音程の安定は「地道で丁寧な道のり」
まず1つ目のポイントは、知っておくだけで十分な心構えの話です。音程を安定させる「これをやれば絶対OK」という魔法は、なかなか存在しないとへいへいさんは言います。地道で丁寧な積み重ねが必要なのだ、という前提をまず理解することが出発点になります。
その理由は、音程が連続的なものだからです。100点満点の音程はほぼ存在せず、実際には「99.9%正しい」「99.999%正しい」といった精度の世界だと語られます。だからこそ、平均90点を95点に、95点を98点に、そして99点へと少しずつ引き上げていく——そんなイメージで取り組むのがよいということです。
自分がずれやすい場所を把握する
2つ目は、各自が把握すべきポイントです。音程がずれやすい場所は、吟の中に人それぞれの「特徴」として必ずあります。まずは自分ならではのミスしやすい箇所を知ることが大切だとへいへいさんは言います。
多くの人に共通してよくあるのは大百合詩吟の節回し(メロディの装飾)の一種。声を大きく揺らしながら上下させる技法を指すと思われます。の最後の2音だそうです。中回しなども含め、ここがずれやすい人はとても多いとのこと。逆に、簡単に出せそうなところも意外とずれやすいと言います。
ポイントは、あれもこれもと欲張らないこと。1つか2つ、多くても3つに絞り、「自分はここがずれやすい」と認識して吟じるだけでも、かなり変わってくるそうです。先生に聞いてもよいですし、録音とコンダクターを聞き比べて自分で見つける方法も紹介されました。
人にめちゃくちゃ言ってるから、僕自身も吟じる時はこの二音をすごく気にするようになりました。
発声中に音を探らない
3つ目は「発声で探らない」こと。声を出しながら「ちょっと低いから上げよう」「上ずってる気がするからじわじわ合わせよう」と調整するのはやめましょう、という話です。
最初に出した音程で、自信を持って堂々とまっすぐ前に出す——そう出そうとするからこそ、声そのものが安定します。「出した時点でもう決まった」と覚悟を決めた方がよいとへいへいさんは強調します。出してからじわじわ変えるやり方は、聞いていても気持ち悪く、たいてい発声自体が整っていないため、たまたま合ってもすぐ別の場所が不安定になり、モグラたたきが終わらないというのです。
出しながらじわじわ調整。声が不安定になり、別の場所も崩れる悪循環に。
最初の音を堂々とまっすぐ出す。声が安定し、修正は次の吟へ持ち越す。
ではどう直すか。まっすぐ出したものを録音で聞き、「ここはダメだった」と分かったら、次に吟じるときに意識して修正する。途中で変えないというのが、このポイントの核心です。
主音という確認ポイントを見逃さない
4つ目は、詩吟における主音その吟の基準となる中心の音。番組ではミの音として説明され、吟の中に何度も繰り返し登場します。という確認ポイントを見逃さないこと。主音は吟の中に非常にたくさん出てくるため、ここがずれると全体がおかしくなってしまいます。だからこそ、主音では一番精度の高い音程を目指すことが安定感につながります。
頻繁に出てくる音だからこそ、意識して吟じるうちに耳も鍛えられていきます。「3本のこの主音はこれぐらいだったな」という感覚を、口の中の響き具合、喉の通り具合、出しやすさといった身体感覚とともに体が覚えてくれるといいます。山を登って下りたところで「ああ、ここの高さだよな」と地に足をつける——その繰り返しが安定を生むのです。
伴奏のどこで音を合わせるか決める
5つ目は、伴奏がある場合の話です。伴奏付きで練習するときは、吟の声と伴奏の中のある音がぴったり合う瞬間が必ずどこかにあります。それを事前に見つけておこうという提案です。
へいへいさんの場合、よくあるのは転句漢詩(絶句)の構成のうち第3句にあたり、詩の流れが転じる部分。ここでは伴奏と声が合うポイントの一例として挙げられています。に入る直前の音などで、吟の音とまったく同じ音が弾かれることが多いそうです。こうした「ここも合う」というポイントをいくつか押さえておくと、主音とは別の確認ポイントになります。
この準備があると、本番で「ここでぴったり合うはずなのに、なんだかおかしいな」と気づけて、少し調整して対応できるようになるのです。
口の形・ビブラート・止め・アクセント
6つ目は、すぐには直せないかもしれないけれど知っておくべき「骨組み」の話です。一見音程とは関係なさそうな要素が、実はすべて音程に効いてくるといいます。
