起業家と歩む「戦略プロ」!ベンチャーキャピタルの仕事の全貌
ぼくらの戦略論第13回では、高宮慎一さんの本業である「ベンチャーキャピタリスト」とは実際にどんな仕事なのかを、長谷川リョーさんが根掘り葉掘り聞いていきます。投資資金の出どころから日常業務の3レイヤー構造、起業家との向き合い方まで、VC業界の全体像が見えてくる回です。その内容をまとめます。
ベンチャーキャピタリストとは何か
「子供のお受験の願書に書いても通じない」と高宮さんが笑うほど、ベンチャーキャピタリスト(VC)は一般的になじみの薄い職業です。原義としては、ベンチャー(冒険的な新規事業)英語の"venture"には「冒険」「危険を冒す試み」という意味があり、転じて新しいビジネスへの挑戦を指すようになりました。に対して資本(キャピタル)を投じる人、つまり「新しい取り組みに投資をする人」ということになります。
高宮さんによると、その原始的な形はコロンブスがアメリカ大陸を目指した「冒険」に出資した人たちにまで遡るとのこと。近代的なベンチャーキャピタルとしての形が定まったのは、1960年代後半のアメリカ・シリコンバレーで、フェアチャイルド・セミコンダクター1957年設立の半導体メーカー。ここから独立した技術者たちがインテルやAMDなど多くの企業を創業し、シリコンバレーの礎を築きました。などの半導体産業が生まれた頃だと言われています。
VCのお金はどこから来るのか
「VCってお金持ちが自分のお金で投資しているんでしょ?」というのは、最もありがちな誤解だそうです。高宮さんは自身を「サラリーマンです」と断言しています。
めちゃくちゃ誤解されていて、すごくお金を持っていそうな感じで言われるんですけど、全然です。「サラリーマン」です。
VCは、年金基金・生損保・大学基金といった機関投資家個人ではなく、組織として大規模な資金を運用する投資家のこと。年金基金、保険会社、大学の基金運用団体などが代表的です。からお金を預かり、それをスタートアップに投資して増やす役割を担っています。この資金の出し手を業界ではLP(リミテッド・パートナー)ファンドへの出資者のこと。有限責任(出資額以上の損失を負わない)であることからこう呼ばれます。ファンド運営の意思決定には関与しません。と呼びます。
LP(機関投資家)
年金基金・生損保・大学基金など
VCファンド(GP)
お金を預かり、運用・投資判断を行う
スタートアップ
投資を受けて事業を成長させる
つまりVCには「お金を預けるLP側」と「投資先のスタートアップ側」という両方にお客様がいる「リボン図」のような構造になっているのです。自己資金で投資しているのはエンジェル投資家個人の資産でスタートアップに投資する人のこと。創業の極めて初期段階に少額を投じるケースが多く、元起業家や富裕層が担うことが多いです。や、ピーター・ティールのファウンダーズ・ファンドPayPal共同創業者ピーター・ティールが設立したVC。創業者自身が大きな出資比率を持つファンド形態で知られています。のように自身が大きな出資比率を持つ一部のケースに限られます。
ハンズオン支援と「リード投資家」の役割
「お金を投じて終わり」ではないのがVCの面白いところです。ただし、投資家のスタイルによって関わり方はまったく異なると高宮さんは説明します。
シードVCとクラシックVCの違い
創業初期(シード)段階では、プロダクトもなく「絵に描いた餅」のプランしかないため、ハイリスク・ハイリターンです。このフェーズでは多くの企業に分散投資して「当たるのを待つ」スタイルが合理的で、一発当たると何百倍にもなり得ます。
一方、シリーズAスタートアップの資金調達ラウンドの一つ。プロダクトの市場適合性がある程度見えてきた段階で行われる本格的な資金調達を指します。以降の「クラシックVC」は投資対象社数が絞られるため、1社あたりにかける時間の余地が生まれます。ここで社外取締役としての戦略の壁打ちや、採用支援、組織づくりといった「ハンズオン支援」が可能になるのです。
多数に分散投資
当たるのを待つモデル
ハイリスク・ハイリターン
投資先を絞り込む
ハンズオンで支援
1社あたりの関与が深い
リード投資家とフォロワー投資家
調達ラウンドで最も多く投資し、最大の持ち分を持つのが「リード投資家」です。自分が汗をかいた分だけリターンに直結するため、支援にインセンティブが生まれます。一方、少額で参加する「フォロワー」は、頑張っても他の投資家にフリーライド他者の努力やコストにただ乗りすること。ここでは、フォロワー投資家が支援コストを払わずにリード投資家の支援の恩恵を受けてしまう構造を指します。されやすく、投資先の数も増えるため全社への支援は難しくなります。
ただし、リードを取っても「本当に支援が効いたのか」は常に問われるため、実力が伴わなければ長い歴史の中で淘汰されていくとのことです。
起業家との向き合い方──編集者とクリエイターの関係
VCが起業家にアドバイスをして、それが本当にプラスになっているのか──高宮さんはこれを「禅問答のような世界観」と表現します。ここにはVCの仕事の本質的な難しさが詰まっています。
結局やるのは起業家なんで。「正しいことを50%の気合いでやる」のと「まあまあ正しいことを9割の気合いでやる」のだと、9割の気合いの方が結果が出るわけじゃないですか。
投資家が「俺の言った通りにやれ」と言っても、起業家が腹落ちしていなければ実行の質が落ちる。だから「正しさ」より「納得感」の方が結果に直結するというのが高宮さんの持論です。VCの役割はあくまで戦略オプションを提示すること──「ABCだけでなくDもあるよ」「他の業界ではAがうまくいったけど、この業界との類似性はどうか」といった俯瞰的な視点を投げ込むことであり、最終的な意思決定と実行は起業家が担うものだと線引きしています。
