なぜ日本法人でパリのビジネスを回すのか
聞き手の坂本さんは、パリでの起業に具体的なイメージが湧かないと切り出します。いきなりパリに飛んで法人を作り、ビザを取る、そんな流れなのかという問いです。
しかし松尾さんの答えは意外なものでした。法人は日本にあり、本人はワーキングホリデービザでパリに滞在しているといいます。
これ厳密には、ちょっと申し訳ないですが、日本の企業なんですよ。私が今立ててるのが。
ビザに関してはワーキングホリデーを取得してます。
松尾さんは現在30歳。年齢的にまだワーホリが使えるうちに、という判断もあります。
起業前はパリでの法人設立も考えていたそうです。ただ、話を聞くほど、日本法人を立ててその子会社としてフランス法人を作るほうがやりやすいと、多くの人から助言されたといいます。
理由は税制と信頼性の2点です。税金の納め方で安くなる場合があり、信頼のある企業に紐づけて子会社を作ると、就労ビザなど他のビザも取得しやすくなるといいます。
松尾さんの会社は決算2年目を迎え、その決算を銀行に提出するのが次の流れです。今年中にフランスの子会社を作ろうとしています。
いきなりフランスで自分で何にも信用とか実績ない状態で作るより、やりやすい日本で法人立てて、そっちで実績作ってからの方がいろいろフランス行った後もやりやすいってことなんですね。
先行してパリに支社を持つ日系企業に聞いても、このパターンが多かったと松尾さんは話します。
ワーホリでカフェに潜り込んだ営業戦略
松尾さんは会社の仕事とは別に、ワーキングホリデーを実際に使ったといいます。去年9月の1ヶ月間、パリの日系のカフェで働いたのです。
そのカフェは日本でも名前が知られるアッパー層向けの店で、パリでも45年続く老舗でした。狙いは2つありました。1つはそのコミュニティに入り込むこと。もう1つはアニメ漫画の版権を持ち込み、コラボカフェを仕掛けることです。
普通に営業するよりはワーホリで入らせてもらってやった方がいいかなと思って、それをちょっと去年9月にやりましたね。
いきなり営業に行くのではなく、一旦働いて関係を作ってから話を持っていく。この狙いは成功し、契約書も交わせたといいます。
Feuxの2つの事業とデジタルマーケの意外な役割
ここで坂本さんは、そういえば事業内容を聞いていなかったと切り出します。Feuxは2つの事業を持つ会社です。
1つはウェブ広告代理事業です。広告運用、検索エンジンでの順位改善、SNSの運用代行などを手がけ、数千万規模の売上で会社の大きな柱になっています。
一見コンテンツや海外とは無関係に見えますが、顧客には集英社など大きな企業も含まれます。そのウェブデータを扱うことが、コンテンツ事業の戦略立案に役立っているといいます。
もう1つが、アニメ漫画の版権を公式に借りて商品を作り、イベントやポップアップ、卸として販売する事業です。
坂本さんが去年ジャパンエキスポパリで松尾さんと会ったのも、まさにこの事業のブース出展でのことでした。
25万人来場して日本人250人。この市場をどう見るか
ジャパンエキスポは25万人規模を集めるヨーロッパでも大きなイベントです。そこでFeuxは小学館とのタイアップという形で、公式のイベントに近い出展をしました。
ただ、日本の作品を扱うブースの多くはフランスの出版社です。日本人がブースを出しているのは、坂本さんたちを含めて2、3社ほどしかなかったといいます。
松尾さんは起業前の2023年、前職での出展時に市場調査をしました。4日間かけて、来場者に日本人が何人いるかを目算で数えたのです。
そしたら250人しかいなかったんです。日本人。ジャパンエキスポっていうタイトルなのに日本人はほぼいなかったんです。
25万人のうち250人であれば、およそ0.1%です。出展者側にも来場者側にも、日本人はほとんどいなかったといいます。
この光景を見たとき、リアクションは2つに分かれるはずだと坂本さんは指摘します。チャンスと見るか、誰も来ていないから行くべきでないと見るか。松尾さんは前者でした。
