、パ行で始まる名前が異様に多かったといいます。
プリキュアの名前の例として、川原さんはパルフェ、ピーチ、パインを挙げました。パ行は唇を使う音で、唇を使った音で始まる名前のプリキュアがとても多いそうです。
パ行のかわいらしさの例は、プリキュア以外にもあります。川原さんによると、ポケモンのフェアリータイプにもパ行が出てきやすく、レンさんは「プリン」を思い浮かべました。オムツの「パンパース」も同じ例として挙がっています。
ポップってなんかちょっと可愛い感じがして、そういうの(「ポップ」という単語)に引っ張られてるのかなって最初思ったんですけど。
レンさんの「ポップという単語のイメージに引っ張られているのでは」という疑問に、川原さんは音そのものにも印象があるのではないかと答えます。ポケモンの名前の実験では、日本語話者だけでなく英語話者やポルトガル語話者もパ行の名前をかわいいと感じたため、特定の単語の影響ではないかもしれない、という見立てです。
川原さんは「おっぱっぴー」について、もう1つの理由として強弱リズムの良さを挙げました。「オ」が強く、小さい「ッ」が弱く、「パ」が強く、また小さい「ッ」が弱く、最後の伸ばし棒が弱いという、強弱が繰り返される基本リズムになっているといいます。
オ(強)
最初の音を強く出す
ッ(弱)
小さい「ッ」で弱くなる
パ(強)
唇を使うパ行で再び強く
ッ(弱)
もう一度小さい「ッ」で弱く
ピー(強→弱)
「ピ」のあと伸ばし棒で弱く終わる
レンさんは、小島よしおさんが今も子どもに大人気で、営業にも子どもがたくさん集まるらしいと話しました。エマさんはそれを聞いて驚いています。
作詞家は母音の消え方まで計算している?
川原さんは最近、あるミュージシャンと作詞について議論しているそうです。テーマは「母音の無声化」で、ウやイの音が聞こえにくくなる現象を、歌の強弱リズムづくりに生かせないかという話です。
母音の無声化の例として川原さんが挙げたのは「好き」です。「好き(すき)」と発音すると、最初の「ウ」が聞こえにくくなります。この無声化をうまく使って強弱リズムを作ると、いい歌になるのではないかと議論しているといいます。
そのミュージシャンは自分で試行錯誤し、強弱リズムを作ると心地よいことは感じていたものの、理由がわかっていなかったそうです。その理由を自分でわかるようになりたいと、川原さんのところへ学びに来たといいます。
みんな無意識に心地いいって感じるなんかリズムとか音とかがあるんだったら、それを学ぶことは確かに、プロの音楽の人とかって重要なのかもしれないですね。
川原さんも、暗闇の中を試行錯誤するのも楽しいだろうとしつつ、言語学や音声学の基礎を学ぶと「こういうことだったんだ」と腑に落ちることがあるはずだと応じました。
レンさんは関連して、YOASOBIの楽曲を作るAyaseさんの話を紹介します。Ayaseさんは番組で、ボーカロイド ── 歌詞とメロディーを入力すると合成音声で歌わせられるソフトウェア、またはその歌声。音の長さや抑揚を細かく調整できますに歌わせるときに細かいイントネーションを区切って調整していると話していたそうです。
例えば「夜に駆ける」のあの「沈むように」は「沈むように」じゃなくて「沈っむように」ってンを間に入れるんだって。それによってよくリズム感が生まれるんだみたいな話をしてて。
川原さんによると、作詞について議論しているミュージシャンも実はボーカロイド系の作り手だそうです。ボーカロイドは編集ができるため、母音をどこまで削ればどんな響きになるのかを細かく試しており、音と真剣に向き合うからこそ疑問が湧いてくるのだろうと話しています。
そのうえで川原さんは、それぞれの音の響きや、どこを削るとどんな音になるかを体系的に学んでから編集すると、作業が効率化するのではないかと考えています。エマさんは、川原さん自身が音楽活動をしたら良い歌ができそうだと笑いました。
濁音と鼻濁音はどこが違うのか
