なぜ本番は音程がズレやすいのか
普段の練習では音がなかなかズレなくなったのに、いざ本番になると音が上がってしまったり、そもそも出だしで大きく間違えてしまったり──。平平さんによれば、本番はいつも以上に音がズレやすいそうです。
これは経験者でも例外ではありません。吟じ終わったら全然合っていなかった、伴奏ともズレていた、といった「悲しいこと」は平平さん自身にも起きると率直に語ります。だからこそ、本番で音をズレにくくするための対策が必要になるのです。
ポイント①②:本番こそ録音して分析する
1つ目のポイントは、本番の吟こそちゃんと録音することです。練習では録音していても、いざ本番となると「なかなか録音できなくてね」と後回しにしがち。しかし平平さんは「無理してでも録音しましょう」と繰り返します。自分の吟を録音して怒られることは基本ないうえに、それだけの価値があるからです。
本番の吟を録音できないと、実力のフィードバックができません。平平さんはYouTubeメンバーシップ「吟猫道場」のメンバーにも、発表会や本番が終わったら即その録音を送ってもらっているそうです。本番のときこそ、普段の練習以上に意識の甘かったところがよく出てくるといいます。
2つ目のポイントは、その録音を今まで通りしっかり分析することです。本番の吟ほど実力や悪い癖が出るため、聴き返すと「大百合のところでまだ上ずっている」「止めが甘い」「天空のところで音が上がりきっていない」「アクセントが甘かった」といった点が全部出てきます。どこから音がズレていったのかを分割して確認するプロセスを経ないと、成長はなかなかできないのです。
ポイント③:一つ手前の人の影響を知っておく
3つ目は、一つ手前の出番の人の影響をあらかじめ知っておくことです。具体的な対策は難しいものの、まず「知っておく」ことが大切だといいます。
たとえば平平さんが3本や4本で吟じる前に、手前の人が水一本という低い音で吟じていると、引っ張られて2本で出てしまったことがあるそうです。逆に、手前の人が高い声でギャンギャンと吟じていると、無意識にそちらへ声が引っ張られて、自分も5本・6本で吟じてしまうこともあります。
だからこそ、その人が何本で吟じるのか、性別は何なのかを、プログラムなどであらかじめ把握しておくべきだといいます。特に伴奏がない大会では、この心構えが本番の本数を安定させる材料になるのです。
ポイント④:焦らずブレーキをかける
4つ目は焦らないこと。本番ほど、必要以上にブレーキが大切になります。本番では気持ちがどんどん前のめりになり、姿勢もマイクに近づいて前かがみになり、吟も早まって雑になっていきます。これらはすべて音程が高くなるサインです。
テンポが速くなるほど吟は雑になります。子音を一つひとつ抑えなくなり、アクセントの上がり下がりも雑になり、大百合の最後の二音も丁寧に捕まえられなくなる。それが積み重なって、音がどんどん高く雑になっていくのです。
これを抑えるには、いつも以上に自分のテンポを「ドシンドシンと踏みしめる」ように吟じること。姿勢も前のめりより少し引いて、堂々とすること。堂々とした吟は聞いていて安心感があり、走らないため落ち着きにもつながります。
「弘道館にて梅花を賦す」のような堂々たる吟を前のめりでやると舞い上がってしまう。落ち着いて吟じると「この吟は聞いていて大丈夫だな」となるんです。
気持ちが焦り、テンポが速まる。吟が雑になり、音程がどんどん高くなる。
テンポを踏みしめ、姿勢を少し引く。走らず落ち着き、聞いていて安心感がある。
ポイント⑤:緊張との向き合い方
5つ目は、緊張との向き合い方です。「焦らないと言っても緊張してしまう」──これはよくある悩みで、平平さんが常々話している大切なテーマでもあります。
ポイントは、心臓がバクバクすること自体を無理に抑えようとしないこと。緊張するのは、緊張するような場面に自分がちゃんと立とうと頑張っている証拠だと平平さんは言います。何もなければそんな場面には立たないのに、あえて好き好んでその場に立とうとしている。「なんて自分は偉いんだ、よく頑張ってるね」とポジティブに変換し、緊張を受け入れるのです。
心構えに加えて、身体の使い方もポイントです。ステージに立つと体が前のめりになりがちなので、足の裏を全面で地面につけている感覚を持つこと。「大地から力をもらって堂々と吟じている」とイメージすると、焦りが落ち着いてくるといいます。
さらに、周りをキョロキョロ見ないこと。会場の席の後ろにある非常灯など、一点を睨み続けてそこだけを見るように集中するのがコツだそうです。足の裏で大地の力を得て、目線をビッと定め、姿勢をしっかり保つ。胸はバクバク鳴っていても、それは受け入れると諦めて、ブレーキをかけながら吟じる。考えることは多いものの、ステージを重ねれば無意識に慣れてくるといいます。
今日の一吟「戊子の夏」中江藤樹
後半では、中江藤樹江戸時代初期の陽明学者。「近江聖人」と称され、徳をもって人に接する学問を広めた。ここで吟じられる詩は諸生(門人)と月を眺めて詠んだもの。の「戊子の夏 諸生と月を見て偶成る」を吟じます。収録日は真夏日で、車の中も暑かったという平平さん。「清風座に満ちて炎暑を忘る」という涼やかな出だしを吟じて、心を涼しくしたいという思いから選ばれました。
通釈によれば、詩の情景はこうです。今夜は清々しい風が部屋に吹き込み、暑気を払って心地よい。空には明るい月が美しく輝き、俗世間から離れたような高尚な気分になる。たまたま意気投合する人々と膝を交えて親しく語り合い、夜が更けるのも忘れて睦まじく話し合う様子は、まるで中国古代の聖天子・尭の治世の太平の民のように思われた──という内容です。
吟じ終えた平平さんは、結句「知らず識らず」の接調(節回しのつなぎ方)にやや悩みつつも、「まあいいでしょう」と締めくくります。この日は4本連続の収録で「ガス欠」とのことで、ゆるゆると吟じたと語りました。
まとめ
本番で音程がズレやすい人に向けた5つのポイントは、いずれも「実力を正しく把握し、落ち着いて発揮する」ことに通じています。まずは本番の吟を録音して分析する。手前の人の影響を知っておく。焦らずブレーキをかけ、堂々と吟じる。そして緊張は抑えるのではなく受け入れる──。ステージを重ねるほど身についていくものだからこそ、まずは録音と心構えから始めてみる価値がありそうです。
なお平平さんは、詩吟の音程確認や節回し練習に使える無料ツール「吟猫コンダクター」を公開しています。全六回分の内容は実践的な練習方法とともにnoteにまとめられる予定とのことです。
- 本番の吟こそ「無理してでも」録音し、実力をフィードバックする
- 録音を分割して分析し、どこから音がズレたかを認識する
- 一つ手前の人の本数・性別を知り、声が引っ張られる影響に備える
- 前のめりを避け、テンポを踏みしめて堂々と吟じる
- 緊張は「頑張っている証拠」と受け入れ、足の裏で大地に立ち一点を見て集中する