なぜ人生もビジネスも、一番大事な「Why」が抜けちゃうのか?
ぼくらの戦略論第6回は、リスナーからの「Whyって重要なのに見落とされがちだよね」というコメントをきっかけに、経営戦略における「Why(ビジョン・ミッション)」の役割を個人の人生戦略に当てはめて考える回です。長谷川氏の大阪移住・福祉事業参入という実例を題材に、Whyの言語化がなぜ難しく、なぜ大事なのかを掘り下げていきます。その内容をまとめます。
「Why」とは何か──ビジョン・ミッションの個人版
今回の出発点は、番組を聴いた友人からのコメントでした。大企業のメーカーに勤めるその友人いわく、「会社でみんな戦略の話をするんだけど、気づいたらWhyが抜け落ちている」。高宮氏はこのコメントに対し、経営戦略のフレームワークに当てはめると、Whyとはビジョン・ミッション企業が何のために存在するのか(ミッション)、どんな未来を目指すのか(ビジョン)を言語化したもの。経営戦略の最上位に位置する概念です。のことだと指摘します。
たとえば「日本に新しい産業を生み出すことをミッションにベンチャーキャピタルをやっている」という話は、経営用語ではビジョン・ミッションですが、一般用語に直すとWhyそのものです。そしてこの番組のコンセプト自体が、「企業戦略の考え方を個人の生き方に当てはめるとどうなるか」という問いから始まっている以上、ビジョン・ミッションを個人に適用することはまさにWhyの話だと整理されました。
Whyが抜け落ちるメカニズム
ではなぜ、Whyは見失われてしまうのか。高宮氏は組織の構造的な問題として次のように説明します。大企業では、ビジョン・ミッションは何レイヤーも上の社長が決めたものです。1万人規模の会社で3〜4層上の、会ったこともない人の言葉は、なかなか自分の身に染みてこない。しかも、口酸っぱく言い続けてくれる人がいなくなると、どんどん忘れていきます。
その結果、Whyが見失われ、Whatも見失われ、目先のHowをこなすだけの「マシン」のような状態に陥ってしまうと高宮氏は言います。「Excelに数字を打ち込んでいるだけ」に見える仕事も、「経営陣の判断を正確にするための管理会計企業内部の意思決定のために、経営状況を数値化・可視化する会計手法。外部向けの財務会計とは目的が異なります。をやっている」と理解できれば、意義を見出せてモチベーションも上がる。大いなるものと目先のタスクを関連付ける──それがWhyの機能だというわけです。
Whyが見失われてWhatも見失われて、目先のHowをこなすだけのマシンみたいになっていっちゃう
そしてこの構造は、組織だけの問題ではありません。個人の中にも同じ構造があると高宮氏は強調します。同じ時給700円のバイトでも、「ただの生活費稼ぎ」と「この業界で起業するための現場把握」では、モチベーションも思考の深さもまったく違ってくるからです。
長谷川氏の「Why」を掘り起こす
話は長谷川氏自身の人生戦略に移ります。「なんで大阪に行くんですか?」という高宮氏の問いに対し、長谷川氏は率直に答えます。ずっとホワイトカラー的な仕事(ライター・知的労働)をしてきたが、ChatGPTOpenAIが開発した大規模言語モデルベースのAIチャットサービス。2022年末のリリース以降、知的労働の自動化に大きな影響を与えています。を使ううちに「自分っていらないな」と感じるようになった。そこで、ブルーカラー的な領域──具体的には建築や福祉──が今後熱いのではないかと考え、人脈のつながりから福祉業界に飛び込むことにしたと言います。
しかし「Whyはあるのかな。ないですね。ボトムアップです」と長谷川氏は言い切ります。手持ちのカードから最適解を選んだだけだと。