次のリスナーの質問は、ガギグゲゴの「鼻濁音」と普通の「濁音」の違いについてです。両者を使い分けていると聞いたことがあるが、どんなルールがあるのか、という内容でした。エマさんは、そもそも鼻濁音と濁音の違いがわからないといいます。
川原さんはNHKのアナウンサーと仕事をする機会が多く、アナウンサーは鼻濁音を使うよう言われる一方、研修では「鼻濁音とは何か」までは教わらないと聞いたそうです。こういう音だというデモはしてもらえても、仕組みの説明はないといいます。
川原さんの説明では、濁音は口の中が閉じたまま声帯の振動が続く音です。バビブベボなら両唇で口が閉じ、そのあいだも声帯は震えています。ガギグゲゴは口の奥が閉じて発音され、その空気が鼻に抜けないのが濁音、鼻から流れるのが鼻濁音です。
口の奥が閉じ、声帯は振動する。空気は鼻に抜けない。「ガ」
口の奥が閉じ、声帯は振動する。空気が鼻から流れる。「ンガ」に近い
エマさんが試しに発音すると濁音になってしまい、川原さんは「マミムメモを混ぜる感じ」とアドバイスしました。何度か試してエマさんは鼻濁音を出せるようになり、レンさんは「ガとンガが違う」と整理しています。
鼻濁音をアナウンサーが使う背景について、川原さんは山手方言 ── 東京の山の手地域で話されていた言葉。明治以降の標準語の基盤になったとされていますを挙げます。標準語のもとになった山手方言で鼻濁音が使われていたため、NHKのアナウンサーも鼻濁音を使うよう指導されているのではないか、という見立てです。安住紳一郎さんも鼻濁音にこだわっている、と川原さんは話しています。
一方で川原さんは、言語学者は「正しい話し方」という見方をあまり好まないと断っています。アナウンサーという公の場では鼻濁音が正しいとされた時代が長く、それが今も続いている、という説明です。
鼻濁音のルールについて、川原さんは「語中は鼻濁音になるが、語頭は鼻濁音にならない」と説明しました。例はアニメソングで、「ガンダム」の「ガ」は語頭なので濁音、「燃え上がれ」の「ガ」は語中なので「モエアンガレ」と鼻濁音になるといいます。
さらに川原さんは、アナウンサーは助詞の「が」を必ず「ンガ」にしているはずだと話しました。レンさんは「容疑者が」のような言い方を例に挙げ、気にしてみないとわからないと感想を述べています。
結婚の挨拶で義父の鼻濁音に感動した言語学者
エマさんは、一般の人の会話で鼻濁音は使われているのかを川原さんに尋ねました。川原さん自身は鼻濁音を話さない方言の話者で、言語学の論文では鼻濁音の分析が有名なのに自分は話せないことを、もったいなく思っていたそうです。
そんな川原さんの妻は東北出身です。結婚の挨拶で強く緊張していた川原さんは、相手の両親の鼻濁音が美しいことに気づき、心の中で「お父さんになるかもしれないあなたの鼻濁音素敵です」と唱えながら結婚の許可をもらったといいます。
川原さんは、結婚を許されたあとに実際に「お父さんの鼻濁音、お母さんも素敵ですね」と伝えたそうです。レンさんは、結婚の許可の前に言っていたら若干リスクがあったかもしれないと笑っています。
確かにそれ(鼻濁音の話)、結婚前に言うの若干リスクありそうな感じしますね。
東京の人は鼻濁音を使うのかというエマさんの質問に、川原さんは「東京の若い人はもうほとんど使わない」と答えました。使うのは、アナウンススクールに通う人や演劇をやっている人などだといいます。
川原さんによると、鼻濁音は鼻の中で響くため、響きが多少柔らかくなります。レンさんは、この話を聞いたリスナーは今日から鼻濁音が気になってしまうだろうと締めくくりました。
ペンを「いっぽん・にほん・さんぼん」と数えるのはなぜ?
次の質問は、ペンを数えるときに「本」の読みが「いっぽん」「にほん」「さんぼん」と変わることへの疑問です。レンさん自身も気になっていたといいます。
ペンの数え方が1本、2本、3本と変わるあれが納得いきません。昔の人が決めたからと言われればそうなんですけど、これ何のメリットもない気がします。なんでですか?
