ニューヨーク育ちの懐疑心は、なぜ投資に効くのか
宮武さんのビデオインタビューシリーズで今回訪れたのは、ニューヨークにあるLux Capital ── ディープテックやハードテックへの投資で知られるアメリカのベンチャーキャピタル。ヘルスケア、防衛、先端技術などの領域に投資していますのオフィスです。ジョシュ・ウルフさんによると、Luxはニューヨークとシリコンバレーのメンロパークに拠点を持ち、東京にはまだオフィスがないものの「いつか近いうちに」と話しています。
Lux Capitalの体制は40人で、投資チームが10人、残る30人が資金調達やPR、広報、プラットフォーム、採用などを支えています。人員はニューヨークとメンロパークでおよそ半分ずつだそうです。
ジョシュさんはブルックリンのコニーアイランド育ちです。コニーアイランドには世界で一番怖いジェットコースター「サイクロン」があり、怖さの理由は速さでも落差でもなく、古すぎて「その乗車が最後になるかもしれない」からだと冗談まじりに紹介します。
ジョシュさんは、多様な移民が密集し、詐欺師まがいの人も多いコニーアイランドで育ったことで、目を細めて疑ってかかる、少し皮肉屋な性格になったと語ります。その懐疑心が、人や動機を見極めるうえで役に立ってきたといいます。
ジョシュさんは、起業家が入ってくるたびに「騙されるのではないか」と身構え、人生では最悪を想定するそうです。悪いことをすべて想定しておけば、うまくいったときに良い意味で驚けるという、心理的な対処法でもあります。
ジョシュさんの持論は、失敗は、失敗を想像できないことから生まれるという言葉です。会社や人生で起こりうる問題を特定して先回りできれば、時間やお金や人材を投じて防げるという意味です。
投資の世界でジョシュさんが想像する失敗とは、技術が機能しない技術リスク、資金を集められない資金調達リスク、さらにプロダクト、人、市場のリスクです。こうしたリスクを1つずつ潰すほど、後から入る投資家はより高い価格を払うべきになるため、ジョシュさんは価値創造をリスク低減として捉えています。
一方、共同創業者のピーターさんは正反対の楽観派で、「うまくいったらどうなる?」と最良を期待するタイプです。周囲からは「ピーターが飛行機を発明し、ジョシュがパラシュートを発明した」と冗談を言われるそうです。
悲観的で懐疑的。最悪を想定し、失敗の可能性を潰す「パラシュート」役
楽観的で笑顔が多い。「うまくいったら?」と最良を期待する「飛行機」役
この2人の組み合わせについて、宮武さんは補い合う関係だからこそ機能すると応じ、ジョシュさんも互いに信頼し合い、好き合っていることを付け加えます。
起業家にも、そういう補完し合う要素が必要ですよね。
「肩のチップ」が社会を前に進める
起業家にも補完し合う相手が必要か、という宮武さんの問いに、ジョシュさんは「100%」と答えます。そして、資金の次に起業家へ渡せる最も重要なものは、その人を信じる人の存在だと語ります。
Luxのモットーは「他の人が理解する前に信じる」ことだそうです。ジョシュさん自身も、自分たちを信じてくれた人と、信じてくれなかった人の両方を覚えているといいます。
ジョシュさんは、見返してやりたいという負けん気を英語のchip on your shoulder ── 直訳は「肩の上の木片」。過去の不当な扱いへの恨みや、見返したいという負けん気を指す英語の慣用表現ですにたとえ、「肩のチップはポケットにチップ(お金)をもたらす」と言葉遊びで表現します。
ジョシュさんが好んで探すのは、若い頃に疎外感を味わった、アイデンティティに何かを抱えている、家庭が壊れていたなど、証明したい何かを持つ人です。どれだけ稼いでも成功しても、その人の中では火が燃え続け、社会を前に押し進めるといいます。
ただしジョシュさんは、その火は本人にとって必ずしも良いものではないとも認めます。本人は傷ついていることが多いけれど、社会と投資家にとっては素晴らしい、という見方です。
でも、(その負けん気を)どうやって見つけるんですか?誰もが自分のコンプレックスを話したがるわけではないですよね。
ジョシュさんの答えは、その人の人生のストーリーを聞くことです。「世界を変えたい」とだけ言われると目を回して信じない一方で、「近所で唯一のゲイの子どもだった」「父が2歳のときに出て行った」「11歳まで吃音があった」「先生に数学は無理だと言われた」といった話には強く惹かれるといいます。
