青い法被の自販機研究家との出会い
番組MCの森下さんが今回のゲストとして紹介したのは、飲料メーカーで自販機研究家として活動する森新さんです。
2人の出会いは2016年2月ごろのアプリイベントだったといいます。ネットワーキングの場で青い法被を着た人を見つけて声をかけたのがきっかけでした。
話をしてみて、ただ者ではないという話になり、これはもうちょっとナンパするしかないということで、この場が成立したということです。
この回はエンタメやグローバルと直接は関係しないものの、キャリアが稀有だという理由で森下さんの独断で招いたと説明されています。
前後半の2パート構成で、前半は森さんの生い立ちに焦点を当てて話が進みます。
水道も通らない高知の山あいと、小4のWindows 95
森さんの出身は高知県吾川郡です。実家は水道も下水道も通っていない立地で、飲み水は電動でくみ上げる井戸水だったと語られます。
幼少期から中高までを高知で過ごし、その後に北海道へ移ることになります。
転機として印象的なのは、小学4年生のころに父親が買ってきたWindows 95でした。
一つのテレビに見えるのにゲームもできて、文書作成もできて、インターネットもできる。このワクワクをいまだに覚えています。
第2のビル・ゲイツになるんだって本当に言っていました。
森さんは小4からパソコンの勉強を始め、自作PCまで手がけたといいます。自分の力で大人と知識を並べられる領域を作れることが、大きな原体験になったと振り返ります。
同じ1988年生まれの森下さんも同時期にパソコンに触れていましたが、検索が面白いと感じた程度で、世界を変えうるものだとは思わなかったと対比を語ります。
FAXの音とISDNの接続音が一緒なのはなぜだろう。やらなかったですか、小学校の時に。
父にぶつけた「他人も自分の意思で腕を動かしているのか」
森さんは自分の知的好奇心は元からのものだと語ります。後天的に増やせるかという問いには、慎重な見方を示しました。
知的好奇心は全人類にあるという前提に立ち、それを削ぐ環境から距離を置くしかない気がします。歯みたいなもので、減る一方です。
一方の森下さんは、知的好奇心は大学卒業ごろに後天的に身につけたタイプだと述べ、2人の立場の違いが浮かびます。
森さんが幼少期に父親へ投げかけていた問いの1つが、いまだに明確な答えが返っていないといいます。
僕は自分の意思で腕を動かしているが、他の人も同じ状況なのか、それをどうやって確認するんですか。
父親に「何を言っているかわからない」と言われた問いですが、本人にとっては本当にそうなのかを確認するという問題意識だったと語られます。
森さんは、習った知識も誰かが決めた事実にすぎないという視点を示します。例に挙げたのがセミの寿命でした。
セミは1週間しか生きないと習ったけど、日付を書いていくと1週間以上生きているセミがいっぱいいる。前提が1個でもずれていたら、証明するしかないじゃないですか。
父親は校長で教員でもあり、正しい知識そのものよりも、興味の根っこを紐解いてあげる作業のほうが大変だったと森さんは表現します。
記憶偏重の学校と、静止摩擦力を深掘りする面白さ
兄が中高一貫校で楽しそうだったことから、森さんも受験して同じ学校へ進みます。理由はシンプルなものでした。
金魚のフンで、兄貴が中高一貫校に行って楽しそうだったから、というだけです。
ただし中高では記憶力を是とする学習体系になじめず、ドロップアウトしたと語ります。
何年に大化の改新があったみたいなことを覚えることに何の価値があるとも思えず、僕はドロップアウトしました。
森下さんは同じ疑問を抱きながらも、年号暗記を早押しクイズのようにゲーム化して乗り切ったタイプだったと対比します。
森さんは当時からパソコンに触れ、パターン化できるものは自動化できると感じていたため、英語の暗記もやらないと言い続けていたといいます。
理系に進んだ背景も、覚えることの少なさと原理を深掘る面白さにありました。フレミングの法則のような暗記には興奮しない一方で、別の現象には強く惹かれたと語ります。
静止摩擦力と動摩擦力は静止摩擦力の方が圧倒的に高い。なんで、と。その静止摩擦力がなぜ高いかを深掘る方に興奮します。
「先人を信用しない」思考と、自ら検証する姿勢
作り手側の論理をメタ的に認識できる理由を問われた森さんは、能力の話ではないと答えます。
IQが高い話ではなく、私はシンプルに先人を信用しないというだけです。
その根拠として挙げたのが、傷口のケア方法の変化でした。かつては乾燥させる方針だったものが、後に乾燥させない方針へと切り替わった経験です。
右手と左手を同時に怪我して、片方で傷ドライスプレーをやって、片方で傷パワーパッドをやって、どっちの治りが早いか検証したら、N1ですらわかる。過去の大人たちはそれすらやっていない。
