「ないなら作る」から生まれた保育士ファーストの保育園
最所さんが訪れたのは、地元の企業が運営する保育園でした。もともとリサイクル業を営む企業で、現在は社長の娘である専務が中心となって動いているといいます。どちらも女性で、ローカルでリサイクル業を営むという、少し珍しい経営スタイルの企業です。
この保育園は、専務自身が「自分が子どもを入れたいと思える保育園がこの地域にない」という思いから、地域貢献の一環として新しく建てたものでした。最所さんはその発端を「もうないなら作ればいいじゃない、みたいな」と表現しています。
最所さんによると、地方は少子高齢化が進むため、地域を盛り上げなければ自分たちの事業も先細りしてしまうという危機感があるといいます。特に後継者世代には地域貢献への意識が強く、「保育園を企業が作るのはめちゃめちゃいい社会貢献だ」と感じたそうです。
人が辞める最大の理由は「人間関係」
この保育園づくりで特に意識されたのが、保育士の労働環境でした。休みが取りにくい、長時間労働、低賃金、離職率の高さ──そうした課題をどう解消するかを、志を同じくする保育士とゼロから一緒に作り上げたといいます。まさに「保育士ファースト」の発想です。
調査の結果わかった、保育士が辞める最大の理由は「人間関係」でした。この結果を受けて、園は徹底的に人間関係を良くすることに取り組みます。理念の浸透を図り、「合わない人には合わない」と本人が思えるよう、方針をしっかり伝える。面談でも容赦なくそこに踏み込んで話すそうです。
保育士さんがなぜ辞めるか。第一位、人間関係。とわかったらしくて。
噂話や悪口を好む人が一人いると組織は崩壊してしまう。だからこそ、そうした空気を作る人を早期に発見し、是正することが勝負だといいます。問題が起きればトップである専務自らが即座に面談を設定し、「こういうトラブルが起きているよね」と話を聞きに入る。そうやって風通しを良くしているそうです。
これに対してRyotaroさんは、みんなが監視し合うミシェル・フーコー20世紀フランスの哲学者。著書『監獄の誕生』で、監視される可能性が常にあることで人々が自らを規律化していく「パノプティコン(一望監視施設)」の構造を論じた。の監獄のように、良くない雰囲気にならないかと問いかけます。最所さんは、それは告げ口や監視ではなく、トラブルがあったときにすぐ介入できる体制を作っているのではないか、と答えました。
休憩は休憩、本音と建前をなくす文化
ベタベタと仲良くするのではなく、信頼を持ってサバサバとやる。この絶妙なラインを調整し続けているのがこの園の特徴だと最所さんは言います。「なんとか先生がこうしてくれなかった」といったコミュニケーションはなしにして、誰がやってもできるようシステマチックに進める部分と、信頼で成り立つ部分を分けているのです。
仕組みの一例が、先生が子どもと一緒に給食を食べず、きっちり1時間の休憩を取ること。給食室が併設され、勤務の先生がその時間を見たり、シフトを1時間ずつずらして回したりと、人員配置を工夫しているそうです。
Ryotaroさんは、これを「休憩なのに働くのがあるべき姿」という日本人の美徳の問題だと指摘します。休むときは休む、休憩時間は休んでくれないと逆に困る、という文化を作っておかないと、みんな休憩を取りにくい。ちらちら教室を見ながら「入った方がいいかな」と気にしていては休まらないのです。
休んでていいよって言ったら本当に休んでるわ、あの子みたいな。そういうのがめちゃくちゃわかりにくいんで。
Ryotaroさんが特に問題視するのは、ベテラン・中間・若手の間で「本音と建前」がわからなくなること。「早く帰ってね」と言いながら内心では残業を望んでいるトップがいると、若手はダブルバインドに陥り、精神的に参ってしまう。「こっちが正解です」と一本示してくれるだけで働きやすくなる、と語ります。
保育士を軽んじさせないための「接遇」という視点
