なぜ2024年のノーベル賞は「AIの年」なのか
番組は「AI使ってます?」というレンさんの問いかけから始まります。エマさんはChatGPTが話題になった当初は使っていたものの、今はあまり使っていないと答えます。
仕事でも使った方がいいみたいな感じだけど、初めの方とかはわーって思って使ってたけど、あんま使ってないかな。
レンさんは、AIはうまく使えば生産性が大きく上がる一方で、「ゴミみたいな指示を出してもゴミしか出てこない」とよく言われる、と使い方の難しさに触れます。そこから話題は2024年のノーベル賞へ移ります。
レンさんによると、2024年はノーベル賞の歴史で初めて、人工知能そのものに賞が出た年です。しかも物理学賞と化学賞の2つでAI関連の研究が受賞しています。
物理学賞はAIそのものを作る土台となった研究に、化学賞はそのAIを使ってタンパク質の構造を予測する技術に贈られました。情報科学に近い分野だけに「これは物理学なのか」という見方もあったといいます。
アウトプットのAIだけ見ると、これ物理なのかなって思うんだけど、ちょっとその起源を遡ると、確かにこう物理と結構密接だなっていうのがわかると思ってて。
レンさん自身も専門ど真ん中ではなく、音声だけで伝えるのは「超絶むずい」と認めます。そのうえで、今回のゴールは「なんとなくわかったようになる」ことだと宣言します。
この回は、「科学史もいいけれど最新の研究の話も聞きたい」というリスナーの声にも応える時事ネタ回です。収録時期に合わせて、レンさんとエマさんはポッドキャストアワードへの投票も呼びかけています。
しかもなんかたまにさ、受賞してますよねみたいなテンションでさ、こう話してくる人いるんだけど、取ってないですからね、これ。
受賞タイトル「人工ニューラルネットワーク」とは何か
2024年ノーベル物理学賞の受賞タイトルは「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的発見と発明」です。最初に聞いたエマさんは「右から左にパーって抜けてった」と笑います。
レンさんが「ニューラル」は神経のことだと説明すると、エマさんは「人工的な神経のネットワークで機械学習する方法を編み出したんだね」と自分の言葉で言い直します。レンさんによれば、これはAIの基礎の基礎にあたる研究です。
ノーベル賞は、ノーベルが亡くなった1896年ごろを起点に、1900年代の初めに始まりました。当時はコンピューターも、コンピューター科学という学問もまだ存在していなかった、とレンさんは指摘します。
AIの発展はコンピューターの発展と並行して進んできました。そのため、ノーベル賞という大きな賞でAIのジャンルが認められた2024年は、記念すべき年と言われているそうです。エマさんは「ノーベル賞がAIに追いつくのにちょっと遅い感じもする」と率直な感想を返します。
ノーベル賞では毎年受賞者の予想が盛り上がりますが、今回の受賞はかなり予想外だったといいます。AIの元になった人工ニューラルネットワークまで遡って賞が出るとは、ほとんど予想されていなかったそうです。
深層学習のゴッドファーザーと91歳の物理学者
受賞者の1人目は、イギリス出身で現在はカナダのトロント大学にいるジェフリー・ヒントン ── イギリス生まれの計算機科学者・認知心理学者。ニューラルネットワーク研究を長く牽引し、深層学習の基礎を築いた一人として知られていますさんです。レンさんによると、ヒントンさんは「深層学習のゴッドファーザー」と呼ばれる人物です。
ヒントンさんのような重要人物でも受賞は予想されていなかったのは、物理学賞や化学賞の枠には当てはまらないと見られていたからだ、とレンさんは説明します。
もう1人の受賞者は、アメリカのジョン・ホップフィールドさんです。ホップフィールドさんも、AIが発展するうえで重要な計算方法を作った人物です。
この分野は昔から研究されてきたため、ほかにも貢献した人はいたものの、すでに亡くなった人も多いといいます。ホップフィールドさんは現在91歳です。
意外と最近の研究に見えて、もう亡くなってる人がいるほど古くからある研究なんだね。
多くの人にとって、AIはここ数年で出てきたものという体感です。エマさんも「10年ぐらい前からちょこちょこ言われ出した」印象だと話し、その前に長い基礎研究があったのだろうと受け止めます。
脳はリンゴをどうやって覚えるのか
人工ニューラルネットワークという発想が出てきたのは1940年代です。その意味をつかむために、レンさんはまず「AIとは何か」から話を始めます。
AIは人工知能、つまり脳と同じようなことをコンピューターでしているもの、というのがレンさんの大づかみな説明です。エマさんは「記憶のプールから答えを取り出すことを人間と同じようにしている」というイメージで受け取ります。
レンさんが例に出すのは、リンゴを見たときの脳の働きです。目に入った光の情報が電気信号に変わり、脳へ送られます。大きさや色、味といった情報も電気信号として送られ、「リンゴ」に紐づいていきます。
見る・味わう
光や味の情報が感覚器に入る
電気信号に変換
情報が電気信号になって脳へ送られる
リンゴの神経回路
見た目・味・匂いが結びついた回路ができる
