デビアス1.2兆円減損から読み解く、ダイヤ市場の構造転換と「波に乗る」生存戦略
CEOセオの「ニュースで身につく経営者マインド」第49回では、CEOセオさんが天然真珠vs養殖真珠、天然ダイヤvsラボグロウンダイヤという「本物と人工」をめぐる市場構造の変化を読み解き、ミキモトのブランド戦略やデビアスの苦境、さらにダイヤモンドがハイテク素材として半導体・量子コンピューター分野で急伸している最新動向まで掘り下げています。その内容をまとめます。
ミキモトが切り拓いた「養殖真珠」の世界
20世紀初頭、真珠はダイヤモンドよりも高い価値を持つ宝石でした。ペルシャ湾現在のペルシャ湾岸諸国周辺の海域。古くから天然真珠の一大産地として知られ、バーレーンやカタールなどが真珠採取で栄えました。で採れる天然真珠を宝石商のローゼンタール氏らが供給を独占し、価格をつり上げていた時代です。アメリカでは数万個規模の真珠が輸入され、一大ブームが巻き起こっていました。
この状況を一変させたのが、御木本幸吉ミキモト創業者(1858〜1954)。1893年に世界初の真珠養殖に成功し、「真珠王」と呼ばれた。三重県鳥羽市出身。氏です。世界で初めて真珠の養殖に成功し、天然真珠が常識だった市場にイノベーションを持ち込みました。当然ながら天然真珠側からは「偽物だ」と激しい反発を受けたといいます。
転換点となったのはココ・シャネルフランスのファッションデザイナー(1883〜1971)。シャネルブランドの創業者で、コルセットからの解放やリトルブラックドレスなど、20世紀のファッションに革命を起こした人物。の存在でした。シャネルは天然と養殖の真珠を混ぜ合わせてコーディネートし、パールを「希少な宝石」から「表現の道具」へと位置づけ直しました。養殖真珠は天然の約1割程度の価格だったこともあり、誰もが手に取れるファッションアイテムとしての道が開かれたのです。
天然真珠の独占時代
希少性=価値。供給を絞って高価格を維持
ミキモトの養殖真珠
世界初の養殖成功。天然側からは「偽物」と反発
シャネルによる再定義
天然+養殖をミックス。「希少性」から「表現」へ
デビアスの支配構造と「永遠の愛」マーケティング
真珠と似た構図が、ダイヤモンド市場でも展開されています。セオさんが注目したのは、天然ダイヤの巨人デビアス1888年設立の南アフリカに本拠を置くダイヤモンド採掘・流通企業。現在はアングロ・アメリカン社の傘下。ピーク時には世界の原石供給の約90%を支配し、ダイヤモンド市場を事実上コントロールしていた。と、急成長するラボグロウンダイヤ研究所(ラボ)で高温高圧法やCVD法などにより人工的に育成されたダイヤモンド。化学的・物理的には天然ダイヤと同一の結晶構造を持つ。(人工ダイヤ)の対立です。
デビアスはピーク時に世界の原石供給の約90%を支配し、供給量をコントロールしながら希少性を演出してきた企業です。1947年に打ち出した「A Diamond is Forever」広告代理店N.W.エイヤーが考案したデビアスの広告コピー。「ダイヤモンドは永遠の輝き」として、婚約指輪=ダイヤモンドという文化を世界に定着させた20世紀最高の広告コピーの一つとされる。というキャッチコピーは、ダイヤモンドを「愛の永続性」の象徴として結婚・婚約指輪に紐づけるマーケティングの金字塔でした。
仕入れは自分たちで生産してますから、その生産したものを特別なものとして供給も抑えながらマーケティングしていった。これがデビアスのビジネスモデルだったわけです
自ら原石を採掘し、供給量を絞り、「特別なもの」としてのストーリーを構築する。生産からマーケティングまでを一貫して支配するビジネスモデルは、長きにわたって天然ダイヤの価値を支えてきました。
ラボグロウンダイヤの台頭とデビアスの誤算
ダイヤモンド市場に激震をもたらしたのが、ラボグロウンダイヤの急速な普及です。もともとGE(ゼネラル・エレクトリック)アメリカの総合電機メーカー。1955年に高温高圧法による世界初の人工ダイヤモンド合成に成功。当初は工業用途が中心だったが、技術の進歩により宝飾品品質のダイヤも製造可能になった。が世界で初めて人工ダイヤの生成に成功し、そこから技術が広がっていきました。
