一頭のお肉の話から届いた、熱量たっぷりの質問
この回は、以前に取り上げた「牛一頭から牛肉は何パーセント取れるのか」という配信への反響からスタートします。
リスナーからのコメントを、川上さんはあえてまとめずにそのまま読み上げていきます。
牛の出荷体重のうちお肉と内臓の4割しか売り上げにならないという…これでは筋肉ムキムキなA5等級の牛さんを作るしかないではありませんか。
川上さんはもっと価値があるはずだと思う部位はありますか?また、A5よりもホルスタインのオスや廃用牛の需要が上がっているとも聞きます。日本の牛さんはどこへ向かっているのでしょうか。
需要と供給が合っていないような違和感がある、乳製品の加工利益が酪農家に還元されるといい、というところまで踏み込んだ質問でした。
川上さんは「調べてみると少し違うところもある」として、前回触れきれなかった部分もあわせて整理し直していきます。
「一頭買い」は生きた牛を丸ごと買うことではない
まず川上さんが解きほぐすのは「一頭買い」という言葉のイメージです。
焼肉店などが言う一頭買いは、必ずしも農家から生きた牛を買って皮も骨も内臓も自分たちで処理する、という意味ではありません。
牛は屠畜場で処理されたあと、皮を剥ぎ、頭や内臓を取り除いて枝肉皮・頭・内臓などを取り除いた、骨付きの状態の肉のこと。ここから骨を外して部分肉に分けていく。という状態になります。
そこから骨を外し、ロースやモモ、バラなどに分けたものが「部分肉」と呼ばれます。
つまり一頭買いと言っても、枝肉で仕入れる場合、部分肉でまとめて仕入れる場合、内臓を別ルートで仕入れる場合など、取引の形は事業者によってさまざまです。
一頭買いイコール皮から内臓まで牛の全てを所有しているのではありません。ここは最初に分けて考えた方がいいかなと思います。
肉以外はどうなる?すべてが消費になるわけではない
牛から得られるものは、ステーキや焼肉になる筋肉だけではありません。
タンやハラミ、レバー、ハツ、ミノ、センマイといった内臓は食用に。脂肪は食用油脂や加工原料に、皮は革製品の原料になります。
骨も、用途や衛生上の条件を満たせばゼラチンや油脂の原料になることがあります。
ただし川上さんは、牛のすべてが必ず消費になるわけではない、と釘を刺します。
屠畜検査で食用に適さないと判断された組織や、衛生上使えないものは当然破棄されるからです。
牛は1頭丸ごと無駄なく使われていると言い切るのも、逆に肉以外は全部捨てていると考えるのも正確ではありません。
硬い肉=価値のない肉ではない
質問にあった「端材や硬い部分をハンバーグにして利益を出しているのでは」という視点を、川上さんは重要だと受け止めます。
一頭の牛から取れる肉は、全部がサーロインやヒレではありません。焼肉やステーキとして高く売れる部位もあれば、硬かったり形が揃わなかったりして、そのままでは商品化しにくい部位もあります。
そこで薄切りや煮込み、ひき肉、ハンバーグ、ソーセージなど、料理や加工の方法を変えることで価値を作っていきます。
価値の低い肉を処分するのではなく、その肉にあった価値の出し方を探すと考えた方が面白いかなと思います。
A5とCは、同じ物差しではない
ここで川上さんは、牛肉の格付けについて誤解されやすいポイントを整理します。
AやB、Cは歩留まり等級枝肉からどれくらい部分肉が取れるかを表す評価。肉のおいしさとは直接関係しない。で、牛一頭からどれだけ肉が取れそうかを示すものです。
一方、1から5の数字は肉質等級サシ(脂肪交雑)だけでなく、肉の色や光沢、締まり、キメ、脂肪の色や質などを総合的に評価したもの。です。だからA5やA4、B3、C2といった組み合わせになります。
枝肉からどれだけ部分肉が取れるかの評価。おいしさとは関係しない
サシや肉の色・締まり・脂肪の質などを評価したもの
つまりA5とCを「高級肉」と「安い肉」という一つの物差しで比べるのは、少し違うということです。Cは「まずい」ではなく、部分肉の歩留まりが標準より低い、という意味なのです。
川上さんは具体例も挙げます。出荷前の牛が壁や角で怪我をして肉をごっそり失った場合、味はとてもおいしくても歩留まりが下がってC5になることもある、といいます。
日本ではA5が増えている、その先にある違和感
川上さんは、日本の牛肉生産が高い肉質等級へ寄ってきている事実を数字で示します。
A5は6年連続で最も多く、5等級全体は2016年から22.4ポイントも増えているといいます。日本の和牛生産技術がとても高くなった結果でもあります。
ここでリスナーの違和感につながります。A5を作れる技術が高まることと、消費者が日常的にA5を食べたいかどうかは、また別の話だからです。
