非農家から放牧酪農を志すリスナーからの相談
今回のお便りは、TikTokのDMで届いた長文の相談です。会社員をしながら、週末に近くの牧場を手伝ったり、九州の牧場を訪ねたりしている、いつきさんからのメッセージでした。
酪農を志したきっかけは、北海道の知人が放牧酪農で新規就農したことでした。牛乳を搾るには毎年の出産が必要なこと、乳量を出すために配合飼料を食べていること、その飼料の多くが輸入だということを、そこで初めて知ったそうです。
毎日牛乳を飲んだりお肉を食べていますが、考えたこともない世界でした。今の日本では食べ物の背景を考える、知る場所があまりにもなさすぎると考えています。
いつきさんは「いただきますの裏側を知る場所を作りたい」という思いを持っています。子どもたちに説明してもわからないかもしれないけれど、動物と触れ合った経験は、将来考えるきっかけになると考えているそうです。
輸入飼料に頼らず、夫婦2人でできる形を考えた結果、たどり着いたのが放牧酪農でした。アウトサイダーになりたいのではなく、安定して乳量が取れるなら、珍しい形でも「インサイダー」でいたい、という希望も語られています。
一方で、研修先を夫婦で探す中で「非農家の新規就農は無理」「現実的ではない」とネガティブなことをよく言われる、という悩みも綴られていました。それでも「非農家だからこそできる牧場作りを目指したい」と、前向きな気持ちが伝わってくる相談です。
いただきますの裏側を知る場所、という視点
川上さんはまず、「いただきますの裏側を知る場所を作りたい」という視点を、とても大切なものだと受け止めます。今の日本では、食べ物の背景を知る機会がそもそも多くないからです。
魚が切り身のまま海を泳いでいると思っている子ども。牛乳が工場でできていると思っている大人。そういう人が実際にいる社会だと、川上さんは指摘します。
牛乳やお肉がどうやって生まれるのか、どんな循環の中にあるのか、知らないままでも生きていける社会です。でも、触れた経験は残ります。
説明が理解できなくても、牛に触れた記憶は残る。これは酪農の強みだと、川上さんも同じように考えていると話します。
非農家からの新規就農と放牧酪農は現実的か
「非農家からの新規就農は現実的か」という問いに、川上さんは正直に答えます。簡単ではない、と。初期投資、技術の習得、経営、そして何より土地。餌の確保も堆肥処理も、どれも重たいハードルです。
ただし「無理ではない」とも言い切ります。去年も新規就農した人はたくさんいて、今の日本の酪農は家族型の継承だけでは維持できなくなっているからです。
続いて、放牧酪農そのものについて。理想に見えるけれど、いったん冷静に見てほしい、と川上さんは言います。気候条件がこれから厳しくなること、牛を飼える有効な土地が高冷地や中山間地など条件の悪い場所ばかりになりつつあることを挙げます。
なかでも大きな難点が、冬場の飼料確保です。春から秋の餌は放牧でなんとかなっても、冬の間どうするのか。ここをしっかり考える必要があります。
さらに、放牧では乳量が変動しやすい点も課題です。乳量が変わるということは売上が変わるということで、赤字の月も出てくる。それをどう凌ぐかの設計が欠かせません。
放牧イコール楽というイメージがあるかもしれませんが、むしろ管理はかなり高度になる、というのが川上さんの見方です。
新規就農を増やすには、行政支援は足りているか
「どうしたら新規就農が増えるか」という問いに対して、川上さんが大事だと考えるのは、支援金よりも「見える未来」です。5年後、10年後にどうなるか、借り入れは返せるのか。そこが見えないと、人は入ってこないと言います。
価格が上がることは必要だとしつつ、単純な値上げではなく、価値に納得して払われる価格が必要だ、という点を強調します。
今の条件で新規就農するって方は、かなりやべえやつというか、何も考えてないか、周りがお前できるよってやってるかどうかですね。
5年計画を出してみれば、数字を合わせるために借り入れするしかない、というケースも多い。そのうえで新規就農するのは、かなりぶっ飛んだ挑戦だ、という現実的な見方です。
行政支援については、いつきさんが感じているのとは逆に「農業支援はめちゃくちゃしている」と川上さんは言います。農水省の新規就農向け予算はどんどん上がっていて、支援はかなり充実してきているそうです。
ネットやSNSの普及で、酪農家に直接会いに行けるようになったことも、新規就農のハードルを下げていると話します。研修制度、補助金、融資制度は市町村ごとに違うので、比較して調べるのが大事だそうです。
