「伝説君」のラジオに、衛星データの起業家が来た
伝説ラジオは、起業家やアーティスト、クリエイターが残してきた「伝説」を聞いていく番組として始まりました。MCの吉村慎平さんは、Xで「伝説」と名乗り、周囲からも伝説君と呼ばれていると自己紹介します。
よく呼ばれてるって言ってるだけの伝説君ですか?
伝説さんは高校2年生のころからF VenturesというVCでインターンをしていた経歴を持ち、現在はシンガポールの81RAVENSでParaboxというゲームを作っています。初回ゲストの上地練さんとは、年上の上地さんが伝説さんの「舎弟」を名乗り合うような気安い関係です。
上地さんは、Solafuneで人工衛星のデータを解析する事業を2020年5月の創業から続けています。最初に手がけた、衛星データ解析のコンペ形式のプラットフォームも、今もアクティブに動いているそうです。
福岡の投資先で出会った二人と、コロナ禍の起業
上地さんと伝説さんが出会ったのは2018〜2019年ごろの福岡です。上地さんが働いていたベンチャーキャピタルが、当時18歳だった伝説さんの会社に出資していました。
そのファンドは、さくらインターネット ── 日本のデータセンター・クラウド事業者。小笠原さんは同社に関わった人物として話題に出ていますにゆかりのある小笠原さんが手がけた、IoT領域中心のABBALabです。センサー系への投資が名目のなか、eスポーツの伝説さんの会社は例外的な出資先でした。
二人がよく顔を合わせたのは、旧大名小学校を活用したスタートアップ拠点「FGN(Fukuoka Growth Next)」です。上地さんは東京で働けると思っていたところ、福岡でファンドを作るからと言われ、FGNに住んでいるような日々を送ったといいます。
上地さんの経歴は、UCバークレーに入学したあと休学し、スタートアップのエンジニアを経てVCへ、という流れです。最初に関わったのは、段ボールのようなロボットを作るスタートアップでのロボットエンジニアで、20〜21歳のころでした。
これに2000万も出す人たちがいるのかみたいになって。
上地さんはこの驚きから「ベンチャーキャピタル」という存在を調べ、自分でもなってみようとABBALabへ進みます。途中で一度だけ復学を試みたものの、わずか2週間ほどで戻ってきたそうです。
創業時、上地さんは沖縄の実家でコードを書いていました。一緒に最初のプロダクトを作ったのは、福岡時代に暇を持て余して参加したロボット大会のチームで出会った同い年のエンジニアです。
英語の会社と、年齢で分かれる起業家コミュニティ
その同い年のエンジニアは現在もSolafuneでテックリードを務める水崎さんで、約5年一緒に会社を続けています。上地さんは出会ったときから、同い年の水崎さんに敬語で話し続けているそうです。
Solafuneは社内言語が英語で、外国人のメンバーや日本に住んでいない社員も多い会社です。上地さん以外の顔が表に出にくいのはそのためだと、上地さん自身は見ています。上地さん自身も5月はずっとアフリカにいたといいます。
上地さんは、Web3が盛り上がったころから、自分と同世代か下の世代にグローバル志向の起業家が増えたことを歓迎します。一方で、年齢が数歳違うだけでも起業家同士の雰囲気は変わると指摘します。
まず10代、U22、25。27以上みたいな感じ。
上地さんによると、スタートアップのコミュニティは年齢とステージが近い人同士で固まりやすいものです。31〜33歳あたりで上場やEXITを経験した人が集まる輪に、新参者はなかなか呼ばれません。
伝説さんも、二人の周りの顔ぶれは6年ほど変わっていないと同意します。後輩の面倒見がよい伝説さんに対し、上地さんは後輩の相談を「伝説に転送する」のをデフォルトにしていると笑います。
友達のような株主と、上がり続けるバリュエーション
上地さんが一緒に飲む数少ない相手として挙げたのが、シード投資家であるナインティーズの穂高さんです。年齢が近く、友達感覚で時間を過ごせる株主だといいます。
上地さんは、株主にはさまざまな距離感の人がいてよいと話します。年齢が離れていてガバナンスが効く人もいれば、界隈の先輩のような人、友達に近い人もいます。株主の数は、伝説さんの会社が約20、Solafuneが10〜13ほどです。
伝説さんは、2018年ごろにタイミーの小川さんが「バリュエーション ── 企業価値の評価額。資金調達時の株価を決める基準になります1億円で数千万円」の調達をしたことが、当時は非常に高く見えたと振り返ります。それ以前は5000万円で500万円といった条件が普通でした。
上地さんは、全体の水準が上がっただけでなく、同世代でナレッジが共有されるようになった点を指摘します。同じ世代の起業家から「その条件ならこっちと話してみなよ」とパスが回る関係ができてきたといいます。
投資契約書は、もっとクリエイティブにできるか?