赤身をたくさん食べたい、牛丼やハンバーグにしたい、安い肉がいい、という需要もあります。その場合、最高級の霜降りである必要はありません。
だからこそ乳用種や交雑牛品種の異なる牛を掛け合わせて生まれた牛。和牛と乳用種の掛け合わせなどがあり、それぞれ肉質に特徴がある。、経産牛にも、それぞれ違う市場価値がある、と川上さんは話します。
「廃用牛」という言葉を、もう一度考える
質問では「廃棄牛」と書かれていた言葉について、川上さんは「廃用牛」という呼び方も少し考えてみようと提案します。
酪農では、お乳を絞る役目を終えた牛を廃用牛と呼びます。ただ一般の方が聞くと「もう価値がない牛」「捨てる牛」のように聞こえてしまうかもしれません。
実際には、乳牛としての役割を終えたあと食肉として流通する牛がいます。若い肥育牛とは肉質も脂肪の付き方も風味も硬さも違うので、同じ商品として競争させる必要はない、と川上さんは言います。
熟成させたり、ひき肉や煮込み料理、加工品にしたり、赤身の特徴を生かしたり。そうすれば「A5になれなかった肉」ではなく、別の価値を持つ牛肉として評価できる可能性がある、という考え方です。
廃用牛とか廃棄牛っていう呼び方が、ちょっと違うかな、もっといい他の言い方ないかなって考えたりしてもいいかなと思いますね。
乳用種や経産牛が高く評価されれば酪農家の手取りは増えます。ただ、価格が上がってよかった、で終わらせず、なぜ需要が生まれたのかまで見る必要がある、とも付け加えます。
牛乳にも同じ構造がある、価値を作ったのは誰か
チーズやヨーグルトに加工すると利益が増え、その利益が酪農家に還元されたら、という質問。川上さんはこれが生乳にもまったく同じ構造だと言います。
牧場から出荷する段階では生乳搾ったままの牛のお乳。ここから牛乳やヨーグルト、チーズ、バターなどさまざまな乳製品に加工される。と呼ばれ、そこから牛乳やヨーグルト、チーズ、バター、生クリーム、アイスクリームなど、いろいろな商品になります。
ただし、店頭価格が高いことがそのまま利益ではありません。加工設備や人件費、容器、冷蔵、物流、在庫、廃棄のリスクなどが加わるからです。
チーズが高く売れたからその利益をそのまま農家に分配すればいいというほど単純な話ではないということですね。
それでも川上さんは、リスナーの問題提起の核心を大事にします。牛乳が500円の商品に、チーズが1000円の商品になったとき、その価値を作ったのは誰なのか、という問いです。
酪農家、乳業メーカー、加工業者、物流業者、ブランドを作った人、販売する人。全員が関わっている、と川上さんは答えます。
必要なのは加工業者が儲けるのはおかしいという話ではなく、生まれた付加価値がサプライチェーンの中でどう配分されているかをもっと見えるようにすることだと思います。
一頭から、一滴から、複数の価値を作る
この質問を考えていて一番面白かったのは、牛肉も牛乳も、素材そのものだけでなく「どう使うか」で価値が変わることだ、と川上さんは振り返ります。
サーロインだけが牛ではなく、ひき肉になる肉にも、経産牛にも、革にも価値がある。同じように、飲用牛乳だけが生乳の価値ではありません。
「もっと価値があるはずなのに評価されていない部位は?」という問いに、川上さんは特定の部位を挙げるより「評価方法がまだ一つしかないものに可能性がある」と答えます。
霜降りという軸なら赤身は不利になり、若い牛という軸だけなら経産牛は不利になる。でも評価軸を増やせば、昨日まで安かったものが明日は特徴のあるものになるかもしれない、というわけです。
最後に川上さんは、酪農の価値は牛乳やお肉だけでなく、食育や牛の癒し、ウェルビーイングやリトリート、ホエイプロテイン牛乳に含まれるたんぱく質の一種。サプリメントやプロテイン飲料などに使われる。や化粧品、医療品まで広がっていると語り、それを消費者に知ってもらう努力が業界全体に必要だと締めくくります。
まとめ
牛一頭の価値も、牛乳一滴の価値も、素材そのものだけで決まるわけではありません。どう使い、どんな評価軸で見るかによって、これまで安かったものが特徴あるものに変わっていきます。景色の変え方を提案する、熱量のこもった相談回でした。
- 「一頭買い」は生きた牛を丸ごと買うことではなく、枝肉・部分肉・内臓など取引の形は事業者ごとに違う
- A・B・Cは歩留まりの評価で、1〜5の肉質評価やおいしさとは別の軸。Cは「まずい」という意味ではない
- 日本ではA5が6年連続で最多だが、消費者が日常的にA5を求めているかどうかは別の話
- 「廃用牛」は価値のない牛ではなく、別の価値を持つ牛肉として評価できる可能性がある
- 牛肉も牛乳も、一頭・一滴から複数の価値を作り、評価軸を増やすことがこれからの畜産の鍵になる
