寄せられた「話しにくい質問」
今回のお便りコーナーに届いたのは、TikTokネームやたさんからの質問でした。
畜産を敵視するヴィーガンの人たちについてどう思うでしょうか?
川上さんはまず、ヴィーガンと一口に言ってもいろんな人がいる、と前置きします。
知り合いや芸能人にもヴィーガンを選ぶ人が増えていて、宗教的・文化的な理由の人もいれば、今日はヴィーガン、明日は肉も食べる、と自由に選んでいる人もいるといいます。
そうやって食を選べること自体を、川上さんは豊かさとして受け止めています。
世の中が豊かになって、文化的にも教育的にも食料的にも、そういう選択ができるようになっているのは、すごい豊かなことじゃないかなと思っています。
ただ、一部には「酪農なんてなくなればいい」といった過激な声もあり、それがSNSで伸びやすい。そこをふまえて、川上さんは自分の立場を語っていきます。
結論は「思想は尊重、でも決めつけには違和感」
川上さんはまず結論をはっきり示します。ヴィーガンという生き方そのものを否定する気はまったくない、と念を押しました。
そのうえで、思想と「畜産=悪」という決めつけは分けて考えたい、と話します。
畜産を一方的に悪と決めつけることには強い違和感を感じます。この2つはちゃんと分けて考えたいです。
ヴィーガンの多くは、動物を苦しめたくない、環境負荷を減らしたい、という真っ当な動機から選んでいる。その価値観を持つ人がいるのは自然なことだ、というのが川上さんの見方です。
現場から見た酪農のリアル
一方で、畜産を「搾取」「虐待」と断定する言葉には、現場のリアルが共有されていないと感じるといいます。
畜産を搾取、虐待だ、悪だと断定してしまう言説を見ると、現場のリアルがほとんど共有されていないと感じています。
酪農の現場では、牛は毎日健康チェックを受け、病気になればすぐ治療されます。ストレスは生産性を下げるので、快適さが最優先されるのだそうです。
命を預かる仕事として、相当な責任とコストがかかっている。「かわいそうだから搾っている」世界ではない、と川上さんは強調します。
「自然じゃない」をどう考えるか
ヴィーガンの人がよく口にする「自然な食生活に戻ろう」という言葉。川上さんは、その「自然」とは何かを立ち止まって考えたいといいます。
畑を耕すこと、作物を単一栽培すること、野生動物を追い払うこと。これらもすべて人間が自然を改変している行為だ、という指摘です。
完全に自然を傷つけない食は、現代社会ではほぼ存在しません。どこかで必ず命の選択が起きています。
さらに川上さんは、牛乳や乳製品を口にする歴史は世界で1万年ほどあると話します。
そこまで長い歴史をまるごと否定してしまうのは違うのではないか、というのが率直な思いです。
環境破壊という観点についても、別の見え方があるといいます。小麦や米が作りにくい土地に牛を放つと、牛は人が食べられない草を食べ、緑を増やし、副産物として牛乳や堆肥をもたらす、という循環です。
大きい目で見れる視点があるはずなのに、なんでそこの一部だけ切り取るのかなっていうのは、ちょっと悲しくなってしまいますね。
対立ではなく、同じテーブルで
川上さんが一番悲しいと言うのは、「畜産 対 ヴィーガン」「生産者 対 消費者」という対立がどんどん強くなっていくことです。
本来は同じ問いを、同じテーブルで話せるはずだといいます。
動物の苦痛
どうすれば減らせるか
環境負荷
どうすれば下げられるか
人の食
どうすれば生きていける食を作れるか
「搾取だ」「残酷だ」とラベルだけで否定されると、やっぱり心は痛む。牛の命を預かり、簡単に休みも取れない生活の中では、なおさら辛いといいます。
それでも川上さんは、強い言葉の背景には不安や恐怖があると考えています。
環境が壊れる不安、命を奪っているかもしれない恐怖、未来が見えない不安。そこを無視してわかっていないと切り捨てたら、本当に分断しか残りません。
質問への答えと、これからの対話
川上さんは、質問への答えをこうまとめます。ヴィーガンという選択は尊重する。畜産を悪と決めつける見方には賛同できない。でも対話は続けたい、というものです。
現場を知ってもらう努力は、酪農側には必要だと私は考えています。
こうした話題に正解は一つではない。だからこそ感情ではなく、事実と対話で話したい、と川上さんは言います。
最後に、ヴィーガンの人からのコメントも歓迎したいと呼びかけます。ただし「潰そうと思っている」人は控えてほしい、という一言も添えました。
お互いリスペクトができるような関係性でお話できたらいいなと思ってます。
ヴィーガンになる背景には、ペットを事故で失った経験や、子どもの頃に見た屠殺の映像の衝撃、環境破壊の情報など、人それぞれのバックグラウンドがあると川上さんは話します。
自分や身近な人がその選択をする可能性だってある。だからこそ、いろんなコメントをもらえたら嬉しい、と締めくくりました。
まとめ
「畜産を敵視するヴィーガンをどう思うか」というストレートな質問に、川上さんは思想と決めつけを分けて答えました。生き方は尊重しつつ、現場のリアルを伝え、対立ではなく対話を続けたい、というのが一貫した姿勢です。
- ヴィーガンという生き方自体を否定するつもりはない、と川上さんは明言しています。
- 一方で、畜産を「搾取」「虐待」と一方的に決めつける見方には賛同できないと語ります。
- 酪農の現場では牛の健康と快適さが最優先で、「かわいそうだから搾っている」世界ではないと強調します。
- 「自然な食」も含め、どんな食にも命の選択がある、という視点を投げかけています。
- 正解が一つではないからこそ、感情ではなく事実と対話で話したい、というのが川上さんの結論です。
