リスナーの質問から広がる「牛の病気」
今回の配信は、リスナーからの質問に答えるお便りコーナーが中心です。
質問はTikTokの「お豆腐さん」から届いたもの。牛さんの病気ってどんなものがありますか、というシンプルな内容です。
牛さんの病気ってどんなものがありますか?
川上さんによると、牛にも人間と同じようにいろいろな病気があります。感染症、消化器系、呼吸器病、さらに子牛や妊娠牛に特有の病気もあると話されています。
乳牛には低カルシウム血症、いわゆる乳熱などの職業病もあると言います。ただ今回は角度を変えて、現場で特に重要だと感じている三つの病気を取り上げていきます。
その三つが、乳房炎、蹄病、繁殖障害です。そして最後に、これらの病気との付き合い方がゲノム情報で変わり始めているという話まで進みます。
一つ目の職業病、乳房炎
最初に紹介されたのは乳房炎です。酪農の仕事とは切っても切り離せない病気だと話されています。
乳房炎は名前の通り、乳房に炎症が起こる病気です。人間の乳腺炎に近いものだと説明されています。
乳房に細菌などが侵入して炎症が起こり、乳房が腫れたり熱を持ったりします。お乳にヨーグルトやチーズの塊のようなものが出てくることもあります。
さらに、症状が目立たなくても牛乳中の体細胞数が増える潜在性乳房炎というものもあると言います。体細胞数牛乳に含まれる白血球などの細胞の数。乳房の健康状態を示す指標として使われ、数が増えると乳房炎が疑われる。
なぜこれを職業病と表現するのか。乳牛は毎日お乳を作り、酪農家は毎日搾乳をします。
乳頭の先には乳頭孔という、外の世界と牛の体の中をつなぐ入り口があります。そのため乳房の健康を守ることは、一生付き合うテーマになると話されています。
だからこそ酪農家は、ベッドや乳頭を綺麗にしたり、搾乳機器を管理したり、搾乳後に乳頭を消毒するディッピングを行ったりします。定期検査で体細胞数を見る管理も毎日繰り返されます。
乳房炎は単純に菌が入ったから治療すれば終わりという病気ではなく、牛と細菌と牛舎環境、搾乳方法、免疫の状態など、いくつもの要因が重なって発生する病気です。
二つ目の職業病、蹄病
二つ目は蹄病です。牛は体重が600キロから700キロほどある大きな動物です。
その巨体を4本の足で毎日支えているため、足1本にかかる体重はおよそ150キロから200キロにもなります。
牛の足をよく見てもらったらわかるんですけど、もう人間の腕と同じぐらいの足の太さしかないので、かなり足に負担がかかっています。
そこに蹄潰瘍や白帯病、趾皮膚炎といった、蹄に関係する病気がいくつも起こります。{要確認: 白帯病・趾皮膚炎}
痛みが出ると歩き方がおかしくなる跛行が現れます。これは単に足が痛そうという問題では終わりません。
痛くて歩きたくないと、餌を食べに行く行動が変わります。発情時の乗馬行動が出にくくなったり、横になっている時間や立っている時間にも影響が及びます。
その結果、乳量や繁殖成績、寿命まで影響することがあると話されています。研究でも跛行は乳量や繁殖成績、寿命、そしてアニマルウェルフェアに悪影響を及ぼす重大な問題として整理されているそうです。アニマルウェルフェア動物が心身ともに健康で、苦痛の少ない状態で飼育されているかを重視する考え方。快適な環境づくりが求められる。
つまり蹄病は足だけの病気ではなく、牛全体の健康と生産性に波及する病気と考えたほうがわかりやすいと言います。
原因も一つではありません。ベッドの快適性、削蹄をしているかどうか、栄養、感染症、牛自身の体型や遺伝的要因など、さまざまなものが絡むと説明されています。
三つ目の職業病、繁殖障害
三つ目は繁殖障害です。一般の方には少し意外かもしれない話だと前置きされています。
乳牛は子牛を産むことで初めてお乳が出ます。発情、人工授精、受胎、妊娠、分娩という繁殖サイクルは、乳牛にとって非常に重要です。
ところが、必ず予定通りに進むわけではありません。発情兆候が弱かったり、排卵しなかったり、人工授精しても受胎しなかったり、一度受胎しても妊娠が維持できなかったりします。
こうした問題を広く繁殖障害として扱います。ただし、繁殖期だけを見ていてもわからないことがあると話されています。
暑熱ストレスや分娩後のエネルギー不足、子宮の回復、感染症、乳量、太り具合や痩せ具合を示すボディコンディションスコアなど、全身の状態が繁殖成績に影響します。
繁殖成績は、その牛の体調を映す総合成績みたいなものかなというところですね。
治療から予防へ、ゲノミック評価という考え方
ここからが今の酪農の面白いところだと話されています。
