リーダー野村高文を解剖する最終回
今回は、ポッドキャストスタジオChronicle代表の野村高文さんをゲストに迎えたゲスト回の3回目です。第1回、第2回に続き、MCの宇尾野彰大さんが野村さんに質問を重ねていきます。
宇尾野さんは、前回明らかになった「ある矛盾」を振り返ります。作品作りには打席をたくさん用意せよと言いながら、採用については石橋を叩いて渡るように慎重で、打席に立てていないという指摘です。
トライアル回数が足りてないという話ですよね。本当にね。
宇尾野さんは、この慎重さも含めて、野村さんの過去の経験や考え方が組織作りに如実に表れていると見ています。そこで今回は、野村さんというリーダーが作る組織とは何かを解剖していく回にしたいと切り出します。
直接見てきたのは15人、その先に広がる組織
今回想定している組織は、5人の濃い仲間とそれを支えるチームから始まり、いずれ50人から70人規模になっていくイメージです。宇尾野さんは、その規模のリーダー経験が過去にあったかを尋ねます。
(そこまでの規模だと)過去はマネージャーとして直接フィードバックの対象だったメンバーが15人ぐらいが一番大きくて。
野村さんによれば、アルバイトや他部門への指示も含めた関係人口では20数名ほどが最大だったといいます。直接のマネジメント規模と、これから目指す組織規模には差があることが確認されました。
事細かに指示は出したくないリーダー像
数年後に自分が最終意思決定者になる姿を想像したとき、どんなリーダーでありたいか。宇尾野さんの問いに、野村さんは事細かに指示を出したいとは全く思っていないと答えます。
(自分が)あ、こんなの出てくるんだっていうものを、純粋に驚きたいなっていうところもあるんですよね。
ただし、価値観として「やってはいけない」ものは出てきてほしくないといいます。そこを握った上で、それぞれがクリエイティビティを発揮してほしいというのが理想の姿です。
一方で、これは実際にやってみるとすごく難しいと野村さんは覚悟しています。現場が良いと思って作ったものを本人がダメだと言い、戸惑うといったエラーは必ず発生する。それを何年もかけて修正していくイメージだと話します。
野村さんが作りたいのは、Chronicleでしか生きられない状態ではなく、どこでもやれるけれど、ここにいると良いことがあるという状態です。社会的意義でも、個人の能力開発でもよく、何かの意義を感じてもらうことが必要だと考えています。
なぜ自由を大事にするのか、言論の自由という原点
なぜ事細かに決めたくないのか。宇尾野さんは、一緒に働く側からすればもっと決めてほしい瞬間もあるはずだと踏み込みます。野村さんは、その思想はメディアという仕事をしてきたことが大きいと答えます。
メディアを支えているものって言論の自由なんですよね。
野村さんの解釈では、かつては権力側が意見を封殺し、都合のいいものを言わせる時代が続きました。そこに人権思想などが生まれ、言論の自由という概念が登場します。合意形成のコストは上がるものの、多様な意見があった方が世の中は全体として前に進むというのを歴史が証明していると考えています。
だからこそ組織像もそうであるべきだと野村さんは言います。箱は用意し、営利企業としてクオリティコントロールの一定のルールは設ける。その箱の中では多種多様なものが生まれた方がいい、という考え方です。
自由とChronicleブランドの両立という難所
一定の形式は作りつつ、その中でどう表現するかは自由にしてよい。宇尾野さんがそう整理すると、野村さんはChronicleというブランドとの両立こそが難しいと覚悟を語ります。
私の想像する範囲のものだけできるんだと、多分何人かいる意味がないだろうなと思っていて。
自分の想像の外にあるものが、いかにブランド価値を保ちながら作れるか。これが絶対にチャレンジになると野村さんは見ています。宇尾野さんも、それは相当なチャレンジになるはずだと同意します。
野村さんは諸先輩を見てきた実感として、コンテンツ制作者が一人で立ち上げた企業が、その人の殻を超えられない例が非常に多いと指摘します。伸びているYouTubeチャンネルも、たいてい複数人の体制にはなっていないといいます。
トッププロデューサーの殻をどう超えるか
そこで宇尾野さんは思考実験を持ちかけます。創業者であるトッププロデューサーの殻を超える組織を作るには、どんな要素が条件になるのか。野村さんは「めちゃ難しい」と前置きしつつ答えます。
テクニック的にできる一つが登場頻度だと野村さんは言います。番組数全体に占める登場頻度は下がってきたものの、リスナーの総再生数に占める自分の登場頻度はまだ高い。そこを下げるのが一つだといいます。
自分が下げるかつ、その他の人が上がるっていうのが多分一個だと思います。