二人で話すとよく話題になるのが、投資契約書です。伝説さんは、自分たちの資金調達で条件を自ら決めて投資家に頼むケースが多かったことから、契約書の型にとらわれない余地に関心を持っています。
上地さんは、J-KISS ── 日本で広く使われる、シード期向けの転換型投資契約のひな形。交渉コストを下げる目的で作られましたのようなひな形はナレッジの蓄積であり、基本はそれで良いケースが多いと認めます。そのうえで、事業特性に合わせた議論はもっとあってよいと話します。
特に若手はあんまりその契約書に詳しくない人が多い。
上地さんが心配するのは、バリュエーションと金額しか見ずに不要な条項を受け入れ、後のステージで打ち手が縛られるケースです。ただ、契約書の検討で最初のモメンタムを止めるのも良くないので、詳しい人からナレッジをもらえばよいとも話します。
伝説さんは、サッカーの移籍契約のように細かい条件を組む形を想像します。サッカーではユニフォームの支給枚数やスパイクの数まで契約に書かれるそうです。
上地さんの答えは慎重です。スタートアップの資金調達はシリーズごとに次の投資家へバトンを渡す前提で、VCにはLPとの契約もあります。共通の「プロトコル」から外れるほど調整コストが増える、という指摘です。
サッカーの移籍契約のように、事業や領域に合わせて細かな条件を組めるのではないか
形式上はできるが、次の投資家へバトンを渡す前提のため、共通プロトコルから外れるほどコストがかかる
起業家の仕事は「定数を変数に変える」こと
伝説さんが何度も引用しているという上地さんの言葉が、「起業家の仕事は、みんなが思っている定数を変数に変えること」です。上地さんはその意味を、世の中を変えるとはどういう状態か、から説明します。
今当たり前のものが将来的に当たり前じゃなくなってる瞬間と。
上地さんによると、世の中の人が動かせないと思っている値を、自分なら動かせる切り口や技術を見つけて動かす。そのとき前提が変わり、社会が変わるのだといいます。
うまく伸ばす人もいるが、誰もが動くと知っているので差が出にくく、付加価値が少ない
「無理だろう」と思われている値。動かし切った先に違う当たり前があり、そこにベットしたい
では、Solafuneは何を変数にしたのか。上地さんはまず事業を説明します。政府や大企業の経営者など、1つの判断で社会や経済に大きな影響を与える意思決定者に向けて、衛星データなどを収集・解析し、インサイトを出す事業です。
顧客には防衛省や内閣官房、海外政府、国連などが並びます。上地さんはこれを、学生起業で、技術的に重く、顧客が国という「2周目の起業家」のような挑戦だったと表現します。
ちっちゃいハックをいっぱい積み重ねた結果、あ、なんだいけそうじゃんみたいな。
政府とのアカウントをどう開くか、開発コストをどう下げるか、チームやファイナンスをどうするか。上地さんは、1つずつ壁を開けていった結果、振り返ると大きなものを動かしているように見えるのだと話します。
応用数学から「一番マクロなセンサー」へ
衛星データに行き着いた原点は、上地さんがUCバークレーで学んだ応用数学です。世の中の事象を数式にする学問で、コロナの感染拡大や、広告費と売上の関係のモデル化などが例に挙がりました。
数式化
世の中の事象をデータからモデル化する応用数学を学ぶ
センサー
物理世界ではセンサーでデータを取る必要があると気づき、センサー投資のABBALabへ
衛星
一番マクロなセンサーは何かと考え、衛星にたどり着く
プラットフォーム
地球の事象は無限にあるため、世界中の人が解析に関われるコンペ形式で始める
小笠原さんがさくらインターネットで衛星データのプラットフォーム「Tellus ── さくらインターネットが提供する、政府衛星データを扱えるプラットフォーム」に関わっていたことも、衛星への関心につながったといいます。
その前、上地さんは大学生ながら別の事業アイデアに約40万円を投じたことがあります。VR空間で人がロボットアームを操作し、その軌道を覚えさせて実機を自動で動かすソフトウェアでした。
まあでも勉強になりました。あれで起業しなくてめっちゃ良かった。
上地さんは、このロボット系の事業は自分に向いておらず、長く興味を持ち続けられそうにないと感じてやめたそうです。
センター英語25点から、UCバークレー合格へ
