お酒はいつどこで生まれたのか
お酒の起源は「誰が発見したか」を特定するのが難しいほど古い、と島田先生は言います。理由はシンプルで、記録が残る文字文化以前までさかのぼってしまうからです。お酒の種類によって時代も場所も異なります。
ワインは約8000年前、ジョージア(かつてグルジアと呼ばれた地域)で飲まれていた痕跡が見つかっています。紀元前6000年ごろにあたり、都市文明や文字文化が生まれる前の時代です。
そしてアルコールという括りで最も古いと考えられるのが蜂蜜酒(ミード)蜂蜜を水で薄めて発酵させたお酒。英語ではmead。糖分をそのまま多く含む蜂蜜は自然に発酵しやすい。です。約9000年前、中国で亀の器の中から付着物の残骸が見つかったとされます。蜂蜜はそのまま糖分を多く含むため、最も古いお酒になったのではないか、という見立てです。
ビールは紀元前の4千年紀ごろ、メソポタミアで生まれたと考えられます。おおよそ5000〜6000年前です。メソポタミアの壁画には、みんなでストローのようなものを使ってビールをすする様子が描かれているそうです。当時のビールは今のようにサラッとしたものではなく、コーンポタージュのようにドロドロしていたと言われています。喉ごしを楽しむお酒ではなかったのかもしれません。
今のビールとちょっと違うから、なんかもっとドロドロしてる。コーンポタージュぐらい、もっとドロっとしてるかも。
醸造酒と蒸留酒、その順番
人類は最初、お酒をどう発見したのでしょうか。島田先生は「おそらく自然にできたものを発見して、それから作り始めた」と推測します。ここで鍵になるのが醸造酒と蒸留酒の違いです。
ワイン・日本酒など。糖を発酵させて作る。自然発酵からできるので歴史が古い。
焼酎・ウォッカなど。蒸留器で沸点の違いを利用しアルコール濃度を高める。技術力が要るので後の時代。
ワインのような醸造酒は、自然発酵によって偶然生まれたものが先だったと考えられます。酒井さんは「ブドウの実が地面に落ちて日に当たり、樹液のようにグツグツと変化したのでは」と想像しました。まさにその状態がアルコール発酵にあたります。
一方の蒸留酒は、蒸留器液体を加熱し、沸点の違いを利用して特定の成分(アルコール)を蒸発・凝縮させ、濃度を高める器具。を使う技術が必要でした。蒸留技術はイスラームで8世紀ごろに発明されたとされ、およそ1300年前のことです。お酒の発見史全体からすると、意外にも新しい部類に入ります。日本でいえば平安時代のはじめ、平城京から平安京へと移る時代です。
偶然の発見
自然発酵でできたお酒を人類が発見
醸造酒の製造
ワインなどを人工的に作り始める
蒸留技術の発展
8世紀ごろイスラームで蒸留酒が誕生
糖が発酵してアルコールになる仕組み
そもそもお酒とは何か。酒税法上は「アルコール分1パーセント以上のもの」と定義されます。では、そのアルコールはどう生まれるのでしょうか。答えは「糖」にあります。糖がアルコール発酵という化学変化を起こし、アルコール(エタノール)と二酸化炭素に変わるのです。
ここで酒井さんが「いきなり糖からアルコールにはならないのでは」と疑問を投げかけると、島田先生はポケモンにたとえて説明しました。糖というポケモンが「レベルアップ=発酵」を経てアルコールへと進化する、というわけです。
「ラッタにどうやってなるの?」って言ったら、「レベルアップしてなる」みたいな感じで。レベルアップがその発酵。
糖には大きく3種類あります。分子が1つの「単糖類」、2つつながった「二糖類」、そして数千個も連なる「多糖類」です。ブドウ糖(グルコース)や果糖といった単糖類はそのまますぐに発酵できます。二糖類も、つながっている部分が切れれば発酵しやすくなります。
| 種類 | つながる分子数 | 例 | 発酵 |
|---|---|---|---|
| 単糖類 | 1個 | ブドウ糖・果糖 | すぐ発酵できる |
| 二糖類 | 2個 | 麦芽糖・砂糖 | 切れれば発酵しやすい |
| 多糖類 | 数千個 | デンプン(米・麦・芋) | 切らないと発酵しにくい |
問題は多糖類です。デンプンは数千もの糖が連なっているため、いきなり発酵させるのは難しいのです。お米や麦、ジャガイモ、トウモロコシなどがこれにあたります。そこで登場するのがアミラーゼデンプンなどの多糖類を分解する酵素。唾液やすい液に含まれ、デンプンを麦芽糖やブドウ糖といった小さな糖に切っていく。という分解酵素です。アミラーゼは唾液に含まれ、長く連なった糖の鎖を切り、発酵できるシンプルな形にしてくれます。
この仕組みこそ、米を口に含んで作る「口噛み酒」に意味がある理由です。アミラーゼがデンプンを分解し、発酵できる糖へと変えているのです。ただ、口の中の米から作れる量はごく少なく、実際にどう量産していたのかは二人にも謎のまま、話は次のトピックへ移りました。
お酒になりやすいもの・なりにくいもの