ジョシュさんが重視するのは、そうした逆境に「もかかわらず」ではなく「だからこそ」、「見返してやる」という原動力が育ったかどうかです。本当に痛い経験を乗り越えた人なら、資金調達での拒絶や採用の断り、製品が売れないことも「どうでもいい」と思えるからだといいます。
その典型としてジョシュさんが挙げるのが、防衛企業Anduril ── パーマー・ラッキーが創業したアメリカの防衛テクノロジー企業。自律型システムやAIを活用した防衛製品を開発していますの創業者パーマー・ラッキーさんです。パーマーさんは若くしてOculusを創業し、Metaに売却したのち、当時の政治的見解を理由に解雇されたとジョシュさんは説明します。
パーマーさんはアイアンマンのスターク・インダストリーズに着想を得て、「最先端の技術を兵士のために開発する秘密の部屋は存在しない。だから作りたい」とAndurilを始めたそうです。Luxが最初に投資したときの評価額は約6000万ドルで、現在は300億ドルを超えているといいます。
億万長者になった今も、パーマーさんは2012年ごろに自分を悪く書いた記者とネットで言い争っているとジョシュさんは笑います。周囲が「もう忘れろ」と言っても、ジョシュさんは「続けろ」と思うそうで、その火は死ぬまで燃え続けるだろうと話しています。
SFと現実の距離は、なぜ縮まっているのか
宮武さんは、ジョシュさんがよく口にする「サイエンス・フィクションからサイエンス・ファクトへ」という考え方について、その差は縮まっているのか、なぜなのかを尋ねます。ジョシュさんは、SFと現実の差は縮み続けていると答えます。
ジョシュさんによれば、SFは失敗を想像するのではなく、多くの場合「世界がこうだったら?」を想像するものです。コーヒーマグを3Dプリントで生み出す、スター・ウォーズのポッドレースのようにドローンを飛ばす、ダース・ベイダーがルークの腕を切り落とした後のようなロボット手術を行う、といった例が挙がります。
物理法則に反しないなら、SFで想像されたものは実現可能なはずだとジョシュさんは考えます。実際、スター・トレックやスター・ウォーズ、グラフィックノベルに触発されてLuxが支援した起業家は数えきれないそうです。
ジョシュさんは、マーク・ザッカーバーグさんがFacebookをソーシャルメディアからメタバース、さらにAIへ移行させた際も、小説『レディ・プレイヤー1』に強く触発されていたと指摘します。ジョシュさん自身も、SFの名場面と、Luxが投資して現実になった技術を対応させたプレゼン資料を持っているそうです。
僕はOsmoが大好きです。
宮武さんが挙げたOsmo ── 匂いをデジタルで扱う技術を開発する企業。ジョシュさんによれば、LuxがGoogleからスピンアウトさせて出資しましたについて、ジョシュさんは、スマホにはカメラという目とマイクという耳があるのに、嗅覚はまだないと説明します。
ジョシュさんは、匂いが進化の上で最も強く記憶と結びつく感覚だとし、プルーストの『失われた時を求めて』でマドレーヌをかじった瞬間に幼少期がよみがえる場面を例に出します。初恋の相手のシャンプーや祖父母の家の匂いなど、他人とは共有しにくい記憶を呼び起こすのが匂いです。
Osmoが目指すのは、カフェで流れる曲を特定するShazamの匂い版です。「これはベルガモット?バニラ?」と判別し、記録し、再生できるようにするのがOsmoの核だとジョシュさんは語ります。
SFと現実の差が縮まる理由について、ジョシュさんは「SF作家の想像力が落ちているか、科学者が技術の複利的な活用と加速の恩恵を受けているか」のどちらかで、おそらくその両方だと見ています。
(Osmoの話に戻ると、)僕のポッドキャストの共同ホストは、アメリカに着いたとき「これがアメリカの匂いだ」と言っていたんです。
ジョシュさんも中東から戻ったばかりで、サウジアラビアやUAE、クウェートで感じたウード ── 沈香とも呼ばれる香木、またはその香り。中東で香水やお香として広く使われていますの香りを例に挙げます。現地では慣れて気づかなくなる匂いを、言葉で説明する代わりに「送るよ」と言える日が数年以内に来るとジョシュさんは話しています。
ディストピアSFの時代に、技術を想像する意味
パーマーともこの話をしたんですが、最近の、特にアメリカのSFは少しディストピア寄りになっていることを心配していますか?