川原さんにとってこのテーマは「ばっちり専門」だそうです。川原さんは質問者の「メリットが何もない気がします」という言い方を面白がりつつ、メリットはあると答えました。
川原さんは、自分の子どもたちがかつて「匹」を「いちひき、にひき、さんひき」と数えていたことを紹介します。妻が書き留めたメモがあり、これもまさに質問と同じ現象だといいます。
川原さんの単純化した説明では、日本語の和語の「はひふへほ」は、小さい「っ」のあとでは「ぱ」行になり、「ん」のあとでは「ば」行になりがちです。どちらもないときは「はひふへほ」のままなので、数え方には法則性があるといいます。
| 直前の音 | 本 | 匹 |
|---|---|---|
| 小さい「っ」(いち→いっ) | いっぽん | いっぴき |
| 「ん」(さん) | さんぼん | さんびき |
| どちらもない(に) | にほん | にひき |
「よん」の場合は読みが揺れることもあり、難しさもあると川原さんは補足しています。それでも、ろっぽん、じゅっぽんのように小さい「っ」が入れば「ぽ」になるのは間違いないそうです。
川原さんによれば、「本」という単語だけが変な振る舞いをしているわけではない、という点が大事です。では、なぜその法則があるのかという次の疑問にも、川原さんは答えています。
「ん」のあとで濁音になる現象は、いろいろな言語で観察されているそうです。「ん」は鼻濁音と同じく空気が鼻に抜ける音で、空気がよく流れるために声帯が振動しやすくなります。そのため「ん」のあとは声帯の振動が続き、濁音の「ば」を使うことには発音上のメリットがあるといいます。
楽してるみたいな感じなんですかね、口が。
レンさんの問いに、川原さんはそうだと答えています。鼻に抜ける道を塞ぎ、同時に声帯を開くのは大変なので、「鼻に抜くのはやめるけれど、声帯は振動させ続ける」という片方の動作だけで済ませているイメージだそうです。
「いっぽん」については、日本語では基本的に小さい「っ」のあとにハ行が来ないことが関係しています。外来語の「バッハ」や「ゴッホ」などの例外はあるものの、長いHの音を嫌う傾向はいろいろな言語に見られると川原さんは話しました。
エマさんは、「おっぱっぴー」も小さい「っ」のあとに「ぱ」「ぴ」が来ていて言いやすいと気づきます。レンさんが「おっはっひーだったら売れてない」と言うと、川原さんも同意しました。
レンさんは昔流行った「おっはー」を例外として挙げました。川原さんは、ルールから逸脱すると独特の響きが生まれることもあると説明しています。
録音した自分の声が別人に聞こえるのはなぜ?
次の質問は、自分が聞く自分の声と他人が聞く自分の声は本当に違うのか、というものです。川原さんは「これは正しい」と答えました。
川原さんの説明では、声を出すと周りの空気が震え、相手の耳にも自分の耳にも届きます。これが空気経由の音です。同時に、自分の頭蓋骨そのものも震えて耳に直接振動が届きます。こちらは骨伝導 ── 音の振動が空気ではなく頭の骨を伝わって内耳に届くしくみ。骨伝導イヤホンなどにも応用されていますと呼ばれるルートです。
他人が聞く声は空気経由だけですが、自分が聞く声は空気経由と骨経由が混ざっています。そして体は低い音のほうが響きやすいため、自分が話しているときは声がより低く聞こえる、というのが川原さんの説明です。
空気経由だけで届く。録音した声と同じで、思ったより甲高く感じる
空気経由と骨経由が混ざる。体を通ると低い音が強調され、低く聞こえる
レンさんは、遠くのライブ会場から低音ばかりが届くことや、騒音問題でも低い音が問題になりやすいことを例に出しました。川原さんも、低い音は物体を通りやすいと応じています。
最初は自分の声が違和感すごいんだけど、違和感どんどんなくなっていって、こう発してる声と、あの、外から聞く声が一致してくるみたいな現象がある気がしてて。
