趣味も生き方も、結局は「戦略」で語れる──釣りとスタートアップの意外な共通構造
ぼくらの戦略論第10回は、ビジネスから少し離れて「大人の趣味」がテーマ。ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんとライターの長谷川リョーさんが、推し活のビジネスモデル、「道」としての趣味、そして釣りとスタートアップ経営の驚くべき構造的一致について語り合いました。その内容をまとめます。
大人の趣味とは「無になれる」体験
ゴルフ、サウナ、ポーカー、釣り、トライアスロン──「大人の趣味」として名前が挙がるものは、意外と種類が限られています。長谷川さんが投げかけたこの問いに対し、高宮さんは「そもそも趣味に大人も子供もあるのか?」と返しつつも、ひとつの共通項を指摘しました。
それは「無になれるかどうか」という点です。週末に家で本を読んでいても、ふと仕事のことが頭をよぎる。しかし趣味に没頭しているとき、人は一種の禅仏教の修行法の一つ。座禅や呼吸に集中することで雑念を払い、「今ここ」に意識を向ける実践。近年はマインドフルネスの文脈でビジネスパーソンにも注目されている。的な状態に入れる。CPUをリセットするように、一度頭を空っぽにできることに価値があるのではないか、と高宮さんは語ります。
ただし、のめり込みすぎると今度は趣味そのものがストレス源になるという逆説も。高宮さん自身、釣りを真剣にやりすぎて「やり切るプレッシャー」を感じ始めているとのことでした。
推し活と「共犯価値」の時代
長谷川さんがJリーグの試合を観戦した体験から、話題は「推し活」へと展開します。ゴール裏で熱狂するサポーターたちは、地域に密着したチームに自己アイデンティティを投影し、それが生きる理由にもなっている。ある意味で「無思考」になれる、わかりやすい幸福のかたちだと長谷川さんは分析しました。
高宮さんはこれを、もっと大きなトレンドの中で捉えます。かつて消費の主役は「モノ」から「体験」へ移ったと言われましたが、今はさらにその先──「共犯価値」の時代に入っているのではないか、と。単にモノを買う、体験を買うのではなく、推しの活動の「共犯者」「当事者」になること自体に価値を感じ、お金を払う。この構造はスタートアップの新しい事業機会にもつながっています。
推し活自体は新しい現象ではありません。江戸時代の歌舞伎役者への贔屓や、相撲の谷町力士のパトロン・後援者のこと。大阪の谷町筋に力士を支援する人々が多く住んでいたことに由来する。転じて、芸能人やスポーツ選手のスポンサー的な支援者を指す。がそうでした。しかしテクノロジーによって、この関係がかつてないほど民主化されたのが現代の特徴です。
ネットの力、テクノロジーの力で民主化されて、ユーザーとしてアクセスしやすい、ビジネスモデルとしてはユーザーにリーチしやすいっていう手段が発明されたんだと思うんですよね
さらに高宮さんは、子供の頃からファンを育成するマクドナルドアメリカの一部店舗では「PlayPlace」と呼ばれる遊び場を併設し、子供のバースデーパーティーを開催するサービスを展開。幼少期の楽しい記憶を通じて長期的なブランドロイヤリティを構築する戦略として知られる。の事例を紹介しました。子供の頃にバースデーパーティーの楽しい体験を植え付け、大人になってもロイヤリティの高い顧客として戻ってきてもらう。これは以前の回で話した「転用性の高い打ち手のネタ帳」としてストックできる知恵だと語ります。
遊びは制約の中から生まれる
高宮さん自身は「推し活」タイプではなく、自分がプレイヤーとして没頭するタイプだと言います。音楽も聴くのは好きだけれど、アーティストの偶像性を推すのはピンとこない。それよりも釣りという「道」を極めたい。
興味深いのは、高宮さんの釣りへの向き合い方です。「数を釣りたい」「大きいのを釣りたい」という価値観ではなく、「難しい状況でなんとか1匹ひねり出す」ことに喜びを感じる。しかもルアーフィッシング疑似餌(ルアー)を使って魚を釣る釣法。餌釣りに比べ難易度が高いが、木やプラスチックの擬似餌で魚を「騙す」ゲーム性が多くの愛好家を惹きつける。の中でもキャスティング(投げ釣り)にこだわるという、自分に制約を課すスタイルです。
