ビートマニアとmixiから始まったDJ人生
DJ GOさんがDJに興味を持ったきっかけは、高校時代にハマった音楽ゲーム「ビートマニア」でした。
僕ね、もともと音楽とかは最初ロックとかが好きだったんですよ。で、そこからダンスミュージックにどんどん傾いていくんですけど、そのきっかけになったのが、高校生の時にハマったビートマニアだったんですよ。
ビートマニアが置いてあったのは、高校の同級生で後の相方となるフジケンさんの家でした。ゲームは苦手なGOさんですが、ビートマニアだけは得意だったといいます。
大学時代には、テクニクスのターンテーブルを持つ知人に触らせてもらい、「ビートマニア的な感覚でうまいかも」と言われたことも記憶に残っていたそうです。
実際にDJを本格的に始めたのは、社会人になってお金が貯まった27歳の頃でした。
クラブはめちゃくちゃ好きだったんで、行ってたんですよ。DJは興味はあるけど始めてなくて。27歳の時に、フジケンが勢いで「俺DJやるから」って言ったのに乗っかったみたいな。一人でやるのはあれだけど、近くにやるやつがいるなら勢いでやっちゃおうかなって。
ただ、始めても半年ほどは曲を繋ぐこともできなかったといいます。そこで頼ったのが当時のSNS、mixiでした。
たまたまmixiで「DJ教えます」っていうDJコミュニティの投稿を見つけまして。それに話しかけたんです。「僕に教えてください、僕行きますんで、町田まで」って。
町田のバーオーナーに基礎を教わり、CDJだけでなくレコードの使い方まで習得。そのお店の素人DJナイトでDJデビューを果たしました。
友人の輪から広がったパーティー、そしてブロックパーティー
活動は町田の素人DJナイトから、都内の小さなハコへと広がっていきます。渋谷にあった地下のバー「渋谷EFFECT」もそのひとつでした。
MASIROさんとGOさんの出会いも、この頃の友人の輪の中にありました。2010年前後、多摩川の河川敷でバーベキューをしながらCDJを持ち込み、音楽を流すイベントがあったそうです。
当時は楽しかったし好きだったんですけど、今考えるとどうかしてるイベントがあったんですよ。いや、でもすごい楽しかったんですよ。
楽しかったですね。ちょっとかっこいい言い方すると、ブロックパーティーですかね。もうブロックパーティーですよ、本当に。
当時できた交友関係が、今も第一線でパーティー出演する仲間として続いていることを、MASIROさんは大切な財産だと語ります。
その後、DJ活動を大きく変える転機が訪れます。2012年頃のCDJバトルです。
ずっとDJやってると、このままやってもこのままじゃないか、何も変わらないんじゃないかっていうのがあって。ちょうどそういう企画をされていたので、この大会に出ようってなったんですよ。
バトルで勝利したことで肩書きが生まれ、京都や名古屋など遠征の機会も増えました。GOさんはこれを大きなターニングポイントだったと振り返ります。
新木場ageHaのメインと、47都道府県ツアーの手応え
思い出に残るパーティーとして、GOさんはまずDJを始める前から通っていた新木場ageHaを挙げました。
一番のそのDJ出たい場所っていうのは、当時ageHaのメインで。まさか自分でそれが夢が叶ったんですけど、その時は一番めちゃくちゃ嬉しかったですね。
しかも初めて立ったageHaのメインは、夏のビキニナイトのファイナル。シーズンの締めくくりで、序盤から観客が埋め尽くしていたそうです。
一方、うまくいかなかった経験も数多くあると率直に語ります。特に2019年に達成した47都道府県DJツアーでは、土地ごとの色を掴みきれない場面もあったといいます。
最初は「来てください」みたいな感じなんですけど、47都道府県ってなると、最後の方は本当に「お願いして行かさせてください」みたいな感じだったっていうのもありますし。
ハコごとにHIPHOPが強かったり、SNSで流行っている曲があったりと、その土地のムードやトレンドが色濃くあるといいます。
それでも、根本にある共通点は変わりませんでした。
基本はどこにいても音楽を好きな人ではあるので、相手方の方も。そういうところは絶対につながるので。人との繋がりっていうことが、身に染みて分かったという。
ブレない軸は「楽しいDJ」、広がり続ける出演の場
MASIROさんは、KICK OFFの魅力を「多くの人に音楽を届ける役割」だと表現します。始まりはナイトクラブでしたが、今では野外スタジアムや催事場、子供向けイベントなど活躍の場は多彩です。
そんな中でGOさんが変えていないのは、たったひとつの信念です。
かつては「マイクを使わないでDJをやるのが美徳」とフジケンさんが語るような、硬派で職人気質なスタイルが理想とされた時代もありました。
