コミコがなくなると聞いてびっくりした
来年、コミコというサービスがなくなるらしいと聞きました。
私はけっこう驚いたんです。あれだけWebtoon、いわゆる縦読み漫画というものを日本で広めた存在の一つだったので。
米村さんは「まあそのWebtoonっていう縦読み漫画っていうものを日本で広めた存在の一つかな」と話していて、確かにそうだよなと思いました。
そもそもガラケーの頃からコミックシーモアのようなコミックサイトはあった訳です。
でも「スマートフォンっていう画面のサイズと漫画を読むっていう行為が結びつき始め」て、そこにスマホに最適化した構造のものが最後は勝つ、という論でWebtoonが一気に盛り上がったのが2015年くらいだったと思います。
新時代のフォーマットが勝つ、と信じていた
コンテンツメディア論やイノベーション論でいくと、基本的に新しい時代のフォーマットに最適化したものが旧世代のものを駆逐する、というのは過去何度も起こってきたことなんです。
もともとシェアがあった会社のウェブ版よりも、インターネットに最適化されたサービスが勝つ。
初期でいうとぐるなびに対して、ウェブ2.0的な食べログが勝つ、みたいな話ですね。
だからWebtoonもその系譜で、もうみんな紙で漫画を読まなくなる、横開き漫画も読まなくなる、と言われていたのが十数年前という感じですかね。
ところが蓋を開けてみたら、どうだったか。
ピッコマはサービスとしてバカでかくなったし、LINE漫画もそうです。
つまりスマホで漫画を読むこと自体は、ガラケーの時とは比べ物にならない巨大マーケットになりました。
でもフォーマットは、日本では少なくとも横読み漫画が勝ち続けた。これがここまでの歴史なんじゃないかと思います。
Webtoonは最適化が早すぎたのかもしれない
なぜそうなったのか。私はWebtoonについて一つ、「最適化が早すぎたんじゃないか」という捉え方をしています。
Webtoonって、1話作るのにけっこうなお金がかかって、しかも分業制で作られていったんですよ。
もともと韓国で流行り、韓国の中で制作体制が急速に整備されていった。日本がスマホゲームで大ヒットを飛ばしていた頃に、韓国は漫画という領域で世界に通用するフォーマットを発明した、という流れがあります。
それがスタジオ型の分業だったんですね。
縦読みしている最中にエフェクトが起こるとか、スマホだからできる演出も取り入れ始めた。
フォーマットに合わせて急速にリッチ化していって、読者の慣れも進むと「当たり前」の基準が上がってしまう。
もともとポチポチやるゲームで楽しかったのに、パズドラが出てきたらすごいとなる、あの感じと一緒です。
リッチなものに最適化された結果、制作費がすごくかかる構造になってしまった。それが結果的に首を絞めていったんじゃないか、と私は見ています。
これは私が漫画業界に近い訳ではないので、5年くらいして総括すると何か出そうな気がする、という程度の話ではあるんですが。
大事なのはハードじゃなくてソフトだった
この話で、米村さんの一言がすごく刺さりました。
「僕は単純にソフトの問題だな」と。
Webtoon業界に日本で参入しようとした人たちは、「ハード側の構造しか見てなかった」と米村さんは話していました。
つまり作品そのもの、ソフトを見ていなかった、と。
これは私自身、耳が痛い部分もあるんです。私はミラティブという事業をやっていて、構造を作ることにも向き合うので。
米村さんが言うには、Webtoonは作家性が見えにくいのも、日本の漫画カルチャーと合っていなかったんじゃないか、とのことでした。
「やっぱすごい作者ありきで見る人もかなり多いんで、漫画って」と。米村さん自身、冨樫先生だから読んでいる、と話していて、なるほどと思いました。
結局みんな、縦で読むよさよりもコンテンツを選んだ。これは10年前にはまだ答え合わせできていなかったことだと思うんですよね。
ジャンプがやったこと、任天堂がやったこと
では日本で何が強かったのか。私はやっぱりジャンププラスだと思っています。
紙のジャンプはどこまでいってもページ数の制限があって、その中で作品を選ばなきゃいけなかった。
それがルーキーのようなチャレンジの場をちゃんと解放できて、そこに集英社のソーシング力が発揮された。
最初は絵が下手だけどいいな、というものを載せたら、やっぱりビューが出て、それがまた昇格していく。あの仕組みを内部から出せたのがすごいことだなと思います。
そこからチェンソーマンのような歴史的傑作がたくさん出て、アニメ化でまた一段跳ねてブランドが再強化される。米村さんも「アニメ化も強いですからね」と話していました。
結局、リッチさや刺激の強さだけを追ってもダメなんですよね。
これは任天堂の話にも通じます。
私はスーパーマリオブラザーズ1の、マリオが左から落ちてくる話が好きなんです。
説明書を読まなくても、右を向いているから右に進むんだとわかる。クリボーで一度死んで学び、ジャンプを覚え、キノコを取って大きくなってドーパミンが出る。
ここまでを説明ゼロで自然にさせているアートなんですよ。報酬系を自然と与えるデザインを、任天堂は初期から知っているなと思います。
刺激をどんどん強くするのではなく、いい体験をきちんと設計すること。私が語りたかったのは、たぶんそういう話だったんだと思います。
結局、コンテンツの時代なのかもしれない
私はずっと、テキストメディアも縦か横か、PCかスマホか、みたいな議論をしてきました。
でも米村さんは「最近意外にコンテンツ側もいけるんじゃないかって気もしてきました」と話していて、私も同じ感覚があります。
IPという言葉がこれだけ飛び交うようになったのは、5年くらい前からです。コロナでゲーミングPCやVTuberが強くなって、やっぱりコンテンツが強いよね、という流れになった。
切り抜き職人がピンキリでいても、中のコンテンツの人が強ければ、結局それは一次素材を作った人に還っていく。
だからコンテンツイズキングの状況自体は、そんなに変わらないような気もするんですよね。
Webtoonの制作コストが上がりすぎた問題も、AIで二周目に入ってどうなるのか。もしかしたらコミコの話が、それを一つ象徴しているのかもしれません。
まとめ
フォーマットは変わり続けるけれど、コンテンツは続いていく。いまの私はそう考えています。縦か横か、刺激が強いか弱いか、そこばかり見ていた10年を振り返ると、結局最後に問われるのは中身をどう頑張るかなんだな、と。まだ答えが出きった訳ではないですが、事業をやる身として、そこに賭けたい気持ちが強くなっています。
- 新しいフォーマットが旧世代を駆逐すると信じていたが、日本では横読み漫画が勝ち続けた
- Webtoonは制作がリッチ化・分業化して最適化が早すぎ、コストが自らの首を絞めた可能性がある
- 読者はフォーマットではなくコンテンツと作家性を選んだ。ジャンププラスや任天堂の設計力がそれを示している
- IPやコンテンツの価値が再評価される中で、最後に問われるのは中身をどう作るかだと感じている
