今日の質問「なぜホルスタインはバラバラの模様なの?」
今回のお便りは、配信アプリPOPOPOのリスナー・かんしんさんからの質問です。
パンダやキリンなどは統一された模様になっていますが、ホルスタインさんはなぜバラバラの模様になっているのでしょうか? 何かメリットがあるのでしょうか?
たしかに、白黒の生き物といえばパンダやシマウマ、模様が特徴的といえばキリン。どれも「その動物らしい柄」がありますよね。
でもホルスタインは、同じ品種なのに一頭ずつ模様がバラバラ。酪農家にとっては当たり前すぎて、あらためて考える機会が少ないテーマなのだそうです。
川上さんはまず、結論からこう切り出します。
ただし、遺伝子に「右肩のここを白くする」といった模様の完成図が描かれているわけでもない、というのがポイントです。
黒か赤かと、白がどこに入るかは別の話
まず整理しておきたいのが、毛の色の種類と、白がどこに入るかは別に考えたほうがいいということ。
よく見る黒白のホルスタインは「ブラックアンドホワイト」。実は赤白の「レッドアンドホワイト」もいます。赤といっても見た目は茶色に近い毛色です。
一般的なホルスタインでは黒が優性、赤が劣性という形で遺伝することがあり、見た目は黒白でも赤毛の遺伝子を持つ牛がいます。こうした牛は「レッドキャリア」と呼ばれます。
そして、その牛同士の交配によっては赤白の仔牛が生まれることもあります。ただし今日の主役は、あくまで「白い部分の入り方」がなぜ牛ごとにこんなに違うのか、というほうです。
白い部分はどうやってできる? 生まれる前に模様は決まっている
牛の毛が黒く見えるのは、皮膚の中にあるメラノサイト皮膚などに存在し、色素をつくる細胞。人間の髪や肌の色にも関係しているという色素細胞が関係しています。この細胞が作るメラニンという色素で毛に色がつきます。
では白い部分はどうなっているのか。体が作られていく発生の途中で、色素細胞の元になる細胞がその場所まで十分に届かなかったり、うまく働かなかったりすると、その部分が白く見えると考えられています。
ここで大事なのは、模様は生まれた後に作られるのではないということ。
おなかの中で体が作られていく段階から、どの場所に色素細胞が配置されるのか、どの範囲まで広がるのかという発生のプロセスが進んでいきます
その結果として、生まれた時にはその牛特有の模様ができているんです
白い模様に関係すると考えられる代表的な遺伝子が「KIT(キット)」、もう一つが「MITF(ミットエフ)」です。名前を覚える必要はなく、「色素細胞の発生や働きに深く関係する遺伝子」くらいの理解で十分だそうです。
どちらもホルスタインだけの特殊な遺伝子ではなく、哺乳類全般で色素細胞の発生や移動に関わる重要な遺伝子です。
さらに面白いのは、遺伝子そのものだけでなく、その遺伝子を「いつ・どこで・どれくらい働かせるか」を調整する領域も模様に関わってきているという点。塗り絵の完成図ではなく、色素細胞の広がり方の「ルール」に遺伝子が影響しているというわけです。
模様は遺伝する? 「遺伝率」の落とし穴
ここまで聞くと「じゃあお母さん牛の模様は子供にも似るの?」と思いますよね。
答えは、ある程度は遺伝の影響を受けるけれど、模様そのものがコピーされるわけではない、ということ。
お母さん牛の右肩に大きな黒い模様があっても、娘牛が同じ場所・同じ形・同じ大きさになるわけではありません。一卵性の双子など特殊な例を除けば、基本は一頭ずつ違う模様になります。
ただし「白い面積が多くなりやすいか、黒が多くなりやすいか」といった傾向には遺伝の影響があります。ここで出てくるのがQTL(量的形質遺伝子座)乳量や体重など、あるなしではなく「どの程度か」で表せる特徴に関係する遺伝子の場所。複数の遺伝子が関わることが多いという言葉です。
白い面積についても研究されていて、第6染色体周辺などが報告されており、その近くには先ほどのKIT遺伝子があります。
さらに、この白い面積は遺伝率が比較的高いとする研究もあります。ただ、この「遺伝率」という言葉は誤解されやすいので注意が必要です。
つまり「ホルスタインの白い面積には遺伝の影響が大きい」とは言えても、「親の白い場所がそのまま子に移る」わけではない。ここは分けて考える必要があります。
なぜ一頭ずつ違う? 「道路づくり」で考える
なぜ一頭ずつ模様が違うのか。川上さんは道路づくりに例えて説明します。
遺伝子は「この方向に道路を伸ばしやすい」「ここでは伸びにくい」「ここで分岐しやすい」といった大まかなルールを決めています。でも完成した道路の網は、その土地の条件や途中の変化で少しずつ違ってきます。