繰り返し活性化
別のリンゴを見るたびに同じ回路が働く
記憶として定着
接続が強まり、すぐ思い出せるようになる
図のように、同じ経路が何度も使われるほど神経細胞どうしの接続が強くなり、記憶が定着します。レンさんは、勉強で復習すると覚えられるのも同じ仕組みだと説明します。
一度使った経路が何回も使われることによって、何か記憶として定着するみたいなことかな。
経路のパターンが変われば、別のものの記憶にも使えます。神経のネットワークが複雑にかみ合っているほど、記憶や体の動きなど多くのことに対応できる、というのがレンさんの整理です。
ノードと重みづけ、1943年の形式ニューロン
脳の仕組みをコンピューターに置き換えるとき、神経細胞の役割を担うのが「ノード」です。コンピューターの中に仮想の神経細胞をいくつも作り、それらをつなぐイメージです。
ノードがわからないというエマさんに、レンさんは「分岐点みたいなもの」と答えます。エマさんは、何かを受け取ってAかBかを判断し、次のノードに渡すものだと理解し、レンさんも「フローチャートみたいなね」と同意します。
ノードはパソコンの中に物理的にあるものではなく、システムや概念に近いものです。物理的な何かを作ったのではなく、数学的な計算方法を作った、とレンさんは強調します。
新しかったのは、単なる0か1かの分岐ではなく「重みづけ」ができる点です。リンゴのような信号が何度も1番の経路に来ると、その経路の接続が強まり、次も1番に行きやすくなります。
リンゴっていう経路がリンゴを見れば見るほど強くなっていくように、コンピューターの中でもとあるリンゴみたいな信号が来た時に、一番の方の経路の方が行きやすくなるみたいな。
このようなノードを大量につなげれば、リンゴにさまざまな情報が紐づき、人間の記憶に近いことがコンピューター上でできるようになります。
この仕組みは形式ニューロン ── 神経細胞の働きを単純な数式で表したモデル。入力に重みをかけて足し合わせ、一定の値を超えると出力する仕組みで、人工ニューラルネットワークの原型とされますと呼ばれ、1943年ごろに生まれたAIの元の元のような存在です。初めて電子部品を使ったコンピューターができたのと同じ1940年代に、生物の脳を再現したいという発想が出ていたことに、エマさんは驚きます。
AIの冬を終わらせた生物物理学者ホップフィールド
形式ニューロンは時代を先取りしすぎていて、当時のコンピューターでは処理しきれず、使い道があまりなかったといいます。レンさんによると、1960〜70年代ごろにはAIがほとんど発展しない「AI冬の時代」がありました。
AIの冬を終わらせたのが、受賞者の一人であるホップフィールドさんです。ホップフィールドさんはコンピューター分野の人ではなく、生物学と物理学を組み合わせる専門家で、体の中の分子で電子がどう移動するかを研究していました。
ホップフィールドさんは神経科学の学会に出たのをきっかけに脳の構造に興味を持ち、1980年ごろから脳の細胞のネットワークを研究し始めます。そこで、ノードがつながる計算方法を改めて作り直し、より良いものにしました。これがホップフィールド・ネットワーク ── ホップフィールドが1982年に発表したニューラルネットワーク。記憶したパターンを、不完全な入力からでも呼び出せる連想記憶のモデルとして知られていますです。
レンさんの説明の軸は「答えに落ち着く」という考え方です。リンゴと言われて「赤」と答えるとき、脳は青や緑など複数の選択肢の中から、最終的に赤に落ち着いています。
物理学には、分子がどの形のときに最も安定するかを求める「エネルギー計算」があります。山がたくさんある地形にボールを落とすと、転がって一番低い谷底に収まる、というたとえで語られる計算です。
リンゴっていうボールが来た時に、リンゴの情報がいろんな過去のやつ、どれかなどれかなっていうのをたどり、コロコロ転がりながら探して、赤いっていうので一番適切な一番低いところにスポッとはまるみたいな。
エマさんは「完全には理解しきれてないけど、イメージはわかった」と返し、レンさんも今回はイメージを伝えるのが目標だと応じます。
磁石の計算と「家でゴロゴロ」のたとえ
レンさんによると、ホップフィールドさんのこの計算法は、もともと物の磁性、つまり磁石の性質を研究するために作られたものです。原子1個1個は小さな磁石のような性質を持っていて、それが大量に集まったとき全体がどうなるかを計算するための方法でした。
エマさんは、ホップフィールドさんが生物物理学者で物理もわかる人だったことを確認します。脳のネットワークに興味を持った物理学者が作った計算が、使い方を変えると「リンゴから赤にたどり着く」仕組みにも使える、というのがこの話の核心です。
エマさんは、山や谷のエネルギーは単なるたとえなのか、実際にエネルギーのような計算をしているのかと質問します。レンさんは、たとえではあるものの、やっていることはかなり近いと答え、自分の家を例に出します。
ゴロゴロしててさ、一番ここ寝やすいなみたいなとこあるじゃん。それ一番エネルギーが低い谷の部分だと思うんだけど、俺的に。