上地さんが起業に興味を持ったのは中学生のころで、当時はGoogleのエンジニアがかっこよさそうだという「雰囲気」でした。高校生になると、そういう人たちがいる場所に行こうとアメリカを目指します。
ただし当時はカリフォルニアがどこにあるかも知らず、英語もまったくできませんでした。沖縄の普天間高校に通っていた上地さんは、高校2年生で受けたセンター試験の英語が約25点だったといいます。
一応受けとくかって受けたら、マジで一問もわからんかった。
上地さんにとって追い風だったのは、アメリカの大学入試の仕組みです。一発勝負ではなく、TOEFLのように課金すれば何度も受けられる試験や、締め切りまで時間をかけられるエッセイ、面接などを組み合わせて審査されます。
試験会場で一斉に受ける一発勝負
外部試験を何度も受けられ、エッセイも締め切りまで時間を使える。工夫の余地が大きい
上地さんは野球部で練習を続けながら、高校2年生から猛勉強したそうです。家族や親戚はUCバークレーを知らず、「琉球大学にしといてくださいよ」という反応だったと笑います。
「異常な意思決定」にかかるレバレッジ
上地さんは、UCバークレーに行けたという事実そのものに、後からレバレッジがかかったと振り返ります。インターナショナルスクール出身でも裕福な家庭でもなく、沖縄の普通科から行ったことで、余計にすごそうに見えたといいます。
東大生ですっていうのと、沖縄からバークレーですっていうのとさ、こっちにかけたくなるじゃん。
特に若ければ若いほど意思決定の異常さにレバレッジかかるみたいなのはね。
上地さんは、レバレッジがかかっているうちに次のレバーを見つけ続けるのがスタートアップだと話します。いま関わる宇宙や防衛の産業には若手がほとんどおらず、そこで実績を積むだけでも、またレバレッジがかかるそうです。
ここでじゃあ30年やってきた人、まだ50歳ですみたいな。強すぎない?
収録は夜10時ごろに始まり、上地さんはUber Eatsで届いたタコライスを食べながら参加していました。この週の上地さんのミーティングは38本で、普段の約10本より大幅に多かったそうです。
教師一家の高校生が、F Venturesに飛び込むまで
ここからは、伝説さんの生い立ちです。上地さんはアメリカの大学にいたころ、「高校生がVCから資金調達」という伝説さんのプレスリリースを見ていたといいます。途中、伝説さんがトイレで席を外す間、番組を勧めた福岡の先輩が一時的に加わりました。
伝説さんの家は、両親も祖父母も教師という一家です。伝説さんが怪しい投資会社で働いていると思った祖父が、F Venturesの入るシェアオフィスに怒鳴り込みに来たこともあったそうです。
きっかけはゲームでした。2017年当時、eスポーツはオフライン大会が格上とされる風潮があり、スプラトゥーンの大会は東京にしかありませんでした。母親に東京行きを止められた伝説さんは、地元で自分たちの大会を開こうとします。
しかし会場費やLAN工事に数十万円ずつかかると言われます。ラグビーのゴールポストの企業ロゴや、Discordで届く暗号資産の勧誘から、伝説さんの頭の中で「スポンサー」と「投資」が一緒になりました。
投資とスポンサーが頭の中で一緒で、全然違うのに。
「福岡 投資家 高校生」と検索して見つけたのがF Venturesです。メールには返事がなく、LINE公式アカウント経由で返信をもらい、坊主頭の制服姿で天神まで行って「eスポーツの大会に出資してください」と頼んだそうです。
起業する気はあるのかと聞かれ、大学に行くと答えた伝説さんは、そこで初めてスタートアップというものを知ります。その勢いを買われてインターンになり、イベント「登竜門」の運営で家入さんにハイボールを届ける係などをこなしました。
伝説さんは家入さんに顔を覚えてもらい、2回目か3回目の登竜門で「やっと起業するんです」と伝えて出資を受けたといいます。
eスポーツ選手のアプリから、1億円の世界大会へ
伝説さんの最初のプロダクトは、eスポーツ選手の戦績管理アプリでした。インターン時代のリサーチで、海外ではVCが出資するeスポーツチームに200億円のバリュエーションがつくと知ったのが入り口です。
当時、日本のプロゲーマーは月2万円ほどの給料で、未払いも起きていました。伝説さんは、戦績から給与支払いまでをオンチェーン ── 取引や記録をブロックチェーン上で処理・管理することで扱うサービスを考えましたが、当時は決済が遅く、うまくいかなかったそうです。
