研究者とイギリス駐在員が科学をエンタメとして語るポッドキャスト番組「サイエントーク」。今回は、待望の映画化で話題を呼んでいるSF小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を入り口に、もし人類が本当に宇宙人と遭遇(ファーストコンタクト)した際、科学者たちはどのように対応するのか、その現実的なマニュアルや科学的課題について語り合いました。
宇宙へのメッセージ発信から、共通言語の作り方、さらには「右と左」を伝えることの難しさまで、SFがもっと楽しくなる本格的な考察が展開されます。その内容をまとめます。
人類が宇宙へ送った「自己紹介」:アレシボとボイジャー
04:14 から再生する人類は、まだ見ぬ知的生命体に向けて、すでにいくつかのメッセージを発信しています。その代表的なものが、1974年に送信されたアレシボ・メッセージプエルトリコのアレシボ天文台から送信された、1679ビットの電波メッセージ。太陽系の紹介やDNAの構造などが含まれている。です。このメッセージには、知的生命体なら気づくであろう「数学的工夫」が施されているとレンさんは説明します。
また、1977年に打ち上げられたボイジャー1号・2号NASAが打ち上げた無人宇宙探査機。現在は太陽系を離れ、星間空間を航行中。には「ゴールデンレコード」と呼ばれるレコードが搭載されています。ここには、バッハの楽曲や日本の尺八の音色、さらには55の言語での挨拶が含まれています。日本語では「こんにちは、お元気ですか?」という声が収録されており、今この瞬間も広大な宇宙を旅し続けているのです。
レコードを乗っけた無人のロケットがふわふわ浮いてるってこと?
そうそう。再生方法の説明も刻まれてるし、人間の解剖図なんかも載ってるよ。
宇宙人から返信が来たら?守らなければならない「世界ルール」
11:39 から再生するもし、宇宙から明確な知的シグナルを受信した場合、あるいは宇宙人が目の前に現れた場合、人類には守るべき国際的なプロトコル外交やコンピュータ通信などで用いられる、事前に合意された手順や規律のこと。が存在します。1958年に設立されたCOSPAR宇宙空間研究委員会。宇宙の科学的研究を促進するための国際組織。や国際天文学連合(IAU)世界中の天文学者で構成される組織。冥王星の準惑星への分類などを決定したことでも知られる。によって議論されてきたルールです。
最も重要なのは「勝手に返事をしてはいけない」ということ。相手が敵対的である可能性を考慮し、返信内容やコンタクトの是非は国際的な合意のもとで決定されるべきだとされています。また、宇宙から持ち帰ったサンプルに生命の兆候がある場合は、バイオセーフティーレベル4(BSL-4)エボラ出血熱など、極めて危険な病原体を扱うことができる最高レベルの隔離実験施設。と同等の厳重な施設で隔離・研究することが定められています。
五感以外のコミュニケーション:磁気や熱で会話する可能性
18:14 から再生する映画などで描かれる宇宙人は、人間と同じように目があり、口から音を出して会話をすることが多いですが、現実にはその可能性は低いかもしれません。宇宙人がどのような感覚器官(クオリア主観的に意識される「感じ」のこと。赤い色を見た時の「赤さ」など。)を持っているかは、彼らが進化した惑星の環境に依存するからです。
たとえば、太陽よりも温度が低い恒星の周りで進化した生物なら、人類が見る可視光ではなく赤外線を見ている可能性があります。地球の渡り鳥季節ごとに繁殖地と越冬地を移動する鳥。磁気を感じ取って方位を知る能力(磁覚)を持つとされる。が磁気を感じたり、蛇が熱(ピット器官蛇の頭部にある赤外線感知器官。体温を熱として感知し、獲物の位置を把握できる。)で獲物を探したりするように、人類の五感以外のチャンネルでコミュニケーションを図ってくる可能性も十分に考えられます。
磁気でモールス信号みたいなやりとりをしてる可能性もあるよね。
それだと、私が目の前で必死に手を振っても、彼らには何も見えてないかも……。
数学は宇宙の共通言語か?時間の単位をどう共有するか