もう一つは、他のプロデューサーが作ったヒットコンテンツを早い段階で生み出すこと。新しいメンバーが入っても、最初の発射台は野村さんの作った枠組みで用意されるため、いつまでも野村さんの枠組みのままになってしまうからです。
宇尾野さんはこれを守破離になぞらえます。まず守り、そこを少し揺らすところまで行けるかどうか。野村さんも、発射台を作った上でその人らしいものを作っていく展開はあり得ると応じます。
ポッドキャストは情報より人間に目がいく
宇尾野さんは、ポッドキャストはフォーマットが決まっているようで個性が出やすいメディアだと感じていると話します。野村さんも、ポッドキャストは人間に紐付きやすいと断言します。
野村さんによれば、コンテンツは情報と人間の掛け算でできています。動画はより情報の方に目が向きやすく、テロップも「新NISAで今買うべき銘柄5」のように情報を前面に出す作りになっていると説明します。
コンテンツって多分、情報と人間の掛け算でできていて、動画の方がよりみんな情報の方に目を向けるんですよね。
一方でポッドキャストは、情報も見つつ「この人は一体どういう人なんだろう」というところにリスナーの興味が向きやすい。だからこそ新しいものを作れば、そちらにリスナーの興味が移る可能性があると野村さんは考えています。
情報に目が向きやすい。役立つ情報が得られるかが重視され、誰が話しているかはあまり気にされにくい
情報も見るが、話している人間自体への興味が向きやすい。コンテンツが人間に紐付きやすい
敵を作らない、というプロデューサーの要件
コンテンツメイク以外に、チームや全体の空気を作る面で野村さんを超えていく要素はあるのか。宇尾野さんの問いに、野村さんは自分が対立軸や敵を作らないタイプだと語り、そこを要件として挙げます。
気持ちよくみんな働けるみたいなところは、プロデューサーには結構要件として大事な感じがしますね。
制作の現場には、関係する相手を詰めるタイプの人がいるイメージがあると野村さんは言います。そうしたカルチャーの現場もある中で、自分は気持ちよく働けるかどうかに注意深く目を向けているつもりだと話します。
宇尾野さんは、この構図の難しさを整理します。自分が作った組織で、かつ自分の技能が最も高く、その技能を求めてクライアントやコンテンツが生まれる系では、どうしても技能の上下だけで評価してしまいがちだからです。
価値観は似て、属性は違うメンバーを
では集団になったからこそ、野村さんが作ったもの以上のものが生まれる構図はどう作るのか。野村さんの仮説は、価値観の性質は似ていて、属性は違うメンバーがいい、というものです。
気持ちよく働けることや、コンテンツの枠組みを逸脱しないことは似ていた方がいい。一方で、性別や年齢、メディアの出自といった属性は違う方がいいと考えています。野村さん自身は経済系メディアと論壇の出身で、カルチャー誌や文芸、漫画は守備範囲ではないといいます。
価値観、性質似てる、属性違うが、何か一個候補としてはあるかもなと。自分に作れないものを作れるっていう意味では。
年代や性別が違えば、単純に見ているものが違う。10歳上も10歳下も、自分とは得意技が違うだろうと野村さんは話します。同じ業界でも、世代や性別が違えば普段接するメディアも接し方も変わってくると宇尾野さんも同意します。
さらに野村さんは、人生の課題も世代によって違うと指摘します。今その人が直面している課題は、自分が数年前に直面した課題とは社会の状況も違う。自分が想像して作るより、当事者が作った方がコンテンツは面白いというのが理由です。
日本人に豊かに暮らしてほしいという原点
野村高文事務所ではなくChronicleが出すコンテンツは、聞き手からするとどこに差が出てくるのか。野村さんは、多様になる分エッジは取れると認めた上で、自分の本家にある「筋のいい議論」が何に資するのかを語ります。
ちょっと若干右翼っぽくなるんですけど、日本人が豊かに暮らしてほしいんですよ、私は。
いろいろなものを持っているはずなのに景気の悪い話ばかりが聞こえ、このままでは10年後にはさらに存在感を失うのではないか。だからこそ、それらを適切に使って豊かに暮らす方法があるのではないか、と野村さんは考えています。
そのためにはアイデアを世に出すことと、「これいいよね」と世論を持っていくことの両方が必要で、コンテンツ産業はそこに役立てるといいます。ただし、そのHowは自分の脳みそ一つでは多様なものが出てこないため、いろいろな人がいた方がいいという結論に戻ってきます。
仕組みと、人間の面倒くささに向き合う
野村さんは、個人のライフハックには正直あまり興味がないと話します。Chronicleが作る番組にもその種の番組はほとんどありません。関心があるのは、仕組みをまず変えることと、人間の奥深さや面倒くささにちゃんと向き合うことの両方です。
