経営者目線、どう身に付ける?「全体と未来」を見通す戦略論
ぼくらの戦略論ep.28では、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタルの一つ。メルカリやアイスタイルなど多数のスタートアップに投資実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと、大阪で福祉事業の法人社長に就任したばかりの長谷川リョーさんが「経営者目線」をテーマに議論しています。現場目線と経営目線はどこが違うのか、見たことのない景色をどう身につけるのか──福祉事業のリアルなケースを題材にしながら語られた、その内容をまとめます。
大阪移住1ヶ月でまさかの社長就任
長谷川さんが大阪に移住してから約1ヶ月。福祉事業を展開する組織に「経営側」として参画したものの、まずは現場を知るところからスタートしたそうです。配属先は、表向きは古着屋で裏側が福祉事業という業態。古着の知識もない中、障害者の方と一緒にシミ取り作業をする日々を送っていたといいます。
ところが、複数ある法人のひとつで社長が辞任することになり、「じゃあ長谷川さんお願いします」と急きょ社長に抜擢されてしまったとのこと。まだ1ヶ月という異例のスピードでの就任です。
まだ1ヶ月なんですけど、急に社長みたいな状態ですね
次回収録時、「社長やっぱクビになりました」みたいな話になったらどうします?(笑)
この冗談まじりの導入から、今回のテーマ「経営者目線」の議論へと自然につながっていきます。
「経営者目線」の正体──全体最適と長期時間軸
「経営者目線で考えろ」──アルバイト時代から耳にしていたというこのフレーズ。高宮さん自身も、コンサル時代のジュニア期に「経営者目線にならないと社長に話を聞いてもらえないよ」と言われ、「経営者目線ってなんだよ」と悩んだ経験があるそうです。社会人歴25年を経てようやく見えてきた答えは、2つの構成要素に分解できるとのこと。
構成要素①:全体最適
福祉事業の現場を例にとると、支援員の目線では「障害者の方が気持ちよく働けるようにする」ことが最優先課題です。しかし経営者の目線では、支援の現場だけでなく、送迎オペレーション、間接部門(経理・仕入れ)、採用、すべてを見渡した上でバランスを取る必要があります。
高宮さんはこう説明します。現場を徹底的にシステム化すれば支援員の負担は減る。しかしシステムコストが嵩んで全体では非効率かもしれない。逆に、支援員が手厚く対応して利用者から感謝されていても、それがオーバースペック求められる水準を超えて過剰にサービスを提供している状態。品質は高いがコスト効率が悪くなるリスクがある。になって収益を圧迫していれば、事業としては持続できない。この「全部のバランスの中で最適化する」のが全体最適の視点だということです。
長谷川さんからも具体的なエピソードが共有されました。福祉事業所では「送迎があるか」が利用者の事業所選びで毎回聞かれるポイントだそうです。確かに集客面ではアピール力がある。しかし法律で1事業所あたりの定員(20〜25名)が決まっているため、定員が埋まった後は送迎が純粋なコストセンターになってしまうとのこと。現場目線では「送迎あった方がいい」となりますが、経営目線では「送迎なしでも定員が埋まるなら不要」という判断もあり得ます。
構成要素②:長期時間軸
もうひとつの要素が「時間軸の長さ」です。現場は「今すぐ支援員が足りない」という短期課題に追われがち。一方で経営者は、たとえば「AIで支援員アシストシステムを作れば、将来的に採用しなくても回せるようになる」といった長期視点で判断を下します。
長谷川さんの組織でも、支援員採用において3ヶ月の試用期間で15人中2人しか本採用しないという厳しい基準があるそうです。短期的には「もっと採用したい」と思いがちですが、中長期で見ればフィットしない人材を入れることのコストのほうが大きい──これも長期時間軸の経営判断です。
・目の前の業務のお困りごと
・自分の担当範囲の最適化
・今すぐ解決したい短期課題
・「送迎あった方が利用者が来る」
・事業全体のバランス最適化
・部門を横断した収支判断
・中長期での持続可能性
・「定員後の送迎コストは見合うか」
機能に人を当てる、人に機能を当てない
話題は「組織設計と人事」に移ります。長谷川さんの組織は約100人規模ですが、人事の専任担当者がいない状態。採用の最終判断は経営トップ自らが行っています。「今後200人規模になったら見きれないと思うが、人事はいつから入れるべきなのか」という問いが投げかけられました。
高宮さんの回答は明快です。通常のスタートアップなら100人規模で人事専門の担当がいてもおかしくない。ただし、人事機能を充実させるタイミングは「人事が事業成功にどれだけ貢献するか」で決まるとのこと。採用が極端に難しい業界であれば早めに手を打つべきだし、支援員の質が事業成果に直結するなら、人事機能の強化は最優先事項になり得ます。
ここで長谷川さんが、高宮さんとの共著『起業の戦略論高宮慎一著。スタートアップ成功のための40のセオリーをまとめた書籍。Amazonで予約受付中。』の制作中に繰り返し言われた言葉を思い出したといいます。