この姿勢は茶道単にお茶を点てて飲む行為ではなく、所作・空間・精神のすべてを含む総合芸術。千利休が大成した「わび茶」の精神は、制約の中に美を見出す日本文化の象徴ともいえる。や華道と同じ「道」の精神です。ランキングや大会で順位を競うのではなく、所作を極め、こだわりを貫くことそのものに価値を見出す。結果ではなく過程を重視する──結果にこだわりすぎると、それは「釣り」ではなく「漁」になってしまう、と高宮さんは言います。
チームやアーティストに自己を投影し、高揚感・一体感を得る。共犯価値の消費。
所作を極め、制約の中で没頭することで無の境地に至る。過程そのものが目的。
「インターネットの高速道路」が整備されていない領域の価値
話は狩猟(ハンティング)の話題から、情報化と趣味の関係へと広がります。高宮さんはハンティングに興味はあるものの、狩猟免許日本で狩猟を行うために必要な免許。「わな猟」「網猟」「第一種銃猟(散弾銃・ライフル)」「第二種銃猟(空気銃)」の4種類がある。ライフル所持には散弾銃の10年以上の所持実績が必要など、段階的な制度となっている。取得や猟友会への参入といったハードルの高さから踏み出せていないとのこと。
しかし、そのハードルの高さにこそ価値があるかもしれないと高宮さんは指摘します。インターネットの高速道路将棋の羽生善治氏が2000年代に使った比喩。インターネット上に情報が整備されたことで、初心者がプロの一歩手前まで短期間で到達できるようになった現象を指す。一方で「高速道路の出口は大渋滞」とも言われ、そこから先の差別化が難しくなる。が整備されていない領域──つまり、ノウハウが体系化されておらず、身体性や暗黙知が必要な分野ほど、趣味としてのやりがいが残っているのではないか、というわけです。
昔だったら情報化されてないから、情報化すること自体が楽しみだったりする
料理の世界でも同じ現象が起きています。基本的なセオリーは誰でもアクセスできるようになった結果、エル・ブジスペイン・カタルーニャにあった世界最高峰のレストラン。シェフのフェラン・アドリアが分子ガストロノミーを駆使した革新的な料理で知られ、5度の「世界のベストレストラン」1位を獲得。2011年に閉店。やノーマデンマーク・コペンハーゲンにあったレストラン。シェフのレネ・レゼピが北欧の食材と発酵技術を活かした「新北欧料理」を確立し、「世界のベストレストラン」に複数回選出。2024年に通常営業を終了。のように「新しい食い合わせ=新しい定石」を発明すること自体でしか差別化できない世界になっています。堀江貴文実業家・著作家。「寿司職人に何年も修業は必要ない」という発言で話題に。技術やノウハウの情報化が進んだ現代において、従来の徒弟制度的な長期修業の必要性を疑問視する立場を示した。氏の「寿司修業不要論」が象徴するように、ノウハウが民主化された時代に「何を極めるか」の選択自体が戦略的な問いになっています。
釣りとスタートアップ経営の構造的一致
「半分本気、半分へ理屈で仕事してる感を出すために」と前置きしつつ、高宮さんが語った釣りとスタートアップの対応関係は、聞けば聞くほど精緻なものでした。
マーケット選定=魚がいる場所に行く
まず、魚がいないところで竿を振っても釣れないのと同じで、スタートアップも「ドメイン設定が8割決める」と言われます。市場の大きさだけでなく、季節による魚の回遊パターン=マーケットのトレンドや動態変化を読むことが重要です。
仮説検証=ルアー選びとPDCA
現場に着いたら、次は「どんなプロダクト(ルアー)を提供するか」の仮説を立てます。「このシーズン、魚はイワシを食べているから、浅い水深に魚っぽい動きのルアーを通せば食うのではないか」──こうした仮説を立てて投げ、反応がなければ「実はイワシではないのでは」「潮が動いていないから深い層を狙うべきでは」と仮説を修正し、PDCAを回していくわけです。