話は「察する文化」とAIの関係にも及びます。AIには基本的に「察する」ことはなく、やりたいことをプロンプトとして明確に入力しなければ動いてくれません。最所さんは、AIを使うことで人間も「皆まで言う」思考へと変わっていくかもしれないと指摘します。皆まで言わないことで生じるヒューマンエラーも多いからです。
そして話は保育園の説明資料の話へ。通常、保護者向けの案内では保育士の話は除外されがちですが、この園の資料には保育士という項目がしっかり三角形の一角として組み込まれていました。保育士の働きやすさを重視し、余裕を持って子どもに接することができる、という設計です。
特に最所さんが面白いと感じたのが、保護者に対する「接遇の向上」が掲げられていた点でした。「お預かりします」「承知しました」といった正しい敬語を使うこと。保育士以外の職業経験がない人も多く、カジュアルなまま育っているケースもあるため、これは意外な視点だったといいます。
園長先生も、この園に入って初めて「かしこまりました」ってワードを使いましたっていう保育士さんがいたり。
接遇のレベルを高めることで、保育士という存在が軽んじられず、尊敬される。それが園の目指す姿だといいます。Ryotaroさんは、これをさらに深掘りします。保育士は親より長い時間子どもと接することもあり、我が子のように思いすぎると、家庭のしつけのような感覚が出てしまう。それがエスカレートすると虐待にもつながりかねません。
「あくまで私のやっているのは仕事です」という意識を持っていれば、イラッとしても職業人として冷静に対応できる。しかし「親より長くいる」「親よりこの子を知っている」と思いすぎると、家庭教育のような関わりが出てしまう。常にサービスをしているという意識付けが、良い線引きになるのではないか、とRyotaroさんは語りました。
幼児期に耕したい「挑戦して楽しい」という土台
園長先生に「最終的にどういう子に育つのが理想か」と尋ねたところ、返ってきたのは意外な答えでした。「何人が東大に行った」「こんなプロが生まれた」というのは結果論でしかない、というのです。
園では絵本を毎日10冊読み聞かせ、童謡を1日10曲歌うといったノルマがあります。しかしそれは「新しいことを知るって楽しいよね」を体験させるため。「できなくていいから一回やってみよう」と促し、「やってみたらできた」という挑戦の楽しさを積み重ねてほしい。目指すのは自己肯定感を育て、好きなことを追求して幸せに生きていける子です。
保育園でやること
「好きを追求する・挑戦する・学ぶことが楽しい」という感覚の土台づくり
小学校へバトンタッチ
実際のお勉強はその土台の上で進めていく
この考え方にRyotaroさんも共鳴します。発達心理学的に見ても、子どもは本来「探索する生物」。何でも触り、口に入れ、投げてみる。ところが「ダメだよ」と繰り返されると、やらなくなり、指示されたことしかしなくなってしまう。
幼児のうちは、挑戦とか探索とか発見、冒険みたいなのをやっていいんだこの世界は、という認知にするのが結構重要。
「学ぶって楽しい」「発見って楽しい」と思えると、吸収力が変わります。「次はこれどうなってるの?」と自ら進んでいける子は、勉強も面白がれる。逆に「冒険しちゃダメ」「挑戦しちゃダメ」と思い込むと、やらなくなってしまうのです。
抑圧された本能はどこかで爆発する
福岡に住む最所さんは、月に一度ほど東京へ行くたびに感じることがあるといいます。地元の小さな子と遊んだ後だからこそ、東京の同年代の子が「あれもダメ、これもダメ」と抑圧されているように見えるのです。
電車で静かに座っていられる時点で、本来は窓の外を見て思ったことを全部言いたい年頃なのに我慢している。あるいは我慢させるためにスマホを見せられている。最所さんは「一番子どものうちしかできないことなのに、それを我慢させられた先にどこかで爆発する」と危惧します。
だから回転寿司のわさび飲んじゃうし。今ここで彼らを制止してしまったら、次は何をするかっていう話じゃないですか。