Podcastで自分の声を編集し続けると違和感が消えていくというレンさんの体感について、川原さんは「認知的に慣れてきたということだと思う」と答えました。
ここで川原さんは、2024年に出した絵本『歌う体の不思議』を紹介しました。ゴスペラーズの北山洋一さんとの共著で、その「聞こえ」バージョンが来年出ることになったそうです。
新しい絵本では、外から見える耳の役割や、耳の中にアンプ役の「テコ」があって外界の震えを二重倍に増幅することなどを扱います。鼓膜の先で起きる震えを脳がどう理解するのかまでを、科学的に嘘をつかない形で、空気のキャラクターたちが体の中を冒険する物語として描いているといいます。
対象年齢を尋ねたエマさんに、川原さんは「絵本なので子ども向けではあるが、声に興味があるすべての人に読んでほしい」と答えました。
続いて耳に関する質問として、補聴器を検討中で、両耳はやりたくない人から「左右どちらか片方だけ選ぶならどちらか」という相談も読まれました。川原さんは専門の医師への相談を勧めたうえで、音が左右の耳に届く時間差は音の方向を探知するのに重要なので、両方あったほうがいいと答えています。
左右どちらが特に重要ということはなく、片方の聴力が極端に弱くなっているならその耳だけを補うことはありうる、というのが川原さんの補足でした。
言葉の変化を起こすのは子どもか、若者か
エマさんが読み上げたのは、フェリックスさんからの言語変化についての質問です。
私たちが今現代使っている話し言葉は、江戸時代の人には通じるかもしれませんが、室町時代の人にはもうほとんど通じないのではないかと思います。それほど言語は変化してきたわけですが、この変化はどうやって起こるのでしょうか。
川原さんによると、言語変化については大きく2つの仮説があります。1つ目は、子どもが大人と少し違うかたちで言語を学び、その新たな言語体系が変化を促すという説です。川原さんは「間違った学び」という言い方は好きではないと添えています。
レンさんは前編に出てきた「背中で抱っこする」という子どもの表現を例に、それが流行れば普通の言い方になるかもしれないと確認しました。川原さんは、音についても子どもが「こう発音するほうがいい」と感じてだんだんシフトしていくことがあると説明しています。
2つ目の説は、若者が自主的に新しい言葉を作るというもので、こちらも有力だそうです。川原さんは最近、就活用語の「ガクチカ」を知らずに笑われたといいます。レンさんは、「学生時代に力を入れたこと」が長すぎるから就活生の誰かが生み出したのだろうと話しました。
川原さんは、若者言葉は悪いことではなく、アイデンティティの表出だと考えています。自分たちにしか通じない言葉を持つことは秘密を共有することでもあり、共同体意識を高めるからです。「ガクチカ」は「就活を頑張っている僕らのコミュニティ」を表す言葉だ、という説明でした。
子どもが大人と少し違う形で言語を学び、その新しい体系や発音が広まっていく
若者が仲間内の言葉を作り、共同体意識を高める。その言葉が外へ広がっていく
エマさんは、自分が使っていた頃には「ガクチカ」がすでに就活生だけでなく大学生全体に広まっていたと振り返ります。レンさんは、SNSで一気に流行る今は言葉が変わりやすそうだと話し、川原さんも変化が早くなっているかもしれないと応じました。
そういうふうに(SNSや動画で)記録が残ることによって、逆に言語の変化の。変化がしなくなるみたいなことってあるんですかね。
エマさんの問いに、川原さんは実験してみないとわからないとしつつ、言語を変化させたいという根本的な欲求があるはずなので、SNSで固定化はしないほうに一票だと答えました。
その欲求の例として、川原さんは新聞の取材で聞いた野球チームの挨拶の話をしています。チームごとに「ざーす」「じゃーす」など挨拶が異なるのは、チーム独特の話し方が連帯感を強め、共同体の形成に役立つからだといいます。
スペイン語は変わりにくく、日本語は変わりやすい?