宮武さんは、自然に帰ろう、過去に戻ろうという方向のSFが増えていることも付け加えます。ジョシュさんは、そうした傾向は『宇宙戦争』の時代からずっとあったと答えます。
ジョシュさんによれば、ここ10年ほどは気候変動が世界を壊した後を描く「気候ディストピア」というジャンルが目立ちます。核戦争後の世界の再建を描く古い小説『Canticle for Leibowitz』のように、アナログな基本へ戻る物語で、気候危機への警告として描かれているといいます。
ただ、ジョシュさん自身はその見方に納得していません。最も起こりうる破局は技術そのものではなく、技術を使う人から生まれると考えているからです。
ジョシュさんは、悪意ある人々が人を操り国家を揺るがすために悪用するソーシャルメディアのほうが、Luxがこれまで投資したどの技術よりも危険だとまで語ります。ディストピアが標準の想像になっていることは認めつつ、技術が苦しみを減らし、機会を生み、人の才能を表現させる世界を想像できる人もいると話します。
新しい技術を発明し想像すべき道徳的な理由として、ジョシュさんは「人物Xは存在したが、その人を有名にした技術Yが存在しなかったら」という思考実験を紹介します。
| 人物 | なかったとする技術 |
|---|---|
| モーツァルト、ベートーヴェン | ハープシコード |
| スティーヴン・スピルバーグ、スタンリー・キューブリック | 8ミリカメラ |
| ビル・ゲイツ | パーソナルコンピュータ |
| ジミ・ヘンドリックス | エレキギター |
| Diplo | DJ機材 |
ジョシュさんは、こうした楽器や技術がなければ天才は才能を表現できなかったと語ります。そして今、Runway MLやVEO、Soraを使うことで、映画監督ではなかったかもしれない人々がプロンプトで想像を形にし、他人に見せられるようになっていると話します。
仮説型の投資は、どうやって生まれるのか
宮武さんがインキュベーション部門のLux Labについて尋ねると、ジョシュさんはまずLux Capital全体の姿から説明します。Luxは55億ドル規模のファンドで、投資は大きく3つの領域に分かれるそうです。
| 領域 | 割合 | 主な例 |
|---|---|---|
| ヘルスケア | 約3分の1 | ロボット手術、バイオテック、医療機器 |
| 航空宇宙・防衛・産業 | 約3分の1 | 防衛関連など |
| コアテクノロジー | 約3分の1 | 非侵襲型BMI、AI・計算インフラ、FPGA、エッジ推論 |
コアテクノロジーは「何をしないか」で定義される領域で、インターネットやソーシャルメディア、モバイルにはほとんど投資しない代わりに、時にSFのように見える非常に難しい技術に投資するといいます。
投資スタイルは3つあり、ジョシュさんのお気に入りは仮説ドリブンの投資です。まずコンセンサスを理解するため、とにかく貪欲に読むことが出発点で、ジョシュさんは毎朝30紙ほどに目を通しているそうです。
ジョシュさんが見ているのは、1面で編集者が何を伝えているかと、C面22ページの小さな記事です。編集者が「読む価値なし」と判断した小さな記事に、誰も注目していない重要な話が隠れていることがあるといいます。
残る2つのスタイルは、特殊状況と人ドリブンです。特殊状況とは、企業のスピンオフや事業売却、資本市場の混乱などで、レイターステージの事業にアーリーステージの価格で投資できるケースを指します。
人ドリブンは、投資を重ねるほど増える信頼できる起業家に繰り返し投資するスタイルです。Luxはパーマー・ラッキーさんの新しい銀行にも出資したばかりで、2回、時には5回投資する相手もいるといいます。ジョシュさんはこれを「Luxファミリー」と呼び、日本の系列のような信頼の網にたとえます。
それでも仮説型が一番好きな理由を、ジョシュさんは「他人が間違っているときに正しくありたい」という自分の長所であり短所でもある性格だと説明します。