二人は、昭和記念公園のふわふわドームで中学生くらいの男子がアナウンスも無視して跳ね回っている光景を例に出します。「この子たちは小さい頃にやらせてもらえなかったから今やっているんだな」「今やっておかないと、次は何をするか」と。小さい頃なら可愛げがあり、影響範囲も小さいけれど、体が大きくなってからでは問題が大きくなってしまうのです。
幼少期に「見て見て」「これやってみたい」という本能を抑圧される
体が大きくなってからも「見て見て」が抑えられず、より大きな問題として噴き出す
「中二病は中二でやっておくべき」と二人は口をそろえます。変にメタ認知して「ダサいから」と冷笑して迂回すると、どこかでもう一度ぶつかって重症化する。「歯医者と一緒で、大人になってからやると重症化する」という例えで盛り上がりました。
反抗期という「さなぎ」を経ずに大人になること
Ryotaroさんは「今の子たちは反抗期がない」と指摘します。かつて反抗期を経験した世代の親は「理解できる親でありたい」と考え、子どもを尊重し、正論で丁寧に手続きを踏む。すると子どもは「親の言うことを聞いた方が得だ」と判断し、反抗せずに仲良し親子のままいくのです。
正論で詰められるやつだ。
しかし河合隼雄臨床心理学者・元文化庁長官(1928–2007)。日本にユング心理学を紹介し、思春期を「さなぎの時期」になぞらえるなど、子どもの心の発達について多くの著作を残した。によれば、思春期は「さなぎの時期」。葛藤を抱え、時にそれを抑えきれずに非行として表出するプロセスを経て、ようやくさなぎから孵化して成虫になっていく、というのです。
Ryotaroさんは、さなぎにまで至らず「幼虫のまま」新卒で社会人になってしまう例を懸念します。就職で親が同席する、会社で嫌なことがあると親が出てくる──「いつまで幼虫のままいるのか」と。とはいえ非行少年を礼賛するわけにもいかないので、「葛藤をちゃんとできる場」を与えるのがよいのではないか、と提案します。かつての『真剣10代しゃべり場』のように、「自分がかっこいいと思うものを女の子からダサいと言われる」ような葛藤を、通過儀礼的に体験させるイメージです。
ここで最所さんは、宮下奈都の小説星を編む最所さんが「2話目の結婚の話がずっと刺さり続けている」と語っている作品。喧嘩ができない関係がディストピアに向かうというテーマとして本編で言及されている。を引き合いに、「喧嘩ができない関係」の危うさを語ります。これは親子関係にも通じる話で、家族なら多少の不機嫌やイライラも許容できるのが本来の「安全基地」のはず。気を使い合い距離を取って成り立たせている関係では、安寧の地がなくなってしまう、というのです。
「うるせえババア」と言われてイラッとするのは当然でも、それを言うこと自体をNGにすると良くない。言い合いになっても翌日にはニュートラルに戻せる関係が理想だと最所さんは言います。ただしRyotaroさんは、リスペクトを欠いた「うるせえ毒親」「親ガチャ外れた」のような発露は違う、とも補足。「いい乗組員だから成り立ついい船」のような共依存関係も避けたい、と語りました。
不安を煽る情報と、現場でしか見えない真実
最所さんは、子育ての「困りごと」には二種類あると整理します。反抗期があることは健全な証拠でもある「いい困り」と、噛みつきや引きこもりなど本当に対応が必要な「悪い困り」。しかし、そのままでいいのか、専門家に相談すべきなのか、その線引きは誰にとっても難しいのです。
反抗期のように、手を焼くけれど健全な発達の証拠。今の時点では経過観察でよいことが多い
解決に向けて、専門家への相談や特別な対応が必要になりうる困りごと
Ryotaroさんは「定型発達がわからないから難しい」と応じます。情報社会では、母親たちは特に心配で、「これはXで見たあれだ」と過剰に反応しがち。しかしその見立てが全く違っていることも多いのです。不登校も、一日二日「今日行きたくない」と思うのは誰にでもあること。なのに先回りして大事にすると、子どもは「そんな大事になるなら気軽に言えない」と弱音を吐けなくなってしまいます。
