急な涼しさで牛が乳をドカ食い、牛群検定の難しさ
冒頭で川上さんは、先日の牛群検定の日がちょうど急に涼しくなった日だったと話します。
牛たちが餌をドカ食いしたことで乳量が一気に増えた一方、乳脂肪や体細胞数も急激に上がってしまったそうです。
もうダメですね、こういうのやると平均がバラバラになっちゃうんで。いやー失敗したなと思いながら。
牛の調子自体は良さそうに見えても、こうした急激な気温の変化は牛にとって難しいと川上さんは言います。
リスナーからの質問「昔から変わっていない技術はある?」
今回のお便りは、TikTokの「プロペラファクトリー プロペラ」さんからの質問です。
酪農は日々進化していると思いますが、逆に最初から完成されすぎていて、ずっと使われている技術ってありますか?
搾乳ロボットや発情センサー、ゲノム検査、AIによる観察など、酪農にも新しい技術がどんどん入ってきています。
これって昔から使ってるんだろうなってことを考えたこともなかったですし、調べることもなかったんで、この質問かなり面白いですね。
日常で当たり前に使っているからこそ気づかなかった、と川上さんは言います。実際に調べてみると、変わっていない技術はちゃんとあったそうです。
搾乳機の基本原理は100年以上前から変わっていない
代表例として挙げられたのが、搾乳機の基本原理です。昔の搾乳機と今のロボットでは見た目も性能も全然違いますが、根本の仕組みは驚くほど変わっていないと言います。
現在の搾乳機では、乳頭にティートカップというカップを装着します。内部の柔らかいライナーというゴムやシリコンを使い、真空で乳を流します。
そのうえで、真空状態と大気圧に近い状態を交互に作って乳頭を休ませます。この動きを作るのがパルセーター、日本語で脈動装置と呼ばれる装置です。
この基本技術はとても古く、二重構造のティートカップは1892年に、パルセーターと呼ばれる装置も1895年に特許が存在すると川上さんは紹介します。
さらに1917年には、ニュージーランド出身の発明家ノーマンディッシュとデラバルによって、真空式搾乳機のシステムが特許化されました。
なぜ100年以上残ったのか、鍵は「牛」
材質や制御、衛生機能は大きく進歩しました。それでも「真空で乳を取り出し、脈動で乳頭への負担を軽くする」という考え方は残っている、というのが面白いところだと川上さんは話します。
最新の搾乳ロボットでも、カメラやセンサーで乳頭の位置を認識し、ロボットアームが自動でカップを装着します。乳量や乳質も個体ごとにデータ化されます。
それでも、最後に牛乳を取り出す部分は同じ。乳頭にカップをつけ、真空と脈動を使うところは基本的に変わっていません。
100年以上前に作られた優れた基本原理の周囲に、ロボットやセンサー、コンピューターやAIが追加され続けている、そんな見方もできます。
では、なぜこれほど長く残ったのか。川上さんは「機械が完成していたから」というより、「牛という生き物側が変わっていないから」という見方が重要だと言います。
乳量は遺伝改良で大きく伸び、体格や乳房の形も変わりました。それでも、乳腺でお乳を作り、乳頭からお乳が出るという牛の生理そのものは変わっていません。
相手が生き物である以上、その生理に合った方法でないといけない。だから牛の体にうまく適合した技術は、意外なほど長く残るのかもしれない、というわけですね。
ヘリンボーンと遠心分離機、もうひとつの「変わらない技術」
もうひとつの例が、ヘリンボーンという搾乳施設です。牛を斜めに並べ、人間が中央の低い通路から搾乳する方法です。
ニュージーランドで普及したこの配置は効率が良く、登場から15年ほどで搾乳施設の約70%が類似設計になったというレビューもあるそうです。
今も自動離脱装置や個体識別、乳量計をつけて進化していますが、「牛を斜めに並べて中央から乳房へアクセスする」という基本アイデアはほぼ同じです。
さらに古い例が、牛乳とクリームを分ける遠心分離機です。グスタフ・デラバルが連続式の遠心クリームセパレーターを開発し、特許を取得しています。
高速回転させ、密度差でクリームと脱脂乳を分ける。装置の精度や自動制御は大きく変わりましたが、「回転させて密度差で分ける」という物理原理は今も使われ続けています。
長く残る技術の共通点と「完成」という言葉の注意点
ここまで調べて見えてきた共通点は、長く残る技術は「昔のものだから」残っているのではなく、解こうとしている問題の本質をシンプルに捉えている、ということです。
搾乳機なら乳頭を傷めずに効率的に取り出す。ヘリンボーンなら牛と人の配置。遠心分離機なら乳脂肪とそれ以外の分離。問題の本質を捉えた構造だから残る、と川上さんは整理します。
ただし「完成された技術」という言い方には注意が必要だとも補足します。100年以上変わっていないことと、100年前に完成したことは別だからです。
ライナーの素材、真空圧、脈動比、洗浄方法、乳房炎対策など、同じ原理でも中身はものすごく進化しています。
酪農の進化は「捨てる」より「見極める」こと
今回調べて感じたのは、酪農の未来は「全部を新しくすること」ではないかもしれない、という点だと川上さんは話します。
100年以上前の真空搾乳、遠心分離、長く使われる搾乳パーラーの配置。その上にセンサーやロボット、ゲノム、AIデータ解析が重なっているのが今の姿です。
酪農の進化は古い技術を捨てて新しい技術に置き換えるというよりも、変える必要のない原理と変えるべき部分を見極め続けてきた歴史があるとも言えるかもしれません。
最後に川上さんは、リスナーへ逆の質問を投げかけます。身の回りにも、新しくする必要がないほど最初の発想が優れていたものはないか、というものです。
例として挙げたのは、傘やハサミ、自転車。発明された当初からほとんど形が変わっていないものたちです。ぜひコメントで教えてほしいと呼びかけました。
なお、搾乳機で名前が挙がったデラバルは大手メーカーで、川上牧場でも搾乳機や自動給餌機、搾乳ロボットにデラバル製を使っているそうです。ただ「高いんですよね」とも本音をこぼしていました。
まとめ
今回は「酪農で最初から完成されすぎて、ずっと使われている技術はある?」というリスナーの質問から、搾乳機の基本原理をはじめとする「変わらない技術」をたどりました。原理はシンプルなまま、周りの技術だけが進化し続けているという見方が印象的でしたね。
- 搾乳機の基本原理(真空とパルセーターによる脈動)は100年以上前から使われ続けている
- 技術が長く残るのは「機械が完成した」からというより、牛の生理が変わっていないから
- ヘリンボーン配置や遠心分離機も、基本アイデアを保ったまま設備だけが進化している
- 長く残る技術は、解くべき問題の本質をシンプルに捉えている点が共通している
- 酪農の進化は「古い技術を捨てる」より「変えない原理と変える部分を見極める」歴史とも言える
