連続起業家・小笠原治の「2番手」戦略論──何をやるかより、誰とやるか
ぼくらの戦略論の番外編ゲスト回に、さくらインターネット1996年創業の日本の独立系データセンター事業者。クラウド・ホスティング・IoTプラットフォームなどを提供し、東証プライム上場。共同ファウンダーで連続起業家の小笠原治京都芸術大学 デジタルキャンパス局 局長/クロステックデザイン教授。awabarオーナー。さくらインターネット共同創業後、DMM.make AKIBAやメルカリR4Dなど多くのプロジェクトを立ち上げてきた。さんが登場。「僕は2番手なんです」と語る独自のキャリア哲学から、コミュニティの力、大学教育のDX、そして"やりたいことがない"ことの強みまで、トップを目指すだけが全てではない新しいキャリアの視点が語られました。その内容をまとめます。
スタートアップの聖地「awabar」が生むセレンディピティ
「自分のことを何と名乗りますか?」という問いに、小笠原さんは迷わず「awabar六本木にあるスタンディングバー。スタートアップ起業家やVC、大企業経営者が集まる「聖地」として知られ、ここでの出会いから数々の事業提携・M&A・資金調達が生まれてきた。のオーナー」と答えました。awabarとは六本木にあるスタンディングバーで、スタートアップ業界の「ホットスポット」として知られています。
高宮さんによれば、DMMの亀山敬司さんDMM.comの創業者・会長。起業家への投資やメンタリングにも積極的で、awabarに顔を出しては即興のピッチ大会が始まることでも有名。がふらっと来てみんなに奢り、その場で急にピッチ大会が始まるような場所とのこと。メルカリ2013年創業のフリマアプリ運営企業。東証プライム上場。創業初期のオフィスがawabar近くにあり、メンバーが毎晩のように通っていた。がまだ10〜20人の超初期には毎晩のように通っていたそうですし、CAMPFIRE日本最大級のクラウドファンディングプラットフォーム。2011年創業。やBASE誰でも簡単にネットショップを作成できるサービス。2012年創業、東証グロース上場。の関係者も集まっていたといいます。
亀山さんがawabar来て、みんながわちゃわちゃしてるの見て、『お前何したいねん』って言われて、『こういうこと』って言ったら『それDMMでやれや』ってなって。そこで予算20億生まれるみたいなことが起きるわけですよ
この「20億の予算」がきっかけとなったのがDMM.make AKIBADMMが秋葉原に開設したハードウェアスタートアップ向けのモノづくり拠点。3Dプリンタやレーザーカッターなどの機材を備え、IoTスタートアップの創出を支援した。です。また、ピクシブイラスト・漫画・小説の投稿プラットフォーム「pixiv」を運営する企業。クリエイターコミュニティとして世界的に知られる。の社長だった片桐さんが何度もawabarで亀山さんと話し、DMMの社長に就任したエピソードや、チームラボ猪子寿之氏が率いるデジタルアート集団。世界各地で没入型デジタルアート展を開催し、国際的に高い評価を得ている。の猪子さんも初期から常連だったことが紹介されました。名前は伏せつつ、awabar起点のM&A事例もあるそうです。
ただし、awabarを地方に展開する際は戦略を変える必要があると小笠原さんは語ります。東京はエコノミーの回り方も集まる人も独特で、同じ仕掛けを持っていっても同じことは起きない。コミュニティの性質とエコノミーの回り方──「両輪の両方が違う」からこそ、各地域に合わせたアプローチが求められるとのことです。
共同創業者の株と個人保証──起業家ファイナンスの勘所
小笠原さんはさくらインターネットを現社長の田中邦裕さんと共同創業し、約3年で退いています。当時は共同創業者として約15%の株式を保有していましたが、上場前に執行役員らに純資産価格で約10%を譲渡し、自らの持分を5%以下に減らしました。
