下関の展望デッキが生まれた背景
加藤さんが「自分が一番出ている」と思う作品として持ってきたのは、山口県下関市の展望デッキの写真でした。
先々月に竣工し、先月オープンしたばかりのプロジェクトです。
この建物は加藤さん一人の仕事ではなく、構造家やランドスケープなど多くの人が関わっています。意匠設計では、出身事務所であるスープ加藤さんが独立前に在籍していた設計事務所。代表は末光さん。環境や構造を意匠と一体的に提案する点が特徴で、公共施設のプロポーザルにも積極的に取り組んでいる。の同僚だったヤマウチさんとナガセさんとチームを組み、プロポーザルに応募して勝ち取った仕事だそうです。
これに関しては前提として、私一人ではなくて、もちろん構造家とかランドスケープとか、いろんな人が関わっています。全員同じスープの事務所出身のメンバーで、プロポーザルに応募しました。
建築のポイントは、二重のリングが海峡を背景に大きく張り出している点です。ぐるぐる回って眺望を楽しむ展望デッキになっています。
聞き手が事務所スープについて尋ねると、加藤さんは代表の末光さんのもと、環境や構造を意匠と一体的に提案していく事務所だと説明しました。公共施設にも積極的に取り組み、加藤さん自身は小学校を担当していたそうです。
チームを組んだ三事務所は、いずれもスープ出身でそれぞれ独立しています。世代が近く、元から声をかけやすい間柄だったといいます。
やっぱりみんな建築に対する考え方が、同じ事務所出身ということもあって近く、似たような考え方ができるので、結構スムーズに提案が決まっていきます。
柱を落とさない、ダイナミックな張り出し
展望デッキは海峡に向かって飛び出すような形をしています。構造的にも相当考え抜かれていそうだと聞き手が指摘します。
意匠側の希望としては、柱を落とさずに二重のリングを飛び出せることが意匠上のポイントになっているので、そういった意匠上の要望をうまく解決、対応してくれた構造家の頑張りが大きいかと思います。
もし柱があれば印象は大きく変わり、下からの風景も見えなくなってしまいます。柱がないからこそ、ダイナミックさが際立ちます。
加藤さんによれば、SNSにアップされる写真は上から撮ったものが多いそうです。しかしおすすめは、リングの下を通っていく体験だといいます。
リングが張り出している下が屋根のあるスペースになっていて、そこが結構なインパクトのある空間になっています。頭上に重いコンクリートの塊が浮いているような状態になっていて、これから暑くなってくるので、屋根のある場所として結構いいスポットなんじゃないかなと思ってます。
橋の下からこうして海を眺める体験は、普段なかなかできません。手すりもできるだけ透明感を持たせ、景色を阻害しないよう配慮されているそうです。
この写真を選んだ一番の理由は、直近に竣工し、月末に内覧会を予定していることでした。
聞き手は、分かりやすい構成の中にダイナミックさを持たせ、人に影響を与えるところが「加藤さんっぽい」と評します。実際、敷地が斜面地で、二重のリングが斜面に刺さっていくため、先端が必然的に飛び出す形になっているそうです。
本当にやりたい構成がそのままできたので、大満足という感じです。
工作好きから建築へ、没頭できる集中力
建築家になろうと思ったきっかけを聞くと、加藤さんは劇的な体験があったわけではないと答えます。
昔から黙々と物を作る、工作をするみたいなことが好きだったというのがあって、それの延長で建築学科を選んだというところですかね。
建築学科では課題が生活の多くを占めます。加藤さんは模型を作ることや何かを考えることが苦にならず、長時間没頭できたといいます。
聞き手も、大学三年生の頃から加藤さんの集中力が際立っていたと振り返ります。中学校の課題あたりから、没頭ぶりが目に見えて変わったそうです。
ずっと作業してると、お腹も空かなかったり、喉も乾かなかったり、眠くもならなかったり。なんかすごい燃費いいんですよね。
三年生の頃に実家を出て、大学の近くで暮らし始めたことも大きかったといいます。研究室にいる時間が増え、引っ越しに伴ってバイトも辞め、空いた時間を課題に費やせるようになったそうです。
一番きつかったのは、忙しさより独立直後
