検定日成績は「経営の目次」
今回取り上げるのは成績表1ページ目の真ん中にある「検定日成績」と、その横の「項目別種雄牛成績」です。検定日成績には、今月・前月・3ヶ月・過去1ヶ月それぞれの検定乳量、出荷乳量、濃厚飼料給与量、乳代、濃厚飼料費、そしてその差し引き金額、乳脂量、たんぱく、無脂固形などが並びます。
ただし川上さんは、これらの金額は「参考値」だと強調します。乳価や濃厚飼料の単価は、検定員に「大体50円ぐらい」「乳は100円ぐらい」と伝えた概算で計算されているため、リアルの数字とはズレる可能性があるからです。
一番この中で見てほしいっていうのは、今月と前月と3ヶ月と過去1ヶ月の中の推移ですね。
見るべきは絶対値よりも「推移」だと川上さんは言います。頭数を変えていないのに乳量が増えている、あるいは餌代が下がっている──そうした変化が出ていれば「いいじゃないですか」という見方ができます。経営状況をパッと掴む最初の指標として、この欄が適しているという考えです。
研修生も「直近の経営状況」「一人当たりどれぐらい食べてるかもわかる」と応じます。たとえば3ヶ月前に10頭減っていれば、その分ちゃんと数字が減っていないと単純計算が合わなくなる、という理屈です。
推移をチェック
今月・前月・3ヶ月・過去1ヶ月で乳量や餌代の変化を見る
異変があれば個別ページへ
乳量が減っていれば頭数や繁殖成績を確認。餌代が増えていれば配合の要因を探る
川上牧場の場合、濃厚飼料給与量が増えているのは配合のメーカーを変えたためで、乳価や配合の値段が上がったのをそのまま反映しているので数字は悪く見える、と説明されました。だからこそ「どんどん良くなっていかないと経営としては面白くない」というのが川上さんの本音です。
グラフを重ねていった時に、どこかだけ動きが違うっていうのは、どういう理由かなって思った時に、説明できへんってことは、なかなか終えてないかもしれないってことですね。
この検定日成績は、細かく追い求めるより「目次」のような感覚で使うのがよい、と川上さんはまとめます。乳脂量や乳脂肪率、たんぱく、無脂固形分などは頭数や牛群構成にも引っ張られるため、ここだけで細かく判断しすぎないほうがよい、という立場です。
項目別種雄牛成績で未来を読む
次に話題は横の「項目別種雄牛成績」へ移ります。ここでは、種付けしたのがホルスタインなのか、和牛なのか、交雑種なのかといった内訳が項目で見られます。さらに遺伝改良のうち「産乳成分」、つまり乳量の部分だけが表示され、体型や繁殖疾病成分などは含まれません(それらは総合指数に反映されます)。
川上さんが重視するのは、世代ごとに能力が右肩上がりになっているかという点です。二産より初産、初産より育成、育成より今種付けしている種のほうが成績が良くなっていないとおかしい、と言います。種雄牛のランキングは年々変わり、どんどん良くなっていくはずだからです。
使っている種のレベルが低いままだと、これから先を考えると「成長できていない」ことになります。遺伝能力が上がればそれだけ潜在能力も上がるので、川上さんは個人的にここが一番大事だと考えているそうです。研修生も「自分的に一番気になっちゃうポイント」と共感します。
具体例として、川上牧場では乳脂肪率について、受精しているものは「プラス5.1」、現在搾っているものが「プラス1.3〜1.4」、12ヶ月未満のものの平均が「プラス0.32」といった数字が並んでいるそうです。この並びから、これから乳脂肪率が上がってくるはずだ、と予測できます。逆に薄くなっている推移であれば、真ん中の検定日成績にその数字が反映されているかをすぐに確認できる、というつながりも紹介されました。
また、海外の種雄牛でも日本の成績としてまだ出ていない牛は「計算対象外種牛」などとして「その他」に入ってしまいます。この数が大きいほど精度は良くなくなる、と説明されました。
EBV(推定育種価)とヤングサイアー
ここで用語の整理が入ります。成績表に載る数値の背景には、「検定済み種雄牛」と「ヤングサイアー」という区別があります。
娘牛の能力が実際に検定され、能力がわかっている種雄牛。データが揃っているため信頼度が高い。