25:15 から再生する言葉が通じない相手とどうやって会話を始めるか。多くの科学者が提唱しているのは、まず「イエス・ノー」を確立し、次に「数学」を共通言語にすることです。1960年には、宇宙共通言語を目指した人工言語Lincos(リンコス)オランダの数学者ハンス・フロイデンタールが考案した、電波を使って数学的・論理的概念を伝えるための人工言語。も考案されています。
しかし、「1メートル」や「1秒」という単位を伝えるだけでも、実は驚くほど高度な科学が必要になります。「地球にあるこの棒の長さが1メートルです」とは言えないため、宇宙のどこにいても変わらない物理現象を基準にする必要があります。
たとえば、水素原子から放出される特定の電波(21cm線中性水素原子のエネルギー状態が変化する際に放出される電波。波長が約21cmで、天文学における重要な基準となる。)の波長を「1」と定義すれば、銀河系のどこにいても同じ長さを共有できるのです。
究極の難問「オズマ問題」:右と左をどう説明するか
35:27 から再生するコミュニケーションにおいて、意外な伏兵となるのが「右と左」の概念です。これは「オズマ問題」と呼ばれ、視覚を共有しない相手に「右」をどう定義するかという難問です。「上」は重力、「前」は進行方向で説明できますが、「右」は単体では定義できません。
宇宙に『右』という絶対的な方向は存在しない。それを伝えるには、素粒子の崩壊という極微の世界の話をしなければならない。
結論として、右と左を伝えるにはパリティ非保存素粒子の世界では、鏡に映したような左右対称性が一部の現象(弱い相互作用)において崩れていること。1956年に発見された。という物理法則を用いるしかありません。コバルト60という原子核が崩壊する際に、電子が特定の方向に飛び出しやすいという現象を利用して、ようやく「電子が多く飛ぶ方を上としたとき、回転する方向の……」といった具合に右を定義できるのです。これにはエマさんも「専門家を呼んでくるしかない」と脱帽の様子でした。
「重力の働く方向」
→ 比較的容易
「パリティ対称性の破れ」
→ 極めて困難
宇宙人との食事は危険?「鏡像異性体」が阻む壁
44:14 から再生するようやく意思疎通ができ、友好の印として「食事」を共にする……。実はこれ、SF的には非常に危険なフラグです。地球上の生命が使うアミノ酸などは、すべて特定の「ねじれ」の向き(ホモキラリティ生命を構成する分子の向きが、L型やD型のどちらか一方に偏っている現象。地球の生命は主にL型アミノ酸を使う。)を持っています。
もし宇宙人の体が自分たちと逆のねじれ構造を持つ物質でできていた場合、相手の食べ物は栄養にならないどころか、致命的な毒になる可能性すらあります。さらに、宇宙人が炭素ではなくケイ素炭素と化学的性質が似ている元素。炭素をベースにした地球型生命に対し、ケイ素をベースにした生命の可能性がSFなどで議論される。をベースにしていたり、あるいは生物ですらなく「自律して増殖するAI」であったりする可能性も議論されました。
宇宙人だと思って仲良くなったら、実は数万年前に滅びた文明が残したAIだった……みたいな。それ切ないけど面白いね。
というわけで
宇宙人との遭遇は、単なるSFの夢物語ではなく、言語学、物理学、生物学の粋を集めた究極の「対話」であることがわかります。映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』でも、こうした科学的プロセスが物語の重要な鍵を握っているかもしれません。
もし皆さんの目の前に、言葉の通じない「タマちゃん」のような宇宙人が現れたら……。まずは落ち着いて、イエス・ノーの確立から始めてみてはいかがでしょうか。ただし、お肉や水をあげる前に、必ず国際天文学連合への通報を忘れずに。
- 宇宙人と遭遇しても「勝手に返信」は国際ルールでNG。
- 共通言語の第一歩は「数学」と「イエス・ノー」の定義から。
- 「右と左」を伝えるには高度な量子物理学の知識が必要になる。
- 生命の定義は幅広く、AIやケイ素生命体である可能性も想定されている。
- 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を見る前にこうした背景を知るとより楽しめる!