仕事で一番きつかった時期を尋ねると、加藤さんはまず、社会に出て知識が必要になる大変さを挙げました。
ただ、それは経験を積めば身についていくものだといいます。そのうえで、一番しんどかったのは独立してからだと振り返りました。
独立後は一級建築士の試験勉強をしながら、仕事もまだ多くない時期でした。生活も安定せず、精神的にきつかったそうです。
試験に合格した後も、今度は勉強に割いていた時間が空いてしまい、別の意味でしんどかったといいます。
私当時東新宿に住んでいて、事務所が渋谷なんですね。一応毎日、仕事が大して多くなかったとしても行くようには心がけていたんですが、本当に仕事をする必要が今日はあるのかというところで、電車で途中まで行ってUターンして家に帰るみたいな。
聞き手も同じような経験を語り、どうにかしなければという思いはあっても、なかなか行動できなかったと共感します。加藤さんも、漠然と考えてはいたが行動できたかは怪しいと認めました。
建築より自然、原風景としての空
自分を変えた建築があるかと聞かれると、加藤さんは歯切れよく答えられないと言います。いい建築を見て感動することは多いものの、決定的に変わった体験は思い当たらないそうです。
学生時代に海外でリベスキンドの建築なども見て「いいな」とは思ったものの、スイッチが切り替わる感覚ではなかったといいます。
どっちかというと、海とか山とか空とか、すごい大きな自然を見た時の方がより感動している感じはありますね。阿蘇のカルデラを見た時とか、綺麗な海とか、北海道とか美瑛の丘みたいな。
その感動が強いのは、東京に長く住み、ビルに囲まれて育ったことも理由だと加藤さんは分析します。
いるところもビルに囲まれ、空がマジで狭いですからね。
聞き手は、長野出身の自分は自然が当たり前すぎて感じ方が違うかもしれないと応じます。都会育ちだからこそ自然への感動が強い、という対比が浮かび上がりました。
加藤さんは、草原で寝転がって空を見ながら帰るような空間があったらいい、という感覚を今も持っているそうです。
譲れないのは「建築の骨格」
仕事で絶対に譲れないものを聞くと、加藤さんは提案している建築の骨格を挙げました。
提案している建築の骨格みたいな、面白さに重要な部分は、打ち合わせを重ねる中でも維持していきたい。それが譲れないものです。
一方で、それ以外の部分はクライアントとのやりとりの中で柔軟に対応するといいます。ここだけは譲れない、その他は柔軟に、というスタンスです。
聞き手は、この「骨格」が全体の形を決める最も大きな部分であり、そこにこだわるのが一番大事だと共感します。加藤さんも、明快であることを大事にしていると語りました。
建築の骨格。面白さに関わる重要な構成で、打ち合わせを重ねても維持する
骨格以外の部分。クライアントの意見を取り入れ、柔軟に対応する
構成的なところが強くて、結構分かりやすい、明快であることが大事だと考えているので、その部分は大事だなと思ってますね。
クライアントとの盛り上がりと、現場のトラブル
クライアントとの打ち合わせで盛り上がる瞬間を聞くと、加藤さんはモデルづくりを挙げました。
図面や平面、断面といった二次元の情報だけでは伝わらない部分が、模型や3Dモデルで一気に統合されて見えてくるといいます。その場で模型を切ったり、3Dをガチャガチャ動かしたりすると盛り上がるそうです。
クライアントに選ばれる理由も、このライブ感ある設計の進め方にあるのではないかと加藤さんは考えています。意匠上のエゴを押し付けすぎず、譲れないところを持ちつつ柔軟に対応する姿勢が好まれるのではないか、とのことです。
現場でトラブルが起きた時の対応も尋ねました。加藤さんは、まず焦らずに考えるスタンスだといいます。
基本的にはどうしよう、どうしようって、心の中では思っても、できるだけ出さずに、とりあえず静かにしてるかもしれないですね。
一方で、考えてもどうにもならないトラブルもあります。自分の施工図チェックの見逃しで、屋根の長さが違うものが出来上がっていたときは、施工会社に普通に謝って直してもらったそうです。
スープ時代には、タイルが面積分足りず、近い色のサンプルを入れても現地では許容できない色だったことがあったといいます。そのときは、自分で近い色を塗って対応したそうです。
