フランスとの縁は「サッカーゲーム」から
番組の前半は、ゲストの生い立ちとキャリアをたどるパートです。まずは、松尾さんとフランスとの接点から話が始まります。
松尾さんが起業したのは2024年5月。収録時点でおよそ1年半前のことです。ただ、生まれや学生時代にフランスやヨーロッパとの縁があったわけではありません。
いや、これがよく聞かれるんですけど、特になくてですね。縁もゆかりもないと言ったらあれなんですけど、ただ好きっていうのは状況としてありました。
生まれは宮崎県で、育ちは神奈川県川崎市。家庭が国際的だったわけでも、フランスへよく旅行していたわけでもなかったといいます。
フランスとの結びつきは、意外なところにありました。10年ほど続けていたサッカーと、そのゲームです。
サッカーのゲームでずっとフランスしか使わないみたいな、そういう小学生だったなとは今振り返ると思います。
ちょうどジダンジネディーヌ・ジダン。フランス代表として活躍した世界的なサッカー選手で、1998年のワールドカップ優勝に貢献した。が絶頂期だった頃で、サッカー仲間と一緒に国名や選手名を覚えていくうちに、松尾さんの中で「言葉といえばフランス」という感覚が積み上がっていったそうです。
大学時代にはフランスの美術、音楽、言語、映画、歴史を学び、こうした関心が今の土台になっていると話されています。
絵を描くことと少年漫画への愛着
フランスの美術に触れる中で、松尾さんは「絵が好きだ」という自覚を持つようになります。自分でも絵を描いた時期があったといいます。
きっかけは浪人時代でした。受験で受かった学校と受からなかった学校があり、浪人を1年経験する中で、勉強の合間の暇な時間に絵を描いていたそうです。
描いていたのは油絵やデジタルではなく、好きな漫画の模写でした。作品として発表するためではなく、気晴らしとしての時間だったと振り返ります。
既存の絵を真似とかをする時間で、何ですかね、脳が右脳を使ってるみたいな時間です。好きです。
好きな漫画のジャンルは、王道の少年ものです。特に『家庭教師ヒットマンREBORN!週刊少年ジャンプで連載された天野明による少年漫画。愛称は「リボーン」。』が好きだと話されています。
聞き手の坂本さんは、話題になってから読み始めてしまう自分の癖を語りつつ、最近は新連載を最初から追うようにしていると明かします。話は、二人がジャパンエクスポで見たという新連載の巨大な展示にも広がりました。
漫画業界を目指した就活と、思わぬIT行き
学生時代、松尾さんは「漫画の仕事がしたい」と考え、入り込めるところに手当たり次第に飛び込んでいったといいます。
大学の演劇サークルの先輩の紹介で、白泉社『花とゆめ』などで知られる出版社。エピソード内では音声認識により表記が揺れているが、進撃の巨人の担当という文脈から講談社系の可能性もあり、正確な社名は要確認。の担当者とつながり、進撃の巨人などを担当していた編集者のもとで末端のインターンを経験しました。pixivのインターンにも通っていたそうです。
しかし、本命だった出版社は5社受けてすべて不合格。新卒では業界に入れませんでした。
大手出版で、小学館さんとか集英社さんとかいると思うんですけど、聞く話によると、1年で15人から20人弱採用みたいな。漫画が好きだから受かるっていうわけでもないらしいので。
最終的に、大学4年の11月まで就活を続けた末に拾ってもらったのが、DMMという広告代理店でした。そこでたまたまIT部門に配属され、当初思い描いた漫画・出版とは異なる道を歩み始めます。
IT行きを選んだ背景には、大学で専攻していた考古学もあったといいます。考古学系の就職も考えたものの、給料や環境の面で難しさを感じたそうです。
反動で、やっぱり過去じゃなくて未来のものでITとか行けばいいのかなっていうのはこじつけもあるんですけど。
新卒2年目で飛び込んだNFT×アニメのスタートアップ