若手候補種牛のこと。まだ娘牛の頭数が集まっておらず、これから種牛になるよと待機している牛たちを指す。
そして数値そのものが「EBV(推定育種価)」です。
研修生は「上がってない、マイナスってことは引き継げてない」と確認します。川上さんはマイナスの種を使っているということだと応じつつ、単純な良し悪しではないと補足します。乳量が多く出た結果としてマイナスなのか、あるいは意図的に狙った結果なのかで意味が変わるからです。
たとえば川上牧場は乳脂量がもともと高いため、「乳脂量が多少下がっても乳量が出ればいい」と考えて乳脂肪がマイナスの牛を種付けすることもある、という具体例が語られました。乳たんぱくも、配合飼料で高めになるからと計算に入れて選ぶことがあります。つまりマイナスの数字が、必ずしも「失敗」を意味するとは限らないのです。
改良を外部任せにするリスク
研修生は、この項目には面白い「罠」があると指摘します。牧場主が特に何も考えていなくても、外部では日々改良が進んでいるため、種の営業マンが持ってくる新しい種を使うだけで、いつの間にか能力が底上げされていく、という構造です。研修生はこれを、パソコンに詳しくなくても新しいパソコンのほうが速いのと同じ、とたとえました。
努力せんでもやって徐々に上がっていくやんって見方の人の方が多いのかなっていう感じですよね。
だからこそ、ここのプラスの数字だけを見て一喜一憂していると「ドツボにはまる」のではないか、と研修生は心配します。川上さんも、能力を上げること自体は良いことだが、その能力を上げた牛を飼いこなせる飼養管理が伴っていないと意味がない、と応じます。
自分のところに合った牛を作った方がいいって、僕はずっと言うとるんだけど。
外部の専門家は、その牧場がどんな餌をやり、どういう動線で動き、どんな飼養管理をしているかまでは把握していません。酪農家が「乳量が出て、成分が安定して、体細胞が低くて繁殖が回る牛がいい」と伝えても、それをどう実現するかは一朝一夕にはいかない、という難しさがあります。
高くて欲しい数値をポンポン選ぶだけ。外部に任せれば楽だが、飼養管理が伴わないと乳量が出過ぎて飼いこなせず廃用になるリスク
自分の餌・動線・管理に合った牛を計画的に作る。今年はこれを改良、と積み上げていく
川上さんは、体細胞が高い種牛を選んで体細胞に悩み続けたり、乳量が出過ぎて飼いこなせず廃用になったりする問題の「根本的原因」は、遺伝改良にあると考えています。体細胞やトラブルが出てから対処するのではなく、そもそもそうならない牛を選ぶという発想です。
長距離ランナーめっちゃ揃えてるのに「よし、中距離で行きましょう」。ちょっと待った、短距離しかねえだろって言われても、いやいやいや監督ってなるわけです。
研修生は、乳量という「華やかな」数字にみんなが引っ張られがちだと語ります。乳量は経営を左右する主役級の指標だからです。しかしそこだけを追うのではなく、自分の牧場の実態と未来を計算する視点が必要だと二人は確認し合いました。
遺伝改良は5年がかりの長期戦
話は、改良を「自分の牧場でやるか」「外に任せるか」という選択に及びます。研修生は、新規就農では「あれもこれもしたいけど全部はできない」ため、育成を外部に任せて牛を持ってくるスタイルを取ると安心する気持ちがある、と正直に語ります。しかし同時に、自分でコントロールできない怖さも指摘します。
包丁もかっこいいのあるし、エプロンも可愛いのあるねんけど、材料ないから作れんみたいな。お店めっちゃいい感じやねんけどみたいなことになるよなと。
設備が整っていても、肝心の「材料」である牛を自分でコントロールできなければ何もできない、というたとえです。しかも酪農は、供給が止まったら物理的に用意できなくなる業界であり、「一年待つわ」と気長に構えられる世界でもない、と研修生は言います。
ここで川上さんが、遺伝改良のスケールの大きさを時間軸で説明します。
その帰ってきた数字が自分と違う牛だったら最悪じゃね?っていう。それを五年間飼い続けなきゃいけない。もう地獄、僕としては。