アプリのマーケティングとして始めた大会運営は雪だるま式に広がります。さらにスマホのFPSで足音が左右から聞こえてしまう問題に目をつけ、ステレオ化するボイスチャットアプリも作りました。
上地さんは、伝説さんが18歳ごろから「ゲームを作りたい」と言い続け、FGNの登壇で小笠原さんに止められていたことを覚えていました。それから約4年、伝説さんは実際にゲームを作り、賞金1億円の大会まで開きます。
日本チームが優勝すると思ったら、まさかのタイの13歳の子にかっさわ、かすられるっていう。
エンタメの醍醐味は、人の心が動く一瞬
賞金1億円の大会では、札束を降らせる演出やライブも行ったそうです。伝説さんは、その一瞬を作ることがエンタメの醍醐味だと話します。
13歳の時賞金1億取って札束降ってくる瞬間とか、多分走馬灯絶対出るじゃないですか。
伝説さんが好きなのは、RPGではなく対人戦のゲームです。対人ゲームはスポーツと同じ競技であり、勝つ瞬間を作ることが一番楽しいといいます。さいたまスーパーアリーナが1.5万〜1.8万人で埋まったVALORANTの大会も例に挙がりました。
同じような体験がSolafuneにもあるかと聞かれた上地さんは、コンペの話をします。参加者がXのプロフィールや職歴に、Solafuneのコンペでの順位やメダル数を書いているのを見たとき、うれしくなったそうです。
その自分の作ったものが誰かに使われていて、その人のなんかこう、人生のさ、履歴の一部になってるみたいな。
最初の売上と、1000万円で次へ進む難しさ
上地さんは、最初の売上が口座に入った瞬間の感動を今も覚えています。Solafuneの最初の顧客は電力会社で、長い契約書を経て納品し、着金したときは大きな喜びがあったといいます。
おお、もう無敵だって思うよね。ファイナンスする時毎回こう、着金した後、無敵、無敵だ。
伝説さんにとっての忘れられない入金は、19歳手前で大会運営をしてもらった5万円ほどと、F Venturesや家入さんから振り込まれた約1070万円です。ただ、その1000万円は共同創業者たちと上京し、エンジニアを採用するうちに使い切ったそうです。
上地さんは、1000万円で最初のステージを突破するには工夫や運、ハックが必要だと話します。ブログ記事を書くだけで伸びた時代が過ぎ、プロダクトを作り込まないと伸びない時期に入った頃が最も大変だった、という見立てです。
伝説さんは、最近はAIエージェントの登場でプロトタイプを作るコストが下がり、5年前とは検証スピードが大きく変わったと話します。
高校生起業家は減ったのか?堅実派とドデカ派
伝説さんが高校生起業家と呼ばれていた頃、同じ立場は山内奏人さんと自分くらいだったといいます。上地さんは、伝説さんの起業が自分のセンター試験25点の時期と重なると知り、「あの時の自分には絶対無理だった」と驚きます。
伝説さんは、世界を見れば18歳で飛び級してファンドを作る若者もいるのに、日本のスタートアップ界隈には自分より年下が少ないと感じています。憧れの対象が少ないのではないか、というのが伝説さんの問題意識です。
上地さんは、上場株の市場が冷えるなかで「スモビジ」的な堅実路線と、大きく調達して夢を追う路線の派閥が語られるようになったと話します。ただ、「スモビジ」という言葉には相手を下に見る響きがあり、使いたくないそうです。
見えている変数をうまく扱い、コツコツ伸ばして売却も視野に入れる
ガンガン調達し、赤字を出してでも大きなドリームを追う
上地さん自身はドデカく行く派閥だとしつつ、状況に応じて手堅くもできるのが強みだと話します。伝説さんも、ゲームで大きく当てることを目指しながら、大会運営の受託などで事業のポートフォリオを組んでいるといいます。
まあ結局勝ったやつが一番さ、正しいからさ。
生活コストが低いうちは、アホみたいに突っ走れ
上地さんは、自分より若い起業家には「何それ?」と思われる方向に突っ走ってほしいと話します。生活にコストがかからないからこそ渡れる変な橋があり、それが後から笑い話にも、レバレッジにもなるからです。
Solafuneも、資本金30万円で2020年5月にスタートしました。7月の最初の外部調達はエンジェルからの200万円で、次の調達と合わせても約1400万円で、その先の調達まで2年あったといいます。
