宇宙に行った経験は子供に伝わるのか?
この回のサイエントークは、レンさんの「僕らが宇宙に行ったら、将来生まれてくる子供に影響はあるか」という問いかけから始まります。
それって(宇宙に行くことって)将来生まれてくるかもしれない子供に影響あると思います?
エマさんは「ないとは言い切れない」と答え、宇宙では重力が弱く筋力が下がるため、親の筋肉量の変化が子供の健康や出産に影響するのでは、と考えます。
レンさんはさらに、子供に受け継がれるのはDNAなのだから、宇宙に行くとDNAが大きく変わるのか、と問いを深めます。エマさんはDNAの損傷が遺伝病のように伝わる可能性を挙げました。
レンさんの答えは、DNAに直接影響しなくても、親の経験が子供に受け継がれる仕組みがある、というものです。DNAの修飾パターンや、DNAにくっつく分子の変化が親から子に伝わることが、最近知られてきたといいます。
DNA以外で親から子に影響を与えるマイクロRNAってやつがあるんだけど、今回はちょっとそれの話をしたいです。
マイクロRNAは2024年のノーベル生理学・医学賞のテーマで、番組で続けてきた自然科学系ノーベル賞紹介の3つ目にあたります。AIやAlphaFoldの回に続き、今回は最も生物らしい題材です。
また、この回は月例企画「科学系ポッドキャストの日」に参加しており、1月のテーマが「子供」だったことから、子供に受け継がれる話として組み合わせたと説明されています。
マイクロRNAとmRNAは何が違う?
エマさんの生物の知識は、大学1〜2年生のころに読んだ『エッセンシャル細胞生物学』で止まっているそうです。レンさんは、多くの人が聞いたことがあるのはメッセンジャーRNAだろうと話を始めます。
DNAからメッセンジャーRNAに情報が伝わり、そこからタンパク質ができる流れはセントラルドグマ ── 遺伝情報がDNAからRNAへ、RNAからタンパク質へと一方向に流れるという分子生物学の基本原理。1958年にフランシス・クリックが提唱しましたと呼ばれます。メッセンジャーRNAはmRNA、今回のマイクロRNAはmiRNAと書き、別物です。
DNA
全細胞が持つ遺伝情報の「本」
メッセンジャーRNA
必要な部分を書き写したコピー
タンパク質
コピーをもとに作られ、体のパーツになる
マイクロRNAは名前の通り、ちっちゃいRNAです。RNAはAUGCの4種類の塩基がつながったもので、マイクロRNAは小さいものだと20文字ほど。数百〜数千文字になるメッセンジャーRNAと比べると、まさに「マイクロ」です。
一方でDNA全体はおよそ30億文字のペアです。毎回すべてがRNAになるのではなく、どの部分をRNAにするかが調整されています。
エマさんはこれを、DNA全体を1冊の本にたとえ、必要な1ページだけを書き写すのがRNAだと整理しました。レンさんもこのたとえに同意しています。
同じ「本」から髪も目も作れるのはなぜか
体のどの細胞にも同じDNAという「本」が入っています。それなのに、ある細胞は髪の毛に、ある細胞は目や筋肉になります。
本は全部の細胞に入ってる。だけど、場所によってその本のどの部分を使うかっていうのが切り替わってるみたいな感じで。
この切り替えをどう調節しているのかは、長い歴史の中でよくわかっていませんでした。ノーベル賞の発見以前は、DNAから作られたタンパク質がDNAにくっつき直し、他のタンパク質の生産を調整していると考えられていました。
エマさんも、タンパク質が体の機能の本体というイメージがあるので、調整役もタンパク質だと考えるのは自然だと話します。当時はそれ以外の仕組みをあまり分析できなかった事情もあったそうです。
ところが実際には、DNAから写し取られてもタンパク質にならないRNAも存在します。このRNAは長くゴミだと思われてきたものの、実は遺伝子の働きの調整に関わっていたことがわかってきました。
「タンパク質にならないRNA」はどう分類される?
