今日のお勉強は「搾乳手技」
今回の配信は、研修生が牧場に来ている日の収録。テーマは「搾乳手技」です。
きっかけは、川上さんが以前送った搾乳手技の動画。そこから、川上牧場がどんなやり方を基本にしているのかという話に広がっていきます。
川上さんが酪農ヘルパーとして働いていたのは、鳥取県の大山乳業。ここは都府県のなかで牛群検定の加入率が日本一という農協です。
川上さんは、この加入率の高さを「昔は90%くらい、今は落ちて80%を切っているかもしれないけれど、それでも高い」と話します。
専門農協だからこそ、牛乳の品質にこだわる
話は農協の種類にも広がります。農協には「総合農協」と「専門農協」があるんですね。
牛乳もお肉も花も野菜も、いろいろ扱う。島根県はこちら。
牛乳・乳製品だけを扱う。大山乳業がこれにあたる。
大山乳業は、酪農家たちが出資して作った専門農協。牛乳だけに特化しているぶん、品質が落ちることが致命的だという意識が強いといいます。
より良い商品を作るのは、酪農家がいい乳を搾ること。それがすごく意識にあるので、大山乳業は本当に日本で一番だと僕は思ってますね。
川上さんはここで酪農ヘルパーとして働いていたので、その搾乳手技を基本にしているそうです。
世界標準の「ミネソタ式」とは
川上牧場が採用しているのは「ミネソタ式」という搾乳手技。ここ10年ほどで確立され、今では日本でも一般的になった手法です。
乳質改善を研究する世界トップクラスの先生が考えた手法で、多くの牧場がこれを基本にしているそう。
川上牧場もミネソタ式。
そうです、ミネソタ式です。
ただし、すべての牧場が同じではありません。ミネソタ式を基本にしつつ、それぞれ派生した「変法」でやっているところもあるといいます。
配信の最後には、川上さんがその具体的な流れも紹介しています。まずプレディッピングをして30秒待ち、もみもみして、前絞りをして……という手順です。
新しいやり方に、なぜ抵抗が生まれるのか
研修生が印象に残ったのは、送ってもらった動画のインタビュー。搾乳法を変えて乳房炎が減り、搾乳量が上がった牧場主が「変えることにすごく抵抗があった」と答えていたことです。
わりかし若めの方だったと思うんですけど、その若い方でも変えるのにすごく抵抗があるっていうのが、すごく新鮮でした。
川上さんは、その理由を「歴史」だと説明します。おじいさん、お父さん、息子と受け継がれてきた経営の歴史が、やり方を変えさせないというのです。
今まで別に食うに困らなかったし、自分のとこで完結していることなので、それを問題だと思わなかったら、そのままでやるんですよ。
研修生は「これまで支障がなかったから、まあいいでしょうという感じですね」と受け止めます。川上さんも、酪農ヘルパーで回るなかで感じることだと話します。
家族経営での「世代交代」という壁
研修生は、年配の方ほど長年のやり方やプライドがあるとして、県職員や農協がまとめて講習をする仕組みがあってもいいのでは、と提案します。
コンサル業は実際にあり、開業の獣医さんがやっているケースが多いそう。ただし、しっかり指導が入るのは主に大きい牧場だといいます。
大きい牧場は大きくなりたいっていう気持ちが経営者にあるから、前向きに改善改善ってなるんですよ。
一方で難しいのが、家族経営です。息子さんがいい乳を搾りたいと搾乳手技を変えようとしても、何十年もやってきた人にやり方を変えてもらうのは大変。しかも牛が親のやり方に慣れてしまっています。
牛はやっぱり変化を嫌う生き物なので、絞り方が変わると入室がガタつくんですよ。その結果、新しくやっても入室が悪くなったじゃないかって責められる若い方はいっぱいいます。
川上牧場でも同じでした。先代のやり方では、雑巾3枚を毎回絞りながら使い、1枚をじゃぶじゃぶ洗って使うようなスタイルだったといいます。
乳房炎7割から、ほぼ0へ