仮説型投資の実例が、約15年前に立ち上げたKurionです。当時は太陽光や風力、バイオ燃料などのクリーンテックが熱狂の中心で、ジョシュさんは「誰も原子力に注目していない」と気づいたそうです。
ウラン採掘
山師的な採掘会社が多く、Luxには向かないと判断
小型モジュール炉
規制承認には顧客が要るが、顧客は承認前に確約しない「鶏と卵」の問題で見送り
核廃棄物処理
最大の未解決問題として着目。大手エンジニアリング会社が担う市場に、高度な技術で挑む
Kurionはキュリー夫人にちなんで名付けられ、放射性元素を捕捉する材料科学、廃棄物をガラス化して安定させる技術、危険物を扱うロボットを組み合わせる構想でした。当時アメリカには104基の原子炉があり、低レベル廃棄物処理で1基あたり100万〜200万ドルを稼げたといいます。
ジョシュさんは、Kurionは素晴らしい事業になるはずだったが、日本での「負のブラックスワン」によって圧倒的な事業になったと語ります。2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故の後、KurionのCEOから「TEPCOから電話があった」と連絡が入り、Kurionは除染に選ばれた唯一のアメリカ企業になりました。
売上は約100万ドル
売上は約1億8000万ドル、EBITDAは約4000万ドル
Kurionはウクライナの軍用輸送機アントノフを1日100万ドルで借りて機材を福島へ運び、セシウムやストロンチウム、プルトニウムなどの放射性物質を99%除去する水処理施設を構築したそうです。Kurionはのちにフランスの大手Veoliaに売却されています。
ジョシュさんは、災害を予測していたわけではないとしつつ、「これは重要になる」という洞察を持てたことに知的な手応えを感じたと語ります。そして、小さな形でも日本の人々の役に立てたことを光栄に思うと話しています。
ジョシュ・ウルフが日本に強気な理由
宮武さんが日本との最初の関わりを尋ねると、ジョシュさんはKurionが最初だったと答えます。最近では、三菱電機が10億ドルで買収した産業セキュリティ企業Nozomiの例も挙げます。
ジョシュさんによれば、日本に拠点を置く純粋な日本企業として初めて投資したのがSakana AI ── Googleの研究者だったライオン・ジョーンズさん、デイビッド・ハさん、伊藤錬さんらが東京で設立したAI企業。進化的な手法でのモデル開発で知られますです。Sakana AIは日本のソブリンモデルを作ろうとしており、進化的なアプローチと優秀な人材を集めている点をジョシュさんは評価しています。
ジョシュさんは日本について「非常に強気」だと語ります。日本は保守的でリスクを取る文化ではないという批判は必ずしも正しくなかったとし、日本版LinkedInを作ったSwimmyさん(Swimmy)やその仲間たちの起業家としての才能に驚いたといいます。
ジョシュさんの見立てでは、成功した起業家が次の世代のエンジェル投資家になり、1つか2つか3つの成功物語を軸にエコシステムが育っていきます。アメリカでもMetaやGoogle、Anduril、Palantirの出身者が次々に起業し、美しい生態系ができていると例を挙げます。
ジョシュさんは、伝統的なインターネットやテックだけでなく、ハードコアなAIやディープテック、航空宇宙・防衛の分野でも、日米が同盟する形のものに国が許す限り投資したいと話します。共通の脅威を抱え、野球が国民的娯楽である唯一の国だという点も付け加えます。
(日本には)大谷翔平がいますからね。
ジョシュさんは家族旅行で、CNBCのジャーナリストで親友のアンドリュー・ソーキンさん一家とともに日本を訪れ、Swimmyさんと東京ドームのドジャース対カブスの開幕戦を観戦したそうです。大谷翔平さんがホームランを打ち、その2日後の大阪で、止まったロールスロイスから伸びた手がジョシュさんの息子に大谷さんのサインボールを手渡したというエピソードを披露します。
