貿易保険の現場で感じた「なぜこんなに紙を使うのか」
小畑さんのキャリアは、大学卒業後に入った東京海上という損害保険会社から始まります。
担当していたのは、貿易にかかわる海上保険でした。
たとえば商社がコーヒー豆を輸入するとき、生のコーヒー豆は船の上で水蒸気を浴びて芽が出てしまうことがあると言います。
そうなると本来スターバックスのような高い売り先に売れず、缶コーヒー用に安く売るしかない。その差額を保険金で補うような仕事だったそうです。
ただ、この仕事を続けるうちに、小畑さんは貿易の非効率さに強い違和感を持つようになります。
なんでこの人たちこんな紙使ってんの、みたいな。しかも紙が間違ってると訂正書類を出さなきゃいけなくて、直してくれって伊藤忠の人が来る。直したらまた送るんですけど、それをFAXでやるんですよ、ブラジルから来てんのに。
数十枚の書類をやり取りし、間違えれば訂正書類を出し直す。しかもそのやり取りをFAXで行う。そうした無駄への疑問が、次の一歩につながっていきます。
bitFlyerで見た第一次仮想通貨ブームの熱狂
書類のやり取りやお金の送金をもっと楽にできないか。そう考えていた小畑さんは、ブロックチェーンやビットコインという技術に出会います。
みんなが共通のデータベースを見ればもっと楽になる。国際送金も、瞬間的に安いコストでできる。それを知って面白そうだと感じ、当時20人ほどのスタートアップだったbitFlyerへ転職しました。
入社したのは2017年。ちょうど第一次仮想通貨ブームが起きた年でした。
価格は基本的に需給で決まるため、欲しい人が増えるほど上がっていく。一年で約20倍になり、テレビでも大きく取り上げられたと言います。
その熱狂は会社の現場にも直撃しました。
僕が入った時は本当に一日数百人ぐらいの登録だったんですけど、三ヶ月後ぐらいには一日で一万人とかになって。カスタマーサポートも入った時は二人しかいなかったんですよ。二人で一万人捌けるわけないじゃないですか。
人を採用し、CMを打ち、プロダクトも作る。それを少人数で寝ずに回していたそうです。
打ち合わせスペースも足りず、銀行の人との打ち合わせを一階のファミリーマートのフリースペースで、小さな声でしていたという場面も語られました。
結局bitFlyerには5年ほど在籍し、ベンチャーが急拡大していく様子を体感したと話しています。
NOT A HOTELで「手に触れるもの」に惹かれる
5年ほど働いたあと、小畑さんはNOT A HOTELへ転職します。
きっかけは、代表の濱渦さんがXで投稿していた、那須のフラッグシップ的な建物でした。パースだけ、CGだけで販売数を売ったという話に、面白いと感じたそうです。
不動産の経験はなかったものの、単純に面白そうだという理由で自分から連絡し、面接を受けて入社しました。
その背景には、これまでのキャリアへのある物足りなさがありました。
僕、金融、保険会社で金融にいて、bitFlyerも金融とITみたいな感じで、ずっと手に触れるものをやってなかったんですよね。そうすると、ああいうすごい建物を造って、人のライフスタイルを変える取り組みをしてる会社がめちゃくちゃ眩しく見えて。
入社当初はブロックチェーン担当ではなく、事業開発メンバーとしての参加でした。
建物をどう作るか、土地をどこで探すか、パートナーとどう組むか、どう売るか。そうした前半部分を幅広く考える役割だったと言います。
聞き手の種市さんは、その動き方の身軽さに驚いたと振り返ります。
東京海上いて、bitFlyerに入って会社が急拡大していって、これからさらに面白いことできるかもしれない状況で、X見ていいなって思ってパッと動く。決断力というか、身軽さというか、すごいなってちょっと思っちゃって。
これに対し小畑さんは、時代の潮目を読んだというより、単純に面白そうだと思って動いただけだと答えています。
NFTで開いた「全ての人にNOT A HOTELを」
