最古の女性科学者ヒュパティア──ユークリッド原論と科学史に残る悲劇
サイエントークのレンとエマが、古代ギリシャから続いた科学の灯が途絶えるきっかけとなった事件と、その中心にいた女性科学者ヒュパティアについて語りました。ユークリッド幾何学の偉大さから、アレクサンドリア図書館の最後の館長とその娘の悲劇、そして科学と宗教・政治の衝突まで──科学史の大きな転換点となったエピソードをまとめます。
聖書の次に読まれた本──ユークリッド原論の衝撃
紀元前3世紀ごろ、エジプトの大都市アレクサンドリア古代エジプトの地中海沿岸に位置した大都市。アレクサンドロス大王が建設し、学術・文化の中心地として栄えた。には学者たちが集まり、学問が盛り上がっていました。アルキメデス紀元前3世紀の古代ギリシャの数学者・物理学者。てこの原理や浮力の法則で知られ、戦争に物理学を応用したことでも有名。もこのアレクサンドリア図書館に通っていたと言われています。
そんな時代に活躍した学者の一人が、ユークリッド紀元前3世紀ごろの古代ギリシャの数学者。『原論』を著し、幾何学の基礎を体系化した人物。です。彼が書いた『ユークリッド原論』は、世界で聖書の次に普及した本だと言われています。
え、歴史上今までも含めて二番目に普及した本?マジで?
その秘密は「息の長さ」にあります。紀元前3世紀に書かれたこの本は、なんと19〜20世紀ごろまで幾何学の教科書として使われ続けていました。内容は、ピタゴラス紀元前6世紀の古代ギリシャの数学者・哲学者。「ピタゴラスの定理」で知られる。数の調和を重視する学派を率いた。やプラトン紀元前4世紀の古代ギリシャの哲学者。イデア論を提唱し、アカデメイアを創設。西洋哲学の源流の一人。ら古代ギリシャの学者たちが積み重ねてきた幾何学・数学の集大成です。ユークリッド自身がすべてを発見したわけではなく、過去の知見をまとめ上げた「編集長」的な存在だったと言えるかもしれません。
ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学
ではユークリッド幾何学とは何なのでしょうか。一言で言うと、「当たり前の図形の性質が成り立つ空間」のことです。三角形の内角の和は180度、直角はどこで測っても同じ90度、平行な2本の線はどこまで伸ばしても交わらない──私たちが算数や数学で習ってきた図形のルールは、基本的にすべてユークリッド幾何学の前提に基づいています。
ところが、レンが指摘するように「地球は丸い」という事実を考えると、話が変わってきます。地球上で平行に見える2本の線をずっと伸ばしていくと、北極あたりで交わってしまう可能性があります。球面上の三角形は辺が少し膨らんだ形になり、内角の和は180度を超えます。
平面上の図形を扱う。平行線は永遠に交わらない。三角形の内角の和=180度。私たちが学校で習う幾何学の基本。
曲がった空間上の図形を扱う。平行線が交わることもある。三角形の内角の和≠180度。球面幾何学や双曲幾何学などが含まれる。
こうした「ユークリッドの前提が成り立たない空間」を扱うのが非ユークリッド幾何学ユークリッドの第5公準(平行線公準)を否定・変更することで生まれた幾何学の分野。19世紀にガウス、ボヤイ、ロバチェフスキーらによって体系化された。です。いわば「ユークリッドか、ユークリッド以外か」という分け方をされるほど、ユークリッド幾何学は数学の土台として圧倒的な存在感を持っています。
図書館長パパと天才娘ヒュパティア
時代は紀元前から一気に飛んで、紀元後4世紀ごろ。アレクサンドリア図書館はまだ脈々と学問を受け継いでいましたが、この時代に最後の館長となったのがテオン4世紀後半のアレクサンドリアの数学者・天文学者。ユークリッド原論やプトレマイオスの『アルマゲスト』の注釈を残した。という人物です。テオンはユークリッド原論に新たな法則を書き加えたり、編集作業を行ったりしていました。
そしてこのテオンの娘こそが、今回の主人公・ヒュパティア355年ごろ〜415年。古代アレクサンドリアの女性哲学者・数学者。新プラトン主義の学者として名声を博したが、キリスト教徒の暴徒に殺害された。です。
ヒュパティアは若い頃から父テオンの研究を手伝い、哲学や数学を学んでいました。ヒュパティア自身が書いた著作はほとんど残っていませんが、「父の仕事を手伝っていた」という記録は残っています。それほど学問的にも優秀だったと伝えられています。
カリスマ講師が貫いた信念
成長したヒュパティアは、アレクサンドリアで哲学や数学の講義を行う学者となりました。その講義はものすごい人気だったと言われています。広場での討論なども行い、一般市民からも尊敬を集めるカリスマ的な存在でした。
もう学問一筋なんですよ。迷信より科学を信じろっていう人なの
当時のキリスト教社会では、女性は一定の年齢になれば結婚するのが一般的でしたが、ヒュパティアは独身を貫きました。「私は結婚しない、学問をやる」という姿勢を崩さなかったのです。宗教的な奇跡は科学的ではないからと明確に否定する言葉も残されています。
