大人の「新しい趣味」はどこから生まれる?
番組の冒頭、中里祐次さんは桜林直子さんに「新しい趣味が生まれた瞬間って、どういうときですか」と問いかけます。
桜林さんは、自分はもともと趣味が少なく、夢中になったり沼にハマったりすることがめったにないタイプだと答えます。そんな桜林さんが今ハマっているのがバスケットボールで、試合を見るだけでなく、沖縄まで現地観戦に行くほどだといいます。
今私バスケ好きで、試合も見るし、現地に見に行ったりとか、沖縄まで見に行ったりとか、まあまあだいぶハマってると言える。
桜林さんがバスケにハマったきっかけは、テレビでたまたま放送されていたワールドカップ予選でした。日本代表の試合が地上波で流れること自体が珍しかったそうで、見ているうちに、すっかり忘れていたバスケの面白さや選手の凄さを思い出したといいます。
(バスケの)ルールがわかるから面白さが直にわかるじゃない。それで気づいたらなんか「もっと見たい」みたいになってて。
桜林さんは入り口の感覚を、無理やり言語化すると「モア」だと表現しています。もっと知りたい、もっと見たいという気持ちが趣味の始まりだったということです。
ただし、桜林さんにとってバスケはもともと好きなものではありませんでした。学生時代の記憶は「きつい、つらい思い出しかない」もので、好きだったものを掘り起こしたというより、バスケという存在そのものを思い出した感覚だったと話しています。
偶然の再会
テレビで珍しく放送されていたワールドカップ予選を目にする
思い出す
忘れていた面白さや選手の凄さがよみがえる
モア
ルールがわかるぶん面白さが直に伝わり、「もっと見たい」「もっと知りたい」になる
現地へ
試合観戦のために沖縄まで足を運ぶほどになる
中里さんがこの話題を振ったのは、子育てが一段落した親からの声があったからです。子どもが高校生や専門学校生になってほぼ子離れした親や、更年期でやる気が起きない親から、「何かやったほうがいいと思うけれど、好きなことや趣味をどう作るのか忘れてしまった」という話がちらほら届いていたといいます。
子供に対してだったら結構いくらでもなんかいろいろ言いようがあるんですけど、大人ってそういえばあんまりちゃんと考えたことなかったなって。
定年後に趣味が増えた母と、移住して忙しくなった友人
桜林さんは、大人の趣味づくりには時間の制約があり、何でも全部試すわけにはいかないと前置きしたうえで、友人の実家で会ったお母さんの話を紹介します。
そのお母さんは、切り絵や縫い物、祖母の着物を自分の洋服に仕立て直すなど、手を動かして何かを作る趣味をいくつも持っていました。桜林さんが「昔から好きだったの?」と聞くと、答えは「全部定年後よ」だったそうです。
それ希望のある話だ。
これからまだできるのか。
このお母さんが趣味を始めたきっかけは、住んでいる地方で周りの友人たちがみんな陶芸などで何かを作っていたことでした。「いいな、もの作るのって」と思い、教室に通ったり、図書館で作り方の本を借りたりして、近所で通えるものは全部試してみたといいます。
桜林さんは、このお母さんにはもともと「ものを作りたい」という種があったはずだと見ています。中里さんはそれを、種を育てるコミュニティに出会えたケースだと受け止めています。
中里さんはこの話から、共通の友人で大学時代の親友でもあるデザイナー、オグラヒラクさんのことを思い出します。山梨に移住して家を買い、壁や床を自分で作り、ラボまで建てていた時期に、中里さんも壁塗りを手伝いに行っていたそうです。
田舎の方に移住すると、やることが常にあるって勝手にクリエイティブになるみたいなこと言ってて、忙しいんだと。
中里さんによれば、友人は場所を変えた結果として、手を動かさざるを得なくなったといいます。種とコミュニティから趣味が育ったお母さんの話とは別の道筋として、環境の変化が人を動かすこともあると中里さんは話しています。
「ものを作りたい」という種があり、周りで作っている友人たちに触れて、定年後に教室や独学で次々と始めた
山梨へ移住して環境が変わり、家づくりなどやることが常にある状態になって、自然とクリエイティブになった
桜林さんは、ものを作る趣味と、バスケ観戦のように何かを受け取る趣味では傾向が違い、何で気持ちが上がるかは人それぞれだと付け加えます。中里さんはこのテーマに個人的な関心があるとして、新しい趣味についてのお便りも募集していました。
「何もかもが嫌」と言う15歳の息子に悩む母からの相談
この回で取り上げる「のろい」は、何もかもが嫌、面倒くさいと言う息子を見ていてイライラするというものです。桜林さんが、海外で子育てをしている母親から届いたお便りを読み上げます。
私は国際結婚を機に、アジアや北米の国でいろいろな国の子育てに触れながら母をしている思春期男女2人の母です。15歳の思春期真っただ中の息子についてご相談させてください。息子はもともとおっとりとしていて、昔から新しいことに挑戦したりすることにかなり慎重な子です。
複数の文化の異なる国で過ごした経験から、新しい環境や言葉の通じない場所にポンと放ってしまう私にもめげず、今までサバイバルをしてきました。それと同時に、物静かながらも一人であれこれあることないことを考えてしまう性格で、誰かのレールに敷かれた道やルールに従うことが心底嫌いだとここ最近は言うようになりました。
学校はなぜ行かないといけないのか、なぜ学校は成績だけで評価されるのか、世の中はなぜお金がないと何もできないのかなど、私が人生で考えたこともないような疑問と、その当たり前にある世の中のルールが嫌いだなどとも言います。学校に行けば仲のいい友人もいますし、学校での宿題や授業もこなしていますが、ただただ学校が心底嫌だと毎日言います。
何もかもが嫌、面倒くさいという息子を見ていてイライラすると同時に、もどかしさや諦めの気持ちが入り交じり、息子の将来が心配です。他の子たちがクラブやスポーツに忙しく活発に過ごしている話を聞くと、自分の息子がどんどん落ちこぼれていくようにも感じます。ただ、本人は自分がしたくないことはしない、他の子たちのように忙しくあれこれするのは嫌いだとも言い、私の心配とは裏腹に至って冷静です。
今まで十分に新しい環境を乗り越えてきたので、朝起きて学校に行き、健康でいてくれるだけでもう十分すごいと思いつつ、今ある環境でもっといろいろ楽しんでもらいたいとも母として思ってしまいます。お二人はどのように思われますか?
