エンジニアから科学コミュニケーターへ、転身のきっかけは?
サイエントークの二人は、約1週間の日本滞在中に日本科学未来館を訪れ、科学コミュニケーターの中尾晃太郎さんに展示を案内してもらいました。その後の収録で、中尾さんに仕事の裏側を聞いています。
エマさんは、科学館を科学コミュニケーターと一緒に回る体験はこれまであまりなかったと振り返ります。今後は職員らしき人がいたら声をかけようと思うほど、良い回り方だったと話しています。
中尾さんが未来館に入ったのは2022年10月です。学生時代は理系の大学で物理を学んで修士を取り、その後は電機メーカーでエンジニアとして働いていました。
勤めていた会社は防衛事業を手がけていました。中尾さんはそこで、科学技術の捉え方が人や立場によってかなり違うと感じることが多かったといいます。
科学技術って結構今までは純粋にこう、ただ生活を便利にしてくれるものなのかなぐらいのところでこう考えてたんだけど、
実際こう当たれてみると、まあいろんな側面があるよなっていうので、科学コミュニケーションみたいなところにちょっとこう、面白そうだなみたいなところで、あの未来館に来たっていう感じですかね。
科学技術は生活を便利にしてくれるもの、くらいに考えていた
一般の人、エンジニア、上の立場の人で見え方が違う、いろんな側面があるものだと感じた
未来館の科学コミュニケーターになるために、中尾さんは資格を取っていません。通常の採用試験で採用され、入館後の研修やイベント運営を通じて学んできたといいます。
中尾さんによると、同じような経緯の人は多いそうです。科学技術社会論 ── 科学技術と社会の関係を研究する学問分野。英語の頭文字からSTSと呼ばれ、技術が社会に与える影響や、社会が技術をどう形づくるかを扱いますを学んで入る人もいますが、理系の大学から来る人、全く違う仕事から来る人、芸術系の大学出身の人など、背景はさまざまです。
展示を作る人も「コミュニケーター」なのはなぜ?
中尾さんによると、未来館の科学コミュニケーターは大きく2つのチームに分かれています。イベントや研究者のトーク、ワークショップ、フロアでの対話を担うアクティビティ企画と、展示そのものを作る展示企画です。
イベント、研究者のトーク、ワークショップ、フロアでの対話が中心
展示そのものを作るのが中心。イベントやワークショップも行わないわけではない
エマさんは、科学コミュニケーターを「説明する人」だと思っていたため、展示づくりから関わっていることを初めて知ったと話します。
展示づくりでの科学コミュニケーターの役割について、中尾さんは「間の立場」だと説明します。研究者が言っていることをクリエイティブの担当者に伝え、逆にクリエイティブ側の考えを研究者に伝える、翻訳のような仕事です。
研究者とか先生が言ってることを科学コミュニケーターがクリエイティブの人に翻訳するとか、あるいはその逆とか、そういうその間に立つ仕事で科学コミュニケーション的なことをやることも多い
展示のテーマが決まると、科学コミュニケーターは調査を行い、今どこを伝えるべきかを先生と相談したり取材したりしながら、企画の部分も担っていきます。
量子コンピューターが「DJ」になるまで、なぜ2年もかかる?
レンさんは、未来館の量子コンピューターの展示を、まだ世界にあまりない新しい展示だと受け止めています。中尾さんは、未来館の特徴は展示の手法のバリエーションにあると話します。
どういったその科学テーマをゲームにするとか、音楽にするとか、謎解きにするとか、あの、ロボット踊らせてみるとか、そういう手法的なところでもいろんなバリエーションが取れるっていうのは、未来館ならではのポイントですね。
未来館の展示は、プロジェクトごとにチームを組み、1つの展示につき2年ほどかけて考えるといいます。科学コミュニケーターや展示スタッフが「それは面白い」「それは面白くなさそう」と言い合いながら作っていくそうです。
量子コンピューターの展示は、政府などが世界的に量子技術に注目している中で、組織としての判断もあって作ることが決まりました。発案から数えると、2〜3年ほどのスパンだと中尾さんは話しています。
量子コンピューターの展示「量子コンピュータディスコ」も、最初からDJの形だったわけではありません。中尾さんによると、はじめは量子コンピューターのプログラミングを楽しくできないか、という程度の出発点でした。
出発点
量子コンピューターのプログラミングを楽しくできないかと考える
調査
世界にある量子ゲームを集め、良い点と悪い点を言い合う
ブラッシュアップ
「こういうものならいいのでは」と案を磨き続ける
完成
全く違う形から、今のDJという形にたどり着く
テーマの選び方について、中尾さんは、テーマ自体はアイデアというより時宜性や技術の進歩を踏まえ、重要なものをチームでリサーチして選ぶと説明します。未来館らしさが出るのは、そのテーマをどう見せるかという部分だといいます。
フロア分けはなぜ「ゆるい」のか?