高宮さんはこれをVC視点では「大失敗」どころか「むしろ大正解」だと評価します。残って事業を伸ばす人にインセンティブがつく仕組みを作るのは全体最適にかなうからです。上場後まで15%を持ち続けてフリーライド「ただ乗り」の意。実質的な貢献をせずに株式の値上がり益だけを享受する行為を指す。共同創業者間のトラブル原因になりやすい。するパターンもあり得た中、自主的に譲渡した判断は「VCから見て一番面倒くさくない元創業者」だったと小笠原さんは笑います。
高宮さんが強調したのは、「リスクを取るからリターンがある。リスクを取るのがリスクマネー・VCの役割」という原則です。起業家は世の中の希少なリソースであり、一度の失敗で再起不能にならないよう個人のファイナンスを守ることが、エコシステム全体にとって大事だと語りました。
大学教育のDXと「1000万人の同窓生」構想
現在、小笠原さんは京都芸術大学京都市左京区にある私立大学。通学課程と通信教育課程を持ち、芸術系大学としては国内最大規模の学生数を擁する。旧名称は京都造形芸術大学。のデジタルキャンパス局長として、子会社「クロステック・マネジメント」を通じて教育のDXに取り組んでいます。きっかけは2代目理事長からの「大学のDXやってよ」という依頼。最初は逃げていたものの、理事長が「マジで怖い」と本音を言ってくれたことが転機になりました。
具体的な取り組みとして、小笠原さんが担当する「クロステックデザインコース」では、入学時から全員にAI環境を整備しています。
さらに学園全体では、職員の全業務をフローチャートとシーケンスに落とし込み済み。これだけで2年ほどで3〜4割の業務時間削減が見込めるといいます。
小笠原さんが掲げるゴールは壮大です。「アジアで1000万人が何らかの形でうちを起点に芸術教育に触れ、その外に1億人ほどが知ってくれている」状態を目指すとのこと。先代理事長が掲げた「芸術立国」の思想──民族・地域・性別・年齢で偏りのない芸術教育を提供し、平和を希求する人を増やす──を受け継ぎ、「教材のGitHub」をつくってアジアに展開するという構想です。
1000万人同窓生いたら良くないですか? アジアで。そのコミュニティの中で新しいものも生まれてくる
「僕は2番手なんです」──最強のフォロワーシップ戦略
小笠原さんのキャリアを貫く戦略は、「2番手」というポジショニングです。DMM.makeでは亀山さん、さくらインターネットでは田中さん、ファンド運営では孫泰蔵さんMistletoe株式会社ファウンダー。ソフトバンクグループ創業者・孫正義氏の実弟。スタートアップへの投資・支援を幅広く手がける。、京都芸術大学では理事長──常に「1番手」がいて、その人の構想を実行に移す役割を担ってきました。
高宮さんはこれを「『この人とやりたい』がWillなんじゃないですか」と受け止めます。「何をやるかよりも誰とやるか」──スタートアップでよく言われるこの言葉を、小笠原さんはキャリア全体で体現してきたわけです。
小笠原さん自身はこれを「小判鮫戦略」と呼びます。カリスマ的なリーダーの構想を、「超有能なお使い」として実行に移していくスタイルです。リーダーシップの所在はあくまでリーダー側に置きつつ、その「シップ」の部分──つまり実行と推進──を担うのが自分の役割だと整理しています。
Why・Whatを示す
カリスマ・求心力
大風呂敷を広げる
「時空間歪曲フィールド」
Howを具体化する
リーダーの構想をチームに翻訳
立ち上げ期の実行を担う
引き際を見極めて次へ移る
引き際の見極め方
2番手戦略に欠かせないのが「引き際」です。メルカリには上場前2年・上場後2年の計4年間在籍し、R4Dメルカリの研究開発組織(Research for Development)。小笠原さんが立ち上げに関わった。新技術の研究とサービスへの応用を目的とする。の立ち上げを担当しました。しかし組織が成熟して体制が変わると、「お前じゃない空気感」がふっと訪れるといいます。
この件自分飛ばされたってことはそこに必要がない……全体の中で僕っていうパーツがあることで動きが鈍くなってんなって感じ出したら、辞めた方がいいんだろうなはめっちゃ思いますね
「やりたいことがない」は弱点ではない