相談者の母親は、息子がいじめを受けているわけではないことや、嫌だというものは「じゃあやめてしまえ」と言って粘ることをやめたことも書き添えています。そのうえで、こうした考え方は思春期の男の子にはよくあるものなのか、と二人に問いかけています。
相談の息子は「心配な子」ではなく「素敵な子」?
相談を聞いた中里さんが真っ先に口にしたのは、息子への好意でした。いろいろなことを考える内省型の子だと評しています。
僕これ読んで結構真っ先に思ったのが、この匿名さんのご子息、僕めっちゃ好きですね。
桜林さんは「私かと思った」と笑いつつ、学校に行く理由やテストの点数で評価されることへの疑問は、思春期にはよくある悩みだと話します。中里さんも、多くの子が同じことを思っているのではないかと応じています。
なんで学校行かなきゃいけないの?なんでテストの点数で評価されるの?ってさ。(中略)思春期あるあるだよ。
二人は、息子がいろいろな国を経験してサバイバルしてきたことにも触れ、少し悟ったところがあるのかもしれないと話します。忙しいのが嫌で、ゆっくりしたいという気持ちも、二人は否定せずに受け止めています。
心配いらないよね。こんな自分の考えがあってさ。そう、あれが嫌だ、こうしたいっていうのがあるんだったら素敵。
中里さんが特に評価したのは、学校が嫌だと思いながらも、宿題や授業をきちんとこなしている点です。桜林さんも、自分も学校を嫌だと思っていたと明かし、中里さんは集団生活が嫌だと感じる人はたくさんいると続けます。
転校続きの子どもにつく「謎の筋力」と多面的な視点
桜林さんは雑談の仕事で、親の転勤などで学校や住む場所がコロコロ変わった経験を持つ人の話を聞くことがあるそうです。その経験から、国をまたいで移り住んできたことは、息子さんに良くも悪くも影響しているはずだと話します。
入ったと思ったらまた出なきゃいけないとか、そういうのをやってると、やっぱりなんか謎の筋力がつくみたいなことをやっぱみんな言ってて。
転校を繰り返した人たちは、すでに関係ができあがった場所に一人で入ったり、すぐに離れたりする中で、うまくやる力や、よそ者として嫌われないように振る舞う力が身についていくといいます。桜林さんは、それが悪いことばかりではないとしつつ、本人が話したくなるくらいの影響はあると見ています。
中里さんは、いろいろな国で教育を受けてきた子は、ひとつの国で同じ教育を受け続けた子に比べて多面的な視点を持っているはずだと話します。大人が子どもにどう接するかを国ごとに見てきたからこそ、さまざまな疑問が浮かんでくるのだろうという見方です。
国によって人の考え方が違うとか、大人がなぜ仕事をしているかとかっていう理由が違うとか、多分色々見えてくると思うんですよね。
桜林さんはここで、漫画家のヤマザキマリ ── イタリアをはじめ海外で長く暮らした経験を持つ漫画家・文筆家。古代ローマ人が現代日本の風呂にタイムスリップする作品で知られますさんの話を挙げます。代表作のテルマエ・ロマエ ── ヤマザキマリさんの漫画。古代ローマの浴場設計技師が現代日本にタイムスリップする物語で、映画化もされましたで知られるヤマザキさんは、子連れでいろいろな国に住み、息子さんも各国の学校に通っていたそうです。
桜林さんによると、ヤマザキマリさんは「息子はずっと怒っていた」とよく話しているといいます。まじめに勉強しても、国が変わると歴史や国語の内容がまるで違い、積み上がらなかったからです。
せっかく頑張った歴史とか国語とかが、国が変わったら全然違くなったりとかして。
桜林さんは、過ぎてしまえば笑い話になり、人より多くの知識や多面的な見方として残るのだろうと話します。そのうえで、その経験を「よかった」と言える方向に持っていくしかないのではないかと問いかけています。
中里さんは、自身は子ども時代に移り住んだ経験がないため息子さんの気持ちはわかりきれないと断ったうえで、いろいろな場所に合わせ続けなければならないストレスがあるのではないかと推し量ります。学校が嫌だという言葉の裏に、生活に自分を合わせ続けるしんどさがあるのかもしれない、という見方です。
「嫌だ」の裏には「どうしたい」がある?