リスナーからは、一般的な科学館のようにフロアごとにテーマがかっちり決まっていないのはなぜか、という質問が届いていました。
中尾さんによると、未来館は5階が「世界をさぐる」、3階が「未来をつくる」となっています。上が基礎研究寄りのサイエンス、下がテクノロジー寄りという、緩い分け方です。
最近は展示の見やすさを重視し、科学技術の領域を4つに分けているそうです。5階にはアースやフロンティアの展示が多く、3階にはロボットの展示などライフやソサエティの展示が多いといいます。
レンさんは、ペットのようなロボットの展示は一見工学でも社会的な側面もあると感じたといいます。学問分野で切るより広いくくりで分けるほうが、ロボットのような展示も収まりがいいと話しています。
ボランティアが科学館を支える?
リスナーからは、DNA抽出をボランティアが行っていると見たが、専門性のあるボランティアの発案なのか、という質問もありました。
中尾さんによると、未来館では月1回のワークショップが4、5種類ほどあり、DNA抽出ワークショップはその1つです。企画の発案と内容は科学コミュニケーターが考え、ボランティアは運営の手伝いとして参加しています。
ワークショップは学校の教室のような規模ではなく、5、6人ほどの少人数で行うのが基本だといいます。
ボランティアの活躍はほかにもあります。土日には多くのボランティアがフロアで解説を担い、ボランティア自身の発案でフロアの一部を使った実演を行うこともあるそうです。
レンさんはここで、自主的に人を集めて団体で科学館を回るポッドキャスターの存在を紹介します。60人ほどを引き連れて解説しているといい、レンさんは「もうそれ科学館の人じゃん」と驚いています。
いや、ほんと助かってるっていう感じですね。土日いっぱい人が来るので。
海外の来館者が増えた未来館、何が違う?
収録日は月曜日でしたが、未来館には多くの来館者がいて、海外からの人も目立ったといいます。中尾さんによると、コロナ明け以降、平日は海外の来館者のほうが多い場面もよくあるそうです。
エマさんは、海外の修学旅行生が来ていることに驚いたと話します。中尾さんは、ガイドブックやウェブページを見て来ているのではないかと推測しています。
二人は前年、スペインやロンドンの科学館を回りました。レンさんとエマさんは、海外の科学館は読ませる展示や圧倒されるビジュアルが多い一方、未来館は体験型が多いと感じたといいます。
見て読む展示や、圧倒されるビジュアルが多い印象
自分でやってみる体験型の展示が多い印象
エマさんが例に挙げたのは、温暖化で海抜が上がる様子を、自分が立っている場所に水が上がってくるデジタル画面で見せる展示です。中尾さんは、わざわざ足を運んでもらうための見せ方として、体験の要素を重視していると話しています。
古い展示はどうなる? 1つの展示はどれくらい残る?
新しい展示を作るとき、古い展示はどうしているのか。中尾さんによると、量子コンピュータディスコは、もともとあった2つの展示と入れ替える形で設置されました。
以前あったのはインターネットの展示などです。インターネットが一般に普及した中で、新しい科学テーマとして量子コンピューターと入れ替えたといいます。敷地が決まっているため、スペースの増設は難しいそうです。
未来館には展示をアーカイブする機能がないため、撤去した展示は基本的に保管しません。一部は利用できる先を探すこともあると中尾さんは説明しています。
特別展では、昔からキャラクターとコラボして科学を伝える試みを続けているそうです。収録時は大阪・関西万博の公式キャラクター、ミャクミャクの展示も行われていて、多くの人が訪れていたといいます。
1つの展示が置かれる期間は、少なくとも5〜10年ほどで、もっと長いものもあります。未来館は2001年にできたので、約25年の間にテーマや時代に合わせて展示が入れ替わってきたことになります。
展示が「伝わったか」はどう測る?