で、それで200万の次に1200万とかで言うてても1400万ぐらいじゃん。
上地さんは、どちらの派閥を選ぶかは頭の良さではなく、カルチャーや宗教に近いと考えています。正しさではなく、どちらがかっこいいか、自分に合うか、どう生きたいかで決まるという見方です。
だからスタートアップってね、あのロックみたいな感じで、それがかっこいいからやるとか。
伝説さんは、スタートアップを美学と表現します。そのうえで、好きで勝手にやっているのだから、きついと言っても仕方がないという点で二人は一致しました。
幸せは「一番」ではなく、日常にある
伝説さんは、地元・福岡県筑豊の友達が中学卒業後に職人の道へ進み、数千万円を稼いで家族と週末にバーベキューをしている姿を「めっちゃ幸せ」だと感じています。東京に出て、その地元の幸せを自分は捨てたとも感じているそうです。
何が一番の生きがいかと問われた上地さんは、一番はないと答えます。自分で作ったペペロンチーノがおいしい、家族でバーベキューをする、プロダクトが伸びる。そうした日常が幸せなのだそうです。
最悪沖縄に帰って魚釣りしてりゃ幸せじゃんっていうセーフティーネットがあって。
上地さんによると、沖縄は平均所得が全国で最も低い一方、周囲は幸せそうだといいます。どんな失敗をしても週末は沖縄で魚釣りだと思えることが、挑戦の支えになっているようです。
伝説さんが幸せを感じるのは、ゲームで勝つ瞬間や、子どもが初めて「新幹線」と言ったときです。逆に横領や信頼した人の退職はつらいものの、翌日には忘れるといいます。月2万円で暮らした19歳の頃の経験から、コンビニで値段を気にせず買えることを幸せの基準にしています。
2人のインターネット原体験
伝説さんは中学生の頃から、中古部品で組んだPCをヤフオクやメルカリで売って稼いでいました。YouTubeやニコニコでゲーム配信もしていましたが、13〜14歳の頃の暴言ばかりの「黒歴史」だそうです。
上地さんのインターネットの入口は、小学5年生の頃にYahoo!の検索から見たYouTube動画でした。家電量販店のポイントで家にiMacが来て、機械に弱い父親の代わりにセットアップしたことで、パソコンに親しんだといいます。
父親のふりしてヤフオクめっちゃしてたもんね。
上地さんは野球のグローブが欲しくて、閉店するスポーツ店がヤフオクに出した安いグローブを買い、転売もしていたそうです。一方、3歳下の伝説さんはフロッピーディスクを知らず、中学まではiPod touchでパズドラをしていた世代です。
伝説さんは、LINEのタイムラインで他校の生徒とつながっていたといいます。上地さんは、周りにSNSをやる人が少なかった沖縄では、Twitterも学校の友達しかいない、今のインスタのストーリーのような使われ方だったと振り返ります。
上地さんが思い出したのは、小学校高学年でのPSPです。家にWi-Fiが当たり前ではなかったため、公園やマクドナルドで電波を拾い、音楽や動画、ゲームの体験版をダウンロードしていました。
伝説さんは、こうした体験がゲームのアップデートの仕組みや、戦績が残っていくUXなど、今のサービス作りに表れていると話します。上地さんも、勉強しなくても「ここにこういうのがあるだろう」という感覚が身についていると応じます。
「AIなんとか君」が嫌な理由と、プロダクト愛
上地さんは、プロダクト愛があるかどうかは名前の付け方でわかると話し、特定の誰かを批判する意図ではないとしたうえで、こう続けます。
俺AIなんとか君みたいの嫌なんだよ。
伝説さんも同意し、Solafuneのミッション「Hack The Planet.」はエンジニアが絶対好きな言葉だと絶賛します。二人は.comのドメインを取ることにも、プロダクトへのこだわりが表れると話しました。
伝説さんの社名81RAVENSは、日本の国際電話番号「+81」と、日本を象徴する八咫烏から付けたそうです。ところがシンガポールでは、「81」が地元で有名なホテルを連想させる番号だったというオチがつきました。
伝説さんは、上場のノウハウは直近の事例しか役に立たないと言われる一方、インターネットの歴史には学ぶことしかないと考えています。ミクシィの時代の話にも、今のバイラルにつながるヒントが無限にあるといいます。
伝説さんは、学んだことをすぐ誰かに話す起業家が伸びていると感じています。人に話すたびに理解が深まり、知識を組み合わせて自分のアセットにできるからです。