ホルスタインの模様も同じで、遺伝子が発生の大きなルールを作りつつ、そこから色素細胞が増えたり移動したり分化したりしていく。その結果、同じ品種でも一頭ずつ違う模様が完成します。
遺伝子がルールを決める
KITやMITFなどが色素細胞の発生や広がり方のルールに影響する
色素細胞が発生・移動する
色素細胞の元になる細胞が生まれ、体の中を移動して皮膚へ広がる
細胞が分化・定着する
色素を作る細胞へと分化し、届いた範囲が黒、届かなかった範囲が白になる
一頭ごとの模様が完成
発生の途中の違いで、同じ品種でも一頭ずつ異なる模様になる
パンダやキリンは本当に「同じ模様」なのか
質問では「パンダやキリンは統一された模様なのに」とありましたが、ここも実は面白いポイントです。
ジャイアントパンダは目の周り、耳、肩から前足、後ろ足などに黒い模様があり、たしかにかなり共通して見えます。だから人間から見るとみんな同じパンダ模様に見えます。
一方でキリンも体全体に斑点模様がありますが、実際には一頭ずつ違います。斑点の大きさ、形、境界、配置には個体差があるのです。
それでもホルスタインより統一されて見えるのは、その種の模様を作る基本的なパターンが、ホルスタインより強く共通して見えるから、と考えると分かりやすいそうです。
ただし、種が違えば進化の歴史も発生の仕組みも異なるので、「パンダはこの遺伝子だから」と単純に一つのしくみで比較することはできません。
バラバラな模様にメリットはある? 得をしているのは人間の側
質問のもう一つのポイントが「何かメリットはあるのか」。ここは慎重に答える必要があります。
個体識別されやすくなるために、あえて一頭ずつ違う模様へ進化したと示す科学的根拠はありません
模様がバラバラだから乳量が増えるとか、病気に強くなるといった明確な生産上のメリットも言えません。つまり、模様が違うこと自体に明確な進化的メリットがあるとは断定できないのです。
ただし、人間側には非常に分かりやすい「副産物」があります。それが個体識別です。
この牛は顔が半分白いとか、この牛は腰のところに大きな黒い模様があるとか、毎日見ているうちにかなり見分けられるようになります
もちろん正確な管理には耳標牛の耳につける識別用の標識。個体識別番号が記されていて、正確な個体管理に使われるや個体識別番号を使いますが、日常の作業では体格や顔、歩き方、乳房、模様などを組み合わせて牛を見ています。酪農家にとって模様は、一頭一頭の「顔」のようなものでもあります。
さらに川上さんがおすすめするのが、左右の見比べ。右側は黒が多いのに左側は白が多い、顔の模様も左右非対称、という牛が普通にいるそうです。人間の顔以上に、ホルスタインの模様は大胆に左右が違います。
模様は「遺伝子の指紋」? そしてAIが牛を覚える時代へ
一頭ごとの識別に使えるほど違うので、「模様は指紋みたいなもの?」という感覚はかなり近いそうです。ただし生物学的な仕組みとして人間の指紋と同じという意味ではなく、あくまで個体ごとに特徴的なパターンがあるという点で似ている、ということです。
そして今、画像認識AIを使って牛の顔や模様から個体識別を行う研究や技術開発も進んでいます。
カメラが牛舎を見て、今歩いているのは何番の牛、この牛の歩様は昨日より変わった、採食行動が落ちているというところまで自動で識別していく技術が広がる可能性があります
酪農家が目で覚えていた牛の模様を、AIが覚える時代になるかもしれない。川上さんはそこにも面白さを感じているようです。
最後にひとつ、ネットで見かけた「別の説」について
番組の締めくくりに、川上さんは今回の調べものでは見つからなかった、昔読んだ海外の説にも触れています。
群れの中に何千頭何万頭といると、模様がモザイク柄になって一頭ずつ識別しにくくなり、肉食動物に襲われにくいという話を聞いたことがあるんです
ただしこれには科学的根拠はなく、「そういう考えの人もいた」という程度の話だと補足しています。「ハルシネーションですね」と、AI時代らしい言い回しで正直に伝えていました。
まとめ
ホルスタインの白黒模様は「完全な偶然」でも「親のコピー」でもなく、遺伝と発生が一緒になって作る「ルールのある個体差」。次に牛を見る機会があったら、ぜひ一頭ずつ見比べて、なぜこの模様になったんだろうと想像してみてくださいね。
- 白い部分の形成にはKITやMITFといった色素細胞に関わる遺伝子が関与している
- 遺伝子には模様の完成図はなく、色素細胞の広がり方の「ルール」に影響している
- 白い面積の多さなどには遺伝の影響があるが、模様そのものがコピーされるわけではない
- バラバラな模様に進化的メリットの科学的根拠はないが、人間にとっては個体識別に役立つ
- 右側と左側で模様が大きく違う牛も多く、見比べるとホルスタイン観察がもっと楽しくなる