リスナーからは、展示の効果をどう測っているのかという質問も届いていました。中尾さんによると、展示を作るときには、来館者にどんな気持ちになってほしいか、何を知ってほしいかという狙いを決めます。
その狙いがどれくらい達成されたかは、体験した人へのヒアリングで確かめています。ウェブで集めるアンケートではなく、調査員が直接聞く形で、結果は公開されていないそうです。
調査方法そのものも、「この聞き方は良くない」と改善を重ねているといいます。
ただし、展示を見た人がその後の生活でどう行動したかまでは追えません。そのため今は、展示を体験した直後の意識の変化を測ることに絞っていると中尾さんは話します。
量子コンピュータディスコでは、伝えることも絞り込みました。いろいろな言葉や話題が出てくる中で、「重ね合わせ」という言葉だけは持ち帰ってもらうという方針で作ったといいます。
本当にあの、「重ね合わせ」っていう言葉だけは持って帰ってもらおうみたいな。そういうキーワードを絞って、本当にそこだけは伝えるとかっていうふうな形で絞って絞って、
これだけは覚えておいてほしい、帰ってほしいなみたいな気持ちで作ってますね。本当にいろいろ言いたくなっちゃうんですけど。
「量子とは何か」を展示はどう伝えた?
リスナーからは、量子とは何か、素粒子と何が違うのかという質問も届いていました。レンさんは、未来館ではそれをどう伝えているのかを尋ねます。
中尾さんによると、量子コンピュータディスコは量子力学の展示にはせず、量子技術をユーザーとして使う側に立った展示にしたそうです。そのため展示には「量子力学」という言葉もほとんど出てきません。
最も悩んだのは「量子」という言葉の定義だといいます。先生と相談した結果、展示では量子を「ミクロな世界のものの総称」と表現しました。中尾さんは、詳しい人から見れば正確な定義ではないと認めています。
なんか本来量子って言葉は、そういうこう、「これが量子です」みたいな形で、あんま名詞っぽく使わない文化があるんですね。
物理の世界では、量子状態や量子的な振る舞いのように使うのが一般的です。一方で量子コンピューターや量子暗号 ── 量子の性質を利用して情報を守る暗号技術。盗み見されると状態が変わる性質を使い、盗聴を検知できるとされますが広く知られるにつれ、「量子は小さい粒のこと」と名詞的に説明する例が増えているそうです。
量子状態、量子的な振る舞いのように使い、名詞として使う文化はあまりない
「量子は小さい粒のこと」と名詞的に説明する。展示はわかりやすさを優先してこちらを採用
中尾さんは、量子をきちんと説明しようとすると難しくて止まってしまい、次の話題に進めなくなると話します。興味を持った人が調べれば正しい定義に触れられるとして、場所と話題に合わせて難易度と言葉遣いを設定しているといいます。
レンさんは、素粒子は物としてイメージしやすいが、量子はルールに近いと話します。中尾さんも、素粒子は物に、量子はもつれや重ね合わせが起きるルールに焦点が当たった言葉だと同意しています。
いや、これ多分一発で伝える方法はないと思ってて、もはや。「量子はこれです」っていう一文でわかったってなることは多分もうないだろうなっていう気はしてて。
中尾さんも、一度で理解してもらうのは難しい分野だからこそ、展示をきっかけに少しずつ知ってもらう役割があると話しています。
伝え方を磨くため、未来館のスタッフはエンタメ寄りの施設から硬い博物館まで、さまざまな施設に足を運んで手法を学んでいるそうです。中尾さんは、普段も映像の見せ方やルビの振り方まで見てしまうと笑います。
量子もつれは何に使える?
