Xに届いた「舎飼いは虐待では」というコメント
この回はお便りコーナーで、Xに届いたコメントに答える形で進みます。研修生と一緒にアニマルウェルフェアについて話した配信への返信です。
コメントを寄せたのは、酪農現場で働いていたというXネーム「酪農女子」さん。牛をコンクリートの牛舎から放牧地へ移すと、足取りが軽くなり跳ねるように動くと話します。
そのうえで、放牧されている牛は舎飼いの牛より幸福度が高いと研究が示していると指摘。まず放牧を前提にして、暑さや採食の問題を解決すべきだという意見です。
牛本来の生態や習慣を考えた時に、舎飼いはそもそもアニマルウェルフェアの土台にも立っていない虐待だと思います、というコメントが来ております。
川上さんは、実際に酪農現場で働いた方の経験則から出た意見だと受け止めます。ただし日本や世界を見ると、放牧より舎飼いの方が多い地域もあり、単純に善悪を分けにくいと話します。
まず結論、放牧か舎飼いかでは決まらない
川上さんはまず結論を示します。放牧が牛に多くの利益を与えるという指摘は、かなり正しいと認めます。
一方で、放牧だから必ず幸福、牛舎だから必ず虐待、というほど単純には分けられないと話します。
評価すべきは、その牛が十分に食べ、水を飲め、暑さ寒さから守られ、痛みや病気がなく、快適に横になれ、恐怖を感じず、牛らしく行動できているか。こうした牛自身の状態だと説明します。
跳ねる牛は喜びか、それとも運動不足のサインか
牛舎から放牧地へ出すと牛が跳ねるように走る。これは実際にあることだと川上さんは言います。冬の間ずっと舎飼いだった牛を春に放す時、はしゃいでいるように見える姿はSNSでもよく見られます。
動物行動学では、こうした動きを「運動遊び(ロコモータープレイ)」として扱います。遊び行動は飢えや病気、恐怖に支配されていない時に現れやすいため、ポジティブな感情の手がかりになるとされます。
ただし、もう一つの見方もあります。長く運動の機会が少なかった牛が、抑えられていた運動欲求を一気に解放した可能性です。
つまり跳ねる姿は、その瞬間の楽しさだけでなく、それまで運動が不足していたことを示している可能性もある。川上さんは、つなぎ飼いをする側が軽く見てはいけない点だと話します。
放牧の利点と「五つの領域」という見方
放牧には牛の幸福を高める利点が複数あります。草や土はコンクリートより柔らかく、蹄や関節の負担が減ります。牛は自由に歩き、向きを変え、他の牛との距離を選べます。
放牧地に出られる牛は、屋内飼育の牛より足の病気や皮膚の傷が少ない傾向があり、より幅広い行動を示すと複数の研究で報告されているといいます。
牛に屋内と放牧地を選ばせる研究では、特に夜間や穏やかな天候の時に放牧地を選ぶ傾向も確認されています。この点は酪農家側も正面から受け止める必要があると川上さんは話します。
現在のアニマルウェルフェアでは、苦痛を減らすだけでなく、ポジティブな経験を増やすことも重視されます。その代表が「五つの領域」という考え方です。
例えば広い放牧地でも、水が遠い、日陰がない、餌が足りない、蹄を痛めている、虫に追われ続ける、病気が見つからない。こうした状態なら「放牧だから幸せ」とは言えません。
反対に牛舎でも、餌と水が十分で、床が乾いて柔らかく、換気や送風が適切で、病気が早く見つかり、人が乱暴に扱わず、定期的に運動できる。こうした環境なら放置された放牧より健康と快適さが守られる場合もあります。
つなぎ飼いの弱点と、日本で選ばれてきた背景
川上さんは、つなぎ飼いに明確な弱点があることも曖昧にしません。川上牧場自身もつなぎ飼いだからです。
つなぎ飼いでは、自由に歩く、他の牛との距離を選ぶ、群れで交流する、好きな場所で横になる、自由に毛繕いをする。こうした行動が制限されます。これは事実だと認めます。
一方で、つなぎ飼いは牛を苦しめる目的で作られたわけではないとも説明します。日本は平地が少なく、牛舎や放牧に使える土地に限りがあり、家族経営で少人数が搾乳から治療まで担ってきました。
つなぎ飼いには、一頭ずつ餌を調整しやすい、体調の変化に気づきやすい、治療や授精をしやすい、強い牛が弱い牛の餌を奪うのを防ぎやすい、といった管理上の利点があります。
牛を虐待するために縛っているという説明では、現場がなぜこの方式を選んできたかを捉えられません。当時の土地、設備、労働力、資金、管理技術の中で、健康管理と経営を両立する方法として選ばれてきた背景があります。