| 釣りの要素 | スタートアップの対応概念 |
|---|---|
| 魚がいる場所を選ぶ | マーケット選定・ドメイン設定 |
| 回遊パターンを読む | マーケットトレンド・動態変化の把握 |
| ルアー選び・レンジ調整 | プロダクトの仮説立案・提供価値の設計 |
| 投げて反応を見る | POC(概念実証)・MVP検証 |
| ルアーを変える・深さを変える | ピボット・仮説修正・PDCA |
| 魚がスレる(警戒する) | 限られた検証チケット内での意思決定 |
| やり切ってもダメならポイント変更 | 戦略レベルの見直し・ドメイン再設定 |
「スレる」──釣り特有の制約
特に面白いのが「スレる」という概念です。同じポイントにルアーを投げすぎると、魚が警戒して食わなくなる。スタートアップの場合、ターゲットユーザーは膨大にいるため「スレる」ことは少ないですが、釣りでは仮説検証できる回数に物理的な上限がある。限られたチケットの中で最適な順番で仮説を試し、結果を出さなければならないのです。
めっちゃイケてる起業家・経営者って釣りがうまいって僕は思ってて。一緒に釣りに行って「経営者デューデリをしてるんです」っていう言い訳で、ただ釣りを楽しんでるっていう(笑)
やり切っても結果が出なければ、そもそもの戦略──ドメイン選びが間違っていたのではないかと上段に戻って見直す。この「実行→検証→戦略修正」のループは、まさにスタートアップ経営そのものです。
すべてを「戦略」で語る、こじつけ力の効用
「いやでも、みんな自分の趣味にこじつけてますよ」と高宮さんは笑います。グロービス・キャピタル・パートナーズの同僚である今野さんは「起業はサッカーと一緒だ」と言い、別の人は「野球と一緒だ」と言う。結局、何とでも構造化して対応づけられるのです。
しかし、この「こじつけ力」こそが実は重要なスキルかもしれません。高宮さんは、すべてを突き詰めていくと「道」に行き着くと語ります。起業も「起業道」であり、セオリーとベからずを押さえた上で、それを超えるユニークな判断をするところが守破離日本の武道・芸道における修行の段階を示す概念。「守」は師の教えを忠実に守る段階、「破」はそれを応用・発展させる段階、「離」は独自の境地を切り開く段階。千利休の教えに由来するとされる。の「離」にあたる。
異なる領域の構造を抽象化し、共通パターンを見出す力。それは戦略論の核心でもあります。釣りからスタートアップ経営へ、茶道から起業道へ。一見関係のない領域をつなげる「こじつけ力」は、まさに『起業の戦略論』が提唱する「転用性の高い打ち手のネタ帳」を豊かにしてくれるスキルなのかもしれません。
まとめ
今回のエピソードは「大人の趣味」という軽いテーマから始まりながら、推し活の経済学、制約と創造性の関係、そして釣りとスタートアップ経営の構造的な一致まで、多層的な話題が展開されました。
印象的だったのは、戦略論は特定のビジネス領域だけのものではないという視点です。マーケット選定、仮説検証、PDCA、戦略修正──こうしたフレームワークは、釣り竿を握っている時も、推しのライブを楽しんでいる時も、日常のあらゆる場面で無意識に使われています。大切なのは、それを意識的に「構造化して見る」こと。そして異なる領域の共通パターンを見出す「こじつけ力」を磨くことなのかもしれません。
- 大人の趣味の共通項は「無になれる」こと。仕事からCPUをリセットする禅的な効果がある
- 消費トレンドは「モノ→体験→共犯価値」へ進化。推し活の当事者になることにお金を払う時代
- 「遊びは制約の中から生まれる」──自分にルールを課すことでゲーム性と没入感が高まる
- 釣りとスタートアップ経営は、マーケット選定・仮説検証・PDCAの構造が驚くほど一致している
- 異なる領域の構造を見出す「こじつけ力」こそ、あらゆる場面で使える戦略的スキル