日本からアメリカに来てほしいものを聞かれたジョシュさんは、家族で気に入っている大阪と京都の551蓬莱の名前を挙げます。そのうえで、ストリートアートやファッション、食はすでにアメリカに来ており、K-POPのように次は日本の音楽、たとえば日本のヒップホップが来るかもしれないと話します。
ただジョシュさんにとって最も大事なのは科学と技術です。産業からマイクロエレクトロニクス、消費、金融化へと続いた流れを経て、今は再びハードテックが台頭する時代に戻ったと捉え、その中での日本の役割に楽観的だと語っています。
ストーリーテリングはなぜ今、重要なのか
宮武さんは、Luxの投資家たちが優れたストーリーテラーであることに触れ、なぜ今ストーリーテリングが重要なのかを尋ねます。ジョシュさんはまず、注目を奪い合う騒がしい世界では、ポッドキャストでも何でも他と差をつけなければならないと答えます。
起業家にとっても事情は同じで、Luxには1日に10件のピッチが来るそうです。そこで「世界を変えたい」とだけ言われても信じられないと、ジョシュさんは改めて強調します。
一方で、圧倒的な情熱と、自分の領域への深い理解を持つ人がいます。17社をゼロから立ち上げ14社を上場させた故ラリー・ボックさんは、そうした起業家を前に思わず「おお」と興奮を抑えきれなくなる感覚を、少し品のない冗談で「パンパース効果」と呼んでいたそうです。
ジョシュさんによれば、パンパース効果は予測に使えます。その興奮を投資家が感じるなら、最初に採用される3人も、次のラウンドの投資家も同じように感じるはずで、人材リスクや資金調達リスクを測る材料になるからです。
ジョシュさん自身も、LuxのLP(出資者)にピッチするときや投資先と会うときは、相手が「一番面白い会議で、一番印象的な人だった」と言って帰ることを目指しているといいます。
ジョシュさんは、ストーリーは真実であるほど感情に響くと語ります。ストーリーは人を国境を越えて移住させ、投資を決めさせ、顧客に優先させ、メディアに取り上げさせる力を持ち、注意を引きつける物語を語れない人は不利になるという考えです。
リスクゲーミングで「誰にも見えない的」を探す
日本で(リスクゲーミングに)参加できたのはとても幸運でした。
宮武さんが日本で参加したのは中国のEVをテーマにした回です。Luxが開催するリスクゲーミングの背景を問われたジョシュさんは、「失敗は、失敗を想像できないことから生まれる」という持論に立ち返ります。
ジョシュさんの人生の良いことも悪いことも、低確率で影響の大きいブラックスワン ── ほとんど起こらないと考えられていたが、起これば極めて大きな影響を与える出来事のこと。ナシーム・タレブが広めた概念ですに左右されてきたといいます。それなのに多くの人は直近の過去から延長して少しずつ考えてしまう、というのがジョシュさんの問題意識です。
ジョシュさんは、3人の作家の名言を使ったメンタルモデルを紹介します。
| 作家 | 名言の要旨 | 投資での意味 |
|---|---|---|
| フィッツジェラルド | 相反する2つの考えを同時に持てるのが一流の知性 | 中国経済や金のように、誰もが1面で議論している話題には優位がない |
| トウェイン | 厄介なのは知らないことではなく、確信しているのに間違っていること | コンセンサスを理解し、それが間違っていたらと考える |
| ショーペンハウアー | 才能は誰も当てられない的を当て、天才は誰にも見えない的を当てる | Luxが生きる領域。起業家こそ天才 |
トウェインの例としてジョシュさんが挙げるのは、2007〜2008年に誰もが住宅価格は上がり続けると信じていたことです。毎日餌をもらって太り、人生は最高だと思っていた七面鳥が、感謝祭の日に終わりを迎える話も添えます。