小笠原さんは学生にも「やりたいことなくていいよ」と伝えているそうです。「やりたいことがある人の方が偉い」という風潮がありますが、それは稀有だからこそ目立つのであって、みんながそうなれるわけではない。であれば、やりたいことがある人を手伝うところから始めればいい──手伝ううちにうまくいけばもっとやりたくなる、という好循環が生まれるからです。
会社の目標設定でも、この思想は反映されています。クロステック・マネジメントでは「Aim(エイム)」というフレームワークを使い、アウトカム(なりたい状態)→アウトプット(定量目標)→アクティビティ(具体行動)→インプット(学び)の順で設定。組織のミッション・パーパスに紐づけてもらうことで、個人が無理に「やりたいこと」をひねり出さなくてもよい仕組みにしています。
アウトカム
なりたい状態を設定する
アウトプット
必要な成果を定量的に設定する
アクティビティ
具体的な行動計画を決める
インプット
質を上げるための学びを宣言する
「戦いを略す」派と「略せない」派の戦略観
「戦略」という言葉の解釈について、小笠原さんと高宮さんで面白い対比が生まれました。
「作戦」は戦う前提の理由づくり、「戦術」は個別に勝つための術。戦略はなるべく戦わずに済む方法を考えること。単純化して捉えたい
理論上のベストは見つからない。実験を繰り返してベストに近いところに居続けようとするプロセスが戦略。スタートアップではホワイトスペースがもはやない
この違いは業界の特性にも起因しているようです。小笠原さんが今いる大学・教育業界では、「人口減少はずっと前から分かっていたのに、今になって募集停止を急に発表する」大学がある──つまり、やるべきことをやっていれば戦わずに済む余地がまだ大きい。一方、スタートアップとVCの世界では「戦わなくていいところがあんまりない」と小笠原さん自身も認めます。
高宮さんはこの議論を受けて、戦略には「相手を意識してどう勝つかの競争戦略マイケル・ポーターが体系化した戦略論の柱の一つ。業界内での相対的なポジショニングや差別化によって競争優位を構築することを目的とする。」と「自分の絶対値としての成長戦略企業が自らの能力・市場・製品を拡大して成長を追求する戦略。競合との相対比較ではなく、自社の成長余地に焦点を当てる。」の2種類があり、業界によって重要度の濃淡があるのではないかと整理しました。
まとめ
連続起業家・小笠原治さんのキャリアは、「やりたいことがない」ことを弱点ではなく強みに変える戦略で貫かれていました。1番手のビジョンを自分の手で具体化し、組織が成熟したら身を引いて次の「場」へ移る──その繰り返しの中で、awabarという偶然の出会いが生まれるコミュニティを育て、今は大学教育のDXという新たなフィールドで「1000万人の同窓生」を目指しています。
「何をやるかより、誰とやるか」。この言葉は、トップを目指すことだけがキャリア戦略ではないという大事な視点を思い出させてくれます。なお、今回の話の続きは小笠原さんがMCを務めるポッドキャスト『はたらくビ学ラジオ』小笠原治さんがMCを務めるポッドキャスト番組。「ビ学」のビはカタカナ表記で、美学・ビジネスなど複数の意味が込められている。で高宮さんがゲスト出演した回で聴くことができます。
- 小笠原さんのキャリア戦略は一貫して「2番手」──ビジョンを持つリーダーの構想を具体化する「超有能なお使い」を自認している
- 「やりたいことがない」ことは弱みではなく、やりたいことがある人を手伝う中から自分のやりたいことが見つかる好循環が生まれる
- awabarのようなコミュニティは「共感の交換」で成り立つが、エコノミー(欲求の交換)と両輪で回らないと持続しない
- 起業家の個人ファイナンスは「会社のリスクと分離する」のが原則。VCの役割はリスクを取ること、起業家を再起不能にしないこと
- 京都芸術大学では全学生にAI×RAG環境を提供し、「教材のGitHub」でアジア1000万人の同窓生を目指す教育DXを推進中
- 「戦略」は業界によって性質が異なる──戦わずに済む余地がある業界と、ホワイトスペースがほぼない業界で、戦略の重心は変わる