ただし、疑問も残ります。制度は入り口までは面倒を見てくれるけれど、就農してから続けるための経営設計は自己責任。ここにギャップがあると、川上さんは指摘します。
まずやってみる。完璧な計画書という武器
ここからは、川上さん個人としての意見です。いろんな牧場で経験を積むのは大事だけれど、それ以上に「まずやってみる」ことが一番大事だと語ります。
今ある条件の中で、どうやったら牛飼いをスタートできるか。空いた牛舎で1頭からでも始めれば牛飼いになれるし、育成牛や子牛なら搾乳がないので、働きながら飼うこともできます。
実際に川上牧場の研修生の中には、空いた牛舎に別の牧場から買った自分の牛を入れて飼っている子もいるそうです。今の法律やJAのルールの中で、ちゃんとそれをやっている人が、探せばもういる、と川上さんは言います。
「無理だ」と言う酪農家についても、川上さんは冷静です。やったことがないから無理だと言っているだけで、それは当たり前だと。アメリカに行ったことがない人がアメリカ行きを無理だと言うのと同じ構造だ、とたとえます。
では、その「無理だ」を説得するには何が必要か。それが、しっかりした経営計画とビジョンです。
自分のやりたい牧場を紙に書いて、柱の位置、飼槽の位置、作業動線、1日のスケジュール、収支計画、借り入れの計画、ここまで作ってますかね。
ここまで作って見せれば、相談相手の目つきは変わる、と川上さんは言います。専門職の自分のところに新人が「あの仕事やります」と手ぶらで来たら「無理だよ」と言ってしまうのと同じ。だからこそ、全部を論破できる完璧な計画書を作ってほしい、というアドバイスです。
この計画書づくりは、牛を買わなくても、誰でもできること。初期投資や支援の情報も、ネットやAI、電話、SNSを使えばいくらでも調べられる、と背中を押します。
そもそも新規就農は増える必要があるのか
最後の問い、「どうしたら新規就農が増え、農業が豊かになるか」について、川上さんはあえて根本から問い直します。そもそも新規就農が増える必要があるのか、と。
人口が減り、法人化の酪農経営が増えていけば、生産の維持はできる。牛乳を飲む人はむしろ余っている状況で、無理に数を増やす必要があるのか、という視点です。
やりたい人がいれば全然やった方がいいし、酪農は素晴らしい仕事だと思う。でも、その家族が幸せなのか、自分が幸せなのかをしっかり考えてほしい、と川上さんは言います。
農業への興味関心を増やす方法については、「体験してもらうのが一番早い」と話します。タイミーや隙間バイト、研修生制度で受け入れをして、人々の生活の隙間に農業が入れるようにする。音声配信やSNSも、その一つだそうです。
行政支援については、結局は税金なので、国民が豊かにならないと続かない、という構造を川上さんは指摘します。今なら酪農より、テック系やAIに投資した方が皆の収益が上がり、賃金・物価が上がって、結果的に牛乳や農産物を買う人が増えるのではないか、という見方です。
だからこそ、行政頼りの発想は捨てた方がいい、と川上さんは言います。クラウドファンディングや投資家からの資金集め、BtoB・BtoCなど、消費者と直接つながって資金を集める方法が増えているからです。
あまり硬く考えずに、できることを全部やっていったらいいんじゃないかなというところですね。
ライブ配信では「居抜きの牛舎があるならいけるのか」という質問も。北海道なら第三者継承で空きはあるけれど、条件がいいとは限らず、子どもの保育園や生活インフラが整っていないと難しい、と現実的に答えます。
まとめ
非農家からの新規就農も放牧酪農も「無理ではない、でも簡単でもない」。川上さんが繰り返し伝えたのは、夢を否定せず、そのうえで数字とビジョンをきちんと設計することの大切さでした。まずは空いた牛舎で1頭から始める、完璧な計画書を作るなど、今できる一歩を具体的に示した相談回です。
- 非農家からの新規就農は無理ではないが、憧れだけでは続かず、経営として成立する設計が必要
- 放牧酪農は理想に見えるが、冬場の飼料確保や乳量変動など管理は高度で「楽」ではない
- 行政の新規就農支援は充実してきているが、就農後の経営設計は自己責任というギャップがある
- 「無理だ」を覆す武器は、柱の位置から収支・借り入れまで書き込んだ完璧な計画書
- 大事なのは数を増やすことより、本人と家族が幸せに続けられるかどうか