大学でスペイン語を専攻していたエマさんは、当時の先生から「スペイン語はかなり昔の言葉も今と近い」と聞いた気がすると話しました。それが正しいのか、正しいならなぜ日本語は変化が早いのか、というのが長年の疑問だったそうです。
川原さんは、その話が正しいかどうかはわからないので何とも言えないと前置きしつつ、考えられる要因を挙げています。スペイン語は日本語ほど隔離されておらず、他言語の影響は受けたかもしれない一方、大英帝国以前に世界を支配しそうな勢いがあり、政治的に安定していたため変わりにくかったのかもしれない、という見方です。
もう1つの要因として、川原さんはラテン語 ── 古代ローマの言語。スペイン語やイタリア語、フランス語などの祖先にあたり、中世以降もカトリック教会や学問の言語として使われましたの影響を挙げました。スペイン語はラテン語の直系の子孫であり、ラテン語がヨーロッパで神聖な言語として長く地位を保ったことが「重し」になったのかもしれないといいます。
レンさんは、言語をどれだけ誇りに思い大切にしているかでも変わりやすさが違いそうだと話しました。川原さんはドイツ語を例に、政府がお金をかけて「正統なドイツ語」を厳しく定めていると紹介しています。イギリスについては、レンさんの話を受けて川原さんが「王室英語」に触れました。
日本語について川原さんが挙げたのは、幕末から明治にかけての歴史です。列強に支配されそうになった日本は、一丸となって対抗するために富国強兵 ── 明治政府が掲げた、経済を発展させて国を豊かにし、軍事力を強めるという国家方針を進めました。それまで人々はバラバラの方言を話しており、意思の統一が取れないという問題があったといいます。
列強の来航
江戸時代末期、日本が支配されそうになる
富国強兵
一丸となって対抗するための政策を取る
方言の壁
バラバラの方言では意思の統一が取れない
国語の制定
明治政府が国の言葉を定め、方言を迫害した
川原さんは、「国語」という言葉には政治的な響きがあると指摘しています。それまでの日本には、日本語として統一しなければならない理由がなかったそうです。
一方で川原さんは、方言はそれぞれが財産だとも話しています。方言の保存と、東京方言を1つの軸として日本語がまとまることは、必ずしも矛盾しないというのが川原さんの考えです。
話し方で階級がわかるのはイギリスだけ?
ロンドンでは移民が増えて英語が崩れるのではと言う人もいた、というレンさんの話を受け、川原さんが思い出したのは映画マイ・フェア・レディ ── ロンドンの下町の花売り娘イライザが、音声学者ヒギンズ教授に話し方を矯正され、上流階級の淑女として振る舞うようになる物語。1964年に映画化されましたです。下町の言葉を話すイライザを、言語学者のヒギンズ教授が上流階級と話せるように変える物語だと紹介しています。
イギリスに住むエマさんは、日本では話し方で階級がわかることはあまりない一方、ロンドンではかなりあるらしいと話しました。友人からも、上流階級に見られたくて綺麗な話し方を心がけているうちに今の話し方になったと言われたそうです。
川原さんによると、言語が社会でどう使われ、どんな人がどんな話し方をするのかを研究する社会言語学 ── 言葉と社会の関係を研究する言語学の分野。地域、年齢、性別、階級などによる話し方の違いを扱いますでは、英語の研究でソーシャルクラスが非常に重要な要因になります。一方、日本語の分析ではソーシャルクラスはあまり強い要因として出てこないそうです。
ソーシャルクラス(社会階級)が非常に重要な要因になる
フォーマルさの度合いや男女差が要因になり、ソーシャルクラスは強く出てこない
エマさんは、だから日本語は変化のスピードが速かったのかもしれないと推測しました。川原さんは、自分はこの分野の専門家ではないので、あくまで知っている範囲での答えだと断っています。
「いらっしゃいませ」に違和感があるのはおかしい?
