犯人探しをやめてシステムを設計し直す
前編では、組織の成果はたった一つの制約、つまりボトルネックによって決まるという考え方を紹介しました。この最も遅い工程を「ハービーくん」と呼んでいます。
承認を止めてくる部長や、返信の遅い同僚にイライラする場面は誰にでもあります。けれど、彼らも会社の利益を左右するボトルネックだと高橋さんは指摘します。
とはいえ、人はそう簡単に聖人君子にはなれません。ここでゴールドラット博士が一貫して主張しているのは、感情で人を責めても流れは良くならないという考え方です。
犯人探しはそこそこにして、感情で人を責めても流れは1ミリも良くなりませんよと。怒って能力が上がるなら怒りますけど、現実的にはそんなこと滅多に起きないですよね。だからシステムを設計し直すんだと。
怒りをぶつけるよりも、仕組みそのものを変える。これが後編の出発点になります。
ドラム・バッファー・ロープという魔法
『ザ・ゴール』のクライマックスでは、工場長のアレックスが、最も遅い工程である熱処理炉に手を焼いていました。ここで登場するのが制約理論の真骨頂、ドラム・バッファー・ロープ、略してDBRです。
まずドラムは太鼓の音です。これはハービーくんが打ち鳴らすペースであり、工場はこの速さ以上には絶対に進ませないという大原則を全員に示すビートです。
次にバッファーは余裕を意味します。もしハービーくんの手が一分でも止まれば、その分だけ工場全体の売り上げがゼロになるのと同じだからです。
ボトルネックくんが止まる要因を周囲が先回りで徹底的に潰す。段取りを整えて、材料を揃えて、優先順位を明確にすると、ハービー様には一秒も考え込ませて手を止めさせてはいけないわけです。
そして最後がロープです。これは工場の入り口とハービーくんを見えないロープで縛る、という投入制限のルールです。
言い換えると、ハービーくんが1個処理した分だけしか新しい材料を入れない、ということです。彼が処理できていないなら、他の誰も新しい仕事に手をつけず黙って見ているわけです。
作中でも、暇そうにする作業員を見た上司のビルが「給料泥棒だ」と怒鳴り込みます。しかしアレックスは、彼らが暇そうにしているのは余計な在庫を作らないための正しい貢献だと答えます。
優秀すぎる人が組織のボトルネックになる
この考え方はIT業界や広告業界にも当てはまります。制約理論を広めた小説『フェニックスプロジェクト』には、ブレントという何でも直せるスーパーエンジニアが登場します。
一見、彼らは救世主に見えます。けれど制約理論の視点では、優秀すぎるがゆえに仕事が属人化し、すべての重要案件が本人のところで大渋滞を起こしてしまいます。
本人は善意で深夜まで目を血走らせて頑張ってるんですけど、忙しすぎて知識を共有できないから、周りのスタッフは彼が指示をくれるのをただ待つだけの置物になっちゃいますよね。組織で一番優秀な人間が皮肉にも組織の制約になっちゃう。
解決策は2つあります。1つはブレントへの割り込みを遮断して保護し、最優先事項だけに集中させること。もう1つは、彼の知識を手順化して後進を育て、彼なしでも回る仕組みを作ることです。
ただし、この形式知化こそが本人には最もつらい作業です。なおこさんも、自分でやってしまうほうが早いのに言語化を求められる難しさを指摘します。
結局それをする時に、自分でやっちゃうのが一番言語化せずに済むから助かるのに、一番ブレント(優秀な人)しんどいこと求められる。形式知化。
一方で、優秀な人をあえて現場作業から引き剥がす勇気こそが、組織の生産性を上げる全体最適の第一歩だと高橋さんは話します。
日本人の気質と「投入制限」の勇気
この「黙って見ている」態度は、日本人にとって特に難しいものです。話は組織を離れ、日常の気質にも広がります。
これ結構、その組織じゃなくても、日本人の気質として、ホテル片付けちゃうとか、宿泊した、なんかそういうのにも表れてますよね。人の仕事を奪うなって言うじゃないですか、向こうの人たち。
サッカー場のゴミ拾いも、良い慣習である一方で、本来それをすべき人の仕事を奪っているという指摘もあります。良かれと思った行動が、実は誰かの仕事を減らしているかもしれません。
さらに身近な例として、高橋さんは未読メール1万件の先輩の話を挙げます。自分の脳というボトルネックの処理能力を無視して、無尽蔵に仕事を投入している状態です。
ここで思い出されるのが、行列のできるラーメン店です。席が空いていないのに次々注文を取って麺を茹でれば、伸びきったラーメンの山ができて店内はパニックになります。
優秀な店主はあえて外で待たせるわけですよ。これが制約理論でいう文字通りのロープなわけですよね。一人出て行ったら一人入れるということですよ。
未読メール1万件の先輩に足りなかったのは、タイピングの速さではなく、1件処理したら1件だけ手をつけるという、投入を物理的に遮断する勇気だったのです。
マツダを救った「サバを読まない」改革
この制約理論が日本の巨大企業を救った事例として、自動車メーカーのマツダが紹介されます。マツダは2007年頃から全体最適の改革を始め、一説には開発期間を半減させたと言われています。