現場寄りのマネージャーは「この人のリソースが余っているから、どこに当てがおうか」と考えがちです。しかし経営者目線で組織を設計するなら、まず「事業を成功させるためにどんな機能が必要か」を定義し、その機能にベストフィットする人材を社内外から探す──この順番が大事だと高宮さんは強調します。
長谷川さんの組織のトップもまさにこの「機能ファースト」で考えているそうで、「この人が優秀だから」ではなく「この機能が必要だから」を起点にしているとのことでした。
No.1とNo.2の決定的な差
高宮さんは、社長(No.1)とNo.2以下の間にある「決定的な隔たり」について踏み込みます。No.2以下は、基本的に「現状の、自分の管掌範囲の課題を解決していく」存在です。設定されたゴールを達成するのが仕事。一方、No.1は全範囲を見渡し、長期で見た上で「そもそも何が問題なのか」を自ら定義し、方向性を示す存在だといいます。
・管掌範囲の課題を解決する
・設定されたゴールを達成する
・現状ベースで最適化する
・全範囲を見渡す
・「何が問題か」自体を定義する
・方向性を示す
だからこそ「経営者の孤独」が生まれる、と高宮さんは語ります。そしてVCの重要な役割のひとつは、この孤独な経営者の壁打ち相手になること。高宮さんはイギリスのシャドーキャビネット英国議会で野党が組織する「影の内閣」。与党の各大臣に対応する「影の大臣」を置き、政策を監視・批判する制度。政権交代時にスムーズに引き継げるメリットもある。を引き合いに出し、VCの役割を「シャドーCEO」と表現しました。CEOが悩むようなことを同じ目線で議論できること──それがVCの本質的な価値だと考えているそうです。
この観点から、長谷川さんが引き継いだ古着屋事業について高宮さんが問いを投げかけます。「その法人は古着屋なんですか、社会福祉屋なんですか、どっちですか?」と。
長谷川さんの答えは明確でした。福祉が主事業であることはぶれない。古着屋はあくまで利用者を集めるための仕掛けのひとつにすぎない。しかし古着ビジネスは売れるかわからない在庫を抱える博打であり、収益的にも作業的にも足を引っ張っている。「辞めましょう」という提案を来月する予定だとのことです。
小さい山でいいから、てっぺんに立つ
では、経営者目線は実際にどうやって身につけるのか。高宮さんは「見たこともない景色の話はできない」と前置きした上で、もっとも効果的な方法を示します。
小さい山でもいいから、山のてっぺんに立つことが「その山の頂点からの見晴らし」を身につけることになる──これが高宮さんの持論です。具体例として挙がったのがドン・キホーテディスカウントストア大手。店舗の商品棚ごとに現場担当者に仕入れ権限を委譲する独自の経営手法で知られる。の事例。商品棚の区画ごとにアルバイトレベルのスタッフに仕入れの権限を完全に任せることで、一人ひとりが「自分の棚の経営者」になっています。
同様のアプローチとして、サイバーエージェントインターネット広告やメディア事業を展開するIT企業。若手を子会社社長や事業部長に抜擢する人材育成で知られる。が若手エースに子会社の社長や事業部長をどんどん任せることで経営人材を育成している事例も紹介されました。小さい山を切り分けて、そのてっぺんに人を立たせていくという仕組みです。
とはいえ、誰もが社長に任命されるわけではありません。高宮さんは、組織の中でもできることがあると語ります。
ポッドキャストの編集を担当するスタッフを例に、高宮さんはこう説明します。言われた通りに音源を編集しているだけなら「作業マン」。しかしタイトル案まで考え始めれば見ている範囲が広がる。そしていずれ「タイトルから編集まで」を任される──そうなった瞬間、小さな棚の全権を持つことになり、小さな山のてっぺんに立つことになるのだと。
自分の行動様式とかマインドはより広い範囲に上がっていくっていうところはできると思うんで。任される範囲が狭い組織の中においても、自分の動き方次第では経営者目線って身につけることを加速できるんじゃないかなって思います
まとめ
「経営者目線で考えろ」という言葉は、アルバイトから大企業まで至るところで聞かれますが、その中身を分解すると「全体最適」と「長期時間軸」の2つに行き着くというのが今回の議論の核心でした。現場目線では目の前の課題を部分的に解決することに集中しがちですが、経営者は全体のバランスと将来を見渡して「そもそも何が問題か」を定義する存在です。
そして、この目線は「見たことのない景色」であるがゆえに、座学だけでは身につきにくい。小さくてもいいから自分がケツを持つ範囲を作り、それを徐々に広げていくことが、経営者目線を養う最も実践的なアプローチだといえそうです。
- 経営者目線の構成要素は「全体最適」と「長期時間軸」の2つ
- 現場は部分最適に陥りがちだが、経営者は部門横断で収支バランスを取る
- No.1は「何が問題か」を定義する存在。No.2以下とは質的に異なる
- 組織設計は「機能ありき」で、そこに人を当てる順番が重要
- 経営者目線を養うには、小さくてもいいから「自分がケツを持つ山」を作り、範囲を広げていく
- 権限がなくても、提案調で上司の仕事を奪いに行くことで視座を上げられる