| 要素 | 音程への影響 |
|---|---|
| 口の形 | むにゃむにゃ動かすと上ずったような音になる |
| 無意識のビブラート | 揺れているどこかで音がずれ、主音が分からなくなる |
| 節調の止め | 最後の音を雑にすると余韻に引かれ次の音が出やすくなる |
| アクセント | 言葉のアクセントが崩れると音の高さも変わる |
たとえば「弁慶」を吟じるとき、アクセントの付け方が変わると音まで変わってきます。だからこそ、こうした骨組みの部分を一つずつ整える「コツコツとしたモグラたたき」が必要になる、というわけです。総合的な地道さが求められる、という点はポイント1とも通じています。
素読も音程の鍛錬になる
最後の7つ目は、素読節をつけずに漢詩や和歌の文章をそのまま読むこと。詩吟の基礎練習として、言葉やアクセントを丁寧に確認する目的で行われます。も音程の鍛錬になるという話です。特に「口の形」と「アクセント」は素読で鍛えられていくといいます。
素読で丁寧に読む習慣があれば、吟じるときにもその丁寧さを実践できます。音程の練習は吟じることだけではない——素読するだけでも音程は鍛えられる、というのがへいへいさんの結論です。
音程の練習は何も吟じるだけじゃないと、素読するだけでも音程は鍛えられるんですよ。
今日の一吟:細川幽斎「古も」
後半の一吟は、へいへいさんが人生で初めて参加したという詩吟学院の夏季吟道大学講座で学んだばかりの和歌、細川幽斎戦国時代から江戸初期の武将・歌人(1534〜1610)。和歌や古典に通じた文化人としても知られます。作「古も」です。
この和歌が詠まれた背景も語られました。関ヶ原の時期、幽斎は早々に東軍(家康軍)への支持を表明したため、周囲を敵に囲まれてしまいます。包囲され死を覚悟したとき、幽斎は八条宮智仁親王後陽成天皇の弟にあたる皇族。幽斎から和歌の奥義「古今伝授」を受けた人物として伝えられます。へ古今伝授『古今和歌集』の解釈の奥義を、師から弟子へ秘伝として伝えること。中世和歌における最も重要な相伝とされました。を行おうとします。その際、古今集相伝の箱と証明状とともに書き送った歌が、この「古も」なのです。
古も 今も変はらぬ 世の中に
心の種を のこす言の葉
通釈は次のように紹介されました。昔も今も変わらずめでたい御代にあって、人間の心根を映し出すのが和歌である。この御代に受け継がれてきた和歌の伝統を、自分も後々まで残していきたいと思う——。へいへいさんはこれを「自省の和歌のようなもの」と理解したと語ります。
本当にもうこれで死ぬかもしれない。だけども、これはすごい大事なものだから、これをお渡しして残しておきたい。
吟じたあとには、吟道大学で学んだ実践ポイントも共有されました。口を閉じて吟を止めず開けたまま吟じること、和歌らしくするためにふわっとつなげること、大揺りで最後まで落とさずすっと次の言葉に入ること、ゆり止めはぎゅっとではなくトンと落ち着くように止めること——。学ぶだけでなく実践してこそ意味がある、と締めくくられました。
まとめ
音程を安定させる道のりに近道はなく、90点を99点へと少しずつ引き上げる地道な作業だという心構えが、7つのポイントすべてを貫いていました。自分のずれやすい場所を絞って把握し、発声中に探らず出し切る。主音や伴奏の合致点を確認ポイントとして使い、口の形・ビブラート・止め・アクセントといった骨組みを整える。そして素読でも音程は鍛えられる——一つずつ潰していく「モグラたたき」の姿勢が、安定への近道なのだと感じられる回でした。
後半の細川幽斎「古も」は、死を覚悟しながら和歌の伝統を後世に託そうとした武将の想いが込められた一首。学びたてを実践する姿とともに、深く印象に残ります。
- 音程の安定は「これで絶対OK」がなく、90点を99点へ引き上げる地道な道のり
- 自分がずれやすい場所を1〜3つに絞って把握する(大百合の最後の2音は要注意)
- 発声中に音を探らず、最初の音を堂々と出し切り、修正は次の吟へ回す
- 主音は「セーブポイント」。頻出する主音で最高精度を目指すと安定する
- 伴奏と声が合う瞬間を事前に見つけ、本番の確認ポイントにする
- 口の形・ビブラート・節調の止め・アクセントはすべて音程に効いてくる
- 素読も音程の鍛錬になり、特に口の形とアクセントが鍛えられる
- 後半の一吟は細川幽斎「古も」──死を覚悟し和歌の伝統を託した歌