仕事の納期を決めるとき、人はつい「サバを読んで」余裕を上乗せします。ところが、全員が余裕を持っているはずなのに、プロジェクトはなぜか最後には遅れてしまいます。
ここには2つの人間心理が関わっています。1つは、締め切り直前まで手をつけない「学生症候群」です。
もう1つは「パーキンソンの法則」で、仕事の量は与えられた時間を使い切るまで膨張するというものです。早く終わっても、時間があればどうでもいい磨き込みで潰してしまいます。
締め切り直前まで手をつけず、先延ばしにしてしまう傾向
仕事の量は、与えられた時間を使い切るまで膨張する
そこでゴールドラット博士は、個別のタスクでサバを読むことをやめさせ、その安心感を没収します。代わりに、プロジェクトの最後に全員で共有する巨大なバッファーを置くのです。
バッファーを読んでいいのは営業だけだと思うんですよ。歪みの部分がどうしても出てきた時の余裕分を持っていない営業だけで、それ以外の人たちは本当に読まないでほしい。
マツダはまさにこれを実行しました。各工程からサバを剥ぎ取り短納期で走らせ、遅れそうなら共有バッファーを堂々と使ってよいとしたのです。
大事なのはマインドセットです。現場が失敗を恐れないよう、マネジメント側が「バッファーを使い切っても君を責めない、それは全体の責任だ」と定め、信頼関係で乗り越えました。
開発期間が短くなればお金も少なくて済みます。当時業績が良くなかったマツダは、こうしてお金のバッファーを生んで生き残ったのです。制約理論が信頼の土台になったとき、全体最適の改善が起きた見事な事例です。
対立解消図で人間関係のボトルネックを解く
ボトルネックは設備だけでなく、人間関係の古いルールや方針の対立にあることも多いものです。「あの部署が遅い」といった対立です。
ゴールドラット博士はこれを解決するために、対立解消図とCLRというツールを開発しました。名前は覚えなくてよいですが、概念だけ押さえておきたいところです。
対立はしばしば思い込みや暗黙の前提に支えられています。いきなり感情的に否定するのではなく、「その因果関係は合っていますか」と論理的に点検するのがCLRです。
例えば、納期を早めたい営業と、品質のため時間が欲しい制作の対立。普通は妥協点を探しますが、博士は前提にある思い込みを疑えと言います。
まず共通のゴールを確認します。ここでは、会社として利益を上げ顧客を満足させることです。その上で「本当に時間をかけないと品質は守れないのか」という前提を疑うわけです。
この考え方は家庭にも使えます。お皿を今洗ってほしい妻と、英語を勉強したい夫の対立を、高橋さんが例に挙げます。
夜に洗っとくねで解決かなと思って。今洗えなくても。明日の朝にはなくなってることをゴールに設定して、いつやろうがいいよね、に導けるなっていう。
高橋さんは「今日は僕がやるから食洗機を買おう」という解決を提案しますが、なおこさんの反応は控えめでした。便利なものが、かえって別の面倒を際立たせるという話にも脱線します。
救急外来の真のボトルネックはどこにあったか
制約理論のすさまじさは、命に関わる現場でも証明されます。待ち時間の長い救急外来を、多くの人は医者不足が原因だと考えます。
ところが、ある病院が制約理論で分析すると、真のボトルネックは医者の数ではありませんでした。
血液検査
結果が返ってこなければ、医者は判断をすぐにできない
ベッド清掃
次のベッドが空かなければ、次の患者を通せない
結果
医者を増やしても、この2つが詰まると流れは改善しない
そこで病院が取った対策は、費用をかけて医者を増やすことではなく、2つのルール変更でした。1つは、血液検査で救急外来の検体を最優先にすること。もう1つは、清掃員に無線を持たせ、ベッドが空いた瞬間に直接通知が行くようにすることです。
たったこれだけで、待ち時間と処理能力が大きく改善しました。全体最適は工場だけでなく、救えるはずの命や家庭にも使えるテクニックなのです。
『ザ・ゴール』が日本人に受け入れられにくいのは、個人の頑張りや既存のルールを全否定してくるからです。自分の努力が全体を遅らせていたと認めるのは、誰にとってもつらいことです。
もし手が空いたら、不安にならずカフェでコーヒーを飲んで休む。休むことが余計な在庫のゴミを増やさない、組織への最大の貢献だと胸を張ってよい、というのがこの回の結論です。
まとめ
『ザ・ゴール』の制約理論は、犯人探しをやめてボトルネックを中心に仕組みを設計し直す考え方です。優秀すぎる人の属人化から、マツダの納期改革、救急外来の待ち時間まで、全体最適はあらゆる現場に応用できます。手が空いたらあえて休むことも、在庫を増やさないための立派な貢献だと捉え直せます。
- 組織の成果は最も遅い工程(ボトルネック)で決まるため、感情で人を責めても流れは改善しない
- ドラム・バッファー・ロープで、ボトルネックのペースに全体を合わせ、仕事を入れすぎない
- 優秀すぎる人は属人化で組織のボトルネックになりやすく、保護と形式知化の両方が必要
- 個別にサバを読まず、全体で共有する大きなバッファーを置くことがマツダの改革の核心だった
- 手が空いたら休むことが余計な在庫を増やさない全体最適への貢献になる