ソファは微妙だ、ベッドのこの位置がいい、と考えながら試していき、最も居心地のいい場所にたどり着くことが「計算」にあたる、という説明です。エマさんは、レンさんが家中を転がる姿を想像して笑いながらも、料理の材料のバランスを探すような用途にも応用できそうだと話を広げます。
レンさんは、経験則を計算でできるようにしたものだとまとめます。エマさんも、経験をたくさん入力し、それぞれのエネルギー値の中から一番低いものを探すことだと理解します。
ヒントンが持ち込んだボルツマンの発想
家の中で一番寝やすい場所を探すとしても、キッチンの上やテレビ台の上まで全パターンを試すのは大変です。コンピューターで全パターンを計算するとコストがかかるため、ありえない候補を除いて計算量を減らす工夫が重要になります。
レンさんは、19世紀の物理学者ボルツマン ── オーストリアの物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマン。気体分子の運動を確率と統計で扱う統計力学の基礎を築きましたの考え方を紹介します。空気中の分子を1個ずつ追うのは大変でも、まとまりとして計算すれば、全体の動きや温度、圧力を予測できるという発想です。
ボルツマンさんは1906年に亡くなっており、ノーベル賞は存命の人しか受賞できないため、今回の受賞者ではありません。ボルツマンさんの考え方をAIに持ち込んだのが、もう一人の受賞者ヒントンさんです。
ヒントンさんは、神経のつながりを全パターン計算しなくても、めったに接続されない部分は省略できる、省略しても全体の答えはそれほど変わらない、という仕組みをAIの分野で実現しました。この計算方法はボルツマンマシンと呼ばれます。
レンさんは犬の写真の判定を例に、従来のAIとボルツマンマシンの違いを説明します。
過去の写真と1枚ずつ単純に比較する。犬っぽい猫を犬と判断してしまう
たくさんの犬の写真から特徴を学び、ぼんやりした犬の概念と照らして判断する
ボルツマンマシンでは、1つ1つの例ではなく全体から犬の特徴をつかむので、犬っぽい猫を「犬ではない」と見分けられるようになりました。
犬って言われて思い浮かべる犬っていろんなやついるけど、なんとなく特徴はあるわけじゃん。
レンさんは、分子を1個ずつ追わなくても全体の温度がわかるという物理の話と、犬の写真を全体でふわっと理解するAIの話が同じ構造だと整理します。エマさんも、分子や熱の話がAIとどう結びつくのか最初は想像できなかったが、ようやく理解できたと話します。
AIの冬を越えた先に何が計算できるのか
2人の業績の時期について、レンさんは、ホップフィールドさんの研究が1980年代、ヒントンさんの改良が1985年ごろだと説明します。その後もコンピューターの限界でAIが一度停滞したといいます。
1900年代の末にコンピューターが追いつかなくなった時期を経て、2000年ごろにヒントンさんがボルツマンマシンをさらに改良し、コンピューターが処理できる速度を上げる発明をしました。そこから一気に今のAIにつながった、とレンさんは説明します。
エマさんは、AIの技術が高くなってもコンピューターが追いつかず、また冬が来て、その繰り返しで発展していくのだろうかと問いかけます。
レンさんは自分の意見だと断ったうえで、原子1個1個まで計算できるようになれば、人間の細胞の動きも予測できるかもしれないと話します。薬を入れたときの体の中の動きをすべて計算でわかる「究極のシミュレーション」です。
地球丸々計算できますとかなったらさ、もう天気予報も絶対外れないとかね、例えば。
機械の設計を最適な形まで計算で導くといった可能性にも触れつつ、レンさんは「正直もう想像できる域を超える感はある」と話します。エマさんは、今のAIの課題や乗り越えるべき点をAIの専門家に聞きたいと提案し、レンさんも「そういう会やりたいね」と応じます。
次回はノーベル化学賞のタンパク質の構造予測を扱う予定です。タンパク質の形の予測も、AIが発展しなければ不可能と言われていたことだとレンさんは語ります。
最後にエマさんは、AIの根幹にある2つの計算方法を自分の言葉で振り返ります。エネルギーが一番低いところに行くホップフィールドさんの方法と、全体から特徴をつかんで計算を効率化する方法です。レンさんは、どちらも脳のニューロンを模したノードと接続で動いている、と付け加えて回を締めくくります。
まとめ
2024年のノーベル物理学賞は、AIの土台である人工ニューラルネットワークに贈られました。脳の神経回路をまねた1940年代の発想が、磁性や分子運動を扱う物理学の計算と結びついたことで、今のAIにつながったというのがこの回の要点です。
- 2024年はノーベル賞史上初めてAIそのものが受賞し、物理学賞と化学賞の両方でAI関連が選ばれた
- AIの原点は、脳の神経細胞をノードと重みづけで再現した1943年ごろの形式ニューロン
- ホップフィールドさんは磁性の計算を応用し、エネルギーの谷に落ち着くように答えを導く仕組みを作った
- ヒントンさんはボルツマンの統計的な発想を持ち込み、全体から特徴をつかむボルツマンマシンを生んだ
- AIは冬の時代を越えて発展してきており、次回はAIによるタンパク質の構造予測を扱う予定