上地さんは、それに加えて、成功者100人の言うことを全部聞いても成功はしないと話します。誰のロジックを取り入れ、どこを無視するか。上地さんは「ちゃんと無視する力」も大事だと強調しました。
スタートアップじゃん。常にどっかからこうさ、水が出てる状態で穴をこうやって塞ぐ瞬間もの方が多いじゃん最初。
憧れが減った時代と、「モメンタムは翼」
身近に入りたいコミュニティはあるかという問いに、二人とも「ない」と答えます。伝説さんは、スタートアップへの憧れが、YouTuberやラッパー、プロゲーマーに分散していると見ています。
伝説さんには切実な理由があります。eスポーツ市場を10兆円にするには、Parabox上でチーム運営や大会、ベッティングを手がける起業家が必要だからです。
上地さんは、スタートアップとは形式ではなく、実態以上に人を引きつけるものだと考えています。市場を切り取り、いくらで売却できると説明できる起業は、すごいけれど自分たちが見たいスタートアップとは違う、という立場です。
実態がまだ追いついてないのに、リソースとか機会とかチャンスとか人とかがバーって集まるのがスタートアップじゃん。
上地さんは、モメンタムの大きさを、実態に対して集まるリソースの幅で捉えます。
同世代でバリュエーションを競い合うのはダサいとわかっていても、負けたくないと思ってしまう。上地さんは、それこそ「翼がでかい」状態だと笑います。伝説さんも、バリュエーションは狭い相対取引での評価にすぎないと承知したうえで、同世代で「翼レベル」を競い合えたらいいと話しました。
インターネットに驚かなかった世代と、VRChatの熱
上地さんによると、GREEやミクシィ、DeNAの時代は、インターネットが生活に急速に浸透していく勢いが目に見えました。二人はスマホに驚く大人を見ずに育った世代で、インターネットは最初から生活の一部だったといいます。
伝説さんは、今はゲームもクオリティの高いものしかなく、1本に数億円をかけるのが当たり前だと話します。グランド・セフト・オートの新作は開発に11年、1500億〜1800億円ほどかかっているそうです。
伝説さんがこの3カ月注目しているのがVRChatです。17歳ほどの女子高校生がオリジナルのアバターを作り、200万円を稼ぐような例が、日本で100人ほど生まれているのではないかと見ています。
しかも今のVRChat民って全員Unity触れるんですよ。
伝説さんは、VRChatの住人はXのアカウントを持たず、中に入らないと会えないと話します。インターネット以前のクラブのように、現場に行かないと体験できない熱があるという見立てです。アバターの取引はpixiv系のBOOTH ── pixivが運営する、クリエイターが作品を販売できるマーケットプレイスで行われ、30億円規模だといいます。
っていうのを今の実はシードVCとか誰も気づいてないっていう。
荒くれ者のVCと、表に出るスター起業家
上地さんは、VCは金融業なので、資金を集められる人はジャケットを着たような人になりがちだと話します。それでも、昔の伝説さんのような金髪ちょんまげに下駄の「荒くれ者」のVCがいてもよいと考えています。
伝説さんは、テックやカルチャー、コンテンツに詳しい若者に資金を託せば、VRChatや「変態なAI」に投資するはずだと話します。上地さんも、若手が大きく当てるのは、SaaSのように決まったフォーマットがない領域か、初手から国を取りに行く挑戦だと見ています。
伝説さんは、ゲームの武器や防具を預けると貸し出しや売買で運用してくれるエージェントのような発想が、ゲーマーの若者から出てきそうだと話します。
一方で、若い世代のスター起業家は生まれていません。同世代や少し上で上場した人は、叩かれるのを避けて表に出なくなったと上地さんは見ています。伝説さんは、お酒を飲まず自分を曲げないROXXの中島さんや、ゆとりさんのような人がもっと憧れられてほしいと話します。
上地さんは、インターネット黎明期の事業はテレビで炎上しても伸び続けたと推測します。今そうした存在になれるのは、ゲームや海外のクリプトで暴れる起業家かもしれない、というのが二人の見立てです。
自分が成功すれば、応援した人がすべて報われる
上地さんは、良くも悪くも器用な若手が増えたと感じています。流行の領域や、SaaSの仮説検証のフォーマットにうまく乗るのではなく、それを壊して成功する人を見たいといいます。