桜林さんは、社会や大人に対していろいろな疑問や怒りが湧くのは普遍的なことで、むしろ真っ当だと話します。中里さんもそれに同意し、自分なら否定するより深掘りして聞いてみたくなると続けます。
何怒ってるんだろうね、何が嫌なの?みたいな。
どうしたらいいと思う?とかね。
二人は、相談の息子をとても賢い子なのではないかと見ています。桜林さんは、怒りだけでなく夢中になれるものがあればなおよいとしつつ、無気力で何もしたくないわけではないなら、本人が勝手に見つけるのではないかと話します。
中里さんは、15歳くらいなら、学校もあくせくするのも嫌でも、一人のときに勝手にやっていることがあるのではないかと考えます。クラブやスポーツのように他の子とやる活動ではなく、息子さんが一人で好きでやっていることに目を向けてはどうかという提案です。
桜林さんは、自分も子どもの頃から今に至るまで嫌なことが多く、「嫌だ」という気持ちが強いタイプだと明かします。そのうえで、自分に対しては「嫌だということは、どうしたいということなのか」と問いかけるようにしているそうです。
あれもやだ、これもやだだけで、あの文句だけだとただの文句言う人になるから、そんなに嫌な気持ち強いなら、じゃあどうすればいいの?とか。じゃあ何だったらやれるの?とかっていうのを自分に聞くようにしてるので。
桜林さんは、子どものうちにそこまでしなくてもいいと断りつつ、「嫌だ嫌だ」を聞いてイライラしてしまうなら、嫌だの裏面を見せるような角度転換の話をしてみるのもいいかもしれないと提案しています。
嫌だ
あれも嫌、これも嫌という気持ちが強く湧く
問いかけ
嫌だということは、どうしたいということなのかを考える
やれること
じゃあ何だったらやれるのか、どうすればいいのかに目を向ける
夢中になるものは、他の子と違っていていい
中里さんは、息子さんが夢中になるものや率先してやりたいものは、いろいろな国で育ってきた経緯もあって、他の子とはまったく違うものかもしれないと話します。クラブやスポーツのようなメジャーな活動とは別のところに、息子さんの「好き」があるかもしれないということです。
よくわからないけど、夢中になってるものみたいなものをなんか愛でてあげれるかどうかというか。
中里さんは、自身はずっと同じ場所で育ち、大人になってから引っ越しや移住を経験して、環境を変えることでいろいろなものが見えたり、アウトプットできるようになったりすると気づいたといいます。冒頭で紹介した山梨に移住した友人の話とも重なる実感です。
中里さんは、相談の息子さんには小さい頃からその環境の変化があったからこそ、今のような疑問が出てきているのではないかと見ています。
一方で桜林さんは、大人は自分のタイミングで好きな場所に行けるけれど、子どもは望んでいなくても移らなければならないと指摘します。「実は良かった」という発見は後から来るもので、渦中では訳がわからないものなのだろうと話しています。
自分のタイミングで好きな場所へ移り、変化をクリエイティブさや新しい発見につなげやすい
望んでいなくても移らなければならず、「良かった」という発見は後から来る
最後に二人は、自分たちは息子さんについて何も心配していないと口をそろえます。中里さんは「むしろもう会ってみたいぐらい」と話し、桜林さんは様子を見ていればよく、放っておいても平気な気がすると締めくくりました。
むしろもう会ってみたいぐらい。いい、なんかいいお子さんだな。
まとめ
「何もかもが嫌、面倒くさい」と言う15歳の息子について、中里さんと桜林さんは心配よりも好意と関心を示しました。国を移りながら育った経験が多面的な視点を生み、だからこそ学校や社会への疑問が湧いているのではないかという見方です。親にできるのは、嫌だという言葉を深掘りして聞き、他の子とは違うかもしれない夢中を邪魔せずに見守ることだと語られています。
- 学校や社会のルールへの疑問は思春期によくあるもので、二人はむしろ真っ当で素敵だと受け止めている
- 複数の国で育った子は多面的な視点を持つ一方、場所に合わせ続けるストレスも抱えているかもしれない
- 「何が嫌なの?」「どうしたらいいと思う?」と、嫌だの裏にある気持ちを聞いてみるのも一つの手
- 夢中になるものはクラブやスポーツとは限らず、他の子と違うものでも愛でてあげられるかが大事
- 大人の趣味も、種とコミュニティ、あるいは環境の変化から定年後にでも生まれうる





