2日休んでも1日半で帰る「1.5旅行」とは?
本題の前に、桜林さんは今月初めに出かけたプチ旅行の話をします。同行した友人に4歳、5歳くらいの子どもがいたこともあり、1泊して2日目の午後2時か3時ごろの新幹線で帰ってくる日程でした。
今までの私だったら、せっかく旅行して丸2日休みを取ってるから、もっとフルに使いたいって思ってたんだけど、その(旅行は)1日半みたいな旅行だったのね。
桜林さんによると、2日目の夜まで粘ると丸2日が潰れ、翌日に頑張らなければならなくなります。午後に帰って夕方に家に着いたことで、翌日は何も頑張らなくてよかったといいます。
結構この感じいいかも。なんか1.5旅行みたいな。
桜林さんの1.5旅行は近距離の小旅行で、朝早く出発することもなく、いつもと同じ生活リズムのまま過ごせたそうです。
丸2日休みを取ったなら夜まで使い切りたい。結果、翌日に疲れが残り頑張る必要がある
2日目の午後に帰る1.5旅行。夕方には家に着き、翌日も普段どおりで消耗しない
けど、あ、全然その(詰め込むのは)当たり前じゃないわみたいな。いいんだ。全然昼帰ってもみたいになって。
発達特性のある子の親が作る「旅のしおり」の優しさ
中里さんは、桜林さんの1.5旅行の話から、発達の特性があるお子さんを育てる親御さんの旅行話を思い出します。遠くまで行っても食事はラーメンしか食べられない、いいホテルに行ってもほぼ一歩も出ない日がある、といった話です。
諦め力、勝負は言い過ぎですけど、諦め力の話にすごい盛り上がるスレッドみたいに結構よくなるんですけど。
桜林さんは、旅行についての「こうあるべき」「せっかくだからこうした方がいい」という思い込みをいかに崩せるかだと受け止めます。中里さんも、お子さんがイライラせずに済めば親自身も楽になるという点に、味わい深さを感じているようです。
桜林さんと旅行した友人は、以前の家族旅行で大人の行きたい場所を詰め込み、子どもを連れ回してしまったといいます。最終日には商店街で子どもが一歩も動かなくなってしまい、本当に反省したそうです。
大人は旅行だってわかってるから、ちょっと疲れてても無理したりするけど、子供は無理だよねって。
中里さんは、発達特性のあるお子さんの保護者が作る旅のしおりを集めて展示会をしたいと話します。見通しが立たないと不安やイライラにつながる子どもたちのために、次に会う人や行く場所を写真付きで示すなど、とても丁寧に作られているそうです。
もうね、すごい優しいの。もうほんと子供目線で。
「勉強しない中2の娘」はダメなのか?アネマギさんのお便り
今回のテーマとなる「のろい」は「真面目ではないことは良くない」です。桜林さんが、ラジオネーム・アネマギさんからの長いお便りを読み上げます。
私はおそらく真面目な方の人間です。テスト前、部活が休みに入る期間にはテスト勉強をするものだと思っていましたし、していました。やるべき期間なのだからやるのが当たり前と疑うこともありませんでした。今、中2の娘がいます。全く勉強しようとしません。多分何をしたらいいのかがわからないのだと思います。
毎回のテスト前1週間部活が休みになり、学校から帰ってきてもとってもゆっくり過ごし、やり始めるのは日曜の夜。5教科間に合うわけがないんです。それを1年繰り返したので、さすがにどう?と聞いてみたら良くはないよねと。中2になって初めての定期テストも、全く同じ行動でした。
去年、テスト期間中に親に黙って県外のライブに一人で行ってしまったことがあり、スマホ没収中なのですが、iPadで同じようなことをしています。好きなことに没頭しても見守るべきというふうに思えるのは、その好きなことがまともなことに限ってではないかと思うのです。ショート動画で何のチェックも受けてないような垂れ流しのものを見ている。それも見守るべきなんでしょうか。
人間勉強ができなくても、人間性が真面目であればどうにか生きていけるのではと思ってしまいます。古い価値観なのだとは分かっているのですが、娘が真面目であるとはこの1年見ていると思えず、自分の中になさすぎる感覚に戸惑っています。娘は別の人間なのはわかっていますが、娘の使いたいように時間を使わせていいのかもうわからなくなりました。
お便りではほかにも、中学入学後に「中学の問題ならお母さんまだ教えられると思うから、わかんなかったら言ってね」と声をかけたこと、娘に「勉強は保険だ」と伝えても響いていないこと、仕事でも真面目な人とそうでない人には信頼に差があると感じていることが綴られていました。
アネマギさんの言う「真面目」はどこまでの範囲か?