フリーストールや放牧なら解決するのか
では、牛が自由に動けるフリーストールやフリーバーンなら全て解決するのか。行動の自由という面では大きな利点がありますが、自由飼養にも課題があると川上さんは指摘します。
牛には社会的な順位があり、餌場や水場、牛床が不足すると強い牛が良い場所を占領し、弱い牛が十分に食べられないことがあります。過密になれば衝突や外傷も増えます。
つまり、自由に動ける施設を作るだけでは幸福は完成しません。だからこそ、施設の名前ではなく牛の状態を測る必要があると話します。
行動は制限されるが、個体管理や暑熱・虫からの保護がしやすい
自由な行動や柔らかい地面が得られるが、暑熱・水・虫などの環境リスクがある
見るべきは牛の歩き方、外傷、乳房炎、痩せや太り、横になっている時間、反すう、呼吸数、人への恐怖反応、牛同士の攻撃、病気や死亡の発生。こうした「結果」だと川上さんは強調します。
日本の夏に、まず放牧は本当に安全か
コメントにあった「まず放牧を前提に、暑熱を解決する」という提案について、川上さんは理念は理解できるとしつつ、順番を間違えると牛を危険にさらすと話します。
ホルスタインは大量の餌を発酵させ、大量の牛乳を作るために多くの熱を発生させます。高温多湿になると熱を逃がしにくく、食べる量が落ち、乳量が減り、重症になれば熱射病や死亡につながります。
夏の放牧地では、直射日光や地面からの照り返し、風の弱さ、水場までの距離、アブやマダニといった要因が重なります。
そのため夏の日中は、日陰や送風のない放牧地より、屋根と大型ファン、冷房があり、すぐ水を飲める牛舎の方が熱負担を下げられる場合があると説明します。
大切なのは、牛舎が自然より優れているという話ではなく、その日の天候や時間帯で牛にとって安全な場所は変わるということです。
理想は、暑ければ中に入り、涼しい夜は外へ出るように、牛自身が屋内と屋外を選べる仕組みだと川上さんは話します。人間が「自然が幸せに違いない」と決めるのではなく、牛が選べる余地を増やす発想です。
「舎飼いは虐待」という言葉と、土地の歴史
最後に「舎飼いは虐待である」という表現について、川上さんはこの言葉を簡単には使わない方がいいと述べます。
極端に短い鎖、不潔で硬い牛床、水不足、治療されない病気、長期の運動不足、乱暴な扱い。こうした状態が放置されているなら厳しく問題にすべきだとしたうえで、方式だけを見て全員を「虐待する人」と判断すると対話が止まると話します。
同時に生産者側も、「昔からのやり方だから」「経営が大変だから」「牛は何も言わないから」という理由で行動制限を無視してはいけないと釘を刺します。
川上さんは、モンゴルやニュージーランド、オーストラリア、インドなど、土地の文化や歴史の中で放牧が営まれてきた例にも触れます。虫が多い、痩せている牛がいるからと外から一方的に虐待だと決めつけるのは横暴ではないか、と話します。
日本の舎飼いにも歴史があります。戦後の焼け野原から、子どもたちの栄養と食糧を満たそうと、酪農家が海外へ技術を学びに行き、国の支援で酪農団地などが各地にできた背景があるといいます。
先人の方たちの努力や今までの歴史をないがしろにして、リスペクトがないのは、誰も話を聞いてくれないので、ぜひそういうところも勉強して知っていただけたら嬉しいなと思います。
まとめ
放牧には確かな利点があり、跳ねる牛の姿にはポジティブな意味があります。ただし川上さんは、幸福は飼い方のラベルではなく、栄養・環境・健康・行動・精神状態を総合した「牛に何が起きているか」で測るべきだと話しました。日本の気候や土地の歴史をふまえ、屋外の自由と屋内の保護を組み合わせ、今ある牛舎でも改善を積み重ねることが現場で続けられるアニマルウェルフェアだとまとめています。
- 放牧地で跳ねる牛は、喜びとともに運動不足の解放を示すこともある
- 幸福は放牧か舎飼いかではなく、五つの領域から牛の状態で評価する
- つなぎ飼いには行動制限という弱点があり、放牧やフリーストールにも環境や順位の課題がある
- 日本の高温多湿な夏には、冷房や送風のある牛舎が暑熱や虫からの避難場所になることもある
- 方式だけで虐待と決めつけず、土地の歴史を尊重しながら現場と対話し改善を続けることが大切
