経営者の家庭は、なぜこんなに見えにくいのか
この回のテーマは、経営者の家庭と事業の両立です。宇尾野さんは「プライベートの話に踏み込みすぎないように」と前置きしつつ、経営者の家庭と事業の両立は、ただ難しいのではないかという問題意識から話を始めます。
池原さんは、家庭がある人もこれから持つ人も、シングルの人も、「他の経営者はどうしているんだろう」という視点で参考にしたり共感したりできる回になればと話します。経営者の家庭は外から見えにくいことが多い、という前提が置かれます。
結構この経営者の家庭って見えないこと多かったりしますけど、実際この経営者の方の労働時間がえげつないみたいな。
経営者の労働時間は、雇われている人の倍
話は、経営者の労働時間の長さに移ります。池原さんは厚労省の勤労統計調査を引きながら、まず一般の雇用者全体の労働時間の平均を紹介します。
一般の雇用者全体は1週間で33〜34時間ほど、上場企業ではやや長く38.8時間ほどだといいます。1日にすると7時間ほどで、労基法の範囲内という水準です。
一方、中小企業全体の経営者になると、この数字は倍増します。池原さんは、経営者の労働時間はおよそ70時間前後になると話します。
中小企業全体の経営者でいうと、倍増しまして。
(労働時間が週)70時間前後と。
2人は、この背景には経営者が労基法上の労働時間の規制から外れていることがあると指摘します。実際に自分たちの労働時間を数えてみても、中小企業の70時間前後という数字に近い感覚だといいます。
ただし宇尾野さんは、これは「めちゃくちゃ働いてください」と言いたいわけではなく、現実として何が起きているかを確認したいのだと強調します。長時間労働を推奨する話ではない、という点を明確にしています。
女性×経営者という、最初から難しいゲーム
時間の使い方に続いて、役割分担の話に移ります。宇尾野さんは、夫と妻で家庭内の育児時間に差があるという一般論を持ち出します。
池原さんは、男性が育児に費やす時間が約2時間弱なのに対し、女性は7時間半にのぼるというデータを紹介します。この差が、女性経営者にとっては足かせになりうると話します。
女性×経営者ってなると、相当難しいゲームを最初からやってるみたいな感覚あります。
無理ゲーな先の見えないトラックみたいな感じはありますけどね。
池原さん自身は子どもが1人ですが、それでも育児と仕事と家庭を日々ジャグリングしているような、綱渡りの感覚があると語ります。1人でも両立の難しさは変わらない、という実感です。
予測できることは、すべて準備しておく
育児をどう乗り越えるかについて、池原さんは自身の経験を語ります。生まれてから2年半ほどワンオペの時期があったため、準備周到であることを重視してきたといいます。
池原さんは、育児には突発的なことと予測できることがあり、両者は分けられると考えています。そこで子どもが生まれる前に、いろんなパパやママにインタビューして「何が起きるのか」を聞き出し、準備できるものはすべて準備したそうです。
何が起きるのかと。仕事です、もう。これはタスクです、もう。何が起きるのかを全部聞き出して、準備できるものは全部準備してました。
具体例として池原さんが挙げたのは、保育園の書類です。子どもがいつ病気になるかはわからないものの、病気になる確率は高い。だから申請書を常にコピーしておき、ハンコを押せばすぐ出せるようにファイルにしていたといいます。
宇尾野さんは、これは経営のリスクマネジメントと本質的に同じだと指摘します。起こりうることを想定して今のうちから準備しておく、という発想です。ただし、その準備を家庭にいる相手とどう分担するかが難易度を上げる、と補足します。
保育園の入園見通しや書類など。事前に準備しておける
子どもの病気など。いつ起きるかはわからないが、確率を見て備えておく
池原さんは、この考え方は育児だけでなく介護にも当てはまると話します。どんな制度があるか、誰に頼ればチームが組めるかを調べ尽くし、見通しておくことが大事だといいます。そのうえで、こうしたことをパートナーと話し合えるかが重要なのではないかと投げかけます。
普段から話せているかが、突発時の許容を生む
宇尾野さんは、あるコンサルティングファームの調査結果を紹介します。女性がキャリアアップや新しい役割を持つか迷ったとき、持つ側を選ぶ人がどんな行動をしていたか、という調査です。