以前の川上牧場では、乳房炎の率が高かったといいます。
なかでも問題だったのが、黄色ブドウ球菌という原因菌。治りにくく、感染性で、健康な牛にもうつってしまう厄介な菌です。
その菌が7割だったんですよ、うち。でも本当に今ほぼ0ぐらいに減らしたけど、8年ぐらいかかったからね、それをやるのに。
では、どうやって先代を説得したのか。研修生の問いに、川上さんの答えはシンプルでした。
親父さんたちをもう搾乳から離す。それしかやりません。めっちゃ荒れましたけどね。
川上さんは、いま悩んでいる人へのアドバイスとして「全部私がやりますから、責任を持ちますから、他の仕事をやってください」と伝える形がいいと話します。
これは搾乳だけの話ではありません。餌のやり方、作業動線、休日の取り方、経営の考え方まで、世代によって方針は大きく変わるといいます。
最新研究とAIで変わる、これからの酪農
改善しない農家は経営が厳しくなり、辞めていく。だから少数精鋭になり、新しく入る人に求められるハードルも上がっている、と川上さんは指摘します。
あれもしなきゃいけない、これもしなきゃいけないっていうのが求められるんだけど、だけど給料はあんまり払えないっていう。
搾乳が本当に良くなっているかを検査する機器もあります。「ラクトコーダー」という機械で、乳が出る量や速さを計測できるそうです。
川上さんは牛に関する論文を読むのが大好き。今はChatGPTで翻訳して、世界中の研究を読んでいるといいます。
数年前まで当たり前だったやつがひっくり返ったりとか、平気でするからね、マジで。
最近特に面白いのが「エピジェネティクス」。同じ親から生まれた兄弟でも、環境によって遺伝子の働きが変わる、という考え方です。
たとえば、夏に生まれ、ヒートストレスを受けた子牛は、コレステロールの代謝がうまくいかず太りやすくなる。それが将来の乳量にも関わってくるといいます。
母牛
夏にヒートストレスを受ける
その子
コレステロールをうまく代謝できない子牛が生まれる
さらにその子
孫の代にも代謝できない影響が出ると言われている
そのため川上さんは、夏場にホルスタインのメスを産ませない飼い方をしているそうです。理想は寒い時期の受胎で、6〜7月ごろに生まれるのが良いといいます。
子牛の値段と、種付けの奥深さ
話は子牛の売買にも広がります。川上牧場は「相対取引」で、家畜商を介して行き先が決まっているそう。
子牛の値段は、オスかメスかよりも「発育」、つまり体の大きさが大きな指標になります。買い手はなるべく早く出荷して餌代を抑えたいからです。
生後1か月で差がついたやつは、生涯どんな飼い方をしてもその差は埋まることがないっていう研究結果もあるんですよ。
ただ、大きく生まれればいいと大きい血統をつけると、今度は分娩難易度が上がり、母牛にダメージが来ます。乳量が落ちたり繁殖が遅れたりするんですね。
だから川上さんは、骨盤の大きさや過去の産歴、難産だったかどうかを見て種付けを決めているといいます。
僕はマニアックだから、この子にはこの種でもいけるなとか、骨盤の大きさとか前の産歴を見て種付けしてますね。
ちなみに今のF1はどれも大きめ。早く体重が乗る牛が選ばれてきたため、今は小さい牛を探す方が難しいそうです。
まとめ
搾乳手技の話から始まり、技術を変えることの難しさ、乳房炎との8年がかりの戦い、そして最新研究まで。川上牧場の現場から、酪農のリアルと奥深さが伝わってくる回でした。
- 川上牧場は世界標準の「ミネソタ式」搾乳を基本にしている
- 家族経営では、牛も人も変化を嫌うため、搾乳手技の刷新には世代交代が鍵になる
- 以前は乳房炎の原因菌が7割を占めていたが、8年かけてほぼ0まで減らした
- 今はChatGPTで海外の論文を読み、エピジェネティクスなど最新研究を飼育に活かしている
- 子牛は発育が値段の指標で、生後1か月の差は生涯埋まらないという研究もある
