伸びる事業や人はここが違う!投資家に学ぶ目利きの戦略論
ぼくらの戦略論ep.36は、グロービス・キャピタル・パートナーズ日本を代表するベンチャーキャピタルの一つ。国内スタートアップへの投資を主力とし、メルカリやアイスタイルなど多数のIPO実績を持つ。代表パートナーの高宮慎一さんと編集者・長谷川リョーさんが、「投資家はどんな基準で"伸びる事業"を見極めるのか」をテーマに語った回です。VCの投資判断からフレームワークの使いどころ、キャリアにおけるレアリティの積み重ね方まで、話題は幅広く展開されました。その内容をまとめます。
VCの投資判断基準は「人とテーマ」
リスナーから「投資家はどんな基準で"このビジネスは伸びる"と判断して投資に踏み切るのか?」という質問が寄せられました。一般的には市場規模や類似事例から判断すると思われがちですが、高宮さんの回答はシンプルかつ本質的なものでした。
究極、「人とテーマ」──市場に尽きちゃうと思うんですよね
VCの投資判断は、突き詰めると「起業家(人)」と「市場テーマ」の2軸に集約されるといいます。市場テーマ側は、TAMTotal Addressable Market(獲得可能な最大市場規模)の略。事業が理論上アプローチできる市場全体の大きさを示す指標。やSAM、SOMといった指標で合理的に積み上げれば、投資家同士でそこまで大きな差は出ません。「美味しい市場は美味しい」と誰もが認識するため、市場の魅力度だけで選んでいると同じ領域に殺到してしまいます。
そこで差がつくのがファウンダー・マーケット・フィット創業者のスキルセット・経験・情熱が、参入する市場の特性や成功要因と合致しているかを測る概念。VCが投資判断で重視する要素の一つ。──起業家と市場の適合度です。モチベーション面でもハードスキル面でも、「この人がこの市場で勝てるのか」が最終的な判断を分けるというわけです。
起業家の「人」をどう見るか
「人が大事」とは多くのVCが言いますが、「では人の何を見ているのか?」はまさに投資家ごとの芸風が出る部分です。高宮さんが重視するのは、大きく3つの要素だといいます。
大局観がブレないだけでは足りず、現実の市場フィードバックに応じて打ち手を変えられる柔軟性が求められます。たとえばエージェンティックAIユーザーの指示を受けて自律的にタスクを実行するAIの形態。従来の「人間が逐一操作する」モデルとは異なり、AIが判断・行動する割合が大きい。のプロダクトを作ろうとしても、顧客側の受容性が低ければ、まずは人間が品質保証するコパイロットモデルAIが主役ではなく「副操縦士」として人間を補助する形態。導入ハードルが低く、顧客の信頼を得やすいとされる。から始めるべきかもしれません。そうした切り替えを躊躇なくできるかどうかが、伸びる起業家の条件だといいます。
また、もう一つの重要な要素として、起業家の原体験とモチベーションにも言及がありました。事業のKSFKey Success Factor(主要成功要因)の略。事業が成功するために最も重要な条件や要素を指す。に対してコアチームのケイパビリティがフィットしているか、そしてハードシングスを乗り越え続けるための「Why」が確固たるものか──この2点が人を見る際の根幹にあるとのことです。
フレームワークは万能ではない──客観視と直感のバランス
話題は、フレームワークの使いどころへと移ります。長谷川さんが「投資家はGEマッキンゼー・マトリックスGEとマッキンゼーが共同開発した事業ポートフォリオ分析のフレームワーク。「市場魅力度」と「自社適合度(競争力)」の2軸で事業を評価する。番組では高宮さんが独自にアレンジした版を「高宮改」として紹介している。のようなフレームワークで起業家を評価するのか?」と問いかけたのに対し、高宮さんはこう答えました。
投資判断では「テーマと人に尽きる」ため、マトリックスを直接意識することは少ないとのこと。ただし、自分自身が意思決定をする場面──たとえばキャリア選択のように──では、「自社適合度」を「自分適合度」に置き換えてフレームワークを活用する価値があるといいます。
一方で、高宮さんは起業家にフレームワークを押し付けることの危うさにも言及しています。
客観視させちゃって分析させちゃった瞬間、現実に引き戻されて、大きくジャンプするようなことができなくなっちゃったりもする
起業家には現実歪曲フィールドスティーブ・ジョブズが持っていたとされる能力を指す言葉。周囲を巻き込み、不可能に思えることも「できる」と信じさせる強烈な説得力・ビジョンの力を意味する。的な、根拠レスに突き進む力が強みになることもあります。そうした人に対して無理に分析を強いると、「As-Is(現状)の引力」に引っ張られて飛び地のイノベーションが生まれにくくなるリスクがあるわけです。