リスナーからは、量子もつれで実現できそうな技術は何か、という質問も届きました。中尾さんは、代表例として量子暗号通信と量子コンピューターを挙げます。
中尾さんによると、量子もつれ ── 2つの量子の間に特別な相関が生まれる現象。片方を観測すると、離れたもう片方の状態も決まりますは、ある操作をした2つの量子が特別な相関関係を持つ現象です。片方を観測して0とわかれば、もう片方も0だとわかります。
それがこう、すごい遠くに運んだとしても、例えば地球と月とか、そういったところに運んだとしても、その関係性が維持されて、
量子暗号通信では、誰かが通信を覗き見ると、重ね合わせで守られているはずの状態が0か1に決まってしまいます。中尾さんは、その性質によって秘匿性の高い通信ができると説明します。長距離化には、量子もつれを使った量子テレポーテーションという技術も使われているそうです。
もう1つの例が量子エラー訂正です。量子コンピューターの量子ビットはわずかなノイズでも状態が変わるため、複数の量子ビットをもつれさせ、チームとして守る仕組みが使われるといいます。
中尾さんによると、計算に使う量子を直接見ると計算ができなくなりますが、もつれた相手の量子なら見てもかまいません。そのため、計算用の量子を見ずにエラーをチェックできるそうです。
レンさんは、未来館のエラー訂正ゲームで画面を押して訂正する体験をすると、この話がよくわかると話しています。
公開後も展示は変わり続ける?
展示を作ったあとに、変えたいところは出てくるのか。中尾さんは、もっとわかりやすくしたい、もっとクオリティを高くしたかったと思う部分は結構あると話します。
量子コンピュータディスコは、公開後もごく小さな変更を続けています。プログラミングを行うDJの体験画面で、表示の仕方を細かく変えているそうです。
最初これでいけると思ったんだけど、実際やってみたらこの機能ないと結構みんな混乱してるよねみたいなとこになって、ちょっとあの表示をここ大きく入れようとか、そういったのをやってますね。
観察
来館者の様子を見て、伝わっていない所や止まる人が多い所を見つける
フィードバック
改善案をクリエイティブのチームに伝える
修正
元となるソフトを変更し、再インストールする
科学コミュニケーターは、自分が作った展示を実際に見に行き、来館者に何が伝わっているかを気にしているといいます。
中尾さんが大切にする伝え方とは?
科学を伝えるときに大切にしていることは、科学コミュニケーターごとに違うと中尾さんは前置きします。そのうえで、自身は科学技術が人によって違って見えることに面白さを感じてきたと話します。
そのため中尾さんは、正しい知識を押し付けるのではなく、相手の見え方を聞き出すことを意識しているといいます。
やりがいを感じる瞬間として中尾さんが挙げたのは、量子コンピューターの作り方の映像を見た二人が「めっちゃわかりやすい」と反応したときです。
本当に自分が考えて、これが面白いと思うとか、これを伝えることが重要だと思うとか、このイベントをやることが大事だと思うっていう風に考えて企画を立てて、
それが人の目に届いた時に、さっきみたいなリアクションをいただけると、やりがいはありますね。
中尾さんによると、科学コミュニケーターはフロアを歩いているので、いきなり話しかけてかまわないそうです。気になることや最近思っていることを何でも話してほしいと呼びかけています。
未来館が届けたいのは「答え」より「問い」?
未来館として伝えたいことを問われ、中尾さんは入口に掲げられた言葉を紹介します。未来館の展示にあるのは答えではなく問いだ、という内容です。
中尾さんによると、未来館は展示で何かを知るだけでなく、こんな未来が来たら何が起きるのか、と日々考える問いを持ち帰ってもらうように設計されているといいます。
収録後の振り返りで、レンさんとエマさんは中尾さんの話がとてもわかりやすかったと話します。広報の方も同行し、2時間ほどかけて作った人から説明を受けながら回った体験は、贅沢だったと振り返っています。
番組からのお知らせとしては、見学の様子をYouTubeで公開すること、コミュニティ「サイエントークラボ」で書籍化の準備を進めていることが紹介されました。
まとめ
日本科学未来館の科学コミュニケーターは、来館者への説明だけでなく、研究者とクリエイティブの間に立って展示を作り、公開後も改善を続けています。量子コンピューター展示では、伝える言葉を絞り、わかりやすさを優先して量子という言葉を使うなど、場所と相手に合わせた工夫が語られました。
- 科学コミュニケーターは、イベント担当と展示担当に分かれ、展示では研究者とクリエイティブの翻訳役を担う
- 量子コンピュータディスコは、プログラミングを楽しくする案から2年ほどかけてDJの形になった
- 展示の効果は、調査員によるヒアリングで、体験直後の意識の変化を測っている
- 量子の展示は「重ね合わせ」に絞り、量子を名詞的に使うことでわかりやすさを優先した
- 未来館が目指すのは、答えではなく問いを持ち帰ってもらうこと


