代表が髪をピンクにしたらスタッフは自由になる?
この回の本題に入る前、中里さんは最近、自分の髪型や髪の色を変えるべきか迷ったと切り出します。子ども向けの支援施設ではスタッフの髪型や服装がどんどん自由になっているそうで、中里さん自身もその流れはいいと感じています。
中里さんが気にしていたのは、代表の自分がTPOに合わせた身なりをしていることで、Branchのスタッフが自由にしづらいのではないか、という点でした。
だから僕が髪の毛ピンク色とかにしてたら、みんな(スタッフも)自由にできるのかなみたいな。
中里さんは、不登校を描いたドラマ『タツキ先生は甘すぎる』の主人公が金髪であることも、その風潮を取り入れたものだと考えていました。ところがスタッフから、主人公の上には普通の髪型の江口洋介さんがいるので、中里さんはそちらの立場でいいのでは、と言われたそうです。
だから中里さんは江口洋介さんだからいいんじゃないですかって言われて。
桜林さんは笑いながら、スタッフが無理に我慢しているわけではないのでは、と確認します。中里さんも、そう言われたことはなく、ふと気になっただけだと答えています。
無理してやるか、好きでやるか
中里さんは、60歳ぐらいになったら全身ピンクの服を着るファンキーなおじいちゃんになりたい、という夢も明かします。一方で、自由な髪型の社会学者などを見ると、あえてやっているのかと考えてしまうとも話します。
桜林さんの見立ては、見た目よりも普段の態度や考え方のほうが周りに伝わる、というものです。
髪型とか服装とかだけじゃなくてもさ、普段の態度っていうか、思想みたいなものはさ、やっぱ出ちゃうじゃん。
どんなにちゃんとしててもふざけてたら出るから。
さらに桜林さんは、似合う人が好きでやっていれば自然に受け入れられるが、無理をしているとそれが出てしまうと続けます。
無理してやってたら出ちゃう。好きでやってたら出ない気がするけど。
中里さんは、自分が毎日スーツ姿でスタッフも全員シャツを着ているなら気にすべきだが、そうではないと納得します。桜林さんの「そもそもみんなちゃんと楽だから大丈夫じゃない?」という言葉で、髪型の悩みは解決となりました。
「遅刻はいけない」と手が出てしまう親からのお便り
本題は、リスナーから寄せられた「遅刻はいけないこと」という呪いについてのお便りです。桜林さんが読み上げた内容は、登校前の子どもへの怒りが抑えられないという切実な相談でした。
この気持ちをどうしたらいいかわからず、すがる思いでここに書いています。私は遅刻はいけないことという呪いを持っています。子供が登校時間直前になっても準備をせず遊んでいると怒り散らしてしまいます。手が出ることまであります。これ以上はもう言わないからねって言ってもやっぱり言ってしまいます。
学校の周りを見ると遅刻してきてる子なんてたくさんいるし、こんなに怒り散らしてまで遅刻させない必要あるんだろうかってわかっているんですが、どうしても抑えられません。仕組み化してうまく動かそうと何度もしました。もっとうまくやらないといけないと思っていますが、そもそも呪いを断ち切りたいです。
お便りを聞いた桜林さんがまず引っかかったのは、なぜ遅刻にだけこれほど反応するのか、という点です。
遅刻だけにこんなに反応しちゃうのかな。
中里さんは、遅刻に限らず、子どもが自分の思い通りに動かないこと全般への苛立ちかもしれないと応じます。子どもの年齢は書かれていませんが、二人は文面から小学生くらいではないかと推測しています。
遅刻しなかった子、遅刻した子の記憶
桜林さんは、のんびりしていてよく遅刻していた子が大人になってどう思っているのか聞いてみたい、と中里さんに話を振ります。中里さんは、小学校の頃はあまり覚えていないものの、高校以降はよく遅刻しており、それは自分の意思だったと振り返ります。
対照的に桜林さんは、全く遅刻しない子どもでした。理由は、家にいるより学校のほうがマシだったからです。
私、ちなみに全然遅刻しない子だった。学校行くのめっちゃ早かった。
(家より)学校の方がマシっていう感じだったから。
桜林さんは、相談者の子どもが学校を嫌がっているのかどうかは文面からはわからないとしつつ、この悩みは遅刻という呪いだけではない気がする、と話します。
怒りの正体は「思い通りに動かない」こと?