これに対し高宮氏は、「それを言っちゃうと元も子もない」と返します。長谷川氏の話を構造化すると、そこにはフィジカルAIロボットとAIを組み合わせ、デジタル空間だけでなく物理的な実世界にもAIの能力を適用する技術・概念。NVIDIA CEOのジェンスン・フアン氏が提唱し注目を集めています。の可能性を検証したいという仮説が隠れている。「ボトムアップなんすよ」と言ってしまうと、自分の納得度も周りの納得度も上げにくいのではないかと。
さらに会話が深まると、長谷川氏から「暗黙のWhy」が次々と出てきます。母方のおじが重度の知的障害を持ち、ずっと施設にいること。自身もうつを経験したこと。福祉の事業所を見学した際、ADHD注意欠如・多動症。不注意や多動性・衝動性を特徴とする発達障害の一つ。近年の診断基準の整備により認知が広がっています。や軽度のうつなど、近年になって「病気化された」症状を持つ人たちが多くいることに社会問題としての普遍性を感じたこと。
身近なところの原体験とか問題意識で「だから福祉なんだ」っていう話を語るのと、「ポーカー趣味でできるぐらい上がりたいから福祉やってます」って言うのとでは、共感して一緒にやってくれる人も全然ちゃう
高宮氏は、こうした原体験が存在するなら、それを自覚的に言語化することが極めて大事だと繰り返します。「なぜ福祉なのか」を語れるかどうかで、仲間集めも自分自身の腹落ち感もまったく変わってくるからです。
仕事と趣味のポートフォリオ戦略
長谷川氏にはもう一つの大きな動機があります。ポーカーが好きだということ。そしてポーカーを本格的にやるにはお金がかかる。今の収入の「桁を変える」必要があり、福祉業界には地方で成功した経営者が多くいるため、そのロールモデルをトレースしたいと考えているそうです。
高宮氏はここで、長谷川氏の人生を「株式会社長谷川リョー」として捉え直します。福祉事業は利益を生むキャッシュカウBCGの成長・シェアマトリクスにおける用語。市場成長率は低いが高シェアを持ち、安定的に利益(キャッシュ)を生む事業のこと。。ポーカーはまだ立ち上がっていない「問題児」的なポジション。キャッシュカウから生まれたお金を問題児に突っ込んでいく構造は、まさに事業ポートフォリオ企業が持つ複数の事業を、成長性や収益性などの軸で整理し、リソース配分の意思決定に活用するフレームワーク。BCGマトリクスが代表的です。の話だというわけです。
安定的に利益を生む本業。生活基盤を支える
好きなこと。投資を続けてJカーブを超えるのか、趣味として楽しむのか
ここで重要な問いが浮かびます。ポーカーに投じたお金は、いつかJカーブスタートアップの収益曲線のこと。初期は赤字(投資フェーズ)が続き、ある時点を境に急激に収益が伸びるJ字型の軌道を描くとされています。を超えて回収できるのか。それとも永遠に「補填し続ける」構造なのか。補填し続けるなら、プロではなく趣味として位置づけた方が事業体としては健全かもしれません。
5/7と2/7の問題
高宮氏はさらに踏み込みます。「仕事で稼いでプライベートを楽しめばいい」という二元論の罠です。1週間のうち5日が仕事、本当にやりたいことは2日だけ。「本当にやりたいWhatが2/7でいいのか」という問いかけは、多くのビジネスパーソンにも刺さるものでしょう。
もし7/7で薄くても毎日ポーカーに関わる方がトータルで良い結果を生むなら、事業のリソース配分自体を見直す必要があるかもしれない。結局、「株式会社長谷川リョー」の事業ポートフォリオにおけるリソースの掛け方と、各事業の位置づけをどうするかで、最適な動き方は変わるのです。
「言霊」としてのWhy──仮置きして走る方法
「そんなにちゃんとWhyを考えている人って人口の5%ぐらいでは」と長谷川氏が投げかけると、高宮氏は「だから戦略論が役に立つ」と返します。そして起業家の例を挙げます。最初から高尚なビジョンがあったわけではなく、「ビッグになりたい」「モテたい」から始まる人も多い。ただ、それをそのまま言っても人は付いてこないから、Howとしてビジョンを掲げる。掲げて言い続けているうちに、「言霊(コトダマ)」のように自分自身もアジャストされていき、本当にそうなっていくパターンがあるというのです。