「セロリやキャベツはお酒になるのか」──酒井さんの素朴な問いに、島田先生は理論と実践を分けて答えます。理論上は野菜にも糖分があるので不可能ではありません。ただし葉物野菜は糖分が少なすぎて効率が悪く、青臭さも残るため、実践的には難しいだろうという見立てです。
一方でジャガイモやサツマイモはデンプンを含むため、芋焼酎やウォッカのようにお酒になります。意外な例として挙がったのがテキーラです。原料はリュウゼツラン(アガベ)メキシコに自生する多肉植物。サボテンに似た見た目で、その中心部(茎の芯)に糖分を多く蓄える。テキーラの原料となる。という多肉植物で、糖分を蓄えた部分を使ってメキシコで作られます。植物からお酒を作る一例です。
結局、お酒になる絶対条件は「糖が含まれていること」。そのうえで、糖の構造がシンプルなほど作りやすいわけです。糖分の乏しい葉物野菜は、無理やり加工すれば作れるかもしれませんが、現実的とは言えないようです。
おいしいお酒に必要な気候と水
お酒作りに欠かせない要素として、島田先生は「気候」と「水」を挙げます。ワインの場合、ブドウ栽培に適した地域は緯度でいうと北緯・南緯とも30〜50度あたり。年間降水量は500〜900ミリメートルほどがちょうどよいとされます。水はけの良さや日照量も重要です。
ワインの産地は、地区から村、そして最終的には「畑」単位まで細かく絞り込まれていきます。ボルドーフランス南西部の代表的なワイン産地。ブルゴーニュと並ぶ二大銘醸地の一つ。のメドック地区では、同じ村や所有者であっても、南向きかどうかといった地形の違いで畑ごとに名前や評価が分かれるほどです。それだけ気候条件と土壌が味を左右するということです。
日本酒やウイスキーでも、原料の米や水質が決め手になります。特にウイスキーの蒸留所は、水を重視して立地を選ぶことが多いそうです。
ここで酒井さんが日本の適性について指摘します。緯度でいえば東京(北緯35度)はブドウ栽培圏に入りますが、日本の年間降水量は場所によっては1700ミリ前後と、適正値の2倍近くになります。全体としては雨が多すぎるのです。
局所的には国内でも天気が全然違ったりするじゃん。山梨とかって内陸で海に面してないとか。選んでいけば、っていうのは一つある。
ただし、島田先生は「局所的に見れば国内でも天候はかなり違う」と補足します。山梨のように内陸で海に面していない地域を選べば、ワイン向きの環境をつくることも可能だというわけです。
オリゴ糖とオリガルヒ──ギリシャ語のつながり
締めくくりに登場したのは、島田先生お得意のギリシャ語トリビアです。糖の話でスルーしていた「オリゴ糖」の「オリゴ」は、ギリシャ語のオリゴス(少ない、リトルの意味)に由来するのではないか、という推察です。
実際、オリゴ糖は単糖が3〜10個ほど結合したもので、単糖でも二糖でもなく「少しつながった糖」。「少ない」という語源とうまく符合します。
単糖が3〜10個ほど結合した糖。「少しつながった」という語源とつながる。
ロシアなどで語られる少数の新興財閥。「少ないリーダー」を意味し、寡頭制(オリガーキー)と同じ語源をもつ。
島田先生は、この「オリゴ(少ない)」がロシアのオリガルヒ少数の富豪・新興財閥を指す語。寡頭制(少数支配)を意味するギリシャ語が語源とされる。にもつながると指摘します。オリガルヒは少数の新興財閥を指す言葉で、「寡頭制(少ない支配)」と同じ語源。ギリシャ語のアルコン(執政官)とも結びつき、「少ないリーダー」というイメージが浮かび上がります。糖の話が政治用語にまで飛躍したところで、第1弾は幕を閉じました。
まとめ
お酒の起源は9000年前の蜂蜜酒までさかのぼり、ワイン、ビールと続きます。共通しているのは、いずれも自然発酵という偶然から始まった醸造酒だという点です。蒸留酒はずっと後、8世紀の蒸留技術の登場を待たねばなりませんでした。
そのメカニズムの核心は「糖」。糖が発酵すればアルコールになり、糖の構造がシンプルなほど作りやすい。デンプンのような多糖類はアミラーゼで分解する必要があり、それが口噛み酒の理屈にもつながっていました。おいしいお酒には気候と水が欠かせず、糖の名前はオリゴ糖からオリガルヒまで意外なつながりを見せます。次回はいよいよ「アルコールが体内に入ると何が起きるのか」がテーマです。
- アルコールの起源で最も古いと考えられるのは約9000年前の蜂蜜酒(中国)。ワインは約8000年前のジョージア、ビールは約5000〜6000年前のメソポタミア
- 自然発酵から生まれた醸造酒が先で、蒸留器を使う蒸留酒は8世紀ごろイスラームで発明された比較的新しい技術
- お酒になる条件は「糖」があること。糖は単糖類・二糖類・多糖類に分かれ、構造がシンプルなほど発酵しやすい
- デンプン(多糖類)は唾液のアミラーゼで分解して糖に変える必要があり、これが口噛み酒の理屈になっている
- 葉物野菜は糖分が少なく実用的でない一方、テキーラは多肉植物リュウゼツランから作られる
- おいしいお酒には気候と水が重要。ワイン産地は畑単位まで細分化して評価される