エマも「当時は女性が学問の場に立てるんだ」と驚きますが、レンによると、この古代ギリシャ末期の時代はまだ「女性はこうあるべき」という固定観念が強まる前の時代だったようです。ちゃんと学問をやれば性別に関係なく評価される土壌がありました。ただし、それはこの後の時代に変わっていくことになります。
キリスト教の波と科学史に残る悲劇
ヒュパティアが活躍していた頃、世界情勢は大きく変わりつつありました。紀元後に入るとキリスト教1世紀にイエス・キリストの教えをもとに成立した宗教。4世紀末にローマ帝国の国教となり、ヨーロッパ・中東の社会構造を大きく変えた。の信者が急増し、それまでの多神教との対立が深まっていきます。
決定的だったのは、エジプトを統括していた東ローマ帝国395年にローマ帝国が東西に分裂して成立。首都はコンスタンティノープル。ビザンツ帝国とも呼ばれる。1453年まで存続した。がキリスト教を国教と定め、それ以外の宗教施設の破壊を許可したことです。
キリスト教の国教化
東ローマ帝国がキリスト教を公式の宗教に定める
異教施設の破壊許可
キリスト教以外の神殿・施設の破壊が公認される
アレクサンドリア図書館の襲撃
過激なキリスト教徒が図書館に押し入り、数十万巻の書物が焼失
ヒュパティアの暗殺(415年)
図書館に向かう途中で誘拐・殺害される
アレクサンドリア図書館はキリスト教の施設ではなかったため、暴徒に襲撃されました。何百年もかけて蓄積された数十万巻の書物が焼かれてしまったのです。
すごく歴史のあるところなのにね。一発で壊しちゃうって。怖
それでもヒュパティアは学問を続けましたが、キリスト教側からの敵意は増すばかりでした。「女が男に教えるなどありえない」「独身を通すのは教えに反している」──こうした非難が強まっていきます。
そして415年、ヒュパティアは図書館に向かう道中でキリスト教徒の過激派に誘拐され、暗殺されてしまいます。殺害の方法は非常に残酷なものだったと伝えられています。レンも「言うのがはばかられるぐらい」と表現するほどです。
ヒュパティアの死をきっかけに、彼女を支持していた学者たちは希望を失い、アレクサンドリアを次々と去っていきました。古代ギリシャから続いた学問の灯は、こうして一度途絶えてしまいます。
途絶えなかった知のバトン
ヒュパティアの死後、キリスト教が学問を支配する時代が訪れます。皮肉なことに、キリスト教が教育の中で採用した自然学はアリストテレス紀元前4世紀の古代ギリシャの哲学者。論理学・自然学・政治学など多分野を体系化したが、数学より定性的な記述を好んだとも言われる。の定性的な内容が中心で、数量的な科学はなかなか進歩しませんでした。ここから数百年間、有名な科学者がほとんど出てこない「科学の暗黒時代」がしばらく続くことになります。
しかし、学問の灯は完全には消えませんでした。アレクサンドリアから散り散りになった学者たちが持ち出した書物や知識は、別の地方で受け継がれていきます。ユークリッド原論もその一つで、時代を超え、国境を越えて復活していくことになります。
そのバトンがつながってるんで、現代があるんで
レンは「今後はこの知がどう復活していくのか、いろんな国をまたいだ話になってくる」と予告しています。エマも「学問をし出す流れはきっとドラマチック」と期待を寄せていました。科学と政治・宗教の関係は現代にも通じるテーマであり、研究への予算や教育の重要性は今も昔も変わらないのかもしれません。
まとめ
今回は、科学史シリーズ初の女性主人公・ヒュパティアの物語でした。古代ギリシャのタレス紀元前6世紀の古代ギリシャの哲学者。万物の根源は水であると主張し、「哲学の祖」と呼ばれる。から始まった科学の歴史は、ピタゴラス、ソクラテス、アリストテレス、ユークリッドと続き、アレクサンドリア図書館で大きく花開きました。しかし宗教の波に飲み込まれ、ヒュパティアの暗殺という悲劇をきっかけに一度途絶えてしまいます。
それでもユークリッド原論が現代まで伝わっているように、知の灯は完全には消えませんでした。今後のシリーズでは、この灯がどのように復活していくのかが語られる予定です。
- ユークリッド原論は聖書に次いで世界で最も普及した本。紀元前3世紀に書かれ、19〜20世紀まで幾何学の教科書として使われた
- ユークリッド幾何学は「当たり前の図形の性質が成り立つ空間」を扱う数学の土台。球面など前提が変わると非ユークリッド幾何学になる
- ヒュパティアはアレクサンドリア図書館最後の館長テオンの娘で、哲学・数学のカリスマ講師として市民からも尊敬された
- 「迷信より科学を信じろ」と独身を貫いたヒュパティアは、415年にキリスト教過激派に暗殺された
- この事件を機に学者たちはアレクサンドリアを去り、科学の暗黒時代が始まったとされる
- それでもユークリッド原論などの知は国境を超えて受け継がれ、後の時代に復活していく