フレームワークを使うべきタイミング
では、どんな時にフレームワークを使うべきなのか。2人の議論から浮かび上がったのは、WhyとWhatが「見えている」なら不要、「見えていない」なら補助線として有効というシンプルな基準でした。
「Feel, Don't Think」で突き進む。Howの段階で戦略ツールを活用すればよい
自分を客観視する補助線としてフレームワークが有効。ただし現実の引力に引き戻されるリスクも
長谷川さん自身、自社を休眠させてアフリカに渡ったり、東京から大阪に移住して福祉事業を始めたりと大胆な意思決定をしてきましたが、それらは分析的にアプローチした結果ではなかったといいます。WhyやWhatが見えているなら、それをHowにブレイクダウンする段階で初めて戦略ツールを使えばいい──これが2人が到達した結論です。
「迷ったらレアな道を選べ」──希少性と提供価値
終盤、長谷川さんのワイルドなキャリア選択の裏にある考え方が語られました。リクルート時代の上司から言われた「迷ったらレアな道を選んだ方がいいよ」という一言が、今も行動指針として残響しているといいます。
普通でいることの方が怖い。オリジナリティがありそうな道に行く方が楽しいし、結果的にレアな人材になるし、お金もついてくるだろうし──逆張りという順張りの感覚なんですよね
これに対して高宮さんは、「迷ったら困難な道を選べ」はよく聞くが「迷ったらレアな道を選べ」は新鮮だと受け止めつつ、鋭い問いを投げかけました。「経歴のレアリティ」と「提供価値のレアリティ」は別物ではないか、と。
たとえば、「東大大学院卒」「元リクルート」「アフリカ帰り」といった経歴は表面的な珍しさにはなりますが、それだけでは顧客に対するユニークな価値には直結しません。高宮さんが長谷川さんに仕事を依頼し続けた理由は、「ライターとしてちゃんと書けて、なおかつスタートアップのコンテクストがわかっている」という提供価値の組み合わせにレアリティがあったからだといいます。
東大卒・元リクルート・アフリカ帰り…表面的な希少性。パッケージとしては目を引くが、直接的な価値提供にはつながりにくい
「文章力 × スタートアップ文脈の理解」のように、顧客が求めるスキルの掛け合わせで生まれるユニークさ。実際の仕事の依頼につながる
長谷川さんが構想中の「ポーカー×福祉」の事業についても、高宮さんは同じ視点でコメント。「ポーカーの楽しさと社会貢献が一つのものとして提供できるなら、それは提供価値としてのレアリティが上がっている」と評価しました。経歴を積み上げるだけでなく、その経験を統合して一つの価値として届けられるかどうかが、本当の意味でのオリジナリティにつながるという示唆です。
まとめ
今回のエピソードは、「投資家は何を基準に伸びる事業・人を見極めるのか?」というリスナーの問いから始まり、フレームワークの使いどころ、キャリアにおけるレアリティの本質へと話が広がりました。
VCの投資判断は「人とテーマ」に集約されますが、テーマ(市場)は誰が見ても同じ結論になりやすく、最終的に差がつくのは起業家という「人」の側。そしてその人を見るポイントは、ブレない大局観・柔軟な戦略性・適切な時間軸の3つだと高宮さんは語りました。
フレームワークについては、WhyとWhatが見えているなら無理に使う必要はなく、Howの段階で武器として活用すればよいという整理に。そして「レアな道を選ぶ」というキャリア哲学に対しても、経歴の珍しさよりも「提供価値のポジショニング」でレアリティを築くことの重要性が指摘されました。どのテーマを掘っても最後は「戦略はHow。WhyとWhatに戻ろう」に帰着する──番組らしい一貫した着地点が印象的な回でした。
- VCの投資判断は究極「人とテーマ(市場)」の2軸。市場は誰が見ても同じだからこそ、ファウンダー・マーケット・フィットで差がつく
- 起業家の「人」を見るポイントは、ブレない大局観・柔軟な戦略性・適切な時間軸設定の3つ
- フレームワークは自分を客観視するツールとして有効だが、使うべきタイミングの見極めが大事。WhyとWhatが見えていれば不要、見えていなければ補助線になる
- 戦略はあくまでHow(武器)であり、WhyとWhatを生み出す魔法の杖ではない
- キャリアの差別化は、経歴の珍しさ(パッケージ)ではなく「提供価値のポジショニング」でレアリティを積み重ねることが本質