でも今はもう、楽しいって思ってもらうためなら何でもやります。
GOさんは、クラブやフェスに行くのは「楽しみたいから」だと語ります。だからこそ、今では最初にマイクの有無をチェックするほど、盛り上げの姿勢を大切にしています。
MASIROさんは、どの世代にも刺さるトレンドが難しい時代に、KICK OFFの「みんなが楽しめる形」を提案し続けるスタイルに憧れると話します。
まるでスーパーマーケットみたいな存在です、僕にとってのキックオフは。なんでもあるし、どこにでも手が届くというか。
一人で挑むSNS、リール動画に見た夢
今GOさんが力を入れているのが、インスタリールやTikTokなどの縦型動画でのDJ発信です。KICK OFFではかつてTwitchやSpotifyでの配信を行っていましたが、今は休止中でした。
そこで、一人で自分の責任でできることとして、2月頃からリール動画を始めたといいます。
ずっと続けていくと、9万9千人見てるとか、いきなりポンって跳ねて。現場で会った時に「そのリール動画見ましたよ」って声かけられたりして。ああいうのは今後絶対に必要なんだなって感じてはいます。
代表的な企画が「ブーヤDJ選手権」。どんな曲もブーヤにつなげて盛り上げる内容で、認知のきっかけになった一方、GOさんは他のDJへの気遣いも忘れません。
トレンドを掴む姿勢も特徴です。ランク付けやおすすめ紹介といった注目されやすい形式を取り入れた動画が伸びたといいます。
GOさんがDJを続ける理由は、「まだ見ぬ最高の景色を見たいから」でした。バトルで得た景色とは違う変化の仕方に興味があり、その挑戦がリール動画だったのです。
MASIROさんは、自分たちにとってのmixiのように、SNSは今も人と人をつなぐ役割を持っていると語ります。
僕がすごいとかってよりかは、SNSってやっぱ夢あるなって思いました。だからなんか切っても切り離せないというか。
夏のイベントラッシュ、神奈川からのお知らせ
番組後半では、8月に控える出演予定が語られました。まずは年一開催のAWA-PA。GOさんは主催AFROMANCEさんとのユニット「Afro&Go.」として出演します。
GOさんはAFROMANCEさんについて、企画力だけでなくDJとしての実力を尊敬すると語ります。
DJを5人リスペクトするとしたらAFROさんも入るぐらいなので。企画の部分ですごい目立ってますけど、DJ本当にリスペクトするぐらいかっこいいと思ってます。
MASIROさんは、今年で40歳になる自身にとって、AFROMANCEさんの貪欲な姿勢が勇気になると話します。今年のAWA-PAは、改装後のSHIBUYA CLUB ASIAで初めての開催となる点も注目です。
続いて紹介されたのが、8月15日のクルージングDJイベント「夏クル2026 YOKOHAMA 納涼祭」です。TCPTさん主催で、横浜の海を船で行きながら音楽を楽しめます。
一応、僕、神奈川県民であり神奈川県DJなんですけど、これは本当に大好きなイベントでございまして。横浜の海をクルージングしてるんだって気になれる。
チケットは収録時点で約5割が売れているとのことで、GOさんは早めのチェックを呼びかけました。
最後に紹介したのが、8月21日に川崎クラブチッタで開催される「東京歌謡曲ナイト」。DJ KOOさんが降臨する、J-POPの祭典です。
夕方7時から朝の5時まで、ずっとJ-POPが流れまくるイベントなので、こんなに一晩中J-POPまみれになることってないと思うので、ご興味ある方はぜひお越しください。
このイベントでは、DJもライブも全員が平等に30分の持ち時間を与えられるのが特徴です。KICK OFFは毎回、自分たちのリミックスだけでプレイすることを決めているといいます。
キックオフだけのリミックスだけでやるっていうのを決めていて。自分たちのリミックスだけでやるのは、このイベントでしかやってないので。それでキックオフ色を出してるってところでございます。
まとめ
ビートマニアとmixiから始まったDJ GOさんの歩みは、CDJバトルや47都道府県ツアーを経て、今はSNSでの新たな挑戦へと続いています。時代とともに活動の場は変わっても、「楽しいDJ」という軸だけはずっとブレていません。
- GOさんのDJの原点は高校時代のビートマニアと、mixiのコミュニティでの弟子入りだった
- CDJバトルでの優勝が遠征の機会を広げる大きなターニングポイントになった
- 47都道府県ツアーでは土地ごとの色を痛感しつつ、音楽好き同士の繋がりを実感した
- 硬派なスタイルが理想とされた時代を経て、今は「楽しませるためなら何でもやる」姿勢を貫く
- 8月はAWA-PA、夏クル2026 YOKOHAMA 納涼祭、東京歌謡曲ナイトなど神奈川中心の出演が続く