長谷川さんが「漫画編集者は天才に一対一で対峙できる唯一の職業だ」という話を引き合いに出すと、高宮さんは「完全に一緒」と即答しました。起業家はクリエイターであり、スタートアップという作品を作ること自体がクリエイティブな営みだという認識です。その立ち位置の人間が万能感を持ってしまったら「100%絶対うまくいかない」──だからこそ、戦略論には「圧倒的な正解はない」と常に言い続けているのだそうです。
VC業務の3つのレイヤー
高宮さんは自身の仕事を「投資実務」「ファンドマネジメント」「ファーム戦略」の3つのレイヤーに分けて説明してくれました。
投資実務──日常業務のレイヤー
投資実務はさらに3つのフェーズに分かれます。
ソーシングは投資先を見つけてくるプロセスです。足掛け2年ほど関係を築き、いざ資金調達のタイミングで投資するといった長期戦になることもあるそうです。
バリューアップは投資後の支援活動で、社外取締役としての戦略の壁打ちに加え、専門家チームによるエグゼクティブ採用の支援や組織の「OS」のインストールなども行います。
エグジット・クリエーションはIPOInitial Public Offering(新規株式公開)。未上場企業が証券取引所に株式を上場し、一般投資家が売買できるようにすること。VCにとっては主要な投資回収手段の一つです。やM&Aの機会を起業家と一緒に作るフェーズです。高宮さんはここで特に印象的なことを語っています。
必ずしも企業価値を高く売ればいいという話でもない。本当のプロデューサーの腕の見せ所って、自分の立場を超えた「その会社にとって一番最適なスキーム」をデザインすることだと思うんです。
投資家としては高い方がいいに決まっていますが、高すぎる評価は経営者や従業員にとって過大な期待値となり、その後が大変になることもあります。だから社外取締役会では「一株主の部分最適の帽子」と「会社全体最適の帽子」を明確に被り分けて、同じ議題に対して異なる意見を言い分けることもあるのだそうです。
ファンドマネジメント──事業戦略のレイヤー
個別の投資を超えた、ファンド全体の投資配分の設計です。GCPの7号ファンドは727億円の規模があり、新規投資とフォローオン投資にどう配分するか、どのテーマに張るかといった判断が求められます。分散しすぎればリターンが薄まり、集中しすぎればリスクが高まる。そのバランスを取るのがこのレイヤーの仕事です。
ファーム戦略──経営のレイヤー
さらに上のレイヤーとして、会社としての長期的なポジショニングや組織戦略があります。現在の7号ファンドだけでなく、8号、9号、10号と続く将来に向けて、どんな強みを作り、どんなポジションを築くのか。パートナー(普通の会社でいう取締役)はこの3レイヤーすべてを同時に担う「プレイングマネージャー・アンド・プレイングエグゼクティブ」だと高宮さんは表現していました。
ファンドと会社の複雑な構造
「ファンドって会社なんですか?」という長谷川さんの素朴な質問に対して、高宮さんはこう整理しています。ファンドは法律上「組合」であり、それを運営する「会社」が別にあります。高宮さんの場合、「株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ」の社員であると同時に、ファンドの運用責任者であるGP(ジェネラル・パートナー)ファンドの運用に無限責任を負う運営者のこと。投資判断の意思決定を行い、ファンドの運営を担います。LP(リミテッド・パートナー)と対になる概念です。でもあるという二重の立場です。
さらに話題は、ジャフコ(JAFCO)日本最大級のベンチャーキャピタル。1973年設立。VC運営会社としては珍しく東京証券取引所に上場しています。のようにVC運営会社が上場しているケースに及びました。この場合、「個別ファンドへの投資家(LP)」と「会社の株主」という2種類のステークホルダーが存在し、利害が対立するケースが出てきます。
会社の株主
「会社全体の価値を最大化しろ」
個別ファンドのLP
「このファンドのリターンを最大化しろ」
IRコストなども考えると、VC運営会社は未上場の方がやりやすいというのが業界の一般的な見方だそうです。
まとめ
今回のエピソードでは、ベンチャーキャピタリストの仕事を「そもそも」から紐解いていきました。VCは自分のお金で投資しているわけではなく、機関投資家から預かったお金を運用するサラリーマン的存在であること。投資スタイルにはシードの分散型からクラシックVCのハンズオン型まで幅があること。そしてVCの仕事は「投資実務」「ファンドマネジメント」「ファーム戦略」の3レイヤーから成り立っていること。
なかでも印象的だったのは、起業家との関係性についての考え方です。VCは編集者やプロデューサーに近く、あくまで「やるのは起業家」。戦略オプションを提示しつつも、最終判断は起業家に委ねる。その謙虚さと、同時にエグジット局面では株主の帽子と会社全体の帽子を被り分ける冷静さ。その両方を持ち合わせているのが「戦略プロ」としてのVCの姿なのかもしれません。
- VCは機関投資家からお金を預かり運用する「サラリーマン」。LP(出資者)とスタートアップの両方にお客様がいる「リボン構造」
- シードVCは分散投資でハイリスク・ハイリターンを狙い、クラシックVCは投資先を絞ってハンズオン支援で価値を高める
- リード投資家は最大の持ち分を持ち、支援へのインセンティブが大きい。ただし「本当に支援が効いたか」は常に問われる
- VCの起業家への向き合い方は、編集者とクリエイターの関係に近い。戦略オプションを提示するが、意思決定と実行は起業家に委ねる
- VC業務は「投資実務(ソーシング・バリューアップ・エグジット)」「ファンドマネジメント」「ファーム戦略」の3レイヤーから成る
- ファンド(組合)と運営会社は別物。運営会社が上場するとステークホルダーが複雑化するため、未上場が一般的