お便りを読み終えた桜林さんは、まず「いろんな問題が混ざってますね」と口にします。中里さんは、前回と同じく親の価値観と子どもが違いすぎて動揺している話だと整理します。
2人はまず、アネマギさんの言う「真面目」が何を指すのかを確かめます。テスト前に勉強すること、人間性が真面目であること、趣味がまともかどうか、という複数の意味が混ざっているようです。
多分このあねまぎさんの価値観でしかないと思うから。それを真面目という言葉に置き換える。真面目な方がいいよねって置き換えるのがまずちょっと危険かもしれない。
中里さんに「自分のこと真面目だと思ってますか?」と聞かれた桜林さんは、即座に「私は真面目です」と答えます。そのうえで、超ガサツで雑で、ほとんどのことはどうでもいいとも話し、真面目とはきちんとすることだけではないと示します。
勉強してるだけで真面目って言われると、それはそれで違うんじゃない?とか思っちゃう。
中里さんも、すごく勉強ができる不良のような同級生がいたことを挙げます。桜林さんは、お便りの前半からは「真面目かどうか関係なく勉強してほしいだけでは」と読み取ります。
2人の整理では、お便りには2つの話が混ざっています。娘が勉強しなくて心配だという話と、絵を描くのが好きなら見守るべきとわかっていても、もっとまともなことに夢中になってほしいという話です。
テスト前にも勉強しない娘が心配。前半の長文からは、この気持ちが強く読み取れる
二次創作やショート動画ではなく、親がまともだと思える範囲の趣味に没頭してほしい
じゃあ仮に納得するようなゲームをずっとやってればそれはOKなのかな。勉強しないでゲームやってるの。
中里さんは、「娘の使いたいように時間を使わせていいのか」という一文にも注目します。娘さんの時間は娘さんのものなのに、親が管理しているように見えるといいます。桜林さんは、親の責任だと感じていて、放っておくと心配なのだろうと推し量ります。
勉強は「させられる」もの?黙ってライブに行った娘が示すこと
桜林さんは、勉強したくない子に勉強させるのはとても難しいと話します。中里さんも、すごく勉強している子は親に言われたからではないタイプが多いと応じます。
本当にこれは割と真理かもしれないけど、めちゃくちゃ勉強してる子って結構親に言われたからとかじゃないタイプなんだよね。
ここで中里さんは「厳しい意見かもしれない」と断りつつ、テスト期間中に親に黙って県外のライブへ一人で行った出来事に触れます。中里さんには、娘さんが親に安心して何でも言える関係ではなくなっているように見えるといいます。
その「良くはないよね」っていうこの言葉も、なんか親御さんに言われて良くはないよねって言っているように見えるんですよね。
中里さんは、思春期を過ぎても家庭内で他愛のない雑談がある状態を、理想的で自然なものだと考えています。そうでない家庭をよく聞いてみると、親が社会からの要請に流されていることが根本原因である場合が多いそうです。
社会の要請に流される
勉強はすべき、まともな趣味を持つべき、好きなことは役立つものであるべき、という方向で子育てをする
子の関心を認められない
子どもは全然違う方を向いているが、親はそれを認められない
「言っても無駄」と感じる
社会の要請が正しいという会話ばかりになり、子どもは親に話しても無駄だと思い始める
相談しなくなる
だんだん子どもが親に相談しなくなる
桜林さんは、親自身がテスト勉強を自然にできていた人だと、この流れに気づきづらいと指摘します。「なんでやらないの?」と思ってしまう気持ちは理解できる、とも添えています。
「真面目」を「約束を守る」に分解すると何が見えるか
桜林さんが強調するのは、勉強をしないことと、人間として真面目かどうかを結びつけることの危うさです。心配だから勉強してほしいだけなら、そのつもりで伝えたほうがよいと話します。
娘に望んでることはテストの前に勉強してほしい以上だったら、なんか人間性が真面目であるべきみたいに言うと、なんかもうでかくなって人格否定みたいになっちゃうじゃん。
桜林さんは、アネマギさんの価値観がかなり硬く見えるとも話します。中里さんが「ザ本当に真面目な方なんでしょうね」と言うと、桜林さんは、それは真面目というより、べきが強く価値観を変えるつもりがない状態ではないかと返します。
中里さんは、自分の価値観を持つこと自体は構わないとしたうえで、それが娘さんへの強いプレッシャーになっているので、うまく切り分けられるとよいと話します。仕事についても、仕事ができるかどうかと真面目かどうかが100パーセント相関するとは思わないそうです。
そこで桜林さんが提案するのが、「真面目」という大きな言葉を細かく分解することです。人との約束を守る、嘘をつかないといったことなら、守る人のほうがいいと思える一方で、それは「真面目だから」ではないといいます。
「真面目だからいい」と言われると、本当にそうかと疑問が残る。勉強しないだけで「不真面目なダメな人間」というレッテルにつながる
約束を守る、嘘をつかないなど具体的にすると、確かに大事だと納得できる
じゃないと娘さんが勉強しないだけで不真面目なダメな人間だってレッテルを貼ることになっちゃうから、そんなこと多分したくないはず。
中里さんは、娘さんはすでにそのレッテルを感じているのではないかと話します。桜林さんも、言われれば言われるほどやらなくなる悪循環になりうると応じます。
二次創作に夢中な娘を、なぜ否定したくなるのか?