NOT A HOTELでの経験は、ブロックチェーンの可能性を改めて実感するきっかけになりました。
NOT A HOTELは、一人では建てられない規模の別荘を複数人でシェアするモデルです。当時は一棟を12分の1に分けて売っていましたが、それでも数千万円かかり、ローンも組めないため、誰でも買えるものではありませんでした。
そこで小畑さんが関わったのが、利用権をさらに細かく分け、NFTとして販売する取り組みです。
もっといろんな人に売りたいよね、というのがあって。それを三千六百五分の一にして、NFTで販売したんですね。一口本当に百万円単位にして。ちょうどNFTのブームもあって、かなりバズったんですよ。
なぜNFTが有効なのか。それは不動産取引のコストの重さと対比するとわかりやすいと語られます。
通常の不動産売買では、契約書を交わし、売り手と買い手、司法書士が一堂に会し、着金を確認して売買完了とする、といった手間がかかります。
その手続きコストを、利用権を細かく分けた小さな単位にそのまま乗せることはできません。そこをブロックチェーンで証明できる点に、小畑さんは大きな価値を感じたと言います。
bitFlyer時代はブロックチェーンの使い道が今ひとつ腹落ちしていなかったものの、実際に権利を発行して売れた経験が、起業への確信につながりました。
この技術にいろんな権利を載せていくとすごい便利だなって単純に思って。だったらやっぱり会社を作ろうかなと思って、自分でこっち側をやりたいなと。
こうして2023年の頭、創業メンバーに声をかけてDecentierを立ち上げました。
この番組を「面白そう」で始めた理由
番組の後半では、なぜ小畑さんが種市さんとポッドキャストを始めようと思ったのかが語られます。
小畑さんはDecentierでweb3領域のコンサルティングや、デジタル会員権を発行するプロダクトを手がけています。ただ、この業界には課題も感じていると言います。
web3業界ってかなりテクノロジー的に難しいので、そこにいる人たちってテクノロジーの話をしがちなんですよね。でも一般の人からするとよくわかんない。マスはテクノロジー側にはいないんですよ。
インターネットもインスタも、多くの人は裏側の仕組みを気にせず、便利だから使っている。それが本来あるべき姿だと小畑さんは考えています。
だからこそ、バックグラウンドの違う種市さんと、技術の話も、それが使われたら生活がどうなるのかという話も、緩く会話できたら面白いと考えたそうです。
種市さん側にも、この誘いを受ける理由がありました。
将来ウェブ業界とかブロックチェーンに詳しくなったら、いいことあるんじゃないかな。生活が豊かになったり、面白くなったり、お金が稼げたり。そういうものを聞けるチャンネルになったらいいなと思ってます。
二人は福島まで往復8時間の道中でも会話が途切れなかったといい、フィーリングの良さを実感したと話します。
NOT A HOTELが建物とテクノロジーの結びつきに気づかせてくれたように、ファッションや食、カルチャー、ウェルネスとブロックチェーンをうまく言語化していきたい。そんな方向性が示されて第1回は締めくくられました。
まとめ
第1回は、東京海上からbitFlyer、NOT A HOTELを経てDecentier創業に至る小畑翔悟さんのキャリアがテーマでした。一貫していたのは「面白そう」という判断軸と、非効率への違和感をテクノロジーで解こうとする姿勢です。
- 貿易保険の現場で感じた「なぜ紙とFAXなのか」という違和感が、ブロックチェーンへの入り口になった
- bitFlyerでは第一次仮想通貨ブームの急拡大を、少人数の現場で体感した
- NOT A HOTELでは「手に触れるもの」に惹かれ、事業開発として不動産の世界に飛び込んだ
- 利用権をNFTで細かく分けて販売した経験が、ブロックチェーンの可能性への確信と起業につながった
- 番組は、難しい技術の話を生活目線で緩く語ることを目指して始まった