仕組みをまず変えるともっといいですよって話と、人間の面倒くささにちゃんと向き合うっていうのの両方が結構自分としては興味があって。
音声というメディアは、人間の面倒くささや人間らしさと相性がいいと宇尾野さんも受けます。野村さんは、配信時点でリリース済みの「News Connect」の拡大を例に挙げます。
新たに始める夕刊版は、毎週インタビューをしていく形で、野村さん以外の2人のMCが担当します。テーマの一つは小説や映画などの文化欄、もう一つは国際政治などの国際欄です。世界の仕組みを知ることと、人間の面倒くささを知ることの両方をやっていく狙いだといいます。
売上は目標ではなく、作品を作るための手段
宇尾野さんは、作品や言論への考え方が仕上がってきた一方で、売上や業績を作ることも経営者の責務だと投げかけます。野村さんはこの二つをどう両立させ、売上をどう捉えているのでしょうか。
まず売上目標はないです。
野村さんにとって売上は、これだけの人数が安定して働けて、こういう作品ができるという状態のための手段だといいます。組織の統制のために必要になることはあっても、それ自体を重視してはいないという立場です。
一方で、お金に頓着していないわけではありません。営利企業として利益を上げる必要があり、顧客から頂いたお金には価値を返さなければならないという意識は強いと話します。人間関係が継続し、関わり続けてもらうためには、こちらから価値を返し続けている状態が絶対に必要だからです。
コンテンツメーカーとコンサルタントの二つの脳
野村さんは、自分の中にコンテンツメーカーとコンサルタントの二つの脳が共存していると語ります。何を作りたいか、社会にどうもたらしたいかはコンテンツメーカーの脳、頂いた分の価値を返さなければというのはコンサルタントの脳だといいます。
ボスコン時代に、お前のバリューは何なのかみたいな話をですね、ずっと問われるわけで。
宇尾野さんは、クリエイター出身の経営者には売上に頓着せず財務でばたつく人も多いと指摘した上で、野村さんはそこのバランスをよく取っていると評します。野村さんは、そろばんは弾いていると応じつつ、そろばんだけでは心がクサクサすると言い添えます。
浪漫とそろばんじゃないですけど、これは社会にとってどんな意義があるかと、自分たちにとってどんな意味があるかを同時に考えてる。
クリエイターの組織はなぜ集団化できないのか
3回にわたる対談の締めくくりで、野村さんは自身のコアな問いを改めて言葉にします。コンテンツを作るクリエイターが一人で立ち上げた組織は、本当に集団化するのが難しい、という問いです。
(クリエイターが)一人で立ち上げた組織って本当に集団化するの難しいなっていうのは感じていて。これありとあらゆる先達が失敗してきたんですよね。
著名な映画監督が作ったスタジオも継承されないことが多く、世間もその人のカラーを期待している。だからこそ集団化は大きなチャレンジだと野村さんは考えてきました。今回話してみて、それがチャレンジであることは改めて確信したといいます。
一方で、宇尾野さんは野村さんを「ニュータイプ」と評します。ものづくりへのこだわりが強すぎると人間への詰めが強くなりがちな職人やクリエイターが多い中で、野村さんは調和を作る能力が高いからです。
物に対するこだわりが強すぎると、人間に対する詰めが強くなるみたいな(クリエイターが多い)。
野村さんも、ものづくりはちゃんとやるが、人間を見るという意識はそこまで持っていなかったかもしれないと振り返ります。宇尾野さんは、そのバランス感覚がポッドキャストにも、今のクリエイターが作る組織にも生きそうだと3回を通じて感じたとまとめます。
トライアル回数を増やさなきゃですね。本当に。
宇尾野さんは、メンバーを打席に立たせている間に、自分も採用や組織作りの打席に立つよう改めて促します。組織が発展した暁に、また進捗を共有してほしいと最終回を締めくくりました。
まとめ
クリエイター発の組織を集団化する難しさを軸に、野村さんが大事にする自由・ブランド・売上の考え方が語られた回でした。自由を重んじる姿勢は言論の自由という原点に、価値を返す意識はコンサル出身の経験に根ざしています。
- 野村さんの理想は、Chronicleでしか生きられないのではなく、ここにいると良いことがある状態を作ること
- 自由と「その会社らしさ」の両立が最大のチャレンジで、価値観は似て属性は違うメンバー構成が仮説
- トップの殻を超えるには、自分の登場頻度を下げ、他メンバーのヒットを早く生むことがカギ
- 売上は目標ではなく、安定して人が働き作品を作るための手段。顧客から得たお金には価値を返し続ける
- クリエイターが一人で始めた組織の集団化は難所だが、調和を作れる野村さんのタイプは有利に働きうる