証明が簡単なはずのことでも方針が簡単に切り替わっていく様子や、土曜授業がなくなるといった変化点に納得がいかなかったと語られます。
内発か外発かという問いにも、森さんは誰しも外部の影響を強く受けているという見方を示します。
仮に世の中の女性の圧倒的多数が結婚しない社会に生まれていたら、あなたは結婚したいんですか、と言ったら、多分しないと思う、と。内発なんて多分なかなかない。
森下さんは、同じ世代でここまで尖った人がいることに素直に嬉しさを感じたと述べています。
父の一言「パイロットとタクシー運転手の違いは?」
中高で成績は下から数えるほどだったという森さんは、唯一好きだったヘリコプターのパイロットを目指そうと父親に打ち明けます。父親は学費も出すと快諾しました。
ところが航空大学校の入学手続きをしようとした日、父親から最後に1つだけ問いを投げかけられます。
パイロットとタクシーの運転手さん、本質的にどのような違いがあるか、一日だけでいいから考えてみて。その上で結論を出してくれ。
森さんが出した答えは、人の依頼に基づいて目的地まで責任を持って届ける仕事に変わりはない、というものでした。そこに喜びを見出せるかどうかが本質だと気づいたのです。
ミーハーな心でこの夢を目指しているのであれば、なった瞬間飽きるぞ、という問いかけを一言の質問でやってきた。僕は急に萎えました。
この問いを通じて森さんは、17歳や18歳が限られた情報で人生を意思決定するリスクの大きさに気づき、吐き気がしたと語ります。
そこで森さんは、自分で決めることを一旦手放し、父親に委ねる選択をします。
サイエンスを一旦学んでこい、と。お前コンピューター好きだから軸足はコンピューターでいい。選べる選択肢の中で行っておいで。
一定の水準の仲間から知的好奇心のシャワーを浴びられる環境を選ぶため、国公立を目指して1年浪人し、最終的に北海道大学へ進学しました。
人生を戦略的に諦めた時でしたね。自分で決めない、先人に委ねる、ここだけは。
夢の表明
好きだったヘリパイロットを目指すと父に打ち明ける
父の問い
パイロットとタクシー運転手の本質的な違いを問われる
自分の答え
依頼に基づき責任を持って届ける仕事に変わりはないと気づく
意思決定
限られた情報で決めるリスクを感じ、判断を父に委ねる
進学
サイエンスとコンピューターを軸に、浪人を経て北大へ
雪国で感じた無力さと、震災就活で出会ったサントリー
北海道大学の工学部では、最終的に画像解析の研究室に進みました。今でいうAIの領域です。
学生生活では、2階から雪へダイブしたり、シーズンには2日に1回はスノーボードに行くような日々だったと振り返ります。
人間は環境の一部であり、一生物であり、弱者であるという当たり前のことを、北海道にいるとめちゃ感じます。服着ないと死ぬんですよ。でも野ウサギや鹿は服を着ていないのに死なない。
北海道で沖縄料理店のアルバイトをしていたという意外な一面も語られました。
新卒でのサントリー入社の前提として、2人が触れたのが東日本大震災です。就職活動の時期と重なっていました。
命は短いということと、さようならを言えずに人生が終わることもあるんだな、と。やりたいことはやった方がいいし、周りの目を気にして生きても結果何も起きない。
就職活動では多くの企業に落ちたといい、預かってくれた2社のうちどちらにするか迷っていたときにテレビでサントリーのCMを目にします。
無限に流れるACジャパンのCMが、あるタイミングでサントリーのCMに切り替わったといいます。上を向いて歩こうを著名人がワンフレーズずつリレーする内容でした。
多くの企業が喪に服してCMを控えるなか、議論を重ねてリスクを取りメッセージを出したサントリーの姿勢に、森さんは強く心を動かされます。
この思いから、森さんはサントリーへの入社を強く志望するようになったと語られます。前半はここまでで、後半はパラレルワークや自販機研究家としての活動へと話が進みます。
まとめ
前編では、自販機研究家・森新さんの幼少期から新卒入社までがたどられました。先人を疑い自ら検証する姿勢と、父の問いを通じて判断を委ねた意思決定が、その後のキャリアの土台になっていることが浮かび上がります。
- 小4で出会ったWindows 95が、大人と知識を並べる原体験になった
- 「先人を信用しない」姿勢から、自ら検証して確かめる思考が育った
- 父の「パイロットとタクシー運転手の違い」という問いが、進路の意思決定を変えた
- 限られた情報で決めるリスクを感じ、あえて判断を父に委ねて北大進学を選んだ
- 震災直後にリスクを取ったサントリーのCMが、入社志望の決め手になった