つまり、Whyは最初から完璧である必要はない。仮置きでもいいから一度立ててみることが大事だというのが、高宮氏の主張です。リーンスタートアップエリック・リース氏が提唱した起業手法。仮説を立て、最小限の製品(MVP)で素早く検証し、学びをもとに軌道修正するサイクルを回す考え方です。的に仮説を立てて検証し、走りながらアップデートしていく。長谷川氏自身も「馬主になりたい」など大きな目標をぶち上げてきた経験があり、それは半分「自己達成予言」的に、一旦掲げることで到達しやすくなるという実感があるそうです。
提供価値のパッケージングとWhyの接続
終盤、長谷川氏が10年近く抱えてきた違和感が語られます。記事を書いてお金をもらう、そのお金や値段付けに実感が湧かないという感覚。時給でいくらというバイトの方がむしろ納得感がある、と。
高宮氏はこれをPMFProduct Market Fit(プロダクト・マーケット・フィット)の略。提供する製品やサービスが、特定の市場のニーズに的確に合致している状態を指します。の話だと整理します。「長谷川リョー」というプロダクトが、どのセグメントの人に、どういう価値訴求で伝えるのかによって、同じ機能でも付加価値が変わるという話です。
たとえば、話した内容を書き起こしてまとめるだけなら「作業」に見えます。しかし、話を構造化してメッセージ性を持たせ、一冊の本に仕上げるというパッケージングをすれば、それは単なる書き起こしマシンではなく、かけがえのない価値の提供になる。実際のタスクはそこまで変わらなくても、「誰に対して」「どう訴求するか」で価値の見え方は劇的に変わるのです。
この話は長谷川氏のポーカーにもそのまま当てはまります。同じ「ポーカーをする」という機能でも、趣味としてやる価値と、専業プロとしてやる価値は異なる。さらに趣味でも、カバーチャージ数千円のポーカーバーに行くのか、年に1回ラスベガスの大会に出るのかで、必要な投資額も生き方も変わってくる。供給者としての自分と顧客としての自分の折り合いをつけるために、価値のパッケージングをチューニングしていく必要がある──そう高宮氏は指摘します。
5年ぐらいこの生活をしてる中で、この大会にいくらかかるとか肌感覚でわかるようになってきた。もうちょっと確かに言語化していきたい
まとめ
Whyは経営戦略で言えばビジョン・ミッションにあたり、個人の人生にも同じ構造が当てはまります。組織でWhyが形骸化するのは、遠い存在が決めたものが浸透しないからですが、個人でも「なんとなく」で選択を続けていると、同じようにWhyは見失われていきます。
長谷川氏の事例が示すように、「ボトムアップで選んだ」と思っていても、掘り下げれば原体験や問題意識という暗黙のWhyが潜んでいることがあります。それを言語化し、仮置きでもいいから掲げることで、判断のブレが減り、周囲の共感も得やすくなる。Whyは最初から完璧である必要はなく、走りながらアップデートしていけばよいのです。
- Whyとは経営戦略のビジョン・ミッションのこと。個人の人生戦略にも同じ構造が当てはまる
- Whyが失われると、Whatも見失い、目先のHow(タスク)をこなすだけの状態に陥る
- 「ボトムアップで選んだ」つもりでも、掘り下げると原体験や問題意識という暗黙のWhyが潜んでいることが多い
- Whyは最初から完璧でなくていい。仮置きして掲げ、言霊(コトダマ)のように語り続けるうちに板についてくる
- 人生を「株式会社○○」と捉え、事業ポートフォリオとして仕事と趣味のリソース配分を戦略的に設計する視点が有効
- 同じ機能(やること)でも、「誰に・どう訴求するか」の価値パッケージングで付加価値は劇的に変わる