親のリアクションを見て、自分の子のちょっとした弱音が吐けなくなっちゃうがやだね。関係性の問題なんだよね。
最所さんは、教育産業が「不安を煽った方が金になる」構造になっていると指摘します。過剰に心配させる情報ほど流通しやすい。だからこそ「それはマーケティングに引っかかっていますよ」と啓蒙することも大事だ、と語ります。これは消費の世界での「買い替えの頻度」と同じ構造だといいます。
そこでRyotaroさんが理想として語るのが、親子と一緒に3時間出かけて実際の関わりを見る、という関わり方です。切り取られた動画や親の見立てでは真実は見えない。たとえば「うちの子、疲れたとよく言う」という相談も、実は毎日ではなく金曜日だけだったりする。実態と親の解釈が乖離するのです。現場に入り、Ryotaroさん自身が声かけをやってみせて「できた」を生む──そんな関わりをやりたいと言います。
臨床の世界には、親が面談をしている間に子どもを別の心理士が見るプレイセラピー遊びを通じて子どもの心理状態を理解し支援する心理療法。本編では、親が面談する間の子どもの様子を観察してフィードバックする形が紹介されている。のような手法もありますが、クライエントになる必要がありハードルが高い。「言うことを聞いてくれない」程度の身近な悩みに、一工夫でフィードバックできたら、というのがRyotaroさんの問題意識です。
最所さんはこれを「レンタル彼氏・彼女」に例えます。本来なら練習の場として、最後に辛辣なフィードバックまで込みにすれば健全な使われ方になるはず。恋愛でも「別れた」で終わり、フィードバックがないから成長しない。PDCAPlan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返す業務改善のフレームワーク。ここでは「CがないままDoだけ繰り返すから成長しない」という比喩で使われている。でいえばCがなくDoしかない、というわけです。
魚の釣り方を教えてあげないと。本来その使われ方だったら、ある種健全だと思うんですよね。
親子への応用として、パパが不在でワンオペの家庭に男手として3時間レンタルされ、そこに育て方のアドバイスを添える──そんな入り口はハードルが低いのではないか、と最所さんは提案します。木下ゆうき子育て系のパパインフルエンサーとして本編で言及されている人物。「こう食べさせると子どもが食べる」といった実演動画が例に挙げられている。のような子育てインフルエンサーの動画で救われる人もいますが、それは氷山の一角で、その下にはうまくいかない人がいる。そこにアプローチできたら、と話は締めくくられました。
まとめ
保育士ファーストの保育園という具体的な事例から始まり、組織の風通し、幼児期の育ち、思春期の葛藤、そして親子関係の難しさへと、話は自然につながっていきました。通底していたのは「人が育つには、安心して失敗し、葛藤し、本音を出せる環境が要る」という視点です。
そして、切り取られた情報や不安を煽る言説に振り回されず、実態を丁寧に見ること。二人は最後まで「わかりやすい枠には収まらない、ふわふわしたものなんですよ」と語り合いながら、それでも現場に入ってこそ見える真実を大切にしたいという思いを共有していました。
- 保育士が辞める最大の理由は「人間関係」。理念の浸透と即時の介入で風通しを保つ保育園づくりが紹介された
- 休憩は確実に取る、本音と建前をなくす──こうした文化はトップの方針として作らないと機能しない
- 幼児期に育てたいのは学歴ではなく「挑戦して楽しい」「学ぶって楽しい」という自己肯定感の土台
- 抑圧された本能や葛藤はどこかで噴き出す。反抗期という「さなぎ」を経ずに大人になることへの懸念が語られた
- 多少ぶつかっても壊れない「安全基地」としての家族関係が、子どもが弱音を吐ける前提になる
- 不安を煽る教育情報に振り回されず、現場に入って実態を見ることの大切さが繰り返し強調された