フランスで日本のアニメ、漫画がもともと人気って、40年の市場があるのに、あんまり参入したりとか、それをうまく、ものに変換したりとか、そういうサービスに落としたりっていうのが圧倒的にできてない、少ないなと思った。
フランスは40年にわたり日本漫画の消費でヨーロッパ最大の市場です。かつて漫画やアニメで育った世代が親になり、子どもにも読ませる。日本で漫画が一般の趣味になっていった過程と近い変化が起きています。
「そのまま持ってきても売れない」ローカライズの正体
フランスでは漫画は幅広く売られている一方、日本のようなグッズ文化は薄い。フィギュアはあるものの、アパレルやガチャガチャなどにはまだ余白があると松尾さんは見ています。
そこで鍵になるのがローカライズです。日本で売れているものをそのまま持ってきても売れる、という単純な話ではありません。
たとえばアクリルスタンドや缶バッジは、言語が違っても台湾や中国、韓国では同じ商品でよく売れます。ところがフランスや欧州にそのまま持っていくと売れにくいといいます。
ただ、全部が売れないわけではなく、やり方があると松尾さんは話します。パリの書店とよく話す中で見えてきたのは、漫画と一緒にアクリル商品を売ると売れるという方法でした。
フランスでは初版限定版や1〜3巻セットのボックスにおまけがつく形式が多いといいます。日本が昔そうだったのかもしれない、と松尾さんは振り返ります。
もう1つ重要なのが、説明の量です。日本では当たり前のアクスタも、欧州の人には「これは何なのか」がわかりません。だからディスクリプションでしっかり伝える必要があります。
欧州人からしたらこれ何かわかんないので、ECで売る時もちゃんとディスクリプションの使い方とか書いてあげまくるべきですし、リアル店舗で売る時もこれが何かっていうのをちゃんとやらないと売れないですね。
ここで坂本さんは、買った人の意見は聞けても、買わなかった人の意見は聞きにくいと指摘します。その層をどうつかむのかという問いです。
松尾さんは、ウェブ広告事業のデータが手がかりになると答えます。フランスのパリの代理店と組む中で、日本人が読まないような長文がフランス人に刺さるとわかったのです。
長文のブログみたいなのを書きまくるんですね。これをこれでもかこれでもかって説明しまくると、それが訴求として文字で買って買ってみたいな感じで言うと、もう商品売れるっていうのがフランスのマーケティングであるんですね。
背景には、フランス人が漫画だけでなく本自体をよく読む文化があります。画像や動画だけで買う人が多い日本とは異なる点です。
キャラがあればいい、ではない。Tシャツと指輪の仮説
Tシャツも同じです。Feuxが用意したTシャツは売れましたが、それは日常的に着られるデザインだったからだといいます。一方、場面写真をベタ貼りしたTシャツは売れなかったという話も聞いたそうです。
成功例として松尾さんが挙げたのが、フランスの老舗Tシャツ企業セリオです。ドラゴンボールやポケモン、ナルトなどのIPと組み、20ユーロほどでTシャツを出しています。
鍵は着やすさです。素材にキャラをベタ貼りするのではなく、Tシャツのこの角度、この部分にナルトの螺旋丸のマークをうまく入れ込む。前のめりに着たくなるデザインが成功につながっているといいます。
キャラをそのまま貼っただけのデザインは売れにくい
日常的に着られる形でモチーフを入れ込むと売れる
この共通項はフランスだけでなく、ヨーロッパ全体にも横に刺せる可能性があると松尾さんは考えています。すべてをカスタマイズするのはきりがないため、ある程度の一貫性を探る姿勢です。
物販に依存はしたくないとしつつ、松尾さんが起業前から温めている商材が指輪です。高単価での販売を考えています。
日本では指輪をつける文化が薄いですが、フランスでは結婚以外でもつける文化があり、女性だけでなく男性もファッションとしてつける人が多いといいます。
指が10本あるとして、4本4本っていうのが片方ずつあった時に、じゃあ合計8本のうち、このうち1本はアニメ漫画のおしゃれなリングみたいなのをフォーマットとして作れば、この8本中1本アニメ漫画入るだろうって、ちょっと仮説で今考えてる。