お便りによると、娘さんはiPadで、好きな漫画の二次創作 ── 既存の漫画やアニメなどの登場人物や世界観を借りて、ファンが新たに作るイラストや小説などの作品やショート動画を見ているようです。桜林さんは、親御さんはそれを無駄な時間だと思っているのだろうと推し量ります。
まあテスト期間中はちょっとそれは終わってからにして勉強したら?っていうのはわかるけど、この趣味自体を否定するのであれば、それは真面目だからではないのではって思う。
中里さんは、Branchの立場では娘さんがハマっている二次創作に親も一緒にハマってみるのが一番いいのでは、とまで言ってしまうそうです。ただ桜林さんは、子どもの年齢によっては「入ってくんな」となる場合もあると添えます。
桜林さんの提案は、何が嫌でどうしてほしいのかを、「真面目」以外の具体的な言葉でノートに書き出してみることです。娘に言わなくても、書き出すことで自分の気持ちが見えてくるといいます。
気に食わない、自分の趣味と違うから、なんでそんなのが面白いんだろうって思ってるだけだなみたいなこととかわかると、(趣味を)さすがに否定するのはおかしいなみたいなことが気づくといいんだけどなぁ。
一方で桜林さんは、勉強しておけば将来やりたいことが見つかったときにいろんな道に行ける、という考えには自分も共感すると話します。なぜ勉強したほうがいいのかを話すことは、今響かなくてもしていいのではないかといいます。
中里さんはこれを受けて、まず「真面目であってほしい」ではなく「自分は娘に勉強してほしいと思っている」と自己理解することが出発点だとまとめます。そのうえで、その気持ちを伝えてみる方向です。
「大人の言うことを聞く」は真面目なのか?少し離れてみる提案
桜林さんは、アネマギさんの言う真面目には「言うことを聞く」ことも含まれているのではと指摘します。先生が1週間勉強しなさいと言うのだから勉強するのが当たり前、という感覚です。
人の言うことを聞く、大人の言うことを聞くっていうことを真面目って言ってるんだったら、私はだったら真面目じゃない。
中里さんも「俺も全然聞いてなかったな」と笑います。桜林さんは、自然に言うことを聞ける人を否定はしないものの、それはそれで特殊であり、そうでない人をすべて否定していたら一緒に仕事もできないと話します。
桜林さんは、自分と全然タイプが違う娘を理解できないことは苦しいだろうと寄り添います。同時に、「なんでそうなの?」という否定は、一緒に暮らすなかで娘さんに伝わってしまっているのではないかとも話します。
中里さんは、アネマギさんが娘さんを細かいところまで観察していることに触れ、中2の娘に対しては少し見すぎかもしれないと伝えます。「わからなかったら言ってね」とすでに伝えているのだから、少し距離を置いてもいいのではという考えです。
ちょっと放っておいたりとか、あと自分の好きなことの方に時間を振り分けてもいい期間なのかなと思ったりしていて。
最後に桜林さんは「答えという答えにはなってないかもしれない」としつつ、ヒントになればと話します。中里さんも、ストレートな表現が厳しすぎたかもしれないと気づかいながら回を締めくくりました。
まとめ
今回の回では、勉強しない娘に戸惑う母親の相談を通して、「真面目」という言葉が勉強、人間性、趣味、言うことを聞くことなど多くの意味を抱えていることが見えてきました。大きな言葉を具体的な望みに置き換えることが、娘への人格否定を避け、親子の会話を取り戻す一歩になりそうです。
- 「真面目」の中身は人それぞれの価値観で、勉強をしないことと人間性を結びつけると人格否定になりかねない
- 何が嫌でどうしてほしいのかを、「真面目」以外の具体的な言葉でノートに書き出してみる
- 「勉強してほしい」が本音なら、その気持ちとして伝え、勉強する理由を話してみる
- 社会の要請に沿った会話ばかりだと、子どもは親に相談しなくなりやすい
- 中2の子にはあえて少し距離を置き、親自身の好きなことに時間を使うのも選択肢