レンさんは、崩れる言葉の代表例は「いらっしゃいませ」だと考えています。アルバイト中に「いらっしゃいませ」がどんどん「しゃせ」になっていった経験があるそうです。
ここでレンさんが紹介したのは、「いらっしゃいませ」と言われると心の中で反抗してしまうというリスナーの声です。
いらっしゃいませって言われるといらっしゃってますけどって心の中で反抗してしまいます。
川原さんは、このコメントにはあまのじゃくな答えをしてしまうといいます。「下駄箱に下駄を入れていますか」「筆箱に鉛筆を入れたらイラッときますか」「(米ではないものを食べるときに)ご飯を食べたらダメですか」という問い返しです。
川原さんの考えは、言葉の意味は変わるものなので、おおらかに受け止めてもいいというものです。レンさんは「めちゃくちゃ納得感がある」と応じました。
エマさんは「ありがとう」の元の意味にも触れ、今では元の意味を考えずに使っていると話しました。川原さんは「お邪魔します」も同じで、本当に邪魔しに行くなら来るなという話になると笑っています。
エマさんは「いらっしゃいませ」への反感を感じたことはなかったそうで、こういう考え方もあるのかと驚いています。川原さんも、質問者の観察は鋭いと評価しつつ、自分の考えは先ほどのとおりだと話しました。
このあとエマさんは仕事の開始時刻のため収録から抜け、ここからはレンさんと川原さんの2人で残りの質問に答えていきます。
AI時代に手書きは必要なのか
レンさんが読んだのは、言語の視点から筆記の必要性を問うリスナーの質問です。
言語という視点で考えた時に、筆記はどれぐらい必要性があると考えられますか?子供たちの学習において、どこまで筆記学習が残っているのか、残っていくのか聞いてみたく質問させていただきました。
川原さんは「難しい」とうなったうえで、前回話した本では文字と音の対立を重視していると説明しました。川原さんが生成AI ── 文章や画像などを新たに作り出すAI。大量の学習データからパターンを学び、それらしい出力を生成しますを気に入らない点の1つは、文字から学んでいるところだといいます。
川原さんによると、AIの訓練データのほとんどはインターネット上のテキストですが、子どもは新聞を読んで言語を学ぶわけではありません。言語の根源は音だというのが川原さんの立場で、前回話した「イントネーションが文字だとなくなる」という問題もそこにつながっています。
訓練データのほとんどがインターネット上の文字データ
親との会話など、音から言語を学ぶ
ただし今回の質問は、文字を前提にしたうえで、手で書くかタイピングするかという話です。川原さんは、書くという身体感覚は大事なので手書きは残ってほしいとしつつ、タイピングにも身体感覚が伴うと言われれば難しいと話しました。
川原さんは、そもそも子どものうちからパソコンを使わせていいのかという疑問を持っているそうです。ただ、日本の小学校教育ではChromebookが導入済みで「ちょっと手遅れ」だといい、GIGAスクール構想 ── 小中学生に1人1台の端末と高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み。2019年に始まりましたについては別途AERAデジタルで対談が出る予定だと紹介しています。
結論として川原さんは、手で文字を書く必要があるのかは科学的・客観的にはわからない、というのが正直なところだと答えました。そのうえで個人的な感想として、手紙はまだ手書きのほうが嬉しいと話しています。
言語学者がグッときたラップのリリック
ヒップホップ好きのリスナーからは、川原さんがグッとくるリリックを知りたいという質問が届いていました。川原さんはラッパーのGORD.さんが大好きで、対談もしたことがあり、落ち込んだときはGORD.さんの曲を聴くそうです。
最近川原さんがグッときたのは、GORD.さんの「生きる理由はわからないが、死ねない理由ならばたくさんある」というリリックです。AIが世界を支配しそうな時代に人生が嫌になることもあり、疲れたときはこの言葉で自分を励ましているといいます。
レンさんはネガティブな言葉だと受け取りかけましたが、川原さんは「すごくポジティブ」だと話します。生きる理由を問うと哲学的になってしまうけれど、死ねない理由ならたくさんあるからです。
川原さんは実際に死ねない理由をメモし始めたそうです。1つ目は子どもが小さいこと、2つ目は親が元気なうちは死んではいけないこと。書き出してみると生きる勇気が湧いてくるといい、引用元の曲はHere is happinessだと紹介しました。