デザインはキャラの顔をドーンと載せる形ではありません。たとえば鬼滅の刃なら炭治郎の名言を刻み込んだリングに、ポストカードなどを同梱するイメージです。
パッと見て何の作品かはわからなくてよい。おしゃれだけれど、刻まれているのは作品のセリフ。そうした形を想定しています。
IPを輸出して価値を上げる「商社」への構想
フランスには「推し」という文化はなく、それはアジアで止まっていると松尾さんは見ています。それでも、本は買った人が次に何かを求めたとき、スマホケースやTシャツ、そして指輪やネックレスといった装飾へ移っていく余地があります。
フランスは世界的に有名なラグジュアリーブランドを抱える国です。松尾さんは、その文脈に乗せる戦略が取れると考えています。競合はカルティエになる可能性もある、と坂本さんは冗談交じりに応じます。
Feuxは現時点ではメーカーですが、将来像は商社です。日本のアニメ漫画を輸出し、フランスで箔をつけて価値を上げる。商品も、翻訳された出版物のイベントやコミュニティの組成も含めて、つないでいくことがやりたいことだといいます。
松尾さんが個人的に参考にしているのが、明治期にパリで日本美術を広めた美術商の林忠正です。葛飾北斎の絵などを広めた人物で、政府の役人がやりきれなかった部分を美術商として担ったといいます。
松尾さんは、日本のアニメ漫画はNetflixなどのおかげで大衆に広まった一方、単価が低すぎると考えています。そこでアートの文脈に乗せて単価を上げる、という発想です。
大衆に浸透
Netflixなどで認知は広まっているが単価は低い
アートの文脈へ
フランスで箔をつけ、価値ある文脈に乗せる
単価を上げる
商品・サービス・イベントで単価を引き上げる
IPを持つ日本企業へ。海外はもっとできる
最後に坂本さんは、IPを持つ日本企業へ向けた提言を松尾さんに求めます。責任は自分が取るから偉そうに語ってほしい、というやや冗談めいた振りです。
IPを持っている日本の会社に対して、こう組みましょうとか、もっとこうなった方がいいという提言はありますか。
松尾さんは、国内ではIPを借りる際の版権レギュレーションが厳しい一方、海外だと緩くなることがあると指摘します。管轄外になり目を瞑ってもらえる場面もあり、日本でできないことが海外だとできる場合があるといいます。そのうえで、IPのファンに深く浸透し続けるフォーマットを作り、地元の企業や各国の力を頼りながら進めてよいのではないかと提言します。
松尾さんによれば、提案は基本的に自分たちから日本企業へ持ちかける形が多いといいます。逆に日本企業側から提案が来たら嬉しい、と話します。
よくよく小学館さんとかに話聞くと、結構元々やりたかったとか、やる機会がなかったみたいな話があった。もうちょっと大きな目で見ていただけると、待ってる人たちがいっぱいいるなって、フランスに住んでても思います。
坂本さんは、コンテンツ輸出がいずれ自動車を超えるという市場予測に触れます。ただ、その未来を起こすには、輸出しようとする人がもっとアグレッシブに動く必要があると2人は確認します。
リアルに相談したい人は、FeuxのホームページやSNSから問い合わせられます。「FEUXと調べれば上に出る」という松尾さんに、坂本さんは「さすがSEO頑張っていらっしゃる」と応じました。
まとめ
40年の歴史があるフランスの漫画市場は、日本人の存在感が薄いぶん伸びしろが大きいと松尾さんは見ています。鍵は、そのまま持ち込むのではなく説明とデザインで文化に合わせるローカライズ、そしてアートの文脈で価値を上げる発想です。
- Feuxは日本法人を軸に、松尾さんはワーホリでパリに滞在。子会社化はビザや信頼性の面で有利になる。
- ジャパンエキスポは25万人来場でも日本人はおよそ250人。松尾さんはこれをチャンスと捉えた。
- 欧州では缶バッジやアクスタをそのまま売っても売れにくく、丁寧な説明と長文の訴求が効く。
- Tシャツも指輪も、キャラを貼るだけでなく日常に溶け込むデザインが売れる鍵になる。
- 目指すのは、IPを輸出しアートの文脈で単価を上げる商社。海外はレギュレーション面でも余地がある。