エマさんは、タンパク質にならないRNAのすべてが調節に関わるとわかっているのかを尋ねます。レンさんの答えは、まだ全部はわかっていない、というものでした。
今でも新しいマイクロRNAみたいなやつが見つかったりしてるんで、実際は今はこれ役に立たないよねって思ってるやつも、実はどっかで働いてるかもしれないっていうのがある。
タンパク質にならないRNAは広くはノンコーディングRNA ── タンパク質の設計図にならないRNAの総称。マイクロRNAのほか、より長い長鎖ノンコーディングRNAなどが含まれ、多くの機能がまだ研究途上ですと呼ばれ、その中でも特に小さいものがマイクロRNAです。小さすぎて、そもそも見つかりにくかったといいます。
幼虫を繰り返す線虫と、いきなり大人になる線虫
マイクロRNAの最初の発見は人ではなく、線虫 ── 体長1mmほどのミミズのような生き物。C. elegansは細胞数が少なく世代交代も早いため、発生や遺伝の研究で広く使われるモデル生物ですの研究からでした。細胞数が少なく、すぐ繁殖できるため、よく研究に使われています。
1974年、lin-4という遺伝子が変異した線虫が見つかりました。普通の線虫は幼虫から何回か脱皮して成虫になりますが、この変異体は脱皮を繰り返すだけで成虫になりません。
さらに別の研究で、lin-14という遺伝子の変異では、幼虫期をスキップしていきなり成虫のようになることが知られていました。2つの変異はちょうど逆の現象です。
幼虫の脱皮をずっと繰り返し、成虫になれない
幼虫期をすっ飛ばし、いきなり成虫になる
当初、この2つの遺伝子は関係がないと思われていました。それぞれ別の研究者が調べていましたが、2人が遺伝子情報を交換したところ、互いの文字列がペアとしてくっつくことがわかったのです。
マイクロRNAはスイッチだった
ペアの片方はマイクロRNAを作る遺伝子で、そのマイクロRNAがもう片方のメッセンジャーRNAにくっつくことで、タンパク質が作られるかどうかが切り替わっていました。
要はそれまでってメッセンジャーRNAになったらもう翻訳されるよねっていうのが常識だったんだけど、それにちっちゃいRNAがペタってくっつくことで、メッセンジャーRNAになったとしてもタンパク質にならないってパターンがあると。
説明が伝わりにくいと感じたレンさんは、エマさんの提案で遺伝子Aと遺伝子Bに分けて整理し直します。遺伝子AはマイクロRNAを作り、遺伝子Bのメッセンジャーリボ核酸は「幼虫のまま脱皮する」という指示を出します。
| 状態 | 起きること | 結果 |
|---|---|---|
| A・Bとも正常 | Bで脱皮し、途中でAのマイクロRNAがBをブロック | 適切なタイミングで成虫になる |
| Aが変異 | マイクロRNAができず、Bがオンのまま | 脱皮を繰り返し幼虫のまま |
| Bが変異 | 脱皮の信号そのものがない | いきなり成虫になる |
最初から成虫になれば良いのでは、というエマさんの疑問に、レンさんは、それでは体がきちんと形成されず不完全な状態になると答えています。
重要なのは、遺伝子Aがこれまで知られていなかったほど小さいRNAを作っていたことです。脱皮という大きな変化を、ごく小さなRNAが制御していたことがわかり、マイクロRNAと名付けられました。
子育てでたとえると?