続いて、学生から「眠くなる先生の声はどうなっているのか、抗う方法はあるか」という質問も届きました。川原さんの答えは、人間の脳は飽きやすく、同じ音を聞いているとすぐ飽きてしまうというものです。
川原さんは、眠くなる先生の話し方には強弱リズム、つまり「おっぱっぴー」がないのかもしれないと冗談まじりに答えました。先生なりの「おっぱっぴー」を表現してくれればいい、という締めです。
ただ、なんか聞く側も鼻濁音気にするみたいに何か気にするとか。
レンさんの提案に、川原さんも「それもあるかもしれない」と応じています。前半の話題が最後にきれいにつながった形です。
研究人生の半分をAIリテラシーと絵本に注ぐ理由
最後の質問は、名前が持つイメージについて今後探りたい研究対象はあるか、というものです。川原さんは「チクっときた」と言い、実は最近この系統の研究はあまりやっていないと明かしました。
川原さんは今、人生の半分ほどをAIについて考えることに使っているそうです。子どもにAIを与えてはいけないという考えは変わらないとしたうえで、保護者や高校生、大学生がAIを使うときに正しい知識とリテラシーを身につけてほしいと活動しています。
その背景として川原さんが挙げたのが、言語学者ノーム・チョムスキー ── アメリカの言語学者。人間に生得的な言語能力があるとする生成文法理論を提唱し、政治的な発言でも知られていますです。チョムスキーは言語理論の土台を作っていた1960年代に、ベトナム戦争の反戦活動に参加し、投獄のリスクもあったと言われているそうです。
川原さんは、激動のAI時代に言語学者だからこそ言えることもあると考え、発信を大事にしています。来年の早いうちにAI関連の本がもう1冊出る見込みだといいます。
AIの本を出す怖さについて川原さんは、原稿を書いてから出版まで半年ほどかかり、出る頃には時代遅れになりかねない点を挙げました。批判されることを覚悟で書かなければならないけれど、声を上げずにはいられない、というのが現状だそうです。
残りの研究人生を占めるのは絵本のプロジェクトです。1冊目は肺や声帯、口の動きなど「話す」体の仕組みを、2冊目は「聞こえる」仕組みを扱い、2冊目は来年1月に出る予定です。
1冊目を読んだ難聴の子どもたちから、口の中の発音を絵本で知ることができてよかったという声が届いたそうです。川原さんは、その子たちに聞こえる仕組みも届けたいと考えています。
さらに子どもたちからは「動画で見たい」という要望もありました。発音のMRI動画は医療用の機械で撮ったものがたくさんありますが、難聴学校の先生に伝えたところ「MRIの動画は怖い」と言われたといいます。
医療用のMRI発音動画は背骨や脳まで映り、子どもには怖い
絵本の可愛い絵をMRIに同期させ、日本語50音すべての発音を動画にした
一度は「あ行」など一部だけを持って学校を訪れ、子どもたちに喜ばれたものの、他も全部見たいと言われたそうです。完成したのは収録の前日で、来月に完成版を直接届けに行く予定だと川原さんは話しました。この活動が研究人生の残り40パーセントほどを占めているといいます。
楽器を作る仕事をしているリスナーからは、ホルンはホルンっぽく、トランペットはトランペットっぽく感じるなど、楽器の名前と音色に関係があるのではという声も届いていました。川原さんは、絵本もMRIのプロジェクトもゴスペラーズの北山洋一さんとのコラボなので、音楽系の話題にはいつか戻ってくるかもしれないと話しています。
最後に川原さんは、次のAI本の原稿ができたらまた呼んでほしいと話しました。レンさんも、AIを何も考えずに使っている人は多いはずなので社会的な意義がある話だと応じ、前後編を締めくくっています。
まとめ
後編では、リスナーの素朴な疑問を手がかりに、音の印象や発音の法則、言語変化の仕組み、そしてAI時代の言語学者の役割までが語られました。日常の言葉の「なぜ」には、発音のしやすさや共同体の論理といった理由が隠れていることが見えてきます。
- パ行はかわいらしさを喚起し、「おっぱっぴー」は強弱リズムの心地よさも持っていると川原さんは見ています
- 「いっぽん・さんぼん」の変化には、発音を楽にするという法則性とメリットがあります
- 若者言葉や仲間内の言葉は共同体意識を高めるもので、言葉の意味の変化はおおらかに受け止めてよいと川原さんは考えています
- 言語の根源は音だという立場から、川原さんは文字で学ぶ生成AIへの違和感とAIリテラシーの重要性を発信しています
- 絵本やMRIを使った発音動画など、音の仕組みを子どもに届ける活動も続いています