デビアスも危機感を抱き、ライトボックスデビアスが2018年に立ち上げたラボグロウンダイヤモンドのジュエリーブランド。あえて低価格で販売し、「人工ダイヤは手軽なファッションアイテムであり、天然ダイヤとは別物」というポジショニングを試みた。というラボグロウンダイヤのブランドを自ら立ち上げます。しかし、その目的は人工ダイヤで稼ぐことではなく、あえて低価格で売ることでラボグロウンダイヤの価値を下げ、天然ダイヤの優位性を際立てるという「ディスブランディング」戦略でした。
ところが、この戦略は裏目に出ます。セオさんが指摘するように、現代の消費者はSHEINやZARA、H&Mのようなファストファッションに慣れた世代です。「本物かどうか」よりも「コスパ」「見た目が同じなら安い方がいい」という価値観が主流になっていました。
(2020→2024年)
(デビアス発表)
ラボグロウン比率
米国の平均婚約指輪価格も2021年の6,000ドルから2024年には5,200ドルに減少しています。「永遠の愛」を謳った婚約指輪ですら人工ダイヤでいいという消費者マインドの変化は、デビアスの想定を大きく超えていたのです。
結果として、デビアスは3年連続で減損を計上し、その額は合計で約1.2兆円にのぼります。売れ残った天然ダイヤの在庫も約3,000億円に達しているとのことです。
天然ダイヤを最も扱ってる会社がこれは違うよって言って、逆にディスブランディングでどんどん下げていった結果、本物も下がってっちゃったっていう非常に苦しい状態なんですよね
一方で、早い段階から天然ダイヤを捨てて人工ダイヤに舵を切ったパンドラデンマーク発のジュエリーブランド。2021年に天然ダイヤの使用を中止し、ラボグロウンダイヤのみを採用すると発表。サステナビリティを軸にしたブランディングで好業績を維持している。のようなブランドは好調を維持しています。変化への対応スピードが明暗を分けた格好です。
ミキモトの高収益が示すブランドの底力
天然ダイヤが苦境に立たされる一方で、養殖真珠の元祖であるミキモトは堅調な業績を維持しています。売上は約520億円、営業利益は約150億円。特筆すべきはその営業利益率で、29.7%という驚異的な数字を叩き出しています。
営業利益率 29.7%
売上約520億円 / 営業利益約150億円
営業利益率 31.9%
カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル等を展開
リシュモンスイスに本拠を置く世界最大級のラグジュアリーグループ。カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル、IWCなど多数の高級ブランドを傘下に持つ。宝飾・時計分野で圧倒的なシェアを誇る。はカルティエやヴァン クリーフ&アーペルを擁する世界最大級の宝飾グループですが、その宝飾部門の営業利益率31.9%にミキモトはほぼ肉薄しているのです。
養殖真珠の特許が切れた現在、タサキなど他の真珠メーカーも多数存在しますが、ミキモトは「養殖真珠のパイオニア」としての歴史、ブランドの世界観、品質へのこだわりを打ち出すことで、他社とは一線を画すポジションを確立しています。
ダイヤモンドの本丸はファッションではなくハイテク素材
ここからがセオさんが「大どんでん返し」と表現する展開です。コモディティ化が進むラボグロウンダイヤですが、その真の価値はファッション用途ではなく、ハイテク素材としての工業利用にありました。
ダイヤモンドは物理的に極めて優れた特性を持っています。熱伝導率は銅の5倍、シリコンの約15倍で瞬時に熱を逃がすことができます。絶縁破壊電界物質が電気的な絶縁性を失い電流が流れ始める電界強度のこと。この値が高いほど高電圧に耐えられるため、パワー半導体の素材として優れている。ダイヤモンドはシリコンの約30倍の値を持つ。はシリコンの約30倍で、高電圧環境にも耐えられます。さらに放射線耐性も高く、宇宙機や原子力環境でも動作可能です。
| 特性 | ダイヤモンドの優位性 | 応用分野 |
|---|---|---|
| 熱伝導率 | 銅の5倍、シリコンの約15倍 | 高出力半導体の放熱 |
| 絶縁破壊電界 | シリコンの約30倍 | パワー半導体、EV |
| 放射線耐性 | 極めて高い | 宇宙機、原子力環境 |