ショーペンハウアーの「天才」にあたるのが、パーマー・ラッキーさんやSakana AIの創業者たちのように、あらゆる逆境に逆らって「世界はこうあるべきだ」と実現しようとする起業家です。リスクゲーミングは、優秀な人々を、インセンティブや対立、限られた資源、ゼロサム思考がぶつかるゲームの仕組みの中に置き、こうしたシナリオを想像させる場だといいます。
ゲームの仕組みは非公開ですが、3ラウンドを繰り返す形式です。テーマには、中国が昨年3000隻の船を建造したのにアメリカは6隻だったという造船、テスラがありながら中国がEVで独走した理由、選挙とAIの健全性などがあります。
選挙の回では、フロリダの十代がハッキングで選挙を混乱させるシナリオや、政府をなくして効率的なAIに任せると訴えるAI候補のシナリオを扱ったそうです。参加者には上院議員や4つ星の将軍、テック企業のCEOがいて、元陸軍第18空挺軍団の司令官でEUCOMを率いるクリス・ドナヒューさんにテック企業CEOを、テック企業のCEOに国防総省の調達責任者を演じさせたといいます。
あえて不慣れな役割を与えることで本当に賢い人がわかり、新たな投資仮説も掘り起こせるとジョシュさんは話します。宮武さんも、与えられない情報が多く、推測しながら試すしかない点が現実世界そのものだと応じます。
ジョシュさんはそこに、隠れた好みや動機、時には相手を欺くことも加わると付け加えます。協力するとき、競争するとき、策略をめぐらすときがあり、それが現実の世界だという見方です。
AI時代に最後まで残る人間の技とは
最後の質問として、宮武さんは何度も立ち返る本やコンテンツを尋ねます。ジョシュさんが挙げたのは、チャーリー・マンガーの講演と知恵をまとめた『Poor Charlie's Almanack ── バークシャー・ハサウェイ副会長だったチャーリー・マンガーの講演や言葉をまとめた本。邦題は『完全版 マンガーの投資術』』と、関連書『Seeking Wisdom: From Darwin to Munger』です。
ジョシュさんは、将来に賭けるベンチャーキャピタリストで、投資先の多くはキャッシュフローを生まず、バークシャー・ハサウェイが買うような企業ではないと認めます。それでも、ベンジャミン・フランクリンに影響を受けたマンガーさんの、異なる分野から最良の考えを取り出す博識的な思考法に強く刺激を受けているそうです。
ジョシュさんが2つ目に挙げたのは、人間の心理に触れるもの全般です。スティーブン・ピンカーさんの新刊は、自分が知っていることや他人が知っていることをどう知るかを扱い、顕在化した好みと隠れた知識がテーマだといいます。
ジョシュさんは、生成AIでホワイトカラーの仕事が脅かされる世界では、希少になり価値を持つのは人と人とのつながりだと考えています。対面で相手を読み、協力するとき、競争するとき、策略をめぐらすとき、相手に操られているときを見抜く力です。
スマホやチャットルームに閉じこもる人は、ストーリーテラーや真実を語る人、嘘をつく人、つながり説得し売り込める人に比べて不利になるとジョシュさんは見ています。そうした力こそ、AIに操られにくい最後の人間の技の1つになるという話で、インタビューは「続きは東京で」と締めくくられます。
まとめ
ジョシュ・ウルフさんの話の根底には、失敗を想像してリスクを潰すという悲観的な姿勢と、誰にも見えない的を狙う起業家への強い信頼が同居しています。SFを現実に変える投資も、新聞の片隅から仮説を拾う習慣も、リスクゲーミングも、その2つをつなぐ仕組みとして語られていました。
- 価値創造はリスク低減であり、失敗を想像できれば先回りして防げるという考え方が投資の土台にある
- 逆境「だからこそ」見返したいという負けん気を持つ起業家に、ジョシュさんは強く惹かれる
- SFと現実の差は縮み続けており、Osmoのように想像を形にする企業に投資している
- コンセンサスを読み込み、誰も注目しない話から仮説を立てる投資で、Kurionは福島の除染に関わった
- AI時代には、対面で人を読み、物語で人を動かす力が希少な価値になるとジョシュさんは見ている


