冷蔵庫に貼ってある紙は何?から始まる回
今回のテーマは、研修生さんの素朴な疑問からスタートしました。搾乳などの作業はやっているけれど、事務的な管理まわりはまったく知らない、というところからです。
紙がいっぱい貼ってある冷蔵庫。でもそれが何なのかは全然知らないので、それ何してるのかなっていうのが知りたいな。
搾乳した牛乳の裏には、こうした「見えない事務作業」がたくさん控えています。川上さんが順番に解説していきました。
牛乳を守るための「ポジティブリスト」
冷蔵庫に貼ってある紙は「ポジティブリスト」と呼ばれるものでした。牛乳が毎日出荷されるなかで、抗生物質が含まれていないか、牛乳を貯めるバルクの温度は何度かなどを、毎回記帳しないといけないルールがあるそうです。
これは牛乳を出荷する生乳販連生乳の販売や需給調整を担う組織で、正式には指定生乳生産者団体などを指します。酪農家からの生乳を集めて乳業メーカーへ供給しますや乳業メーカーの取り決めで、酪農家を守るためという名目のものだと説明されました。
抗生物質の反応が出ましたとか、牛乳の温度が高くなってしまってて細菌数がすごい高くなってしまってるとか、そういうのが出た時に、農家さんはちゃんとルールを守ってましたよって守るもの、それがポジティブリストですね。
つまり、酪農家側はきちんとやっていたけれど、運んでいる途中でトラブルが起きた、といった原因の切り分けにも役立つ記録なんですね。
記入するのは川上さん本人で、朝の搾乳のタイミングでまとめて書くそうです。ただ、最近は飛び飛びで書けていないものもあるとのことでした。
温度・抗生物質・洗浄まで、記録する中身
ポジティブリストに記入する項目は、バルクの温度、抗生物質、そしてミルクの洗浄をアルカリ洗剤・酸性洗剤・殺菌剤のどれで回したか、といったものです。
温度は手を突っ込むのではなく、バルクに表示されている数字を毎回確認しているそうです。収録時点では4.4度でした。
温度は普通にここを通る時にちゃんと冷えてるかなって毎回毎回確認してる、僕。
搾乳から何分後にその温度を確認したか、さらに水が混入していないかという排水の確認まで記録します。ミルカー洗浄のときに水が入らないよう気をつけているのも、この記録につながっていました。
集乳車が来るタイミングによって「その日の一回目の搾乳」がいつになるかが変わるため、そこも正しく書けるようになっているとのことです。
薬の記録から牛の台帳まで広がる管理
記録は牛乳まわりだけではありません。動物医薬品をどの牛にどれだけ使ったか、貫入軟膏乳頭から乳房内へ注入するタイプの軟膏で、乳房炎の治療や乾乳期の予防などに使われますをどう使ったかといったリストも必要になります。
この治療関係については、毎月獣医さんから治療リストを送ってもらい、Googleのスプレッドシートで管理してデジタルで提出しているそうです。
さらに、種付け・分娩・乾乳などの情報は、インターネット上の台帳に毎日記入します。妊娠鑑定の結果や、子牛が生まれたときの出生届、受精の証明書などもオンラインで扱っているとのことでした。
それはどこで学ぶんですか?
学ぶっていうか、やらないといけない義務、報告の義務があって、受精証明書はそれがないと子牛がこの親牛から生まれましたよっていうのを証明できないので、無登録牛として安く売られたりしちゃう。
報告や証明が牛の価値そのものに関わってくるので、事務作業は「やって当たり前」の世界なんですね。
年度末にどっと来る補助事業と書類
年度末が近づくと、令和7年度の補助事業に関する書類も増えてきます。話に出たのが「長命連産事業」でした。
これは、メスが生まれる判別精液生まれてくる子牛の性別をあらかじめ選べるように処理された精液のこと。性選別精液とも呼ばれますを使い、高能力で長命連産に効果的な種牛を使った場合に補助金が出るという事業です。牛を長く飼いましょう、という狙いがあります。
報告書も酪農家が書いて提出しなければなりません。こうした書類が、年度末にはまとめて押し寄せてくるそうです。
不需要期の「生産を抑えて」というお達し
もう一つ話題になったのが、年末年始の不需要期牛乳の消費が落ち込む時期のこと。ここでは12月20日から1月8日ごろを指し、学校給食の停止や飲食店の休業などが重なりますです。学校給食が止まり、スーパーや飲食店もお正月で止まるため、牛乳の消費が落ちてしまいます。
そのため、酪農家にはなるべく牛乳を生産しないよう抑える取り組みが求められる、というお達しが来ていました。
どうやって?