病気になったら治療するのはもちろん今でも重要です。ただ、もう一つの考え方が進んでいると言います。そもそも病気になりにくい牛を遺伝的に増やせないか、という発想です。
そこで登場するのがゲノミック検査です。牛から毛や細胞を採取してDNAを調べ、SNPと呼ばれるDNA上の多数の違いを利用します。SNPDNA配列上の一塩基単位の個体差のこと。多数のSNPを調べることで、その牛の遺伝的な特徴を統計的に推定できる。
ここで誤解してほしくない点として、DNAを調べて将来乳房炎になると病気を診断しているわけではないと強調されています。
あくまで、その牛が持つ遺伝的能力を統計的に推定しているのがゲノミック評価です。日本の家畜改良センターでも、SNP情報と血統情報などを組み合わせて評価を行っています。
そしてここ数年で、日本の乳牛改良は面白い段階に入りました。2025年8月から、家畜改良センターはホルスタイン種について新たに疾病抵抗性の遺伝的能力評価を開始しました。
対象は乳房炎、胎盤停滞、後産停滞、産褥熱、乳熱、ケトーシスの六つです。この六疾病をまとめた疾病抵抗性指数もあり、数値が高い牛ほど遺伝的に抵抗性が高いと評価されます。{要確認: 六疾病の内訳}
さらに2026年2月からは、この疾病抵抗性が日本の乳牛の総合改良指数であるNTPにも組み込まれました。酪農の歴史で考えると大きな変化だと話されています。
たくさん牛乳を出す牛を作ることに改良の比重が非常に大きかった
お乳を出すだけでなく、繁殖しやすく、長く牛群に残れ、病気にも強い牛を作る方向へ広がった
遺伝か管理かではなく「遺伝×飼養管理」
では、ゲノムを調べれば病気にならない牛が作れるのか。そう簡単ではないと言います。ここが今日一番伝えたいところだと話されています。
病気や繁殖性といった健康形質の多くは、乳量などの生産形質と比べて遺伝率が低いと言われています。遺伝率個体間の違いのうち、遺伝的な違いで説明できる割合。低いほど環境や管理の影響が大きいことを意味し、遺伝が無関係という意味ではない。
遺伝率が低いとは、遺伝は関係ないという意味ではありません。個体差のうち遺伝で説明できる割合が比較的小さく、飼養環境や栄養、暑熱、衛生などの影響も大きいという意味です。
だから、乳房炎抵抗性が高い牛だからベッドが汚れていても大丈夫、ということには絶対にならないと強調されています。
病気を減らす方法は、遺伝か飼養管理かではなく、遺伝かける飼養管理です。
乳房炎なら、清潔なベッドや適切な搾乳管理を続けながら、抵抗性の高い遺伝子を次世代へ残していきます。繁殖なら、栄養状態や暑熱対策を改善しながら繁殖性の高い牛を選抜します。
蹄についても、ベッドや削蹄、栄養を改善しながら、足の機能的な体型や長命性を改良していきます。
環境で今日の牛を健康にし、遺伝改良で十年後、二十年後の牛群を健康にする、そんな考え方ですね。
治療から予防、そして遺伝的な予防へ
改めてお豆腐さんの質問に立ち返ると、牛には本当にいろいろな病気があります。
そのうえで今の酪農の面白いところは、病気を見つけて治療するだけでなく、センサーで早期発見したり、牛群検定で変化を見たり、飼養環境を改善したりする点だと話されています。
さらにゲノム情報を使って、次世代の疾病リスクまで少しずつ下げていく。治療から予防、さらに遺伝的な予防へと選択肢が広がっているところだと言います。
もちろんゲノムは未来を100パーセント予言するものではありません。それでも、乳量の多い牛を残すだけだった改良から、健康で繁殖成績が良く、長く牧場で暮らせる牛を残す方向へ進んでいます。
川上さんは最後に、これって牛にもあるの、という素朴な疑問もぜひコメントで教えてほしいと呼びかけています。ちょっとした疑問がこれだけ膨らむのだと話されています。
まとめ
リスナーの素朴な質問から始まり、乳牛の三大職業病と、ゲノムによって変わりつつある病気予防の考え方までをたどった回でした。治療から予防、そして遺伝的な予防へと、酪農の選択肢が広がっていることが伝わる内容です。
- 乳牛の代表的な職業病として、乳房炎、蹄病、繁殖障害の三つが紹介された
- これらの病気はどれも単一の原因ではなく、牛・環境・管理・遺伝など複数の要因が重なって起こる
- ゲノミック評価はDNAから遺伝的能力を統計的に推定するもので、病気を診断するものではない
- 2025年8月から疾病抵抗性の遺伝的能力評価が始まり、2026年2月からはNTPにも組み込まれた
- 健康形質は遺伝率が低く、病気を減らす鍵は「遺伝か管理か」ではなく「遺伝×飼養管理」にある
