イボが2個取れた報告
冒頭からりゅうちゃんが報告するのは、悩まされていたイボのこと。前の週に話題にしたイボが、いよいよ取れ始めたと嬉しそうに切り出します。
一昨日に1個、そして収録当日にもう1個が取れたそうです。ずっと固まっていたイボが、思いがけずポロッと外れたことにびっくりした様子で語ります。
イボがね、取れたの。びっくり。いきなり取れ始めてきました。一昨日に1個取れて、今日また1個取れたんですよ。
病院で液体窒素を当てる治療を受けたものの、直後は何も変わらなかったといいます。それが今になって効いてきたようだと振り返ります。
朝、お寺の掃除で手袋をつけていると汗でふやけて1個目が取れ、掃除後のお風呂で引っかかりを感じて2個目が取れたとのこと。残るは人差し指の1個です。
イボができたらぜひ液体窒素を。
160回目と、16という数字への偏愛
この回がちょうど160回目にあたることから、話は「16」という数字への好みへと展開します。150でも200でもなく160という区切りに、りゅうちゃんは自分の数字の好みを見出します。
僕16っていう数字結構好きかもしれないなって改めて思って。なんでかっていうと、まずキリがいい。
16は2の倍数であり、4の2乗でもあり、2の4乗でもある。2からも4からも8からもたどり着ける数だと、その多面性を楽しそうに挙げていきます。
2からも4からも8からも16になれる。で、16の2倍が32なんですよね。いきなり大きくなった感じしません?たった2倍なのに。
一桁で2、4、8と続いてきて、4回目で16になり、次は一気に32まで届く。その跳ね方が気持ちいいのだと語ります。仲間の少ない15と比べても、16は倍数の仲間が多いと言います。
さらに話は、高校で出会った2乗という概念の衝撃にも及びます。小さく右上に載る数字に大きな意味があったことへの驚きを、当時のまま思い出します。
ちっちゃいくせに、なんか大きくなる秘密道具みたいな感じ。
寝るハードルは階段のようなもの
この日のりゅうちゃんは寝起き。昼寝のつもりで横になったら2時間眠ってしまい、それが夜眠れない原因になっていると打ち明けます。
そこから話は「寝るハードル」へ。疲れ切っている時ほど眠るのが難しいという、ピースの又吉さんの話をきっかけに、自分にも思い当たると語り始めます。
りゅうちゃんにとって寝ることは、階段を上る動作に似ているといいます。目をつぶって考えごとをしながら、眠りに入るまでの時間を過ごす。その途中に、いくつもの小さな段があると分析します。
最初のハードルは、手先や足先の感覚がなくなること。次のハードルは、その状態に気づかずに維持すること。維持できれば眠りに入り、気づいてしまえばまた階段の下へ落とされると表現します。
手先足先の感覚がなくなることが一つ目のハードルかもしれない。なくなって、それに気づかないことがもう一つあるみたいな。維持をどうするかみたいな。
さらにその段を、右足で上がり左足を運ぶ動作にたとえて細かく描写します。右足を上げるか、左足を運べるか、その一歩ごとにわずかな意識が残っていて、途中で気づけば起きてしまうと言います。
自分は寝るときにいろいろなことを想像するタイプだと話しつつ、これは人によって違うかもしれないと問いかけます。何も考えずに眠る人もいるのだろうかと、リスナーへの疑問を投げかけます。
寝るときに自分が何を考えているか、寝るハードルをどう感じるか
りゅうちゃんは、寝るときにいろいろなことを想像しながら入眠するタイプだと話します。ただしこれは人によるかもしれないとして、リスナーにも今夜寝るときに一度そのハードルを感じてみて、何を考えているか教えてほしいと呼びかけています。
夢で感情だけ持っていかれる
最近のりゅうちゃんは夢をよく見るそうです。中でも印象的なのが、実際に涙は出ていないのに、泣いている感情になる夢だといいます。
泣いてるんですよ、最近僕。実際には涙出してないんやけど、感情が泣いてる感情になる夢を見ることがあって。
感動や悲しさといった感情そのものが、身体表現に出る一歩手前の状態で夢の中に立ち上がる。その感覚を持ちながら目覚めると語ります。
例として挙げるのが、好きな漫画『進撃の巨人』にまつわる夢です。夢の中で、この漫画のすごさは「自分の友達がその中にいるような感覚で読み進められること」だと語られていたといいます。
目覚めても夢の続きのような状態で、その感覚をポッドキャストで話そうとまで考えていたそうです。しかし後からよく考えれば、それは夢の中だけの話だったと気づきます。
話してるんですけど今ね。でもよくよく考えたらそんなこと夢やないですか。夢やったんかみたいな。
それでも、夢で得た感情はリアルにあったかのように残るといいます。泣いた夢や感動した夢の余韻が、午前中いっぱい続くこともあると振り返ります。
その余韻は、映画を見た後の「いい映画だったな」という感覚に近いといいます。ただし出来事を思い出しているのではなく、感動の感覚だけが言葉にならないまま心に残っている状態だと説明します。
当たり前が、また当たり前になっていく
この日いちばん反省したいこととして、りゅうちゃんは「当たり前」をめぐる感覚の変化を挙げます。
当たり前のことが当たり前じゃないっていうことが当たり前になってきてるなっていうのがあって。これ反省せなあかんなと思って。
生きていること、仕事があること、ご飯を食べられること。かつては当たり前だと思っていたそれらが、実は当たり前ではないと気づいた時期があったと振り返ります。24、5歳くらいのことだったといいます。
周りの人や動植物、先人たちが築いてきた土台があるから今の自分が生きている。そう気づいて感謝したり、自分を大切にしようと思ったりしたと語ります。
ところが、その気づきが続くうちに慣れてしまい、「当たり前を当たり前と思わない」ことを頭で理解するだけになってきたと感じているそうです。
りゅうちゃんはこの状態を段階で整理します。当たり前だと思っていた段階、当たり前じゃないと気づいた段階、そしてその気づきが当たり前になった今の段階。問題は、二段目に戻るのではなく、もう一段深める必要があるということだと話します。
たとえばプレゼントをもらったとき、素直に「うわ、嬉しい、ありがとう」と感じられるのが本来の姿だといいます。
ところが今の自分は、嬉しいと感じた後に「誕生日だからな」と考え、それが当たり前だと思ってはいけないと気づき、頭でもう一度「嬉しい」と思い直してしまう。そんな回りくどさがあると打ち明けます。
頭で考える故に素直じゃなくなっちゃってる自分がおる悲しさ、嫌さ、よくなさがちょっとあるなって思って。
どうすればもう一度素直に感じられるか。それを考えていること自体がまたナンセンスなのかもしれないと、りゅうちゃんは自分で気づきます。素直になればいいだけなのだと、そっと言い添えます。
まとめ
イボの報告から始まった160回目は、寝入る瞬間の感覚や夢の余韻、そして「当たり前」との向き合い方まで、りゅうちゃんの思考をそのままたどるような回になりました。答えを出すというより、感じたことを言葉にしていく時間そのものが語られています。
- 病院で治療したイボが、掃除やお風呂のタイミングで思いがけず取れ始めた
- 160回目にちなみ、2の4乗でもある「16」という数字の多面性への偏愛を語った
- 寝ることを階段を上る動作にたとえ、感覚がなくなる段を維持できるかが入眠の分かれ目だと分析した
- 夢では出来事より感情の余韻だけが残り、午前中いっぱい続くことがあると話した
- 当たり前じゃないという気づきが当たり前になっている今、素直に感じ直すことの難しさを反省した