その調査によると、社内の相談相手やメンターの存在も一部の要因ではあったものの、より強い相関があったのは、家庭内でどれだけ話せているかだったといいます。家族が応援してくれる、分担できそう、急な変化も認めてくれる、といった状態を普段から会話できていることが効いていた、という話です。
宇尾野さんは、普段からパートナーと話せていると、負荷の高いことが突発的に起きても許容される環境ができあがっている、と整理します。この関係構築が、両立の土台になるという見立てです。
池原さんは、経営者には斜め上をいくトラブルが多いと具体例を挙げます。顧客先が飛ぶ、従業員が突然大勢辞める、資金繰りに困る、といった事態です。
ごめん、もう今日はちょっと帰れないから徹夜でやるわみたいな、そういう突発的なトラブルが起きた時に、わかった、じゃあこっちは任せとけって言える相方が家庭の中にいるのはすごく心強い。
そのために、普段からどんな仕事をしていて何に困っているかをある程度共有できていると強い、と池原さんは話します。一方で宇尾野さんは、どこまで情報を開示するかは難しく、共有が足りないと「なんで家庭も忙しい時にそれを優先するの」という気持ちにもなりやすい、と両面を指摘します。
どれだけ話し合っていても、お互いが許し合えていても、どこかでチクチクってするものはきっと続くのかもしれないですね。
夫婦の定例、家庭の事業計画という仕組み
情報共有を続けるための仕組みとして、宇尾野さんは知り合いの例を紹介します。自分のことは棚に上げつつ、と断ったうえで、夫婦の定例ミーティングを設けている人がいると話します。
子どもとの時間も、習い事の前後などに定期的に取っている人がいるといいます。宇尾野さんは、こうした仕組みを意識的に持っている人はバランスが取れていて、家庭の悩みも小さい傾向があると感じているそうです。
池原さんも、知り合いの男性経営者の例を挙げます。その人はパートナーと月に1回ランチをして、家庭も経営みたいなものだとして、二人で家庭の事業計画を立てているといいます。
(夫婦で)どこに住むとか、子供の教育どうする?って話し合ってるんだって言って、もうなんて素敵なんだろうと。
一方で宇尾野さんは、話しづらい理由が別のところにある場合もあると指摘します。既読性ではなく「この人に話してもしょうがない」という関係性の問題が原因なら、ファシリテーターのような仲介人を入れて、四半期に一回の経営合宿のように話す手もある、と提案します。
子どもとの対話で意識する「ずらさない」会話
話題は子どもとの対話に移ります。池原さんは、子どもとの会話は質が大事と言われるが、量も大事だと感じているといいます。小さいうちは自我が芽生えていませんが、小学生になると自分にかまってほしい気持ちが強く出てくるためです。
その質を高めるために池原さんが意識しているのが、「ずらす会話をしない」ことです。ここ1年ほど、いろんな人に言っているといいます。
なるべくずらす会話をしないって意識をしていて。
池原さんは例を挙げます。子どもが「学校に行きたくない」と言ってきたとき、「どうした」「先生が嫌なのか」「いや、行った方がいい」と返すのが「ずらす会話」です。子どもの気持ちを受け止める前に、こちらの価値観を入れたり先回りして詰めたりすると、子どもは話せなくなるといいます。
池原さんはこの考え方を、伊藤真さんの著書『心の対話』から得たと話します。学校であったことを話す子どもに「つらかったんだね」と受け止めると、10分ほどで落ち着くため、できるだけその時間を作りたいといいます。
宇尾野さんは、両親がいれば話す相手も2人いるので、一人が寄り添い、片方がアドバイスするといった分担もできる、と応じます。こうした話をすると、自分の家庭を思い出して「自分は正解をやれているのか」とちらついてくる、と2人は笑い合います。
誰も正解の形ってないと思うし、理想の家庭の形っていうのも本当に家庭によって違うと思う。
いろんな顔を持つ「分人主義」で気持ちを切り替える
気持ちの整理について、宇尾野さんは「分人主義」という言葉を持ち出します。作家の平野啓一郎さんが話しているもので、自分の中にいろんな人格やあり方を持っておこう、という考え方です。