中里さんは、手が出るところまでいっているのは相当なことだと指摘します。桜林さんは、遅刻そのものより、子どもが「こうすべきなのに動かない」ことへの苛立ちではないかと考えます。
なんでやらないの?こうすべきなのに、なんでやらないの?っていう、やっぱり思い通りに動いてくれないことにイライラしてるんだろうね。
二人は、怒りの根っこになりうるものをいくつか挙げていきます。中里さんは、予定が崩れて自分の一人の時間が作れなくなることを、桜林さんは、遅刻で子どもの評価が下がることや「時間を守れないと大変な大人になる」という心配を挙げました。
表に見える出来事
登校時間直前になっても子どもが準備せず遊んでいる
苛立ちの中身
こうすべきなのに思い通りに動いてくれない
根っこの候補
自分の時間が崩れる、子どもの評価が下がる、時間を守れない大人になる心配など
中里さんは、本質的に何にイライラしているのかはまだわからないと話します。桜林さんも、相談者自身がなぜそこだけ敏感になるのかをわかっていないのかもしれないと続けます。
まずは遅刻だけに怒るのか、宿題をやらない、約束の時間に帰ってこないといった他の場面にも怒るのかを確かめると、怒りの根元が見えてくるかもしれない、というのが二人の考えです。
時間に厳しい人は「大事にされていない」と感じる
桜林さんは、大人になってから時間にとても厳しい人の話を持ち出します。そうした人は自分が遅刻しないよう気を張って工夫しているため、遅刻する人を「自分を雑に扱う人」と受け取りがちだといいます。
遅れてきていいと思ってるんだみたいな。私のこと雑に扱っていいと思ってるんだとか、私の時間を何だと思ってるの?みたいな感じで怒る。
ただ桜林さんは、遅刻する側は相手の時間を奪おうとしているわけではなく、家を出る前のトラブルなど色々な事情があるとも話します。
自分は気を張って守っているので、遅刻されると大事にされていないと感じて怒る
相手の時間を奪うつもりはなく、出る前のトラブルなど色々な事情がある
相談者がこのタイプなら、子どもだけでなく遅刻する人全般に苛立つのかもしれません。中里さんは、周りの人や相談者自身に対してはどうなのかも手がかりになると補い、二人は相談者自身はきっと遅刻しない人なのだろうと話しています。さらに桜林さんは、子どもや相談者自身が子どもの頃に、遅刻で嫌な目に遭った経験があるのでは、という可能性も挙げました。
「遅刻しても平気」と言っても届かない理由
桜林さんは、怒り散らす、手が出ると自分で書いているほどなので、相談者にはよほどのスイッチがあるのだろうと受け止めます。中里さんも、遅刻にモヤモヤする親は全国にたくさんいるが、自覚がありながら手が出るのはかなり深刻だと話します。
だからこそ、ここで「遅刻しても平気」と伝えても意味がない、と二人は考えます。相談者は周りの子も遅刻していることを、すでにわかっているからです。
桜林さんは、相談者が試してきた仕組み化にも目を向けます。仕組み化はあくまで遅刻しないための工夫なので、「遅刻はいけない」という前提そのものは残ったままになる、という指摘です。
イライラしないためにもっとうまくやればいいって思ってるけど、そもそも(子どもを)遅刻させたくないとかはなくなってないんだろうね、きっと。
遅刻させないために、仕組み化してもっとうまく動かそうとする
工夫を重ねても「遅刻はいけない」という前提は残ったまま
「私が困っています」と相談していい
中里さんは、心療内科などで気持ちを深掘りし、他者に分析してもらうのもいいのではと提案します。桜林さんも、カウンセラーに思いきり話すことで別のものが見えてくるかもしれないと応じます。
桜林さんが強調したのは、手が出てしまうこと自体が十分に人に相談していい案件だ、という点でした。
あの、それで私が困ってますって言っていいと思うんだよね。
こんなにイライラしちゃうの変ですよね。私困ってるんですけどっていう風に、心療内科なりカウンセリングなりで相談していいことだと思うので。
中里さんは、長年子どもに関する相談を受けてきた経験から、家庭でイライラすることは多くても、手が出るところまではなかなかいかないと話します。二人は、相談者は自分でも制御できないところまで来ているのだろうと案じています。
遅刻しても世界は終わらない
桜林さんは、遅刻そのものについては、先生に怒られても記録に回数が残っても世界は終わらない、と話します。信用が落ちる、恥ずかしい思いをするといったことは、子どもが自分で学べばいいという考えです。
中里さんも、子どもの頃に周りにいた遅刻の多い子を特別に変だと思ったことはなく、遅刻は気にしなくていいポイントだと話します。
桜林さんは小学生の頃の同級生の話をします。その子は家で用を足してからでないと怖くて出かけられず、トイレで時間を過ごすうちに間に合わなくなっていました。
そうやって後で(理由を)知ったりしたら、そういうことってあるんだなみたいに学んだりするから。
桜林さんにとって、遅刻はすべてダメと一括りにできるものではありません。
急ぐ危なさと、遅刻の多い「仕事ができる人」
中里さんは、相談者が社会人の頃に遅刻の多い人に嫌な思いをして、子どもにそうなってほしくないと思っている可能性も挙げます。桜林さんは、遅刻よりも、ギリギリに家を出て急いで学校へ向かうほうが事故の危険があって心配だと話します。
ゆっくり行って遅刻してもいいからゆっくり行ってってなっちゃう。
さらに中里さんは、尊敬するほど仕事ができる過集中タイプの人ほど遅刻が多かった、という経験を語ります。時計を気にせず提案資料を作り続けるような人のほうが、結局は成果を出していたこともあるそうです。
財布とかしょっちゅうなくしてるなっていう人に限ってすっごい仕事できる人。
桜林さんは、相談者もわかってはいるだろうとしつつ、遅刻が全てではないと締めくくりました。番組の最後には、次回のテーマが「自分と同じように傷ついてほしくない」という呪いであることが告げられています。
まとめ
遅刻に手が出るほど怒ってしまう相談に対し、二人は「遅刻しても平気」と励ますのではなく、怒りのスイッチがどこにあるのかを探すこと、そしてひとりで抱えずに専門家に相談することを勧めています。
- 遅刻だけに怒るのか、他の場面や他の人にも怒るのかを確かめると、怒りの根っこが見えやすくなる
- 苛立ちの奥には、思い通りに動かないことや、子どもの評価・将来への心配が隠れている可能性がある
- 仕組み化は遅刻しないための工夫であり、「遅刻はいけない」という前提そのものは解けない
- 手が出てしまうなら「私が困っています」と心療内科やカウンセリングに相談していい
- 遅刻しても世界は終わらず、そこから学ぶのは子ども自身でよい