自分が成功するじゃん。バッコンってでかく。そしたら自分を応援してくれた人たちのいろんな行動が一気に一発で正当化されるじゃん。
上地さんによると、VCの打率が30分の1だったとしても、1社が大きく返せば他の失敗も報われます。失敗した起業家も「失敗できた」ことになるのです。
伝説さんは、福岡の先輩で、ほぼ100%オーナーとして会社を2回売却した岩下さんの言葉にはっとしたそうです。高校生から起業してダイリューション ── 新株発行によって既存株主の持ち株比率が下がることを重ねてきた伝説さんに、岩下さんは「それはうれしいことだ」と話しました。
僕はほぼ100パーで売ったから喜んでくれる、売った時に喜んでくれる人がいなかったみたいな。
株主や社員が株を持っていれば、上場やEXITのときにみんなが喜ぶ。伝説さんは、事業の成長が正義であることを前提としつつ、それもエクイティファイナンスの醍醐味だと受け止めています。
なぜ「2周目の起業」でジャンプするのは難しいのか
伝説さんは、先輩が「これ」と言えば一度やってみる、迎合するタイプだと自称します。一方の上地さんは、自分の仮説を全部検証し、手札が尽きたら人の話を聞きに行くタイプです。
最近は「1回売却してから、2回目で大きな挑戦をすればいい」という風潮もあります。上地さんはロジックとしては正しいと認めつつ、思想が違うため簡単にはジャンプできないと考えています。
めっちゃゴルフ上手い奴がさ、100メートル競争に出てさ、ゴルフの何かを使おうとしてるみたいな感じじゃない?
上地さんは、同世代で小規模に売却した人が2回目で大当たりする挑戦をしている例を思いつかないといいます。上の世代の2周目にも、「太陽を作ります」のような大きな挑戦は少ない、という見方です。伝説さんは、ノーベル賞学者が核融合スタートアップを手がける例をかっこいいと挙げました。
では、大きく挑む思想はどう生まれるのか。上地さんの場合は、孫正義さんの本『志高く』でした。孫さんが高校を中退してアメリカへ渡り、UCバークレーに入るくだりを、17〜18歳で読んだそうです。
ここでバークレーで追いついたらほぼ孫じゃんみたいな。
60代の孫さんはすごい。では年齢を下げていくと、どこかですごくない瞬間があるはずだ。上地さんはそう考え、実際にバークレーに入れたことで「あ、なんだ、孫じゃん」と思えたといいます。
伝説さんも、F Venturesの同い年が急にサンフランシスコへ行った姿を見て「お前が行けるなら俺も行ける」とシンガポールに移ったそうです。上地さんは、コミュニティの中での経験の総量が当たり前の基準を変えると話します。
先輩のアドバイスは「翼レベル」で選ぶ
上地さんは、大人になって守るものが増えると大きな挑戦がしにくくなると考えています。一度EXITしてから身一つでシリコンバレーに渡り、メインストリームで勝ち切った日本人はほとんどいない、という見方です。
そこで上地さんが勧めるのが、先輩のアドバイスを受けるときに、その人の今の「翼レベル」を見ることです。過去に大成功した人でも、今レバレッジをかけた挑戦をしているとは限りません。
スタートアップって前提外れ値を出すゲームなわけじゃん。
上地さんによると、事業のやり方がフォーマット化され、他社事例で説明できるようになるほど、本来取れたはずのアルファは削られます。先輩の話はだいたい正しく聞こえるからこそ、何のアルファを狙っているかを見極める必要があるのです。
上地さん自身には、そもそも頼れる先輩がいませんでした。防衛省の案件を数十件取り、内閣官房や警察庁、国連とも契約する事業について、日本のインターネットスタートアップの先輩に聞いてもわからないからです。
もう自分でやるしかないし、自分が誰よりも詳しいトップランナーっていうあれでさ、もうやるしかないかみたいな感じじゃん。
上地さんは、話はリスペクトしつつ「今回は参考にしない人」を持つことも大事だと話します。アドバイスの取捨選択は、次のように積み重ねで身につくといいます。
フックアップされるのは「すぐ来る人」
それでも、先輩に引き上げてもらえれば早く進める部分はあります。上地さんは、40〜50代の先輩に若い起業家をつなげる伝説さんのような存在は、同世代にほとんどいないと指摘します。