実際現地で見るとやっぱり許容できないぐらいの色。しょうがないので自分で塗った。
事務作業の増加と、AIへの期待
今の建築の仕事でモヤモヤしていることを聞くと、加藤さんは手続きの煩雑化を挙げました。
日々手続きが煩雑になっている。確認申請とか近いところで、より出さなければならない資料が増え、事務仕事の時間だけが増えていく。
事務仕事に時間を割くことで、建築の質を高めるために予定していたことができなくなる、という悩みです。
聞き手も、建築の仕事は意匠を考える時間よりも、地味で機械的な作業のほうが多いのではないかと指摘します。加藤さんも、地味なことが多いと同意しました。
そこで話題はAIへと移ります。聞き手は、事務的な部分をAIが補えば、クリエイティブに時間を割けるようになるのではないかと提案します。
建築の質を高める時間ということが一番大事かなとは思ってます。
加藤さんが特に期待しているのは、3Dモデリングをそのまま図面化できるようになることだといいます。実現すれば劇的にスピードアップするそうです。
現状ではAIをリサーチに使ったり、レンダリングしたパースをさらにAIで綺麗にしたりしているものの、効率化というよりクオリティアップにとどまっているといいます。窓の位置やディテールが勝手に変わってしまう課題も、二人で共有されました。
自然への感覚と、番組が目指すもの
聞き手が一番印象に残ったのは、影響を受けたのは建築より自然だという話でした。加藤さんが自然を大事にする感覚が、代表作の展望デッキにも通じていると納得したといいます。
建築を考える時には、外部の環境、光がどこから入って、地形がどうなっていて、風がどう吹いているみたいなところは、どのプロジェクトでも考えます。どこに窓を開けると一番いいかとか、そういったところです。
最後に、聞いている人へのメッセージを尋ねました。加藤さんは、自分の意見が建築家を代表するものではないと前置きしつつ、こう語りました。
こういう職業をしている建築家の中には、こう考える人もいるということが伝わるといいかなと。いろんな建築家によって大事にしているものも違うと思うので、こういう軸を持っている人もいるということが伝わるといいかなと。
逆に加藤さんから聞き手へ、番組「なまでけんちく」が何を目指しているのかという質問がありました。
聞き手は、住宅づくりで設計事務所やアトリエに依頼する人はごくわずかで、建築家の考え方を知る場所がないことを課題に感じていると語ります。知らないまま選ぶのではなく、知った上で判断してほしい、という思いです。
そして、いろんな建築家にインタビューし、専門用語を噛み砕いて伝えることで、たとえわずかでも「この人に頼みたい」という人が出てくれば、建築家が報われる世界につながると話しました。
話の流れは、二人が別々の道を歩むことになった理由にも及びます。加藤さんはコンペで王道を歩みたい気持ちが強かった一方、聞き手はコンペの構造そのものに疑問を感じていたといいます。
一次審査を通った人の他の案を見て、どの案でもいいなと思っちゃったんですよね。そこで争うというよりかは、一般の人たちにまだ知られていないから、もっと建築家が活躍できる世界が増えれば、コンペの仕組み自体も変えた方がいいと思ってるんで。
コンペは勝てなければ時間もコストも報われにくい、リスクの高い行いだと加藤さんも認めます。聞き手は、海外では選ばれなかった案にも賞金が出る仕組みがあることに触れ、建築家がもっと報われる世界にしたいと語りました。
まとめ
都会で育った加藤さんが大切にしているのは、建築の明快な骨格と、自然への感動でした。譲れない部分は守りつつ他は柔軟に対応する姿勢は、代表作の展望デッキから現場対応、AIへの期待まで一貫しています。番組の最初のインタビューとして、一人の建築家の軸が丁寧に語られた回でした。
- 下関の展望デッキは、柱を落とさず二重のリングを海峡へ張り出したのが最大のポイント
- 加藤さんが譲れないのは「建築の骨格」で、それ以外は柔軟に対応するスタンス
- 影響を受けたのは建築より自然で、都会育ちゆえに大きな自然への感動が強い
- 事務作業の増加が悩みで、AIには質を高める時間を生み出す役割を期待している
- 番組の狙いは、建築家の考え方を噛み砕いて伝え、報われる世界につなげること