エマさんはこの仕組みを、まずモグラ叩きにたとえ、さらに子育てにたとえ直しました。
子供の時にわがまま言って泣きわめいて、お母さんに怒られるっていう経験をしなきゃまともな大人になれない。
で、その叱るお母さんがA。で、その泣きわめくっていうステップがB。で、叱る大人がいなかったら、そのままずっと泣きわめいてる子供のまま。
泣きわめく経験がなければ感情が欠けた大人になる、という続きも含め、レンさんは「関係性的にはそれだわ」と認めます。叱るお母さんがマイクロRNAの役割です。
レンさんは、遺伝子のオンオフには別の親戚のような他の遺伝子も関わり、その相互作用で子供の成長が決まると補足します。媒介するのはRNAのこともタンパク質のこともあるそうです。
線虫から人へ、地味な「調整係」の正体
1993年に線虫での発見が発表された当時、マイクロRNAは「線虫にはそういう仕組みがあるんだ」程度で、あまり重要視されなかったといいます。
転機は2000年ごろ、線虫でlet-7という別のマイクロRNA遺伝子が見つかったことでした。lin-4と違い、let-7は人や他の動物も持つ遺伝子だったため、人でも同じことが起きているのではと考えられるようになりました。
let-7は1対1対応ではなく、さまざまなメッセンジャーRNAにくっつきます。人の細胞レベルでは、あるマイクロRNAができなくなり正常な細胞ががん化する例もあるそうです。
マイクロRNAはくっつくだけのものもあれば、メッセンジャーRNAを切ってしまうものもあります。切られたメッセンジャーRNAは分解され、本来のタンパク質は作られなくなります。
DNAとかに比べたら地味なんですよね、マイクロRNAって。だけどマイクロRNAがないとDNAはどこを発現するとか、そういうのがめちゃくちゃになっちゃうんで。
父親の精子や母乳から子供へ伝わるもの
ここで話は子供との関係に戻ります。マイクロRNAの量やパターンが変わると、作られるタンパク質も変わります。父親の精子の中のマイクロRNAのパターンが子供に引き継がれ、影響を与えることが最近知られるようになったといいます。
そのマイクロRNAのパターンっていうのは、親の生活リズムなりストレスとか、あと宇宙に行ったことがあるかどうかとか、いろんな要素で(変わる)。
子供は成長すると自分の遺伝子でマイクロRNAを作るようになりますが、受精時の影響は成長後に残る場合もあれば残らない場合もあると、レンさんは説明します。
母乳に含まれるマイクロRNAが赤ちゃんに伝わり、遺伝子の発現を調整することもあるそうです。分解されるものもありますが、そのまま伝わるものもあり、2020年代に論文が多く出ているとのことです。
食べ物から取り込めるなら健康食材にも使えそう、というエマさんの発想に対し、レンさんは腸内細菌のバランスを整えるマイクロRNAもあるらしいと紹介します。ただし影響が大きいのは、精子や、妊娠中の母親の食事による変化だそうです。
どのパターンが良いか悪いかを決めるのは難しく、エマさんは「とりあえず健康第一」とまとめました。
がんの治療と診断にどう使われる?
人には1000〜数千ものマイクロRNAがあり、どのパターンが良いのかは今まさに研究されています。がんで特有のパターンがわかれば、それを調整する薬で治療できるかもしれません。
ただし1つのマイクロRNAはさまざまなことに影響するため、1つを潰すと別の異常が出るリスクがあります。治療への応用は今後出てくるだろうとレンさんは見ています。
現在よりメインなのは診断の方向です。マイクロRNAの量を網羅的に測る特殊な方法があり、病気へのかかりやすさや、まだ見えない病気の始まりを探る研究が進んでいます。
レンさんによれば、確定診断に使える段階にはまだなく、病気とパターンの対応例を蓄積している途中だといいます。将来はがんの早期発見などに使えるかもしれません。
パターンを調整する薬。1つが多くに影響するため副作用リスクがある
パターンを網羅的に測り病気の兆候を探る。現在は症例を蓄積中
二人の出会いと基礎研究の価値
レンさんは、教科書で習うセントラルドグマがいかにシンプルなものか、と振り返ります。DNAからタンパク質への間には、マイクロRNAによる調整が無数にあるからです。
そしてノーベル賞を受賞したのは、遺伝子Aと遺伝子Bがペアだと突き止めた2人、アメリカの研究者ビクター・アンブロス ── マサチューセッツ大学医学部の教授。1993年にlin-4がマイクロRNAを作ることを報告し、2024年にノーベル生理学・医学賞を受賞しましたさんとゲイリー・ラブカンさんです。
でもその二人出会ってなかったらさ、未だにマイクロRNAの機能、働きがわかってなかったかもしれないよね。
レンさんは、小さな線虫の研究からすべての生物に共通する機能が見えてきた点を強調します。この仕組みは、生き物が何十億年も前に分岐した頃からあったものだといいます。
一方で、ニュースでは「マイクロRNAの発見」程度しか報じられず、理解しにくいテーマでもあります。セントラルドグマと、少なくとも2つの遺伝子を説明しなければならないからです。
呼吸の瞬間にもマイクロRNAは働いている?