伝説さんは、紹介する相手を選ぶときに気合いや、一緒に働きたいかを見ているそうです。会社に入れる人も「この人の失敗なら自分が謝れるか」を前提に決めているといいます。
僕結構謝るの。本当にもう謝ってきてしかない人生なんで。
伝説さんは4人兄弟で、弟や妹のために謝った経験や、部活で監督に謝ってもらった経験が、その感覚につながったと考えています。
上地さんが挙げるのは、面白いことをしていること、そして「今来て」と言われたらすぐ来る勢いです。重要な予定を調整してでも駆けつけられる人には、その能力があると判断できるからです。
上地さんは、人にフックアップされることは信用を貸してもらい、何かあったときの責任を一緒に負ってもらうことだと説明します。だからこそ、何か光るものが必要だという結論でした。
あなたの伝説は?初回に刻まれた2つの話
番組の終盤、伝説ラジオのテーマが固まります。ゲストに「あなたの伝説は?」と聞き、人生を変えた小さな行動や、しょうもない話も含めて語ってもらう、という趣向です。
伝説さんの伝説は、昨年、億単位の資金を使った海外展開でミスをしたことでした。トラクションは出て次の調達にも困らないものの、本来ならもっと大きな成果を出せたはずだったという意味での失敗だそうです。
上地さんは、生い立ちの話は美談にまとまりがちだと話します。沖縄からUCバークレーを経て衛星の会社を起業した、という経歴はキラキラして見えますが、実際には新聞配達もしていたといいます。
新聞配達をばっくれて、500ドルでアメリカへ
上地さんが初回に刻んだ伝説は、住み込みの新聞配達を「ばっくれた」ことです。大学入学までの4カ月を沖縄で過ごしたくなかった上地さんは、住まい付きの仕事を探し、東京・神保町の新聞販売所で働きました。
朝2時に起きて朝刊を配り、夕刊も配達する日々です。配達はバイクではなく自転車で、一緒に働く人はベトナム人ばかりだったといいます。
大学行きます、辞めますって言ったら、あ、無理。あの、他に配れる人いないじゃんみたいなって。
1年はいてほしいと言われ、親からもお金を貯めてから行くよう勧められました。それでも上地さんは、この1年は人生において大きいと考えます。荷物を友人宅に送り、大きな扇風機を抱えて電車に乗る「夜逃げ」を決行しました。
神保町で住み込みの新聞配達。辞めたいと伝えても、あと1年いてほしいと引き止められる
荷物を送って販売所を去り、お金が足りないままアメリカの大学へ。上地さんは、その1年が大きかったと振り返る
ばっくれた。やっぱ新聞配達ばっくれたから。ばっくれれる国で良かったよ。
上地さんは、働いた分の手渡しの給料も後から請求し、振り込んでもらったそうです。アメリカに持って行ったのは現金500ドル、当時のレートで約5万円だけでした。
ホストファミリーの食事は辛いインド料理ばかりで、辛いものが苦手な上地さんは、スーパーのリンゴなどで過ごしたといいます。ちなみに上地さんの初めてのバイトは、高校卒業前後の沖縄でのはま寿司で、寿司を握るのは好きでも、フロアで接客するのが何より嫌だったそうです。
伝説さんも、上京した頃は先輩たちとのシェアハウスで二段の押し入れのような場所に寝て「ドラえもん」と呼ばれていたと明かしました。二人は、こうした「伝説」をこれから若い世代に届けていきたいと語り、約3時間の初回を締めくくりました。
まとめ
伝説ラジオの初回は、上地練さんと伝説さんが、互いの生い立ちから起業観、そしてスタートアップらしさとは何かまでを、アジェンダなしで語り尽くした回でした。二人に共通するのは、実態以上にリソースを集めるモメンタムを「翼」と呼び、若いうちに異常な意思決定をしてレバレッジを取りにいくことを肯定する姿勢です。
- 上地さんは、起業家の仕事を「みんなが定数だと思っているものを変数に変えること」だと定義し、Solafuneもその小さなハックを積み重ねてきた
- センター英語約25点から、応用数学、センサー、衛星へ。沖縄からUCバークレーに進んだ異常な意思決定が、後からレバレッジになった
- スタートアップは形式ではなく美学やロックに近いもので、実態と集まるリソースの差がモメンタムだと二人は語る
- 先輩のアドバイスは今の「翼レベル」で選び、無視する力も持つ。フックアップされるのは、面白いことをしていて、すぐ駆けつけられる人
- 新聞配達をばっくれて500ドルで渡米した話のように、美談ではない「伝説」をこれからのゲストにも聞いていく