研修生は、これを「面接もなしで、とりあえず5年働いてもらうわ」というようなものだと表現します。だからこそ、どんな牛を迎えるかはしっかり考えたほうがいい、「誰でもええわ、来たら拒まん」というスタイルは危うい、という結論に至ります。
三元交配についても触れられました。ホルスタイン以外の品種を掛け合わせて雑種強勢を生ませ、合計点が高く乳脂も出る牛を作る取り組みが日本にもありますが、川上さんは「だったらホルスタインでそういう種牛をやったほうが絶対早い」という立場です。ホルスタインは全世界で飼われ信頼度が高く、ゲノムも測れて計画的な交配が狙えるからだと説明されました。
牛の個性と搾乳性という視点
研修生は、乳用種雄牛の評価成績(通称「赤本」)を見ながら、乳房の付き方や搾乳性について理解を深めようとしていたと語ります。評価の高い牛と低い牛を比べると「5点差」があり、その差は見た目には大きく感じられたそうです。
ただし、搾乳性はその点数だけで決まるものではなく、ある程度は搾る人の技量で補えるレベルでもある、と研修生は考えます。だからこそ気にする人は徹底的に気にし、気にしない人は「生まれてきたらこうだった」で済ませてしまう。ここに個性が殺されるという問題を、研修生は身長のたとえで語ります。
身長が高い・低いだけで待遇に大きな差がつく世界のように、牛も「ガワが大きいか小さいか」で評価されがちだ、という指摘です。しかし小柄でもスポーツが上手い人がいるように、体格と実際の能力は別物です。個性を無視して型にはめると一定の結果は出ても、「いけて100まで」で、予想を超えることはない、と研修生は言います。
研修生は、牛飼いとして生きていくなら「牛を維持できなくなったらゲームオーバー」だと考えます。自分の体力や経済面はもちろん、いずれ自分以外の人に作業を任せることも見据えれば、搾乳性の低い牛はリスクになります。だからこそ、そうしたことを計算できる新規就農者でなければ、「辛うじて生きている状態」になりかねない、というのが研修生の危機感です。
川上さんは、遺伝改良を知らずにがむしゃらに乳量や乳脂肪を上げようと頑張っても、「もうそこじゃない、もう決まってるから」と応じます。生まれる牛の潜在能力は種の選択でほぼ決まっているため、後からの努力だけでは限界がある、という考えです。
検定済みだったら、もう99%この数字通りになるんだから。それの信用度がもう全然違うんで。
研修生は最後に、この項目別種雄牛成績を通して「未来を計算しようと思っているかどうか」が見えてくる、とまとめます。川上さんも「ここを語らせたら本当1日かかっちゃう」と笑い、時間の都合でこの日の研修を締めくくりました。
まとめ
今回の研修は、成績表の2つの欄──「検定日成績」と「項目別種雄牛成績」──を軸に、経営の掴み方から遺伝改良の哲学までが語られました。検定日成績は絶対値ではなく推移で経営の「目次」として見る。項目別種雄牛成績は、世代ごとの能力向上と、EBVの数字が意図に沿っているかを読む欄です。
そして議論の核心は、遺伝改良を外部任せにせず「自分の牧場に合った牛」を計画的に作るという姿勢でした。5年がかりで返ってくる牛と付き合う長期戦だからこそ、乳量という華やかな数字だけでなく、飼養管理・搾乳性・個性まで含めて未来を計算する視点が必要だと、二人の会話は示しています。
- 検定日成績の金額は概算の参考値。絶対値より「今月・前月・3ヶ月・過去1ヶ月」の推移で経営状況を掴む「目次」として使う
- 項目別種雄牛成績では、二産→初産→育成→今の種付けと世代が新しいほど能力が高くなっているかを確認する
- EBV(推定育種価)は遺伝的能力を示す数値。マイナスでも、乳量重視など意図した選択なら必ずしも失敗ではない
- 外部任せでも改良の恩恵は受けられるが、飼いこなせる飼養管理が伴わないと乳量過多で廃用などのリスクがある
- 種付けから結果が返るまで約2年、その後5年飼うため、どんな牛を迎えるかは慎重に。検定済み種雄牛なら99%数字通りになる信頼度がある
- 搾乳性や牛の個性を軽視すると、作業ロスや事故、ロボット非対応などのリスクにつながる。未来を計算する姿勢が新規就農者にも問われる