エマさんは、複数のマイクロRNAがそろわないとスイッチが入らない例や、メッセンジャーRNA由来の短いRNAが他に作用する例があるかを尋ねます。レンさんはどちらも「ある」と答えました。
レンさんは、生き物は単純なオンオフではなくバランスで成り立っているのではないかと話します。線虫の4回の脱皮のように、タイミングまで制御されて大人になれているというのです。
さらに「呼吸しているだけでもマイクロRNAが動いている」と言うレンさんに、エマさんは、それは肺ができる成長の話であって、今この瞬間の呼吸の話なのかと問い返します。
例えば肺をこう呼吸する、息を吸うっていう指示を脳から出すとした時に、その動きの電気信号を最初に出すのってさ、結局脳の中のある細胞のタンパク質の、例えばこう、細胞の表面のゲートが開くってで、イオンが流れるっていうので電気流れるわけで。
レンさんは、そのゲートのタンパク質もマイクロRNAに制御されているかもしれず、どこまで辿れるかはわからないが、リアルタイムで動き続けているのではないか、と推測を述べています。
マイクロRNA健康法は出てくるか
レンさんは、食生活でもマイクロRNAのパターンが変わるらしいので、自分にも聞き手にも気をつけようと呼びかけます。運動する人としない人の比較研究も見たことがあるそうです。
一方で、オートファジー ── 細胞が自らの成分を分解して再利用する仕組み。2016年に大隅良典さんがこの研究でノーベル生理学・医学賞を受賞しましたを掲げた断食健康法のように、生物用語を使った健康法はよく流行ります。
俺そのうちね、マイクロRNAを整えようみたいな健康法とか絶対出てくると思う。
まだそこまで調整できる段階ではなく、エセ科学に利用されるおそれもあるとレンさんは指摘します。エマさんは、本当に効果のある治療法が出てくる可能性にも期待を寄せました。
マイクロRNA視点で子供を考える
締めくくりに二人は、子供のためにも生活習慣を整えよう、という話に着地します。
もう子供の運命もDNAで決まってるかじゃなくて、それ以外のマイクロRNAが僕らの食生活とか運動してましたとかで変わって、子供に影響するんで気をつけましょうってことだね。
エマさんは、夫婦なら相手の生活習慣にも介入する責任がある、と冗談まじりに話を広げ、年に3回ほど39度台の熱を出すレンさんに生活の見直しを迫ります。
ただし言いすぎて喧嘩になれば、そのストレスもまたマイクロRNAに影響するかもしれません。冒頭のやり取りはこの場面から来ています。
最後は、科学系ポッドキャストの日の「お年玉カポキアワード」への投稿の呼びかけと、2025年から番組の締めの挨拶を「ウルトラフォー」にするという宣言で幕を閉じました。
まとめ
マイクロRNAは、DNAから作られたメッセンジャーRNAにくっついてタンパク質の生産を切り替える、小さな調整係です。線虫の研究から始まったこの発見は、人の病気の診断や治療、さらに親から子への影響にまでつながる可能性を持っています。
- マイクロRNAは20文字ほどの小さなRNAで、メッセンジャーRNAにくっついて翻訳を止めたり、切断したりします
- 線虫のlin-4とlin-14がペアだと突き止めたアンブロスさんとラブカンさんが2024年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました
- 精子や母乳を通じたマイクロRNAのパターンが、子供に影響することが知られてきています
- 医療では診断への応用研究が進み、治療は副作用リスクの課題がある段階です
- 食事や運動、ストレスでもパターンが変わるとされ、子供のためにも生活習慣を意識しようという視点が示されました