乾乳にできるやつは早めに乾乳するとか、生産性が低くてもう廃用しようって思ってる牛がいるんだったら、早めに廃用にするとか。
搾った牛乳を粉ミルクではなく子牛のミルクとして使う、といった生産抑制の取り組みもあり、これらに協力すると補助金のような手当が出るそうです。協力するかどうかは任意とのことでした。
本当に不思議ですよね。冬の方が生産量上がるはずなのに、冬に生産量落とせって。
寒くなると水分を取る量が減り、牛乳も飲まれにくくなります。日本は四季があるぶん、他の地域よりも需要のギャップが大きくなりやすい、と川上さんは話していました。
「バターにすればいい」への答え
SNSでは政治家が牛乳を飲む様子が話題になった一方、コメント欄には「バターにすればいいのに」という声もよく上がるそうです。
なんでバターにしないんだ、酪農家バカなのか、みたいなコメントを見かけますが、実際どうなんですか?
バターにすると加工の工程が入り、その手間賃は酪農家が負担することになります。つまり加工すればするほど酪農家の手取りが減ってしまうため、単純に「バターにすればいい」とはいかないんですね。
川上さんは「調べればすぐ出てくるのに」と、少し悲しそうに話していました。
デジタル化の二極化と、若い人が入るハードル
書類仕事はほとんどWEB上やスマホで完結できる形にしているという川上さん。一方で、いまだにFAXで送られてくることもあり、そのたびに「メールで送ってください」と返しているそうです。
ここから、酪農業界だけでなく学校現場にも共通する「デジタル化の難しさ」に話が広がりました。研修生さんは、前職でも高齢の先生方のデジタル化に苦労したと振り返ります。
大学の時にパソコンやってWEBでレポートも報告するような形になってたのを、手書きでFAXでやってくれっていう形だったら、やめるって。
チャットで済んでいたことをいちいち電話で確認するように言われたらきつい、という指摘には、新しい人が入ってきたときの現実的なハードルがにじんでいました。
一方、県の試験場でも状況は似ているようで、川上さんは「二極化してくる」と話します。牛の首輪型デバイスで反芻量や採食量、発情などを把握できるユーモーション牛に装着する首輪型のセンサーデバイス。行動データから発情や体調の変化などを検知し、専用アプリで確認できますのような仕組みも登場しています。
コストは1頭あたり数百円から千円程度で、人を一人雇うことを考えれば安い、という見方も示されました。やるところはやる、やらないところはやらない、という二極化が進んでいるのが今の酪農の姿のようです。
搾乳・作業
温度・抗生物質・洗浄などをその場で確認
記帳(ポジティブリスト等)
バルク温度や薬の使用を毎回記録
台帳・オンライン報告
種付け・分娩・受精証明などをWEBで管理
補助事業・報告書
年度末や不需要期の取り組みを書類で報告
まとめ
搾乳の裏側には、ポジティブリストの記帳から補助事業の報告書まで、たくさんの事務作業が控えていました。研修生さんの「これ何?」という質問をきっかけに、酪農家の見えない仕事とデジタル化の現状が浮かび上がった回でした。
- 冷蔵庫の紙は「ポジティブリスト」で、温度・抗生物質・洗浄などを毎回記録する
- 種付けや分娩、受精証明などはオンライン台帳で管理し、報告は酪農家の義務
- 年度末の補助事業や不需要期の生産抑制など、書類仕事は季節で増える
- 「バターにすればいい」は加工賃を酪農家が負担するため単純にはいかない
- デジタル化は業界全体で二極化が進み、若い人が入るときのハードルにもなっている