IT業界に進んだ松尾さんが、再びアニメ・漫画の領域に近づいたのは、またも演劇サークルの縁からでした。
サークルの紹介でつながっていた人物が起業することになり、2019年、新卒2年目のときに4人目のボードメンバーとして参画します。
その会社が手がけていたのは、NFTとアニメ・漫画をかけ合わせた領域でした。NFTが広く流行する前の、かなり早い時期だったといいます。
早すぎたがゆえに、最初の1年ほどは売上が立たない手探りの状態が続いたと振り返ります。社会人2年目にして、整っていない現場を経験したことになります。
この時期の経験は、後の起業に大きく影響したと話されています。営業から経理、労務、補助金申請、オフィスの電気代の支払いまで、何でもこなす役回りだったからです。
補助金とか助成金の申請で売上が200万円立つみたいな、こう助成金もらった時にお金ができるみたいなのが逆に面白くて、そういうのにハマったりして。
ちょうどコロナ禍で営業がしにくかったこともあり、助成金や補助金の知識が会社を支える力になったといいます。聞き手の坂本さんも、コンテンツを海外に出す際の補助金の重要性に共感を示しました。
29歳、二十代最後の起業
松尾さんは、この先輩のスタートアップに満5年在籍しました。役員ではなく一社員の立場ながら、「絶対に会社を潰さない」という思いで働いていたといいます。
そして29歳、二十代最後に何かをやろうという気持ちが芽生え、起業に至ります。もともと起業志向が強かったわけではないと話されています。
起業するみたいな、やっぱタイプとしてのそういうタイプで、実はなくて、やっぱり誰かがやってるものを多分サポートするみたいなのが結構合ってるなとは。
一方で、宮崎と鹿児島にいる二人の祖父がそれぞれ社長だったことにも触れ、後付けながら血を受け継いでいるのかもしれないと振り返っています。
「みんな知ってるのに、誰もやらない」への問題意識
起業の理由を、松尾さんはまず抽象的に「誰もやっていないことをやりたかった」と語ります。その具体的な対象がフランスでした。
フランスでは、ここ数十年で日本のアニメや漫画が深く浸透しています。しかし、プレイヤーとして関わる日系企業はあまりいない、という現状に着目しました。
さらに松尾さんが気になったのは、「フランスで日本の漫画が人気」という情報はみんな知っているのに、具体的な行動に移す人は少ない、というギャップでした。
なんでじゃあみんな知ってるけどそんな行かないんだろうみたいなのが気になった時に、私がやろうっていうのが起業する一個の理由で。
現状では、日本の権利をフランスの出版社に渡し、現地の出版社が翻訳・出版・流通させる形が中心です。日本側から現地に入り込む動きは多くありません。
日本の文化を好きなフランス人から営業してきてくれてるっていうのは素晴らしいありがたいことなんですけど、もうちょっとこっちからのコミュニケーションもあった方が、お互いwin-winがもっともっと具体的にできるのかなと。
だからこそ松尾さんは、日本から出張で通うのではなく、フランスに居を移して現地で会社を立ち上げる道を選びました。現地で得られる一次情報こそが、この事業の核心だと考えているからです。
まとめ
フランスやヨーロッパに縁がなかった少年が、サッカーゲームをきっかけにフランスに惹かれ、漫画への夢と回り道を経て、パリで日本のアニメ・漫画を届ける会社を起業するまでの前半でした。後半では、コンテンツの海外展開やローカライズについて深掘りされます。
- フランスへの興味は、少年時代のサッカーとゲームから自然に育っていった
- 本命の出版社就活には全滅したが、IT・NFTスタートアップでの何でも屋経験が起業の土台になった
- 新卒2年目で参画したスタートアップに満5年在籍し、29歳で二十代最後の挑戦として起業した
- 「みんな知っているのに誰もやらない」というギャップと、一次情報の重要性が起業の動機になった
