書籍2冊目、発売1週間で8000部
この回のゲストは、眼科医として活動しながら発信を続けるドクターK先生です。横須賀浦賀病院で一人医長として働きながら、Xでの発信や書籍執筆を行っています。
医師9年目、眼科医7年目。診療の傍らでライターとして活動し、その内容を広めるためにSNSも使ってきたと話します。
去年は眼科の一般書『スマホ時代のメメンテ・ナース』{要確認: 書名}を出版。今年6月16日{要確認: 日付}には、Xでバズったポストを元にした『三大やめとけ』{要確認: 書名}という一般書を出したばかりです。
2冊目はベストセラーになりました。発売から1週間で8000部がはけ、追加で5000部。合計1万3000部を売ろうとしている状態だといいます。
すごいペースですね。めちゃめちゃ早いですよね。
アイジュとドクターK先生は、あざらしライティング塾という医療関係者のコミュニティで互いの存在を知っていた縁で、今回の収録が実現しました。
きっかけは塾講師バイトの不便さ
アイジュは、臨床経験が活きてライティングをしているのかと想像していたそうです。ところが実際は、まったく違う始まり方でした。
僕がライティングを始めたのは大学2年生。
きっかけは、塾講師のバイトでした。時間の融通が利かず、今後実習が増えたときにやりくりが面倒だと感じたことから、家や別の場所でできる仕事を探し始めたといいます。
今後実習が増えてきたらちょっと時間のやりくりめんどくさいなって思った時に、家でできる仕事とかがないかなっていうことで探したのが最初。
たどり着いたのが、始まって2年ほどのクラウドワークスでした。当時はまだ案件が少なく、医療記事の案件は出ていても応募する人が少なかったといいます。
最初はアプリを試してレビューを書くようなバイト感覚の案件も含め、いろいろ試したそうです。その中で、時給に見合い、続けられそうなものとして残ったのがライティングでした。
医療と無関係な記事から実績を積む
最初から医療記事を書けたわけではありません。実績がなかったため、まず手頃で高評価をもらえそうな案件をこなしていったといいます。
本当に最初の最初は書いてました。実績がないので、実績を貯めるために。
ある程度実績が貯まった段階で、医学生であることをプロフィールに出し、医療系の記事案件をもらい始めました。医学3〜4年生の頃のことです。
内容は一般向けの医療記事で、医師が監修する前の書く部分を担当するものでした。あざらしライティング塾で回ってくる監修案件の、下書きにあたる仕事です。
今だったら多分全部AIにやられてる仕事ですよ。
ドクターK先生もこれに同意します。当時だからこそ成立していた働き方だったと言えそうです。
結果として、ライティング歴は臨床経験より長くなりました。医師9年目に対し、ライティングは15年ほどになるといいます。
専攻医1年目に立ち上げたオンライン眼科
研修医の頃は、まとまった時間が取れませんでした。そこで勉強した内容をEvernoteにまとめ、これをブログにできないかと考え始めたといいます。
そして専攻医1年目に、自分のサイト「オンライン眼科」を立ち上げました。せっかく書くならと、アドセンスやアフィリエイトの収益も見込んでのことでした。
ここで重要なのは、新たに時間を割いたわけではないという点です。自分が勉強した内容を、自分が検索しやすいようにまとめて貼っていただけだったといいます。
正直自分で一日一疾患ぐらいをやるって決めてて。それをまとめて、まあ貼って。
アフィリエイトの知識は学生時代のものを思い出しながら使い、編集作業は通勤やバイト先への移動、食事の合間などに組み込んでいました。
SNSは宣伝目的、ノリで始めた
オンライン眼科を立ち上げた後、その宣伝を目的にSNSも始めました。もともとあった自分のアカウントをオンライン眼科用に変えたそうです。
友達と適当なノリで、インフルエンサーとか目指そうよみたいな感じで、まずはフォロワー1000人からねみたいな感じで始めた。
最初はブログの内容や疾患名を貼るだけでした。しかし、どうせ見られるなら広まった方がいいと考え、一般向けの発信も増やしていったといいます。
ライティングには一般向け、医師向け、若手や研修医・学生向けなど複数の種類があります。ドクターK先生の記事も、患者から若手医師、他科の内科医まで、さまざまな読者につながっていると考えられます。
当初はコメディカル向けに絞り、上の先生を招いて自分が学ぶ側になるハブ的な場を作っていました。しかし若手向けの発信が得意な先生が現れたことで、一般向けへ舵を切ったといいます。
フォロワー6万人と書籍化の声
SNSのフォロワーは6万2000人ほどに増えました。そしてSNSでのバズやフォロワー増加が、1冊目の書籍化につながります。
きっかけは、オンライン眼科の内容を見た編集者からの声かけでした。その編集者はもともとフォロワーで、発信とサイトの両方を見て依頼したそうです。
本を出そうとは全く考えてなくて。専門医は取ったからとりあえず出せはするだろうけれども、どういう内容にするのかっていうところで。
テーマはバズった内容を中心に決められ、1冊目は「スマホと目」になりました。本を出したいと意識していたわけではなく、愚直に書き続けた先で声がかかった形です。
記事づくりには戦略がありました。あまり公開されていない疾患名の記事を書けば、Google検索で上位に来ることが分かっていたのです。
一方で認知を広めるため、SNSでバズった内容をテーマにした記事も別に作っていました。どちらが当たるか分からないので、両方を毎日少しずつ続けていたといいます。
アイジュは、この手法はライティングというよりSNSマーケティングに近いと指摘します。バズった内容をnoteに書け、とよく言われる考え方です。
1.2億インプレッションの「三大やめとけ」
書籍を出し、フォロワーがさらに増えた後、次の大きなバズが来ました。それが「眼科三大やめとけ」というポストです。
内容は、喫煙、スマホの長時間使用、格安量販店でのカラコン購入の3つ。「やめろ」ではなく「やめとけ」という言い回しで投稿したものでした。
わかりやすく3つだし、やめろじゃなくてやめとけだしみたいな感じでポストした。引用リポストがバズりやすかった時期で、引用しやすいかなっていうので試した中の一つが当たった。
このポストのインプレッションは、最終的に1.2億に達しました。いいねは4万9000。この印象が編集者にも強く残り、2冊目の書籍化につながったといいます。
SNSとライティングをうまく組み合わせてきたことが、2冊の書籍に結実しました。2冊目は、この「三大やめとけ」を題材にしたものです。
番組はここで一区切りとなり、書籍を2冊出した率直な感想については次回に持ち越されました。
まとめ
ドクターK先生の歩みは、臨床経験からの逆算ではなく、学生時代のバイト探しから始まった発信の積み重ねでした。勉強内容をそのまま記事にし、SNSと検索の両輪を毎日少しずつ回した先に、ベストセラーがあったといえます。
- ライティングの入り口は臨床経験ではなく、大学2年の在宅バイト探しだった
- 勉強した内容をそのままブログにまとめ、新たに時間を割かず発信を続けた
- ロングテールの疾患記事とバズ狙いの記事を両方走らせる二段構えの戦略
- SNSは宣伝目的でノリで始め、フォロワーは6万2000人まで成長
- 1.2億インプレッションの「三大やめとけ」が2冊目の書籍化につながった