こうした特性から、ダイヤモンドは次世代半導体、量子コンピューター、5G/6G通信、EVなどの分野で「究極のパワー半導体素材」として注目を集めています。ファッション市場で価格が暴落したラボグロウンダイヤが、まったく別の巨大市場で新たな価値を見出されているのです。
デビアスもこの流れを見逃してはいません。ファッション向けのライトボックス事業は閉鎖・撤退する一方で、子会社のエレメントシックスデビアスの親会社アングロ・アメリカン傘下の合成ダイヤモンド素材メーカー。超硬工具、熱管理、光学、量子技術など幅広い産業向けに人工ダイヤモンドを供給。本社は英国。を通じて、合成ダイヤモンドのハイテク素材ビジネスを展開しています。
天然ダイヤの希少性マーケティング + ライトボックス(ラボグロウンのディスブランディング)
ファッション向けラボグロウン事業は撤退 → エレメントシックスでハイテク素材市場に注力
蓄音機の針からダイヤウェハーへ──オーブレイの変遷
セオさんが「超面白い」と興奮した日本企業がオーブレイ(Orbray)旧社名「並木精密宝石」。1939年創業の日本企業で、蓄音機のサファイア針(レコード針)製造からスタート。現在は精密宝石加工技術を活かし、人工ダイヤモンドウェハーの開発で世界をリードしている。です。エレメントシックスは2025年にこのオーブレイと戦略提携を締結し、世界最大級の単結晶ダイヤモンドウェハーの量産を目指しています。
オーブレイの出自が驚きです。もともとは蓄音機の針に使われるサファイア針を製造していた「並木精密宝石」という会社でした。日本コロムビア1910年創業の日本のレコード会社。日本初のレコード会社として蓄音機とレコードの普及に貢献した。が日本で初めてレコード会社を立ち上げた際に蓄音機を出しており、その針を作っていたのがオーブレイの前身だったのです。
創業から約90年。蓄音機の針を作っていた宝石加工会社が、紆余曲折を経て今や人工ダイヤモンドウェハーで約5cmサイズの単結晶ダイヤ製造に成功し、次世代半導体の心臓部を担おうとしています。
古い会社で歴史がある会社って変化をし続けることによってしっかり生き残り、その次のマーケットを抑えている
なお、デビアスの親会社であるアングロ・アメリカン英国に本社を置く世界有数の鉱業会社。ダイヤモンド(デビアス)のほか、銅、プラチナ、鉄鉱石など幅広い鉱物資源を扱う。近年はデビアスの売却を検討していると報じられている。はデビアスを5,000〜6,000億円規模で売却する動きがあるとされていますが、セオさんは「本当の価値はエレメントシックスのようなハイテク素材事業にあるのかもしれない」と指摘しています。
まとめ
天然真珠vs養殖真珠、天然ダイヤvsラボグロウンダイヤ。「本物」と「人工」の対立は、いつの時代も市場構造を根底から揺さぶります。しかし、この回で見えてきたのは、単純な二項対立ではない「第三の道」の存在でした。
ミキモトはパイオニアとしての歴史とブランド力で営業利益率30%近い高収益を維持し、オーブレイは蓄音機の針から次世代半導体素材へと事業領域を変え、デビアスもファッションからハイテク素材へと軸足を移しつつあります。共通しているのは、時代の波を読み、自社の強みを新しい市場に乗せていく柔軟さです。
セオさんは経営をサーフィンに例えます。いくら腕力でパドルしても、波の力には勝てない。むしろ波に乗り、その力を利用するのが正解だと。AI、量子コンピューター、5G、宇宙──これから確実に広がるマーケットの上に、自社の強みをどう乗せていくか。それが生存戦略の本質ではないかと語っていました。
- ミキモトは養殖真珠のパイオニアとしてのブランドを確立し、営業利益率約30%という世界トップクラスの高収益を維持している
- デビアスはラボグロウンダイヤの「ディスブランディング」戦略が裏目に出て、3年間で約1.2兆円の減損を計上。天然ダイヤ在庫も3,000億円に
- 米国では婚約指輪のラボグロウン比率が45%に達し、「本物より安さ・コスパ」を重視する消費者マインドが鮮明に
- ダイヤモンドの真の成長市場はファッションではなく、半導体・量子コンピューター・宇宙向けのハイテク素材分野
- 蓄音機の針メーカーから転身したオーブレイとデビアス子会社エレメントシックスの戦略提携が、ダイヤモンド半導体の量産化を加速させる
- 経営の要諦は「自力で漕ぐ」ことではなく、時代の巨大な波に乗り、そこに自社の強みを乗せること