宇尾野さんは、どこか一つが崩れると全部崩れてしまうのを避けるために、経営者がある程度いろんな顔を持ち合わせておくことが大事だと話します。それができていないと、家庭の難局に過剰に反応したり、会社のトラブルを家庭に持ち込んだりしてしまうといいます。
会社の中で起きたトラブルを家庭に持ち込んじゃって、家族って結構敏感だと思うんですよね。
宇尾野さんはさらに、家庭の中で理想のママや理想のパパを掲げすぎると、それ自体が感情労働になって苦しくなると指摘します。理想を演じきろうとするのではなく、家庭の中での自分のあり方をパートナーと話すことが大事だといいます。
池原さんは自身を例に挙げます。仕事では気を張って「間違いをしてはならぬ」という気持ちでいる一方、家に帰るとだいぶだらしなくなる、と笑って語ります。その割り切りができているのかもしれない、と自己分析します。
もう家に入った瞬間ダメですね。鎧がタラーンみたいな。
公園で家族といるときに取引先の人と会うと、急に別人のようにキリッとする、という池原さんの話に、2人はこうした切り替えの大切さを確認します。宇尾野さんは、どれかがいい悪いではなく、分人に合わせて生き方を整理できるといいとまとめます。
女性経営者を増やすために、家庭をチームにする
池原さんは自身の立場から、女性経営者をもっと増やしたいという思いを語ります。しかし育児や家庭がボトルネックになる人もいるし、起業してもその負担が過剰になることがあると指摘します。
週70時間働くことが多い中で、女性がケア労働も担うのはしんどいことです。池原さんは、自分一人に頼らず、いろんな人にお願いしながら女性経営者が増えてほしいと話します。
さらに池原さんは、男性の側にも呼びかけます。パートナーが起業するとなったとき、一緒に楽しんで応援し、一体となってチームになれる社会になるといい、という願いです。
宇尾野さんは、経営者は自分の事業や経営のあり方をコントロールできる立場のはずだと応じます。仕事を家庭と完全に分けるのではなく、仕事をうまく家庭の中でも取り扱えるようになるといい、と話します。そのためには経営者側が自己開示し、状況を一定オープンに伝えることが大事だといいます。
親が仕事を楽しむ姿は、子どもの仕事観に影響する
最後に宇尾野さんは、自分にとって家庭と経営の両立の支えは何かを振り返り、それは子どもだと語ります。仕事をしている自分を、子どもが「楽しそう」だと思っているようだ、というのです。
宇尾野さんによれば、一番嬉しかったのは、子どもが「自分の会社を継ぎたい」と言ったことだといいます。小学3、4年ほどで継ぐ意味はわかっていないものの、二代目社長になると冗談まじりに、しかし本気で言われると、こちらも頑張ろうと思えるそうです。
楽しいなって思ってる姿をちゃんと見せたいと思うんで、自分が頑張る理由の意味付けも一個できたなって思ったんで。
池原さんは、頑張るパパの姿をロールモデルとして見ているのだと受け止めます。そして、父親が起業していると息子の創業率が格段に高くなるという統計を見たことがあると紹介します。同性のロールモデルを家庭内で見ていることの影響だろう、という見立てです。
宇尾野さんは、事業人として大事にしているのは、楽しそうな大人が増えれば子どもの人生も楽しくなるという考えだと話します。仕事や経営も大事だが、家庭も大事にしてもらえれば世の中は将来もっと良くなる、と両立を呼びかけます。
なお、この収録日は池原さんの息子の10歳の誕生日でした。池原さんは、子どもが支えだという宇尾野さんの話を聞いて、自分も本当にその通りだと感じ、個人的な思いとともに進んだ回だったと締めくくります。
まとめ
経営者は労働時間が長くなりがちで、家庭と事業の両立は簡単ではありません。時間の準備、普段からの会話、気持ちの切り替えという複数の角度から、両立の土台を整えていくことが大切だと語られた回でした。
- 中小企業の経営者の労働時間は週70時間前後で、一般の雇用者のおよそ倍にのぼる
- 育児や介護は突発的なことと予測できることに分け、予測できるものは事前に準備しておく
- 普段からパートナーと話せていると、突発的な負荷が起きても許容される環境ができる
- 子どもとは、価値観を入れず先回りしない「ずらさない会話」で気持ちを受け止める
- 分人主義の発想で顔を切り替え、仕事と家庭のトラブルを互いに持ち込まないようにする
- 親が仕事を楽しむ姿は子どもの仕事観に影響し、家庭を大事にすることが将来につながる





